387 修学旅行17
獣たちの食事が終わり、先生たちがレストランのスタッフさんに頭を下げるているのを横目に、またもや大移動開始。待機していたバスから自分の荷物を受け取り、京都駅構内を移動。
新幹線乗り場の改札口を通過後、改札内ロビーの開けたところで人員点呼。
全員が揃っているのが確認されたところで、指定された集合時間まで自由時間となる。
新幹線乗り場の改札内ロビーはお土産品を扱う売店が多数あり、ここが最後の土産購入の機会だ。
買い物に行っても良いし、用事がないなら待機しててもいい、トイレに行くならお早めに。
荷物は先生方が見てくれるので助かります。
我が班も土産物屋に全員で突っ込んでいく。
とりあえず、餡入りの八つ橋をてんやわん屋の土産に買っていこう。数もそこそこ入っているし、お茶請けにもいいだろう。愛里家にはバームクーヘンだな。抹茶と蜂蜜の二種類が入っているのにしよう。
我が家はどうしようか。美咲用の羊羹は昨日のうちに買ってある。春那さんが和菓子屋の娘だから洋菓子にしとくか。文さんと重ならなければいいんだが……。
うーんと悩んでいると、小さな風呂敷を抱えた文さんに遭遇。
ちょうどいいところにいた。
文さんを手招きして、土産物について相談。
「春那はこれがいいと思うよ。扇子だし京土産に良い」
「文さんそれ鉄扇です。予算足りないし、ちょっと違う気がする」
確かに春那さんが扇子を持ったら似合いそうだけど。
「んじゃ、これ」
次に示したのが抹茶プリン。
「あの子、抹茶苦手だから」
「何で春那さんが苦手なの薦めるんです?」
「修学旅行の期間中ずっと酒が飲めなかった。旅行の前日に酒を飲ませなかった春那が憎い」
逆恨みはやめてあげてください。
「まあ冗談抜きにしてプリンがいいよ。抹茶じゃないのもあるでしょ。春那、抹茶苦手だけどプリンは大好きだから」
はあ、だからあんなにプリンプリンしてるんですか。
あ、なんか物凄い遠くから殺気を感じたのは気のせいだろうか。
今の感じ、美咲かアリカのに似てた気がする。
ところで文さんが抱えてる風呂敷はなんだろうか。
気になったので聞いてみた。
「ちなみに手にしてる風呂敷の中身は何ですか?」
「そこの土産屋で買ってきたお酒。桐箱入り」
「……帰りに飲まないでくださいよ?」
「車に乗れなくなるから、ちゃんと家まで我慢するってば」
「その大きさだと少ないんじゃ?」
「他にも宅配にしてもう送ってもらってるから」
うーん。仕事はちゃんとしているんだろうけど、このモヤモヤしたのをどうすればいいか分からない。
「集合時間に遅れないようにね」
俺がモヤモヤしているうちに、文さんは風呂敷を大事に抱えて去っていってしまった。
土産物の買い物を済ませ、集合場所に移動し、班のみんなと雑談。
雑談中、響と牧瀬らが一緒に行動しているのが見えた。
響を間にして、牧瀬と宇田がしっかり挟み込んでいるので安心だ。
あいつらもお土産を見回っていたようだ。
それぞれに小さな紙袋を手にしてるので量は買っていないように見える。
心配はしたものの、この旅行中に一度として響がはぐれなかったのは幸いだった。
俺がいないときも牧瀬たちがちゃんと面倒を見てくれていた証拠だろう。
響が牧瀬たちと同じ班で本当に良かったと思う。
出会ったころに響が言っていた普通に接してもらいたいってのは、もう叶ってるんじゃないかな。
☆
京都に初めて訪れたけれど、もっと色々な所を見たかったなと未練は残る。
早く帰りたいと思う気持ちもあるし、まだいたかったと思う気持ちもある。
帰りの新幹線でクラスの一部が旅行の体験談で華を咲かせていた。
賑やかを通り過ぎてうるさいレベルだ。修学旅行の最期にはしゃぎたいのかもしれない。
うちの班は比較的おとなしく交換した写真データをそれぞれ確認中。
乗り物に酔いやすい長谷川は画面を見ることもできずにぐたっとしているが、ちゃんと太一が面倒を見ているので任せておこう。
俺も長谷川や他のみんなからもらった記念写真のデータを眺めている。
その写真を見る限り、どうやら俺は修学旅行を存分に楽しめていたようだ。
しかし、よく見るとすごい量の写真でよくこれだけ撮られたものだ。
もらったデータが俺のだけでも100枚くらいあるんだけど、みんな撮り過ぎじゃね?
とは思うものの、俺自身も撮ったデータは他のみんなの写真ばかりだ。
俺のデータの中で被写体として多いのは、一緒にいた時間が長い響かな。
川上と柳瀬は通路を挟んだ二人座席で頭を寄せ合って、写真を見ながらあーでもない、こーでもないと話に華を咲かせている。
川上と柳瀬もてんやわん屋のアルバムに招待したいところではあるが、どうしたものか。
勝手に決めるのもよろしくないので、みんなに意見を聞きたいところだ。
接点で考えると愛は確実に大丈夫だろう。美咲と晃もお泊り会の時に接点はできている。
接点がないのは綾乃か。綾乃はアップロードも少ないし、一人だけ中学生だからな。
とりあえず太一と長谷川に意見を聞いてみよう。
「「問題ない」」
即答だった。
「川上と柳瀬は人騒がせなところはあるが笑って許せる範疇だ。うちのメンバーもその辺はそれなりのもん持ってるし同じだろ。俺は賛成だ」
「私も賛成。あの二人なら今のメンバーに混ざっても違和感なくいられると思う。意外と口が堅いし、行動に裏表もないから、そこは保証してもいい。ある意味、自分に正直に生きている感じだよね」
「どうせなら、てんやわん屋の親睦会に参加させてみたいよな。てんやわん屋の関係者じゃなくても響みたいに友達だから呼ぶっていう前例もできてるし、おじさんそういうの歓迎するから参加させても大丈夫だろ。またやらないかな。秋のバーベキューとか言ったらおじさんたち乗りそうな気がするんだけど」
太一が悪い顔をしている。
お前、あいつらを勝負に巻き込んでギガマックス飲ませたいだけだろ。
女子だから俺たちとは別口なの分かってるか?
「流石のあいつらも遠慮するんじゃないか?」
「肉で釣れば大丈夫だろ」
確かに来そうな気はするけど。
「イベント参加が加入条件っていうのならありかもね。私と晃さんがイベント参加後に加入だったしね。アルバムだけでも学生メンバーって括りで問題ないんじゃないかな。何だかんだと一緒にいること多いし」
「綾乃ちゃんは大丈夫か。あの二人と接点ないだろ?」
「いや、あるぞ。夏休みに数回接してる。暇してたあいつらを誘って、俺と長谷川と綾乃の5人で一緒にカラオケ行ったこともある。カラオケの時は俺が綾乃にボコボコにやられているときに柳瀬がマイク実況し始めて、それ聞いた長谷川と川上が腹抱えて笑ってたよな」
「あれは面白かった。流石は放送部と思ったもん」
俺も聞きたかったな。
「綾乃ちゃんは二人に懐いていたから大丈夫だよ。ねっ千葉ちゃん」
「特に柳瀬が綾乃のお気に入りだな。柳瀬のキャラが濃いからかもしれんが」
「言い回しが独特なところあるしね」
ちょうど長谷川が言ったタイミングで柳瀬がひょこっと顔を出す。
「柳瀬の名前が聞こえたが、何の話?」
「ああ、悪い。悪口じゃないぞ。夏休みにお前らと行ったカラオケの話を明人にしてたんだ」
「ああ、千葉君の妹ちゃんがいたときか。あれは楽しかった。それで具体的には?」
「俺の妹がお前を気に入ってたって話をしてたところだ」
「ほほう? 妹ちゃん柳瀬を気に入ったのか。残念だがお姉ちゃんになってやれないと言っておいてくれ。千葉君と結婚する気はないからな」
誰もそこまで言ってねえ。
相変わらずカオスな発言をするやつだ。
「川上はどうした?」
「あ奴は天に召された」
川上を見てみると、疲れているのか眠りについたようだ。
頭がぐらぐらしているけれど、あれ逆に疲れないのかな。
「そういう言い回しが独特なのよねー」
「柳瀬は小さい頃からこんな感じだ。自分で言うのもなんだが生意気なクソガキだった」
柳瀬はチラッと川上を見ると、少し考えて自分の席に戻っていく。
頭をグラグラさせている川上の状態が気になったのか。
川上は柳瀬にとって長いこと一緒にいる相方みたいな存在だ。
面倒を見る気くらいはあるのだろう。
「暇だ。起きろ川上」
相方の面倒を見るような柳瀬ではなかった。
柳瀬は川上の顔に手にしたスマホで至近距離のフラッシュあり撮影。
川上は突然のフラッシュに顔をびくっとのけぞらせ、「え、え、今の何?」と、眼をしばしばさせて混乱している。そんな川上を見て柳瀬はにやついている。
やっぱり柳瀬は悪い奴だ。
「鬼だな」
「川上には容赦ねえな、あいつ」
「写真見て笑ってるけど、どんな顔が写ってるんだろうね?」
あいつらを参加させてもいいものか、分からなくなってきたな。
☆
新幹線とバスを乗り継ぎ、ようやく見慣れた風景が目に入ってきた。
俺らの住む清和市に戻ってきたのだ。
新幹線ではしゃいでいたクラスのみんなもバスに移ってからは静かなものだった。
高校に到着する前に、菅原先生から以後の予定が伝えられる。
到着後、最後の人員点呼を終えたのち体育館に移動。
そこで校長先生からありがたいお話を聞いて各クラスごと解散。
校長先生のお話はなるべく短めでお願いしたいところだ。
菅原先生の説明後、いつも目にする我が校のグラウンドが視界に入る。
ようやく俺たちは帰ってきた。
もっと見て回りたかった思いはあるけれど、それなりに楽しめた修学旅行だったと思う。
校長先生のお話は予想よりも短く、早めの解散となった。
クラスのみんなも「おつかれー」、「またなー」、「帰りたくねー」とか言いながらも帰り支度をまとめて足を進めて帰って行く。
俺は文さんの車で一緒に帰宅する予定なので、しばらく待機だ。
残る俺に手を振って帰って行く太一や長谷川、川上、柳瀬を見送る。
それからしばらく生徒の帰る姿を眺めつつ、下駄箱の入り口のところで座って文さんを待っていた。
急に俺の背中に柔らかい衝撃と俺の身体をぎゅっと包むように手が伸びてくる。
「明人さん、お帰りなさい」
その声は愛のものだった。
どうやら下校せずに俺を待っていてくれたらしい。
今日は部活もない日のはずなのに、わざわざ待っていてくれたのか。
「んふふー。やっと帰ってきてくれましたね。愛は寂しかったのです」
愛は背中にへばりつきながらすりすりと頭を擦り付ける。
何だか本当にいつもの日常に帰ってきたんだなと実感する。
目の前にいる響が黒い龍神様を背にしながら手刀を用意しているからだ。
響の視線が背中にへばりつく愛じゃなくて俺に向いているのもいつもの日常だ。
帰ってきてすぐに狩人が目覚めたか。
これは嫌な予感がしてきたぞ。
俺の地獄はリピートする習性があるから避けたいんだけど。
ああ、これ無理だ。
響は俺の横にしゃがみ込むと同時に俺の脇腹に手刀をえぐり込ませた。
修学旅行が終わったと同時に俺の平和だった時間も終わったらしい。
それでも「ただいま」かな。
お読みいただきありがとうございました。