383 修学旅行13
俺と関ヶ原で響を挟み込みながら歩いている。
何故こうなったかというと、響が言い出したからだ。
だったら俺と腕を組まなくてもいいんじゃないかと言ったが、響が譲らなかった。
「関ヶ原は私が極度の方向音痴ってことを知らないのよ」
「え、東条ってそうなの?」
「ええ、そうよ。以前から自覚はあったけれど私の場合相当ひどいらしくて、誰かがお守りに着く必要があるようなの。はぐれてしまったら私を探すのに苦労するらしいわ」
「そのお守りが彼なのか……」
他人事のように言う響だが、本当に自覚しているのだろうか疑問だ。
単なる方向音痴だけなら誰もお前を警戒しない。
方向音痴なくせに自分から迷子になろうとするからお守りがいるんだ。
響の迷子に何人もの被害者が出てるだけに、慎重に行動してほしいのだが、いかんせん響は好奇心が旺盛というか、気になったものを追いかける習性があるので、周りにいる者が止める必要がある。
お守りならば、俺の他にも太一はともかく長谷川がいるだろうと、長谷川らに目を向けると、長谷川と太一は二人揃って一歩二歩と下がり、俺らから距離を取って無言の主張をしてきた。
くそ、あいつら絶対面白がってるな。
「よく分かんないけど、東条がいいならいいよ」
「そう、ありがとう。明人君は嫌なの?」
これは断りにくいわ。
こうして俺と関ヶ原で響を挟み込んで歩くことになったのだった。
久しぶりの再会だからか、関ヶ原と響の会話は弾む。
関ヶ原は俺がいても気にしないで響と会話を続けてくれるので助かる。
「東条は随分と変わった気がする。前なんてボクの話なんてほとんど聞いてなかったのに」
「失礼な言い方ね。ちゃんと聞いてたわよ。ただ、あなたが目を見て話してるとすぐに喧嘩を売ってくるから逸らしてただけよ」
「なんだ、お嬢様だから澄ましてるのかとずっと思ってた」
関ヶ原は「あっ」と言って、片手で自分の口を塞いだ。
言ってはいけない言葉だと思ったのだろう。
そんな関ヶ原の姿を響は何でもないといつもの無表情で答える。
「あなたの言う通り自分でも変わったと思うわ。今のセリフ、前の私だったらカチンとしていたもの」
「ああ、確かに。東条はお嬢様って言われたらよくキレてたもんね。変わりもするか、彼氏まで捕まえてるもんな。ごめんね、なんか邪魔しちゃって」
「彼氏なら嬉しいんだけど、まだ私の片思いなの」
「え、ゴメン。言ってる意味が分からない」
関ヶ原が響と俺を覗き込むように見て戸惑っている。
伝わるか分からないけれど、一応説明しておこう。
「あー、誤解しないで聞いて欲しい。これみんなに言ってるんだけど、俺は恋愛感情ってものが分からないんだよ。好きとか嫌いは分かるんだけど、何がどうなったら恋になるのか分からないんだ」
「小難しいこと言う男だな。そんなの理屈じゃないでしょ。誰が大事かってことじゃないの?」
「明人君にとってはみんな大事な人なのよ」
「ちょっと待って。みんな? 他にもいるの?」
「いるわ。明人君が大事にしている人は男女問わずたくさんね」
響の言葉を聞いて関ヶ原は訝しげな表情を浮かべる。
納得できたのか考えることを放棄したのか表情はすぐに戻された。
「……東条も面倒な相手を好きになったんだね。ボクなら避けるわ」
「好きになってしまったのだからしょうがないわ」
「はいはい。ごちそうさま」
恥ずかしくなるので、そういうことは俺の前で言わないで欲しい。
旧友同士で花の咲く会話を続けながら、太秦映画村の見物は続く。
しかし、昔話のほとんどがアリカを含めた喧嘩の話ばかりで、如何にクラスメイト達にとって迷惑で危険な存在だったかが窺い知れる。そういうのって将来黒歴史になると思うぞ?
途中から関ヶ原は今の自分の置かれている現状と経緯について話をしてくれた。
「そう、今は通信制の高校なのね」
「うん、別の学校に編入して同じことになったら親にも悪いし、働きながらでもいいかなって」
「歯がゆいわね。あなたも被害者じゃない」
「もう一年前以上も前の話だし、東条が怒ったってしょうがないよ」
関ヶ原が自主退学した理由は学校で暴力事件を起こしたことがきっかけだった。
しかし、それは単なる暴力ではなく友人を守るために振るったものだった。高校に入って出来た友人が虐めにあっていて、それを知って助けたときに相手数人を殴ったのだという。
相手の一人が当たり所が悪く気絶してしまい、警察や救急車まで呼ぶ騒ぎになり、虐めのことも知れ渡ってしまったそうだ。
人助けだったとはいえ、暴力を振るった事実と騒ぎに発展させた責任があると、関ヶ原は学校側から停学2か月の処分が下された。その後の調査で1か月ほどで加害者たちの虐めの内容があまりにひどかったことが判明。関ヶ原は停学処分になっていたのに加害者たち処分保留となっていたことの批判が殺到した学校は関ヶ原に対する停学を急遽短縮。虐めに加担していた加害者全員が退学もしくは転校することになったことを再び登校したときに聞いた。
そして、虐められていた関ヶ原の友人も、関ヶ原が停学中に自主退学してどこかへ転校していた。
「ボクはその子のことが大好きだったのに気付けなかった。助けるつもりがさらに深く傷つけちゃった。ボクは停学中にその子がいなくなったことを知って、親と相談して自主退学を決めたんだ。親もあっさりと認めてくれたけど、通信制でも夜間でもいいから高校だけは出とけって言われたから、今はそうしてるの」
「ごめんなさい。嫌な話をさせてしまったわね」
「もう終わった話だし、ボクがしたんだから東条が気にすることないよ。あ、そうだ。もし修学旅行中に困ったことがあったら、ボクに連絡してね。ボクの彼氏もあちこちに顔が利くから手助けにはなると思うよ」
うんうんと頷きながら話を聞いていた響だったが、途中気になる部分があったらしく関ヶ原の顔をじっと見ている。
「何、どうしたの。ボクの顔じっと見て」
「ねえ。あなた今、彼氏がどうとか言わなかった?」
「うん。だってボク、彼氏いるし。去年の秋にバイト先で知り合ってさ。無駄に体力あるから相手するの大変なんだよねー」
「……その言い方だと、もしかしてあなた大人になったとか?」
「え、ボク大人っぽくなったように見える?」
「……あなたに比喩は通じないわね。もう肉体関係を持ってるようないい方したわねと言いたかったの」
「え、なに言ってんの。そんなの人に言えるわけないでしょ。想像に任せるよ」
それって暗に答えを言ってるように聞こえるのは気のせいだろうか。
それとも俺が下品な考えを持ってしまっているからかもしれない。
なんだか響が悔しそうな顔を見せているのはなんでだろう。
あと、ついでに俺の腕が折れそうな気がするので、握っている手の力を緩めてもらっていいですか?
俺たちは関ヶ原の案内で太秦映画村を周り、それなりに時間がたったところで牧瀬たちと合流した。
関ヶ原は牧瀬たちに自己紹介のときにヤンキー集団を襲ったのは自分で、みんなに迷惑をかけてごめんねと頭を下げた。関ヶ原の謝罪に牧瀬たちは戸惑っていたものの、響の態度を見てもう終わった話なのだと結論付けたようだ。
とりあえず、みんなが揃ったところで記念撮影。
関ヶ原にみんなで揃っているところ撮ってもらい、俺も響と関ヶ原のツーショットを撮らせてもらった。すぐにアリカに送ってやろう。アリカが立てたフラグは無事回収しましたってね。
関ヶ原による太秦村の裏話や楽しみ方を聞きながら、みんなで回っていく。
こういうのはみんなで分かち合わないとな。
太秦村をあとにするとき、ホテルへと向かうバスの乗り場まで関ヶ原が案内してくれた。
「関ヶ原、夜の自由時間にでも電話するわ。話しましょう」
「うん。今日は家で学校の課題するだけだから大丈夫だよ。急ぎの課題でもないし、時間は取れるから、そっちの都合で掛けてきていいから」
バスが来るまで別れを惜しむ関ヶ原と響だが、そんな二人を眺めていると、俺のスマホから着信の音。
相手を確認して、すぐに出る。
「――――」
「ああ、今なら大丈夫だ。ギリセーフ。ちょっと待ってろよ」
俺は響と関ヶ原にスマホを見せながら、
「アリカ――いや、愛里香からだ」
どうやら俺が送ったメールを見たらしく、迷ったようだが声を聞きたくなったらしい。
僅かな時間だったが、アリカと関ヶ原も話をすることができ、響を介して連絡先の交換もできたようだ。
「今日はとてもいい日になった」
関ヶ原が嬉しそうな顔で言ったのが印象的だった。
少ししてバスが到着し、俺たちは関ヶ原に見送られ帰路に就いた。
☆
夕食後、さっさと入浴を終わらせて反省会だ。今日は俺たちが女子の部屋へ行く番だ。
部屋の番号を確認し、ドアをノックすると長谷川がドアを開けてくれた。
しかし、これはどういう状態なんだろうか。
部屋に入ると、何故か響が後ろ手に縛られてベッドに転がされている。
てんやわん屋で行った夏の慰安旅行の時も見たな。
「これ、どういう状況?」
「東条が自分から言ったのよ。今の状況で木崎君の顔を見るとまずいって」
牧瀬が困ったような顔をして言う。
もしかして、響が変な性癖に目覚めたのかとも思ったが違うらしい。
「なんでも愛里さんって子に木崎君の写真をせがまれて、送る写真を選んでたの。そしたら……」
「なんか変な声出し始めて……」
「あんな東条さん初めて見た。あれは男子に見せられないわ」
「失礼ね。そこまで変な声は出してないと思うのだけれど」
響が転がったまま、文句を言う。
「いや、東条さん。あれは柳瀬でもちょっと引いたぞ」
柳瀬が引くって、響よお前どんな声出したんだ。
「おい男子ども、言っとくけど色っぽい声じゃないからな?」
「どちらかというと、あれはオタクとかが発するような声だった」
余計に分かんねえよ。
太一はあまり気にしていないようだが、篠原と竹中が気になっているようだ。
おい竹中、宇田が少しむくれた顔してヤキモチ焼いてるっぽいぞ。あとでフォローしとけよ。
少し羨ましいぞ。
俺の場合、そんな顔した直後に脇腹へ手刀が刺さってることが多いからな。やけに平穏が続くと思っていたら、狩人が響だけしかいないからか。その響も今は身動きできないから、誰も俺を攻撃してこない。
狩人がいないってのはなんて平和なんだ。
俺に手刀を打ち込むランキング一位の美咲がいないせいだろう。
なんか美咲の声が聴きたくなったから、あとで電話してみよう。
反省会と4日目の方針について話し合う。
修学旅行4日目は自由行動ができる最後の日。
3日目でトラブルに巻き込まれたものの、響が旧友との再会できたことで帳消しになったと思う。
それぞれ不満というか、未練を持っていた。
聞いてみるとみんな一緒で、計画はほぼ予定通りで遂行できているが、実際に現地に行くと欲が出て、ちょっと無理すれば行きたかったところに行けるんじゃないかと思ったり、バスで近くを通ったりしたときに後ろ髪をひかれたりと、それぞれ何かしらの未練があったようだ。その辺りは俺も同じだ。
京都――はっきり言って見たいものが多すぎる。
誰それ所縁の寺とか神社とか、歴史の舞台だったとか、どれだけ俺の心をくすぐるんだよ。
交通の便はいいものの、見たいものがあちこちに点在して移動に時間がいるのも厄介だ。
ゆっくり時間をかけて見ていたいが、俺の我儘にみんなを付き合わせるわけにもいかない。
足早にというわけでもないが 時間的制約はあったから、俺もある程度見れたと諦めて行動していた。
自由行動最終日となる4日目、少しでも未練を減らしたいのか、近くにあるので行けないかとかの意見がみんなの口からぽつぽつと出てきている。
柳瀬が締めとなる一言。
「柳瀬もみんなと似たようなものだが、ここはみんなで諦めないか。未練も旅の醍醐味。その未練がまた京都に足を運ぶことに繋がるんじゃないかと思う。どうだろうか?」
柳瀬の言葉でみんなが納得し、計画は予定通りのままと決まった。
俺の班では一番カオスな柳瀬だが、時折まともなことを言うので掴みどころが難しい。
だが、俺は知っている。柳瀬がまともであるはずがないことを。
「よし、川上これで買い物をする時間は死守できたぞ」
「柳瀬えらい。みんなクリティカルに刺さってたよ」
「言葉使いを選べば、ああそういうものかと思うものなのだ」
だから何で柳瀬と川上は俺に聞こえるところで話し合うんだ?
色々と台無しな気がするが、方針が決まったので良しとしよう。
お読みいただきありがとうございました。