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帰路  作者: まるだまる
396/406

391 修学旅行21

 おかしい。

 何故こうなった?


 俺とアリカが正面から抱き合ったままの体勢でロープでがんじがらめに縛られている。

 何がどうなったのかよく分からんが、簡単に解けないらしい。

 

「愛さんこれどうやったの!?」

「ふえええ、分かりませ~ん」 


 響と愛がロープを必死に解こうとしてくれているが、複雑に絡まっていて、どこかを引っ張ると俺とアリカがさらに密着してしまい混乱状態だ。


 事の起こりはロープに縛られぶら下がっていたハマちゃんを救出後、アリカが愛にどうやろうとしたか見せてみなさいと言ったのが発端だ。

 

 愛がロープを手に持ち投げた瞬間、ロープは真っ直ぐではなく真横にいる俺の前を通り過ぎた。

 そうか、まずノーコンからか。


 愛が手首をくにくにっと捏ねるとロープが生き物みたいに動き始め、あっという間に俺とアリカを縛り上げた。ちゃっかり響は逃げていたようで、早く何とかしなさいと愛を叱りつけるも愛自身何が起きているのか分からないようで、焦りと混乱でロープの絡まりを悪化させた。


 俺の手首もロープが巻かれていて自由は効かず、正面からアリカを抱きしめる形で固定されている。

 俺の顔の横にはアリカの顔があって、横を向くと簡単にキスができそうなくらい近い。

 

 アリカはというと、アリカも俺に抱き着いている状態で固縛されていて身動きができない。

 だが俺と違うのは、密着しているがゆえに体温が上昇してるのが分かるほど真っ赤になっていることと、脱力状態で完全に沈黙したまま何も話さなくなってしまったことだ。

 どうやら恥ずかしさが限界突破して脳がフリーズしたらしく、俺の肩に完全に顔を預けている状態だ。

 子供は眠たくなると体温が上がるって聞くけど、寝てんじゃねえだろな?


「切るしかないわね。愛さん包丁を」

「いや待て、それ危ないから」

「じゃあカッターで」


 どっちも刃物じゃねえか。


「刃物を使うの止めろって言ってるんだよ。アリカが怪我したらどうする」

「きゅ~」

「ああっ、香ちゃんが完全にめるとだうんしました!」

「愛さんよくメルトダウンなんて難しい言葉知ってたわね?」

「意味は知らないです。この状況に合ってると思って言いました!」


 漫才はいいから早く助けてくれ。

 刃物はなしの方向で。


 途中で愛が手伝うと余計に絡まることに気付き、愛は響の指示で部屋の隅に正座で待機し、響が一人でロープを黙々と解くことになった。


 30分ほどでようやく俺とアリカは解放された。

 ロープの跡が残らなかったのは幸いだった。

 趣味の人と思われても困る。


 アリカは完全にくたばっていて、愛のベッドに転がして放置しておいた。

 多分、美咲にやられた時のように魂がどこかを彷徨っているのだろう。

 しばらくしたら帰ってくるからそのままにしておこう。

 何度もこの状態のアリカを見てるだけに慣れてしまっている俺がいた。



 とりあえず愛にロープ芸は人前で禁止と伝えておく。

 そして、その直後に俺は狩人の襲撃にあった。


「どう、して、あん、なに、うれし、そう、だった、の、かしら?」


 響さん読点ごとに手刀を突き刺すの止めてもらっていいですか?

 体育祭の時もこれやったよね。


 アリカの魂が帰還した後、アリカが俺から距離を取っていたのは少し悲しかった。

 いつもみたいに無慈悲なアイアンクローよりましだけど。


 夕刻、留守番という名の引き籠りをしていた美咲がかまってちゃんを発動し帰ってきたばかりの俺にへばりつく。そうか、背中に頭を擦り付けてグリグリするくらい寂しかったか。

 一人だとすぐ引き籠るからたまには外に出ような。

 ここまではいつものことだと思っていたが、美咲の嗅覚を忘れていた。


「ふふ、アリカちゃんの匂いがすっごいする。ハグしてきたでしょ?」


 あ、やばい笑顔になってる。

 やっぱり俺の地獄はリピートする習性があるらしい。


 誰か助けて。

 

 ☆


 日曜日のバイトに京都土産を持っていくと、店長がはしゃいで喜んでくれた。

 なんでも店長は生まれてこの方一度も京都に行ったことがないそうで、八つ橋は知っていても食べるのが初めてだという。


「俺は中学、高校と北海道でさ~。修学旅行は関東と九州だったんだよね~。大学行くときに親も一緒に関東に引っ越したあとずっと関東で、京都に行く機会がなかったんだよね~」


 てっきり誰もが一度は京都に行っているものだと思ってたけど、そういう人もいるんだな。


 高槻さんや前島さんたちは京都土産に久々で懐かしいと感想をくれた。

 前島さんは澤工の修学旅行で京都に行って、立花さんも高校の修学旅行が京都だったそうだ。 

 高槻さんは由美さんが京都に修学旅行だったので、その時以来だそうだ。


 いつものように閑古鳥が鳴く中で、俺と美咲で雑談中。

 仕事中のはずだけど、本当にいいのだろうか、これで。 


「京都率高いね」

「美咲は高校の修学旅行どこだったの?」

「東京。三泊四日で、お泊りは都内じゃなくて幕張の近くだったよ」


 夢の国が近いじゃないか。

 まだ行ったことないけど、美咲は行ったことあるのかな。

 行ったなら話を聞きたいんだが。


「夢の国だけは拒否った」

「何で!?」


 また俺の頭の中を読んだな。

 

「晃ちゃんだけならともかく他の子もいたからね。無難なところ回ったよ。高校の時ってオシャレに全然興味なかったから、原宿とか池袋とかその時は全然何がいいのか分からなかった。それに私、晃ちゃん以外と会話も最低限しかなかったし……ふふっ、その頃から社会不適合者の兆しが出てたのね」

 

 自分で堕ちるの止めてください。

 美咲の黒歴史を刺激したようだ。


「それにしても明人君、今回の土産物ほとんど食べ物だったね。木刀とか新選組の鉢巻きとか買ってくると思ってたのに」

「いや、鉢巻きはともかく、普通土産に木刀買わねえし、学校でも禁止だったから。仮に土産で買えたとしても警察に職務質問されそうな気がするぞ」

「む、そっか。銃刀法とか凶器なんちゃら罪とかいうやつだね」


 凶器準備集合罪のことかな?

 危害を加える目的で凶器を準備したら罪になるやつだ。 


「私のお土産で狐のお面は嬉しかったけど、貰ってから安倍晴明のお札が欲しくなった」

「コスプレでもすんの? 太秦村で川上と柳瀬がコスプレいいねとか言ってたから一緒にやる?」

「してみたい気はあるけど無理。人様に見せられる身体じゃないから」


 そんなことないと思うけどな。

 美咲は結構バランスのいい体してると思うんだが。

  

「逆にそんなことはない」


 だから、人の頭の中と会話するなって。


 帰ってきたわ。ますます実感する。

 こうやって美咲と一緒にバイトして、雑談して、一緒に家に帰って、一緒にご飯を食べて。

 美咲のかまってちゃんの相手をして、春那さんの癒しになって、美咲にお仕置きされる。

 まあ、もう旅行の時のお仕置きは終わったし、あとは何とかなるだろう。


「誰が終わったって言った?」

「はい?」


 今の声は……黒美咲さん。

 あれ、いつの間にスマホのチェックをしてるんだろう。

 帰ってきた日のあれで終わりじゃなかったの?


「あれは証拠検分だから、明人君自身、証拠として認めたよね?」

「ま、マジか!?」


 あの日だけで二回もお仕置きされたのにまだ終わっていないだと?

 

 ☆


 うむ。死にかけた。

 鳩尾に手刀は危険なので止めましょう。

 

 しかし、ナイスタイミングで店長が来てくれた。

 また落とされるところだったわ。


 アリカがいないので裏屋のお手伝いに呼ばれたのだが、美咲も多少は暴れたので多分大丈夫だろう。

 裏屋に来てみると、これまた珍しく店長も含め男全員が揃っている。

 修理していた大型冷蔵庫の組み立てだそうだ。


 壊れた部品を取り外すために、区分けした状態まで分解。

 分解後、それぞれ点検して交換する部品を抽出。

 今の現状は部品交換が終わった状態だ。あとは組み立てて、作動点検で終了。


 大型冷蔵庫だけあって、扉などの大きいパーツもある。

 男総出で一気に組み上げるのが今日の予定だそうだ。

 

 流石に人手が多いと作業も早い。

 小一時間もしないうちに、大型冷蔵庫はあるべき姿を取り戻していた。

 俺は部品を支えるだけだったけど。


「おっしゃ通電するぞ」


 コンセントを差すと、少しして小さくシュワシュワと音がし始めた。

 随分と小さい音なので聞き取りづらかったが、少しして安定する。

 音が止んだなと思っていたら、今度は微かに振動しているような音がした。


「コンプレッサーもファンも正常に作動しているな。明人ちょっとドアを開けてくれ」

「はい」


 言われたがままドアを開ける。


 冷蔵庫の裏では高槻さんと前島さんが何かをチェック中。


「よし、ドアを開けたときにファンはちゃんと止まっているな」


 へー、冷蔵庫って中にファンが付いているんだ。

 なるほどドアを開けているときは止まっていると。  

 

 普段毎日目にしているのに意外と構造とか知らないものだと思った。


 修理品の完成チェックも終わり、みんなで休憩。

 お茶請けには俺の京都土産が早速登場した。


「八つ橋って餡子が入ってる割には数食えるよな」

「皮のせいじゃないか?」

「えっと、確かニッキ?」

「ニッキがどんなのか知らないけど、シナモンぽい。でもちょっとこっちの方が辛いね~」

「俺は黒ゴマの初めて食べたけど気に入ったぞ」


 この時に聞いたけれど、前島さんと奈津美さん、立花さんと由美さんの結婚準備も順調に進んでいるようで、仕事が休みの日もウェディングプランナーさんとの話し合いで忙しいらしい。


 何でも奈津美さんと由美さんが結婚式にかけるお金があったら、そのあとの生活にお金を掛けたいと地味婚を希望しているそうだ。逆に前島さんと立花さんは自分のできる限り豪華にしないといけないと思っていたらしい。


「今どきの女は現実主義というか夢を見ねえというか、男の方が夢見てるってどうなんだ?」

「案外、多いですよ~。俺も豪勢にしたかったけど、妻に説得されましたからね~」

「何だよ、店長も前島らと一緒かよ。流石にゴンドラとかの話は出さなかったよな?」

「そんなのしませんよ~。花嫁衣裳のお色直しを複数回とかの話です」

「結婚式って参加したことないんですけど、ゴンドラとかあるんですか?」

「ある。前島がな、新郎新婦がゴンドラで降りてくるオプション付けたいって言って、奈津美に殴られてた」

「流石に前島のは駄目でしょ。せめて俺みたいに新郎新婦がウェディングケーキから出てくる奇抜なアイデアの方が――」

「由美に殴られた奴は黙ってろ。俺も断固阻止するぞ」


 どうやら前島さんと立花さんの方が暴走しているらしい。

 この二人を見てるから奈津美さんと由美さんが冷静なのかもしれない。

 前島さんと立花さんは悪乗りが多いからなぁ。


 休憩が終わり、俺は表屋へ戻ることになった。

 戻るときに高槻さんに声を掛けられる。


「明人、京都土産ごちそうさん。聞きそびれていたが修学旅行は楽しめたか?」

「はい。とっても楽しかったです」


 この言葉は嘘偽りのない本音だった。


お読みいただきありがとうございました。


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