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帰路  作者: まるだまる
389/406

384 修学旅行14

 修学旅行4日目。


 大まかな予定としては午前中に嵐山周辺を散策、昼食は混みあう前に嵐山付近で取る予定。その後、四条河原町へ移動してから商店街を中心に練り歩く流れだ。

 最終日の団体行動では土産物を買う時間が短く設定されていて、自由行動の間に買っておくことを推奨されている。川上や柳瀬が死守したのは午後の買い物時間。

 新たに史跡巡りを追加するならこの時間を削るしかなかったからだ。

 四条河原町は人通りが多く移動も困難なので、店を多く回ろうと思うなら確かに時間が必要だ。


 今日は時間との勝負なところもあるので、慎重に行動しよう。


 ホテルからのバスに乗って京都駅経由嵯峨嵐山駅で下車し、すぐ近くにあるトロッコ嵯峨駅で乗車、トロッコ亀岡駅まで行って往復する。保津川下りは時間と費用の都合上、諦めの対象。

 保津川下りを団体行動に組み込んでくれてたらよかったのにと思う。


 トロッコ列車は電車ではなくディーゼル機関車で、ゆっくりとした速度で走るのが特徴。

 時速25キロほどなので自転車より少し早いくらいか。

 最後尾には窓が付いていないというか壁のないオープンビューな車両があったが、寒かったけど撮影するにはよかったと思う。


 山間部の川沿いを通ったので少し寒かったが、トロッコ列車に揺られて車窓から見える自然を満喫。景色がいい所で更に速度を落とすサービスには驚いた。


 ここで一番はしゃぎ忙しかったのは、カメラをあちこちに向ける長谷川だった。

 記念撮影でみんなに呼ばれるわ、きれいな景色があちこちにありすぎて被写体に困るらしい。

 川沿いを移動する野生の鹿も撮れたらしいので、後でデータを見せて貰うことにしよう。


 最初に乗ったトロッコ嵯峨駅の一つ手前トロッコ嵐山駅で下車した俺たちは、竹林の小径を経由して天龍寺へ向かう。


 竹林の小径――いやいや、これは圧巻だ。

 天高くそびえる竹林、日差しを和らげ、場所によっては竹が天を覆い隠し薄暗いところもある。

 季節柄、竹が色褪せてきているものあるが、まだ緑が多い。


「これは伏見稲荷の千本鳥居と同じ感覚で、もし一人でいたらと思うとぞくっとするな」

「そうね。この季節でもこれだけなのだから、竹がもっと青い夏なんか凄そうだわ」


 響が俺の隣で竹を見上げながら言った。


 ところで響さん。今日のこの状態は何でしょうか?

 俺と手を繋いでいるのはいいんですけど、指と指を一つ一つ絡めるように繋ぐって、これっていわゆる恋人繋ぎというやつだよね。嫌ではないけど、むちゃくちゃ照れるんだが。

 トロッコ列車から降りたときに俺の横に来て、腕を組むのかと思ったらこの状態である。

 

「愛さんが教えてくれたのだけど、修学旅行限定で先を譲ってくれたわ。明人君は嫌?」

「嫌じゃないです」

「何故そんな言い方なのか分からないけれど、明人君がいいならこのままで」


 俺が聞いた時に、響はいつもの無表情で答えたけれど、その中に照れが隠れていた。

 多分、響なりに勇気を出したのだろう。今まで仕掛けてこなかったのだから。

 まあ、俺の3歩くらい後ろに怨嗟を振りまきながらついてきている川上と柳瀬がいなければ、そこまで恥ずかしいと思わなかったと思うけどな。

 それに川上と柳瀬は俺がよく知っている狩人の目になってきているから、あいつら怖いんだよ。

 

 悪寒と恥ずかしさを抱いたまま、竹林の小径を抜けて天龍寺へ。

 天龍寺は後醍醐天皇を弔う菩提として建立された。庭園が有名らしい。

 法堂には天井一面に雲龍の姿が描かれてるという。残念ながら今日は見ることができないようだ。

 ガイドブックに載っていたけれど、雲竜図ってなんかどこかで見た気がするんだよな。

 初めてって感じがしない。既視感という奴なのだろうけれど。


「ガイドブックを見て唸ってるけど、どうかしたの?」


 横から響が俺の手にあるガイドブックを覗き見る。


「……!」


 ああ、そうか。

 雲竜図って響の背中にたまにいる奴そっくりなんだ。

 あれの巨大化した図はさぞかし大迫力だろう。

 迫力は俺も知ってるからな。命が危ないと思うほどに。

 

「明人君、なんか急に晴れ晴れとした顔してるんだけど」

「いや疑問が解けてすっきりしただけだから」


 天龍寺を散策し、次は渡月橋を目指して移動。

 渡月橋を渡る前に少し休憩とお茶屋で団子と茶を一服、お茶屋から渡月橋がよく見えたのが良かった。

 

 渡月橋を渡り嵐山公園を散策し、モンキーパークへ。

 大声出したり、目を合わせると襲われるかもしれないと聞いていたので、みんな猿にビビりながら餌をあげていく。俺と一緒にいる響以外の女子は悲鳴を抑えるのに必死のようだ。響の前にいる猿が何故かぺこぺこしてるけど気にしないでおこう。


 俺も子猿に餌をあげようとしているが、大きな猿が横からかっさらっていく。

 くそう、お前大きいんだから我慢しろよ。俺は子猿にあげたいんだよ。


 動物に好かれる体質の太一は前もって避難していたが避難先で猿の群れに囲まれ、両手を上げて身動きできなくなっていた。太一よ、混乱しているのは分かるが猿相手に両手を上げても無駄だと思うぞ。

 流石に太一も涙目で救いを求めるが、群れが多すぎて誰も太一に近寄れず、係員さんに頼んで救出してもらった。

 

「威嚇はしてなかったから大丈夫だと思ったけど。群れるとやっぱ怖い」

「よく頑張った。えらいぞ千葉ちゃん」


 長谷川よ。慰めているのは分かるけど、シャッターチャンスと言いながら写真とか動画とか撮りまくってたよね。綾乃に見せてあげると喜ぶと思うよ。


 再び渡月橋を渡って、早めの昼食をとるための場所探し。

 候補が何件かあるので、女子に任せることにする。

 川上と柳瀬、牧瀬と宇田、長谷川があーでもない、こーでもないと和気藹々に足を進めていく。

 この旅行で随分と親しくなったようだ。

 そういえば響はずっと俺の傍にいるけど混ざらなくていいのか?


「響、混ざってきてもいいんだぞ」

「大丈夫よ。みんなには話を通しているから」

「俺としてはみんなとも接点増やしてほしいんだが」

「リスクマネジメントの結果よ。私のことを最も警戒しているのが明人君だから」


 そりゃあそうだと思うけど。


「心配してくれてありがとう。明人君たちがいないところでちゃんと話もしてるから大丈夫よ」

「みえていないってだけなのか」

「ええ。牧瀬さんとは昨日お風呂でお互いの胸を揉み合ったわ」


 何してるんですか響さん!?


「やり返しただけなのに、宇田さんに思いっきり引かれたわ」

「そういう話は男子にしないでおこうな?」

「ついでに固めたのが良くなかったかしら」

「風呂場でそれはやめてやれよ」

「この修学旅行中の女子風呂では定番になってるわよ。牧瀬さん以外も何人か犠牲に」 

 

 やったのお前だろう。


「一緒にいた川上さんと柳瀬さんが遠慮しなくていいって言ったから」

「そいつらの発言は信じちゃいけないと思うぞ?」

「信じるわよ。友達だもの。それに後始末をいつもしてくれるから感謝しているわ」


 なんだかんだとうまく友達付き合いできているようだ。

 まあ、川上と柳瀬はちょっと下心も入っているだろうけれど。


「私がお風呂に行くのがばれると、お風呂場が凄い混雑するの。初日は大変だったわ。だから川上さんと柳瀬さんがカモフラージュで私たちのお風呂道具を持って行って、待っててくれてたのよ」


 ああ、なるほど。大浴場だからここぞとばかりに響に近づくのか。

 もしくは、響の裸体が目当てかもしれんな。川上とか柳瀬もその口のような気がする。

 

「夜も結構、乱入者が多くて。少し話をしたいって子がほとんどだからある程度は話をするのだけれど、川上さんや柳瀬さん、牧瀬さんに比べると慣れていないせいで疲れるわ」

「それはある意味弊害だな。響も無理のない程度にしとけよ」

「ええ。でもメリットもあったわ。まだ完全じゃないけど他のクラスで私と目を合わせると固まる子が把握できたから。今度からは気を付けられる」

 

 響も情報収集ができたってか。

 俺と違って響の場合は相手の名前と顔は覚えてしまっているだろうからな。


 響と話し込んでいると、店が見つかったようで、川上と柳瀬が早くこいと訴えている。

 響の手をぎゅっと掴みなおして声を掛ける。


「行くぞ。あいつら飢えてはないだろうけど、遅いとうるさいからな」

「ええ、そうね。でも、その騒々しいのが楽しいときもあるわ」


 違いない。


 ☆

 

 昼食を済ませたあと、四条河原町へと移動した。

 覚悟はしていたものの人通りの多さに目が眩む。

 ここは響にとっても俺たちにとっても危険な場所だ。


 移動の際は俺が響の横。俺と響の前後に誰かを常に配置して警戒。誰かの視界に常に響が映るように組む。広いところはまだいいが狭いところだとこの形しかできない。

 特に被害経験者の警戒感が強い。

 

「東条さんの脳天気が本領発揮するかもしれない」

「さすがに犬はいないだろうな?」


 少しだけ考えていた作戦がある。

 これはある意味賭けにも近いが未だに試したことはない。

 打てる手は少しでも打っておきたいからだ。 


「響、これはお願いじゃなく命令だ。今日は俺の手を俺の許可なく離すな」


 そういうと、響は珍しく顔を赤面させて「はい」と頷いて俺の手をしっかりと握りなおした。


「柳瀬、東条さんに新たな属性が付いたよ」

「実はM属性も持っていたか。柳瀬と同類の匂いがする」


 だから何でお前らは俺の聞こえる所で話をするんだ。

 そういう意図じゃないからな。


 四条河原町を起点に練り歩いて行くが、〇〇通り〇〇町とかがよく分からん。基盤の目みたいに入り組んだ小路もあれば、広い通り道もあったりと普通に迷いそうだ。一度見つけた気になる店をあとで寄るという考えは捨てた方が良さげだ。

 

 一応、みんなにはなるべく時間短縮できるように寄りたい場所の事前調査はしてもらっていてるが、やはり人混みの多さと、思っていたよりも店舗が目立たないところにあったりと予想よりも時間を取られた。

 女子たちが雑誌には載っていても地元の清和市では販売しておらず、手にしたかったコスメ商品などもここにはあるそうで、いくつかは買って帰りたいとのこと。

 京都土産というよりも自分のための買い物だな。


 家族への土産はどうするのか聞いたところ、みんな八つ橋とか和菓子とか無難な物でいいそうだ。形の残るようなものは置き場所に困ったり、冷静になったときに後悔することが多いので控えるように言われたらしい。変に奇をてらうよりも食べ物がいいってところか。


 俺もてんやわん屋の皆さんには量の多い京菓子でも買って帰ることにしよう。

 あとはアリカと愛のいる愛里一家だが、あそこも菓子系がいいだろう。来年、愛が京都に行くし。

 京漬物とか食材系は文さんが土産に買うって言ってたな。

 美咲にはお狐様の面も買ってあるし、自分用に嵩張らない記念品でも買いたいところだが、みんなの話を聞くに食べ物のほうがいいようだ。


 どうするか……そうだ。羊羹とかいいかもしれない。

 美咲は何故か羊羹を作りたがるから、美味しい羊羹を知れば少しはましになるかもしれない。

 今のところ危険な羊羹しかないんだよな。


「響は?」

「母は何でもいいと言っていたけれど、父が山椒の入ったちりめんじゃこを希望してたわ。昔、誰かに貰ったことがあったらしくて、また食べたいらしいの。店によって味が違うらしいから、この店のなんだけど」


 響が差し出したスマホには販売店のホームページが映っていた。

 見せてもらうと、売っている店は割と近いことが分かる。


「多分、この通りが今俺たちがいる所だから。あー、通り過ぎているな。さっきの駅の近くだ」 

「あっちかしら」

「その反対な」


 澄ましているけど、相変わらずの方向音痴は隠せてないぞ。


 ☆

 

 あっという間に時間が過ぎていく。

 残された時間はあと2時間ってところだ。


 色々な店に寄ったが、俺が買ったのは美咲用の羊羹だけ。

 次の店にいいのがあるかもしれないと思うとつい買いそびれてしまっていた。

 目移りしすぎて決められないから京都駅構内の土産物店で買うことにしよう。

  

 響は俺の指示通り、俺の手を俺の許可なく離さなかった。

 何度か引っ張られることはあったが、自制できたらしい。

 途中、響に無理強いしてすまんと謝っておいたが、本人的には嬉しかったようだ。 

  

 響の親父さんが希望していた山椒の入ったちりめんじゃこもちゃんと買えた。

 他のみんなも目的のものは概ね買うことができたようだが、まだ店は見て回りたいようだ。


 しかし、練り歩いて練り歩いた結果、体力に自信のない宇田、川上、長谷川がギブアップ。

「鍛え方が足りん。柳瀬を見習え」

 と、柳瀬はギブアップした3人にマウントを取っていた。


 響と牧瀬は分かるが、意外と元気だったのが柳瀬。

 伏見稲荷では山道で遅れていたような気がするが、柳瀬に聞いてみると川上に付き合っていただけで、疲れたわけではなかったそうだ。そういや、クラブ対抗リレーで走ってたな。見誤ってた。

 

 女子三人が休憩したそうにしているから、どこか腰を据えて休憩できるところに行くことにした。


 ☆


 休憩に寄った喫茶店。抹茶のスイーツで有名処らしい。

 抹茶ラテがおすすめと書いてあったので、俺はそれを頼んだ。

 

「3日間あっという間だったな。明日の団体行動ってなんだっけ?」

「京都伝統産業の見学だな。体験学習もある。西陣織とか和紙とかもあったと思う」

「ちりめんとかもあるかもしれないわね」

「東条さんそういえば買ってたよね。ちりめんじゃこ」

「それじゃなくて、本当のちりめんよ」


「「「「「「「「え?」」」」」」」」


 宇田以外が反応した。


「ちりめんじゃこっていうのは、ちりめんのように見えるからそう言われてるだけなの。ちりめんは織物のことを言うのよ。確か絹で織ったもので縫い方が特殊で縮むからちりめんって言うそうよ」

「んじゃ、黄門様が言ってるちりめん問屋の御隠居って、ちりめんじゃこの問屋じゃないの?」

「それは織物問屋のことを指しているわね」

「今までずっとちりめんじゃこの問屋だと思ってた……ちりめんじゃこで豪遊できるって江戸時代すげえって思ってたのに」


 勝手な思い込みだったが、俺もその口だ。

 そうか黄門様の仮の身分は織物問屋の御隠居だったのか。

 ちなみに隣の席の知らないおじさんがショックを受けた顔してるけど気にしないでおこう。


 宇田に何故知っているか聞いてみると、おばあちゃんがちりめんの仕事についていたらしい。

 京都ではなく新潟らしいけど。それ越後のちりめんだな。黄門様が使ったところのじゃん。

 宇田は牧瀬ら幼馴染にもちりめん問屋はちりめんじゃこの問屋じゃないと小学生くらいの時に言ったことがあるそうだ。


「「「覚えてない」」」

「そっかー、あれだけ説明したのに覚えてないのかー。分かったって言ってたよねー」


 あ、この表情は見覚えがある。

 笑ってないのに笑ってるように見えるやつだ。目が笑ってない。

 うちの美咲が得意なやつです。

 ちなみに牧瀬ら幼馴染集団の中で普段全く怒らない宇田を怒らせると一番あぶないらしい。


 ラスボスか?

     

お読みいただきありがとうございました。

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