382 修学旅行12
太秦村のアトラクションは、迷路やからくり屋敷といった忍者をモチーフにしたアトラクションが多かった。
女子がスカートだったので、高いところに上るタイプのアトラクションは男女別々の行動になったが、篠原と竹中とはこの旅行で打ち解けられたようで、特に気を遣うこともなく楽しい時間を過ごせることができた。
意外とみんなが興奮してたのが、江戸の町のオープンセット。
実際にテレビや映画の撮影にも使われ、有名どころで言えば坂本龍馬暗殺事件の現場にもなった池田屋旅館とか、火消しのめ組の家のセットがあったり、ちょっと特殊なもので言えば忍者とかが潜みそうな屋根裏セットがあったりと、誰もがテレビや映画の中で見たことがあるような既視感を抱えていた。
「この髪結いの店。母が見ていた必殺御仕事人シリーズで見た気がするわ」
「響もか。分かる。俺も同じの思い出してた」
「明人、今日は長屋の方で実際に撮影してるらしいぞ」
行ってみると既に人だかりができていて、長屋にある井戸の端でまさしく井戸端会議を開いている奥さん方たちを撮影していた。役者さんたちは慣れているのだろう。俺たちギャラリーなど端からいないように演技している。
撮影には、現在使用中の固定式のカメラの他、ラジコンの上にカメラが付いたものが複数台がスタッフの脇に置かれていた。
「へー、カメラマンとか大変だろうなって思ってたけど、ラジコンとかでも撮影したりしてるんだな」
「屋根の上のシーンとか、殺陣のシーンとかは、クレーンとか使って高いところから撮ったりするんだって」
「撮影するのも色々大掛かりなんだな。色んなアングルから撮るの大変そうだもんな。長谷川こっちの方が良く見えるぞ。代わってやるからこっちこい」
「千葉ちゃんありがと。撮影ってこういう感じなんだね。すっごい参考になるかも」
カメラが趣味の長谷川は琴線に触れるものがあるらしく、食い入るように撮影風景を見ていた。
ちなみに撮影中は、撮影中お静かにと書いた看板を持ったスタッフが目の前にいて、看板を下ろしている間は会話や写真撮影も許可される。看板を上げている間は、会話はもちろんのことシャッター音を拾うから写真撮影もNGで、動画撮影のみ許可されている。中には客のせいで撮り直しなんてこともよくあることなのだそうだ。
撮影風景を見たあと、それぞれペアに分かれて、行きたいところを散策することにした。理由としてはセットによって狭いところも多く、最大でも4人くらいでないと厳しいところがあったからだ。
組み分けとして、新たなカップル同士の篠原と牧瀬のペア、竹中と宇田のペア、怨嗟のるつぼと化しそうな川上と柳瀬のペア。俺と太一、長谷川、響の四人は一緒に行動することにした。
これも事前に打ち合わせていたことなので問題なし。
皆と一緒に行動中は問題ないが、俺と響だけのペアで動いた場合、響がトイレの時にそのまま消えることがあるからだ。実際に響とのデートの時にそれが起き、俺は響を探し回る羽目になった。
他の奴らの時もそうだが、響が迷子になるきっかけはトイレがきっかけのパターンが多い。
愛から聞いた対策の一つで、トイレの出入り口が一つか複数かで待つ場所を変えなければいけないのだ。一つの場合は外でも大丈夫だが、複数ある場合、響はどこから出ればいいか分かっていないので、中で待っていないとはぐれることになる。
今回の場合、外の場合は俺でもいいが、中で待たないといけない場合に備えての長谷川だった。
俺と響、川上・柳瀬の組み合わせもありなのだが、仲良くなったとはいえ、あいつらといるとあいつらの発言が勝手に耳に入ってきたりして、俺が勝手に精神ダメージを受けて、精神的疲労が蓄積してくるので、俺としても息抜きが欲しい。その点、太一や長谷川なら気楽でいられる。
4人で江戸の町のオープンセットを順番に見て回っていく。
最初はスタッフかと思っていたが、客の中に衣装を借りて着たまま散策する人もいるようで、回っている間に姫様の格好をした人や、殿様の格好した人、新選組のように徒党を組んで歩く人たちとすれ違ったりした。
「ああいうのもできるんだな」
「そんなことしたら、明人君は私に襲われると分かっていて言ってるのかしら?」
「ああ、なるほど。それでこれは選ばなかったと」
俺と響がどうでもいいような会話をしていると、長谷川が妙に低い声で呟いた。
「……千葉ちゃん」
「んー、やっぱつけられてるな、これ」
なんだか長谷川は緊張した感じで、太一と言えば相変わらずの気の抜けた声だが、目はいつにない感じの真剣な目をしていた。こんな目を見せる太一は珍しい気がする。
「どうしたの二人とも?」
「さっきから変な視線を感じるんだよ。やけに圧のある感じ」
「私も同じ」
「気のせいじゃないのか?」
「みんなが散ったあとからずっとついてきてるから、気のせいじゃないと思う」
どこにいるのか探そうと振り向こうとしたら太一に手で止められた。
「振り向くなよ。今、後ろの建物の影にいるはずだ」
「やっぱりなんか圧を感じるよね」
「学校の奴か? 響目当てでついてきてるとか」
「いや、同じ学校の奴じゃないと言い切れないが、こんな圧かけられるような奴の見当がつかないんだよな。良くも悪くもうちの学校って、やんちゃな奴があまりいないからな」
「悪意はないんだけど、敵意はある感じで、どちらかというと喧嘩を売るときみたいな」
「捕まえていいなら捕まえるけど?」
「いや、逃げ足が速かったら響がはぐれる可能性が高いから止めとこう」
しばらくセットを見ながら太一たちに様子を見てもらっていたが、相手の動きは変わらないらしい。
「絶妙な距離を取ってきてるな。気配はあるんだが、姿が見れねえ」
「ああ、いいこと考えた。ここのセットを利用させて正体見せてもらおうよ」
「あ、なるほど。誘い込むか」
そうと決まればと、ぐるりと回りながら、誘い込むのに適した場所を探す。
店処が立ち並ぶセットのところで、長谷川がここらで勝負を仕掛けようと言った。
店と店の間の狭い通路を入って行って、裏側から回り込みながら、表に回る。
途中に店の裏口があって、そこから俺と響が店に入って身を隠し、太一たちはそのまま歩みを進める。
隙間からこそっと覗いていたら誰かが通り過ぎるのが見えた。
「そろそろ終わりにしないか?」
太一の声が聞こえた。
これが俺たちが飛び出す合図。
入った裏口から出ると太一たちと対峙している一人の少女がいた。
背丈は響と同じくらいで、パーカー姿にデニムのホットパンツと随分と動きやすそうな服装だ。
後ろ姿からでもおかっぱの髪に右房だけ三つ編みに結っているのが見えた。
「あなた誰?」
「誰とはひどい言い方だね、東条。ボクの顔忘れた?」
くるりと振り返った少女は、挑戦的な目付きで響を睨みながら言った。
目付きは鋭いが、顔は随分と整っていて美少女と言って過分ない。
「……関ヶ原」
おいアリカ、お前のせいでやっぱりフラグが立ってたじゃねえか。
お前が言ってた戦闘民族の関ヶ原って子が出てきちまったぞ。
「おお、覚えてた。そうだよ、関ヶ原 智奈だよ」
「あなたなんでこんなところに?」
「それはボクのセリフ。格好からして修学旅行だろうけど、よりによって何でここに来るかな?」
「関ヶ原、答えになってないわよ」
「東条は相変わらずだね。ちなみにボクがここにいる理由はここでバイトがあったからだよ」
「……言ったらなんだけど平日よ。あなた学校はどうしたの?」
「ちょっと大立ち回りをしちゃってさ、クビになった。色々あって自主退学って形にはしてもらえたけどね。ねえ、そんなことより久しぶりに顔を合わせたんだから勝負しようよ」
「……あなたも変わらないわね。大した理由もないのに喧嘩を売る癖……」
響がふと言葉を止める。
「……ねえ、あなた今日、金閣寺にいた?」
「へ? 何で知ってるの? いたよ。別のバイトで配達の帰りだったんだけど金閣寺にいた。なんかさ、そこで強そうなツッパリ君見つけてさ。喧嘩売ったんだけど、訳分からないこと言ってばっかりで、しまいには打ち込んでこいみたいな感じで両手広げてきたから、思いっきり打ち込んだら沈んじゃって。ちょっと団体さんだったから隙見て逃げたけど、強い奴だと思ったから声を掛けたのに、ちょっと不完全燃焼だったね」
ヤンキーのリーダーをやったのはこいつか。
「あなたが倒した相手を私たちが介抱したのよ」
「ありゃ、それは迷惑かけちゃったね。ごめんね。よし、謝ったことだしやろっか?」
「……あなた、人を傷つけたこと反省していないの?」
あ、これ響怒ってる。
響からピリピリとした空気が肌に突き刺すようにくる。
「明人君ごめんなさい。ちょっと古い友人にお説教したいの。早めに終わらせるから付き合ってもらっていい?」
「大丈夫なのか?」
「昔ならともかく、今の彼女に負ける気なんてしないわ」
「おー言ってくれるね。やる気出たみたいだし、いい場所があるから場所移そう」
関ヶ原に連れられて行ったのはスタジオの端にある道場みたいなところ。
「ここはボクらスタッフが殺陣の練習したり、特撮の練習したりする場所なんだ。喧嘩の練習なんてのもここでしたりするときもあるんだよ。ああ、制服いたんじゃったら困るだろうから、これ着て」
響に手渡したのは空手で使うような道着。
「これだと練習してるみたいに見えるから一石二鳥だね」
二人の着替えが終わり、道場の中心で対峙する響と関ヶ原。
「ワクワクするねー。やっぱボクはこういう緊張感が欲しいんだよなー」
「相変わらずのバトルジャンキーね」
「中学の頃は楽しかったよ。東条と愛里とよく喧嘩したもんね」
「身をもって分からせた方がいいわね。きなさい」
「あの頃のボクと一緒だと思うなよ?」
関ヶ原の大きなモーションが始まり、大振りの一発から始まった。
だが、響は関ヶ原の放った腕を余裕で絡めとり、相手の勢いを利用して投げ落とすと、あっさりと極めてしまい、関ヶ原を動けなくした。
「私の友人で愛って人がいるんだけど、その子より今のあなた弱いわ」
「ちょっ、何で動けないの? いだだだだだだ」
「無理すると余計に痛くなるわよ。あなた、今まで楽な相手としかやってなかったみたいね。はっきり言って愛さんより拳が軽いし遅い」
響は極めた態勢を解き、元の位置に戻ると、関ヶ原に手をくいくいと向けて挑発する。
「あなたのことだから、今ので満足するわけないわよね?」
「わかってくれてるねー。今度はマジでいくからね」
「好きにしなさい」
右、左と体を動かし、フェイントを加えながら、響に迫るも、関ヶ原の攻撃は空を切るばかり。
攻撃の合間を狙って、響も反撃するが、関ヶ原もなかなか勘が鋭いのか、響の反撃も空を切る。
「いいよ。こういうの待ってた。でも、全然当たらないのは面白くない」
「あなたの手が遅すぎなのよ。さばいてくださいって言ってるようなものよ」
確かに俺の目から見ても愛の攻撃と比較して、関ヶ原の速度は十分見える。
愛と響がやり合っているときは、それはもうすさまじい速度でやり合っていて、手が何本にも見えることがあるからな。その速度で慣れている響にしたら、関ヶ原の攻撃は遅く感じるだろう。
「終わりね」
関ヶ原の拳をさばき、密着するように懐へと潜り込み、両手で掌打し、その一撃で関ヶ原は吹っ飛んだ。今のは完全に入ったように見えた。
吹っ飛び転がり倒れている関ヶ原だったが、響は近づくことをせず、まだ構えを解いていない。
「……うまく逃げたわね」
響の言葉で関ヶ原はまるでカポエラみたいに逆立ちで開脚しながら起き上がる。
その顔は笑みを浮かべていた。
「うん、近づいてくると思ったのに用心深い。戦略変えよう」
「私もあなたがなぜ戦闘民族って呼ばれていたのかを忘れてたわ。あなたって戦いの中で急成長するタイプだったわよね。今のタイミングでよく後ろに飛べたものね」
「勘としか言いようがないんだけど、そっちの攻撃はなんとなく分かるから。防御をどう攻略しよかな。やっべ楽しくなってきた」
関ヶ原がまた響に襲い掛かる。
さっきまでの関ヶ原と違い、モーションが小降りになり、速度が跳ね上がっている。
変幻自在な技の応酬、手数が倍以上になり、響もさばく量が増え、攻撃に転じることができない。
まるで愛と響のやり合っている時のように、高速の攻撃とさばき合いに変化していっていた。
数分の間に、二人の位置は入れ替わり立ち代わり、より激しくなった関ヶ原の攻撃を一撃も逃さず薙ぎ払い防ぐ響。傍から見ると拮抗していて、見ているこっちが響は関ヶ原に勝てるのか不安になってくる。
「千葉ちゃん、これやばくない?」
「いや、これどうあがいても響の勝ちだわ」
「何で分かる?」
「関ヶ原って子、もうすぐ電池切れる」
太一の言葉通り、しばらく撃ち合いが続いていたが、突然、前触れもなしに関ヶ原がバタンと倒れた。
駆け寄ってみると、関ヶ原の呼吸はヒューヒューと嫌な音をたてて乱れ、いわゆる酸欠状態なのは青い顔付きだったのですぐに分かった。どうやら速度を増した分、酸素の供給が消費に間に合わず、酸欠になっていったらしい。そういや、愛も途中で力尽きて負けるパターンが多かったな。
対戦の結果は響の勝利となった。
しばらくして回復した関ヶ原は、響に正座させられ説教されていた。
「ごめんってば、反省してます。もう足が痺れてるから勘弁して」
「本当に反省してるの?」
「最近、全然喧嘩してなかったからボク欲求不満だったんだよ。東条強くなったよねー。今度は負けないからまたやろうね」
「……関ヶ原、相変わらず馬鹿なのね。そんなんだからアリカに脳筋って馬鹿にされるのよ」
「えーと、アリカって誰。そんな子いた?」
「ごめんなさい。愛里のことよ。私たちはアリカって呼んでるの。ちなみにさっき私が言っていた愛さんって子はアリカの妹なの」
「へーボクより強いって言ってたよね。その子ともやってみたいな。今度、遊びに行っていい?」
「遊びに来る分にはいいけど、喧嘩しにならお断りよ。愛さんに迷惑かけたら申し訳ないし、それに愛さんに手を出して泣かしたら、本気のアリカが絶対出てくるわよ」
「それはそれで面白そうなんだけど」
「あなた、忘れたの? あなたも私も普段のアリカならともかく、本気のアリカに一度も勝てたことないでしょ」
「あれ人じゃないよね。鬼だもんね」
へー、アリカは自分で三大怪獣とかは言ってたけど、そんな話は一度も聞いたことがないな。
本気のアリカって、どんな状態なんだろう。
一応、反省したらしい関ヶ原は、再会を機に響とスマホのアドレス交換を済ませ、時間を取らせたお詫びに太秦村のガイドをしてくれた。
スタッフとしてバイト歴もそれなりに長いらしく、見どころや裏話なんかも聞かせてくれた。
歩きながら疑問に思っていたことを響と関ヶ原に聞いてみる。
「ちなみにさ、アリカの本気ってどんなの?」
「私は本気のアリカに勝てるビジョンが浮かばなかったわね」
「ボクは自分が負ける姿しか思い浮かばなかったし、実際にそうなった」
「本気のアリカって見て分かるものなのか?」
「分かるわ。突然、私みたいな無表情になるの。糸が極限までピーンと張りつめた感じで今にも切れそうな感じだったわ」
「あれ本当に突然変わるから。ボクでも一瞬怖いって思うくらいだもん」
あれ? その状態のアリカを見たことあるかも。
たしか、試験勉強のときに愛が俺の家に来るって話をアリカにした時だったと思う。
あれかなりやばい状況だったんだ。たしかにアリカを見てゾッとしたもんな。
「頻度は?」
「えとね、中学3年間でボクは4回で、東条が2回くらいだっけ」
「確かそれくらいだったわ。でも、アリカは高校に入ってから本気になったこと一度もないって言ってたわよ。再会してから実際に一度も目にしていないし、精神的に成長したんじゃないかしら」
それ絶対嘘だよ。
お読みいただきましてありがとうございます。