閑話――明人が修学旅行中の美咲
今頃、明人君は修学旅行を楽しんでいるだろう。
大学に行く前にスマホ見てみたら、私たちが共用しているアルバムに新しい写真がアップされたと通知が来ていた。
見てみるとアルバムにアップロードが大賑わいだ。
多分、修学旅行に行っている子たちがたくさん上げているからだと思う。
どれどれと覗いてみると、案の定、明人君の他に太一君や響ちゃんも深雪ちゃんもちょこちょこ上げている。明人君が上げたものを見てみると、電車の中でいつもの仲間と楽しそうにしている写真とかがあった。良かった。明人君は楽しそうな顔してる。
上がっている写真を順番に見ていくと、川上さんと柳瀬さんに挟まれて困っている明人君の写真が上がっていた。
ちょいと柳瀬さん、明人君の背中にくっつきすぎじゃないかな。
川上さんそれ明人君に抱き着こうとしてない?
ふむ、これは明人君お仕置き決定だな。これは2回かな。
とりあえず、いらっとしたので、明人君にメッセージは入れておこう。
『帰ってきてからお仕置き2回』
これで良しと。これで明人君も自己防衛のために少しは動くだろう。でも、明人君のことだから一日数回はこういったことが起きることだろう。変な星の下に生まれたとしか思えないくらい、巻き込まれるからな。まあ、巻き込まれてしまったとしてもお仕置きはするけどね。
あれ、明人君からメッセージが来た。
どれどれ……ほうほう、言い訳ですか。
お仕置きを食い止めたい意思がものすごく見える。
返事は『却下』だね。
罪には罰を与えなければならないの。
ふっふっふ。このメッセージを見て明人君が「何で」と、突っ込んでいるに違いない。
明人君ならそう思うはずだ。
他の上がっている写真を見てみると、明人君の表情が凄く柔らかくなっているのが分かる。
前に太一君が明人君は学校で不愛想だと言っていたけれど、今のところその心配はいらないようだ。
明人君は本当に京都旅行が楽しみだったようで、随分と下調べしてた。
たまに夜中にこんなの覚えられねえよと叫んでいたことはみんなに内緒にしといてあげよう。
防音性が高いのか普段はあまり物音とか聞こえないけど、さすがに叫ぶと聞こえるからね。
見栄っ張りなところがある明人君のことだ、少しでも知識を蓄えて行きたかったのだろう。
楽しそうな明人君に比べ、私ときたら……
大学に着いたものの、学生の誰かと話すことなく、教授や助教授としか会話はない。
たとえあったとしても、「はい」とか「そうですね」といった短い言葉しかない。
大学で孤独な学生生活、いつになったら大学で友人ができるのだろう。
とはいえ、自分から話しかけられる度胸もなく、共通の話題を振れる自信もない。
ますます自分が嫌になっていく。
「晃ちゃん早く家に来ないかな。いや、駄目だ」
弱音を吐く自分を戒める。
こんな風に思っていること晃ちゃんに知られたら、絶対に駆けつけちゃう。
今日は午後に講義が移動してしまったので、お昼を食べたあと、講義を一つ受けてバイトに向かうだけ。
ほんの数か月前と同じように春ちゃんと二人だけの生活を送るだけなのに、この寂しさは何だろう。
やはり晃ちゃんや明人君がいないからだろうか。
身近にいる人がいなくなるだけでこんなに寂しいものなんだろうか。
今日も寂しく一人で食堂の隅っこでお昼を食べる。
人が少ないこの場所は気持ちが安定する。
なんか後ろの方で急に騒がしくなったけど、何かあったのかな。
お願いだから、余波が来ませんように。
周りに賑やかな人がいると、その陽キャぶりに私の心はダメージを受ける。
どうか、私をそっとしておいてくださいと心から思ってしまう。
現実的に誰からも相手にされていないので構われることはないんだけれど。
ああ、胸が痛い。自分で自分にダメージを与えてしまった。
午後の講義。気温も落ち着き、暑くもなく寒くもない心地よい天気。
眠気が誘われそうな陽気だ。
これが五十嵐教授の講義じゃなければ危なかっただろう。
油断して寝てしまった日には思わず笑うしかないレベルの楽しい課題が出されるのが分かっている。
少人数制講義の弊害だけれど、気を引き締め何とか耐えきることができた。
五十嵐教授とはずっとお世話になっているので頭が上がらない。それに気さくでオドオドしていたころの私にも優しくしてくれた。この大学の中で最も話す人になっている。相変わらず課題だけは厳しいけれど。
五十嵐教授と少しだけ他愛もない話をした後、講堂を後にする。
いつもならさっさと帰ってバイトに行くのだけれど、今日は話していたせいで遅れた。
遅れてしまうと、ロビーや入り口付近が講義の終わった学生たちで溢れかえる。
この人口密度の高さは、人見知りで陰キャの私にとってヘルロードと同じ。
強行突破したいけれど、誰かにぶつかった日には、目も当てられない。
そんな目立つ行為をしたくない。陰キャとはいかに目立たぬかを考えるものなのだ。
なるべく隅っこを選択して、その上で最短距離を移動しようと模索する。
うわ、最悪だ。今日はなんで端っこに人が集まってるの。サークルの打ち合わせかな。
駄目だ。どのコースも塗り壁のごとく進行を防がれる気配でぷんぷんだ。
これはトイレに避難すべきかもしれない。
ほんのちょっと時間をずらして状況が変わることを期待するしかない。
回れ右して、講義を受けた講堂近くのトイレに突入。
そこにパリピがいた。
私と正反対の存在。
陽キャの中の陽キャ。
キングオブキング、この場合女の子だから、クイーンオブクイーンか。
鏡の前で化粧直しをしながら、ケタケタ笑い、ウエイウエイ言ってる。
まず、言語が違い過ぎて、この人たちが何を言っているのか、よく分からない。
怪しまれないように、さっさと個室に入り、ケータイでも弄って時間を消化しよう。
☆
経済学部に所属している十河です。
私が清和大学に入学してから2年目を迎える。
もともと地元がここだけれど、やはり大学となると高校生の時とは全然違う生活に変わった。
まずサークル活動が半端ない。
体育会系だろうが、文系だろうが、サークルの活動はある意味人脈形成のきっかけになる。
ほとんどの学生がどれかしらのサークルに入っている。
私の入っているアウトドア同好会もメンバーは男女ともにそこそこ人数がいるので色恋沙汰は避けられないが、比較的健全な部類のサークルだ。
夏頃から、うちのサークルで一人の女性の話題がよく上がるようになった。
五十嵐教授のところで講義を受けている藤原美咲という子の話題だ。
何故、五十嵐教授のところだけがピックアップされているかというと、彼女の声を知っているのはその講義に参加している少人数だけだからだ。
元々、五十嵐教授の講義は少人数制が適用されており参加者が少ない。まあこの制度を利用できるのは入学時の成績が上位者だけなので、知らない人も多いと思う。さらに五十嵐教授は課題や評価が厳しいとの情報が出回っているので、大多数の学生からは関りが少なくて良かったとされている。
私と同じ2年生らしいのだが、これまで彼女の名前が話題に上がったことなど全くなかった。
私自身も彼女の名前も顔も知らなかった。
私が彼女を知るきっかけとなったのは、彼女が幼馴染を連れて構内を案内していたことだった。
多くの人がその二人の姿に目を奪われた。
彼女の幼馴染は、着こなしや対応が中性的で、同性の私の目から見てもとても格好が良かった。
そして、その幼馴染と並んでいた藤原さんは満面の笑みを浮かべながら、とても嬉しそうに案内をしていた。誰もが目奪われ、あの美人は何者だと藤原さんを知ろうとするものが多く現れた。
こんな美人が構内に存在しているのを、ほとんどの人が認識していなかったからだと思う。
あっという間に藤原さんの情報が集められた。
藤原さんの情報は期待していたようなものではなかった。
藤原さんはお昼時、いつも一人で食事をし、サークルは何処にも所属していない。
藤原さんは男の人が苦手というか、超が付くほど人見知りで女の人でも会話が苦手らしい。
教授や助教授と話している姿は見られても、学生の誰かと会話をしている姿をほとんど見られたことがないという。
集まった情報を見ても、コミュ障を拗らせている人なんだなと思う程度の話だった。
せっかくの美人なのにもったいないと思うのは私だけか?
☆
トイレのついでにメイク直しをしていたら、うちの後ろをものすごい美人が通り抜けて行った。
一番奥の個室に入っていったが、その子に聞こえないように声を潜めて、隣で髪をいじっているマツリに聞いてみる。
「まっつん、さっき後ろ通ったんあれ誰ぞ?」
「……さっきの子は藤原美咲って子さね」
マツリも声を潜めて答える。
「今のが!? マジやばない? 顔面、整いすぎでしょ」
「でしょ。この夏くらいから噂むっちゃ出てるよね」
「うちも噂で聞いたくらいだけど、なんかさあ、男の人が超苦手らしいじゃん」
「マジか。あたしは外に彼氏がいるって聞いたけどな」
本人に聞こえたらまずいと思い、メイク直しもほどほどにトイレを出る。
トイレから離れるように通路をテクテク歩きながら、マツリと話の続きをした。
「……あれは反則だわ。ちらっとしか見なかったけど、薄めのメイクであれかよ。この大学にあれに勝てるのいるの?」
「今までどこに潜んでたんだろうね。全然名前とか知られてなかったもん。突然、浮上したよね」
確かに、夏休み前くらいから急に耳にすることが多くなった名前だ。
「夏前にさあ、高校生相手に大学案内したやつあったじゃん? うちも参加してたやつ」
「リオが参加してたやつ……ああ、覚えてる覚えてる。清和台高校のだっけ?」
「そうそれ。あの時の引率学生名簿に藤原美咲の名前があったんだよね」
「え、マジで?」
「マジマジ。でも、でも記憶がないんだよねー。あんなの見たら絶対覚えてると思うんだけど」
「リオの記憶が悪いだけじゃ?」
「いや、同姓同名だとしても名簿は間違いない。うちの下だったもん。名簿で前後の人は覚えとくでしょ。打ち上げにもいなかったし」
むっちゃ根暗そうな奴がいたような気はするけど、あんな華やかさを持った奴はいなかった。
どうやって今まで潜んでいたんだろう。
☆
今まで隠しに隠してきた女神ちゃんの存在がとうとう大学で噂になってしまった。
我々の出会いは彼女がバイトしているてんやわん屋という中古ショップだった。
バイトを始めたばかりの頃の女神ちゃんは体育会系である我々の図体に恐れおののき目を合わすことすらできなかったが、秋ごろになると普通の店員さんのように接客ができるようになっていた。
女神ちゃんの成長を我々は密かに祝ったものだった。
たまたま大学内で女神ちゃんを見かけた紳士が声を掛けようとしたら、その気配を感じたのか、声を掛ける前に逃げられたらしい。それで我々は彼女が同じ大学に通っていると気付けたのだ。
ちなみに逃げる時の彼女は小動物を思わせるような行動だったという。想像ができるだけに愛でる気持ちに拍車がかかる。
このことがきっかけでできたのが協定だ。
怖がらせてはいけない。
不用意に近づいてはいけない。
プライベートではこちらから話しかけない。
決して触れず、遠くから見守る愛でる。
邪なものたちは女神ちゃんに気付かれないように排除または勧告。
これが我々の定めた紳士協定だ。
「うむ。今日も女神ちゃんの行動はとても素晴らしい」
「うむ。ロビーの学生の数に驚き、戦略的撤退を選ぶところが女神ちゃんらしいところだな」
「ところで聞いたか紳士諸君。今日は不埒ものが出たそうだ」
「ほほう? それは聞き捨てならぬ出来事だな」
どうやら女神ちゃんの美貌に心奪われた奴が、昼食時に乱入しようとしたらしい。
なんと罪深いことを!?
女神ちゃんの美味しそうにもぐもぐ食べる姿は我々紳士たちに最も癒しを与えてくれる場だというのに。
女神ちゃんは混みあう食堂の中で最も目立たない場所を瞬間的に把握し、幽鬼のような存在感で息を潜める。紳士の間で女神ちゃんを視界に入れるための席争いが常態化しているのだ。絶対に気付かれぬように視界に留めるだけだから難しいんだぞ。
「ほう。女神ちゃんの聖域に近づこうとしたと?」
「うむ。当然、女神ちゃんに気付かれることなく速やかに排除されたそうだ」
「素晴らしい。ライブお誘い事件のようなことが再発しないようにせんといかん」
女神ちゃんがバイト中に起きたナンパ事件。なんでも女神ちゃんを自分たちのライブに誘ったたわけものがいたらしい。幸い、女神ちゃんの用事と日時が重なり未遂に終わった。
もし女神ちゃんが断れずに参加していたら、そいつの餌食になっていたかもと思うと身の毛がよだつ。
その情報を得た紳士諸君の行動は凄かった。
そいつらのライブは8:2の割合で男ばかりになった。
しかもガチガチムキムキの体育会系を選抜したので異様なライブだった。
当然、俺も参加していた。
そのあとは詳しく知らんが、ナンパした奴を捕まえて説教大会という名の布教が行われたらしい。
これは紳士諸君の間でも再発防止に熱が入っている。
先輩後輩という伝手を通じて、店員さんに迷惑をかけてはならないように指導している。
先代女神様だった牧島春那さんが卒業した後、女神を引き継いだ藤原美咲。
我々は敬意と愛情を込めて「女神ちゃん」と呼んでいる。
見てると面白いんだ。
☆
そろそろいいだろう。
トイレを占有しているのも人に迷惑だ。
ロビーに向かうとかなり人が捌けている。
これなら移動できる。
さっさとここから脱出だ。
最近、この移動時に妙に生温かい視線を感じるのは気のせいだろうか?
すぐに消えるから気のせいだと思うけど。
いつもの時間より少し遅れてバイト入り。
夕方からはアリカちゃんが助っ人で来てくれる予定だ。
アリカちゃんが来るまでの間は一人で店番で、たまに店長が覗きに来る程度。
ふっ。
それではアリカちゃんが来るまで、いつもの妄想タイムに入りますか。
今日はどんな妄想しようかな。
自分がファンタジーな異世界転生したら……いや駄目だ。
アニメとかラノベがない世界に行きたくない。ラノベは創作物語って点で可能性あるか。創作作家ぐらいいそうだよね。
――いやちょっと待て。
仲間を集めて冒険活劇のイメージが出てこない。
明人君とか晃ちゃんが主人公なら何とかなりそうだけど、自分が主人公だと家から一歩も出ない気がする。外怖い、魔物怖いとか言ってそうだ。
うーん。ネタを変えよう。異世界は置いといてチート能力なら。
欲しいのはやっぱ収納系の空間魔法だな。時間が止まるやつ。
次は生産系の魔法だな。家を建てたり、簡単に作物を育てたり収穫できたりするといいな。
あとは戦闘とか怖いから生活魔法があればいいなー。洗濯とか掃除とか魔法でできたらいいよなー。
何故だろう。
何を収納したか忘れてる自分の姿が見える。
多分あれだ。頻繁に使うもの以外は二度と出てこないやつだ。
藁ぶきの小屋が見える。子供の頃の秘密基地規模だ。
ああ、これあれだ。家の建築ってどうやるのか知らないからだな。
畑で育てているのがネギだけ。
ああ、これあれだ。成長したときの姿を知っているのがネギだけだからだね。
色々な野菜があるけどどんな葉がなるのか知らないからだな。
泣きながら自分の手で洗濯と掃除。
あーこれ、加減できなくてズタボロにした後だな。
お気に入りを壊したのまで見える気がする。
いかん。なんか自分の妄想で泣きそうだ。
とりあえず、落ち着け。
妄想の世界まで駄目な自分がいるとは……
助けて明人君。
とりあえずこの気持ちをしたためておこう。
――おろろ、おろろ
物凄く久し振りの投稿です。
お読みいただきましてありがとうございます。