393 文化祭2
各クラスや部活から写真のデータをかき集めるまでは人海戦術で問題なく進んだが、そのあとが苦労の始まりだった。
HR終了後の放課後。
修学旅行の時の8班に分かれ、班ごとにランダムに配られた写真の中から30枚を選考していく作業をしているが、これが思ったよりもきつい。
まず、量の問題にぶち当たった。
集めたデータは俺らが思っていた以上に大量だったのだ。
写真データをかき集めても千枚くらいだろうと甘く見積もっていた。
そして1年から3年までの各クラスと部活から提供され、集まった総数は約24000枚。
わずか半年でこれほどのデータがあるとはさすがに思わなかった。
川上に聞いたら、毎年これぐらいは普通で、これでもまだ個人的なものとか、他人には見せられないものといった理由で、提供されなかったデータが多数あるはずというから驚きだ。
器材の貸出申請〆切当日に判明したものだから、慌てて生徒会へ追加申請。
長谷川だけでは可哀想だというクラス一同の意見により、会長たちと一緒に昼飯を食べることが多い俺と太一も長谷川と一緒に付き添いしてお願いしに行くことになった。
仕事が忙しく機嫌が悪い状態だった会長の北野さんに懇願してノートパソコンの必要性を訴え、何とか認めてもらえることができ、各班に一台ずつ作業用のパソコンを確保することができた。
何故か俺と太一だけが北野さんに説教されたけど、半分は教員から丸投げされた仕事に対する愚痴だったので聞いてあげることにした。苦労しているところに急なお願い本当に申し訳ない。
一つの班に渡された写真のデータは枚数にして約1500枚。
うちの班は、部活が忙しい川上と柳瀬が抜けている状態で俺と太一と長谷川の三人が大量の写真をふるいに掛けなければいけなかった。
川上と柳瀬も遊んでいるわけではなく、部活の新企画のために通路を行ったり来たりして各クラスを回って取材している姿を何度も見てるので大変そうだ。
俺と太一と長谷川の選考手法はいたってシンプル。
長谷川からの案で三人全員が良い写真だと思ったら、候補に入れるというものだった。
選考する写真にコレといった決定打があればマシなのだが、客観的に受けそうな写真となるとハードルが高く、写真の良しあしが俺にはよく分からないので、はっきり言って自信がない。
「千葉ちゃんこれいいね」
「それ明人のところのクロじゃね?」
「時期的に近いから逃げる前に撮ったやつかもね」
見せてもらうとしゃがみ込んでいる女子学生が差し出す指先を黒い子猫がクンクンと嗅いでいるように見える構図だった。確かに当時のクロっぽい。女子の表情がものすごく慈愛に溢れているように見えた。
「写ってるの三年生だな。こんな人いたっけ?」
「写ってるのは本庄先輩だ。三年の中じゃ人気者の一人だ。ママと呼びたい生徒で必ず名前が上がるほど有名だぞ。すっげえ優しいし、おっぱいもでかいし、性格も裏がないから最高だぞ。お人好し過ぎて逆に厄介ごとに巻き込まれないか不安なくらいだ」
知らんがな。
「千葉ちゃんよく知ってるね。向こうも千葉ちゃんのことは知ってるの?」
「去年の秋ごろ揉め事の処理中に知り合ってな。俺が本庄先輩のところに行くと今でもヨシヨシしてくれるんだ。用事はないけどたまに顔を出すようにしてる」
「千葉ちゃん後でちょっと話そうか」
長谷川から美咲と同じ気配を感じるのは気のせいか。
何かの危険を感じた俺は画面に映し出された写真を指差して話題を逸らすことにした。
「この写真はいいと思う」
「木崎君も賛成ね。じゃあ、これも候補のフォルダに入れとくね。千葉ちゃん話は後で」
すまん太一。話は逸らせなかった。
「今ので候補に移したの何枚目だ?」
「えっと18枚目、まだまだ先は長いね。まだ100枚くらいしか見てないよ」
「100枚で18枚もか、このペースだと候補に移っても更にふるいに掛けんといかんな」
「千葉ちゃん甘いよ。見直しも必要だよ。見直して候補になるのもあると思うから」
「30枚に絞るの大変だな。写真の良しあしが俺にはよく分からんのだが」
自分が良くても他人が見たらそうでもないってことは十分にありえる。
どうしても他人からの評価というものが選考の足枷になってしまう。
「木崎君あまり気にしなくていいよ。こういうのって写りとか構図に拘らないで直感で良いと思ったものを選んだ方がいい。そういうのって結果的に写りが良かったり構図が良かったりするものが多いから」
「そういうものか?」
「そういうものよ。あんまり時間も取れないからね」
「明人が愛ちゃんの勉強を教えに行く時間まで可能な限り数こなすぞ」
「すまんな」
「本格的な準備は中間試験終わってからだし、木崎君はそっち優先ね」
「重ねてすまんな」
「「どうってことない」」
俺は今年の文化祭もあまり役に立てそうにない気がしてきた。
☆
バイトの時間。
相変わらず閑古鳥が鳴くてんやわん屋のカウンターで文化祭準備をネタに美咲と雑談していた。
「私は高校の時、天文部だったから文化祭は毎年展示してたよ」
「展示で気を付けた方がいいことってある?」
「んー、私はよく分かってなかったけど、当時の部長たちは動線とか写真を置く間隔を気にしてたね。お客さんがとどまりそうなスペースは広くしたり、説明文がある写真は隣同士にしないようにしたりとかかな」
なるほど。
その辺りは試験が終わってからになるから参考にできそうだ。
「クラスではあまり貢献できなかったけど、部活は結構頑張ってたんだよね。部長や晃ちゃんと一緒に
写真撮りに行ったりとか天体観測しに行ったりもしたんだよ。三年生の時は晃ちゃんが部長だったから、後輩を引き連れたりしてね」
人見知りの激しい美咲が晃以外と行動したと聞いて気になった。
「美咲から晃さん以外の話が出るの珍しいね。部長は話の感じからして女の人っぽいけど」
「うん。部長は女の人だった。というか、部活には女子しかいなかったよ。そもそもは晃ちゃんと部活の見学に行った時に、当時の部長が撮った星の写真を見て私が釘付けされちゃってね。ああいうの一目惚れっていうんだろね」
「それで入部したんだ?」
「いや、部長から廃部になっちゃうから助けてと泣き脅しで勧誘されて、断り切れず入ることに。晃ちゃんは私の道連れ」
「部活ってそうやって入るもんじゃないだろ」
「でも、結果的に私は楽しく部活を過ごせたから良かったよ。各学年二人ずつしかいない少人数の上に週に二回くらいの部活だったけどね。みんなでカラオケとかよく行ったもん」
そんな話、前に聞いたことがあるような気がする。
人見知りは激しいが、一度壁さえ突破してしまえば社交性のある美咲だ。
今みたいな感じで、打ち解け合っていたのだろうと思う。
「うちの部活って不思議なことにタイプが分かれててね。晃ちゃんみたいなタイプと私みたいなタイプのコンビが学年ごとに揃ってたの」
「ごめん。ちょっと意味が分かんない。イメージがわかない」
「えっとね、面倒をみる人とかける人のコンビっていうと分かりやすいかな?」
それなら分かる。
「私が入部したときの三年生。根木先輩が部長で鴨志田先輩が部員でいたの。その時の二年生で成田先輩が副部長で羽田先輩が部員だった」
「言わなくても分かった。ただの部員の方が面倒をかける人だったんだな?」
「正解、私も三年通じてただの部員だけどね。もうね、根木先輩と成田先輩と晃ちゃんの共通点が多くて笑っちゃったもん。面倒をみる人って似るんだなあって」
多分、面倒をみる側も同じこと思ってたと思うよ。
「コンビ名もあってね。先輩方は名前にちなんでカモネギと空港って言われてて、私と晃ちゃんはヒマワリって言われてた。なんかコンビ名を付けるのは代々続いちゃってたな」
「なんでヒマワリ?」
「最初はフジマキになりそうだったんだけど、鴨志田先輩が芸がないって言いだして。晃ちゃんの字を崩すと日光になるでしょ。私の咲って字をくっつけて日光に咲く花をイメージしてヒマワリになったの。空港コンビの成田先輩が自分たちの時は秒で決まったのにと怒ってたのは覚えてる」
いや、成田と羽田が揃ったら秒で決まると俺も思うぞ。
「これ後日談なんだけど、私たちのコンビ名は正解だったことが判明したの」
「どんな理由で?」
「ヒマワリって太陽に顔を向けるでしょ。私がヒマワリみたいに顔で晃ちゃんを追っかけてるって、先輩方に言われて初めて気づいた。私としては無自覚な行動だったんだけどね。当時は晃ちゃんがいるかいないか確認する癖がついてたし」
正直、苦笑いしかできない。
晃の美咲に対する世話は常識の範疇を超えているところが多々あり、晃のせいで美咲が甘えたに育ってしまい、逆を返せば美咲のせいで晃が美咲に執着することになったのだと俺は確信している。
互いに相手がいない時といる時では、本人も自覚しているのか分からないが、差が目立つ。
本人を前に口には出さないが、美咲も晃も互いに依存しすぎだったと俺は思うのだ。
「後輩もコンビ名があったのか?」
「うん。一つ下の後輩で白銀ちゃんと小金ちゃんがプラチナで、二つ下の後輩で竜崎ちゃんと巻野ちゃんが竜巻。プラチナコンビは中学の時から言われてたみたい」
「それぞれ、どっちが面倒をかける人?」
「白銀ちゃんと竜崎ちゃん。特に竜崎ちゃんはドジっ子特性が強くてね。ペアの巻野ちゃんだけでなく、晃ちゃんや小金ちゃんまで警戒して体張ってたね。よく物を壊すから天体望遠鏡の設置は絶対させなかった。それでね、今の部長が巻野ちゃんなんだよ。元気かな。何だか会いたくなってきた」
ふと、気になったので聞いてみる。
「美咲が部活の人達を名前で呼んでないけど、なんで?」
「えっとね。部活で名前呼びしあってたの私と晃ちゃんだけだったの。私としては名前で呼び合いしたかったんだけど、言い出す勇気もなく……ふっ、慣れ親しんだ部員にさえ言いたいことも言えないとは、やっぱり私は社会不適合者なんだ、ふふっ。ふふふふ。あれ、なんだろう? 世間が憎くなってきた」
いきなり闇落ちしないでください。
対応に困ります。
お読みいただきありがとうございました。