380 修学旅行10
修学旅行3日目。
今日も二条城や金閣寺といった有名どころを中心に回る予定。
二日目と同じように、最初はホテルが用意してくれたバスで移動。
今回は京都駅までのバスではなく、京都市内の北側ルートを回る便に乗る。
ホテル前でメンバーの確認。
響の両脇に川上と柳瀬――俺から引きはがされたので、響は少し不服そうだ。
牧瀬、宇田、篠原、竹中の幼馴染集団――こいつらは昨日の甘ったるいのが嘘みたいに今日は普通な感じ。とは言っても、甘ったるさがないだけで、いつもの仲良さそうな幼馴染集団であることは変わりない。
それから、たっぷり寝たはずなのに眠そうにしている太一とその傍にバスに乗ることに気落ちした長谷川。手の平に「車」と書いて飲み込んでいる長谷川だが、それは人前に立ったときの緊張を解くためのものであって、乗り物酔いには関係ないと思うぞ。
そして、因幡たちのグループも近くにいる。頭を寄せ合って、自分たちの向かう予定をガイドブックに照らし合わせて再確認しているようだ。
昨日の夜に因幡たちから少しだけ予定を聞いたが、金閣寺まではどうやら被っているようで、俺らと一緒のバスに乗る予定だ。
今日も赤城さんが手に小さな旗を持っているけれど、また因幡たちを引率するつもりなのだろう。
俺たちの乗るバスは二条城を経由して北野天満宮から金閣寺を周り、最後に太秦村まで向かう。
俺たちは二条城で降りたあとは、自分たちで移動手段を探して行動する予定だ。
バスを待っている間に、太一が同じくバスを待っているグループに行き先を聞いて回って戻ってきた。
「二条城で降りるのは俺たちと因幡のとこくらいだな」
それだったら俺たちは前の方がいいだろう。
他のグループに先に乗車してもらって、あとから乗り込むことにしよう。
赤城さんたちは俺らの後に乗るつもりのようだ。
そうか、やはり最前列マイスターだけあって前にこだわるか。
流石だなと、座席に着いてからうんうんと頷いていると、俺の考えを読んだのか長谷川から突っ込みがきた。
「木崎君、赤城さんにこだわりはないと思うよ?」
赤城さんは俺の座席の前に座ったが、不意に名前を呼ばれ、赤城さんはくるりと振り返り、長谷川に顔を向ける。
「委員長呼んだ?」
赤城さんの顔をこれだけ近くで見るのは、俺は初めてかもしれない。
意外ときりっとしたした顔をしていて中性的な感じだ。体育祭で応援団の副団長をしていたとき、学ラン姿になっていたけれど、赤城さんの姿を見た女子がキャーキャー言ってたのも頷ける。
「木崎君は赤城さん自身が最前列にこだわりがあると思ってるみたい」
「ああ、それよく言われる。でも私自身何も考えてないよ。結果的にそうなってるだけだから」
「マジか。赤城さんって教室で最前列しかなったことがないって聞いたけどあれもマジ?」
「それマジ。運が悪いんだよねー。小学校からずっと前だからもう慣れっこだけど。今となっては席替えの度に次は最前列の右か左か、はたまたセンターかって考える自分がいるよ」
既に諦めているのか、悟っているのか。
今まで赤城さんとまともに会話したことがなかったが、この話がきっかけにバスの移動中うちのグループと赤城さんの雑談は続いた。
そんな中、赤城さんが不意に俺を指差した。
「ところで木崎君、そろそろ後ろを気にした方がいいと思うな?」
「後ろ?」
振り向くと、響が今から手術しますって感じで手刀を用意していた。
怖いから止めてもらっていいですか?
「ひ、響。その手は何かな?」
「……また別の女の人に興味を持ってるの?」
「単なるクラスメイトとの雑談だから、その手は止めてもらっていいか?」
マジで怖いんですけど。
ここで余計なことを口走る奴がいる。
「なによ東条、あんたヤキモチ焼いてるの。可愛いところあるじゃない」
そんな挑戦的な牧瀬の言葉を聞いて、攻撃には即反撃の響が何もしないわけがない。
予想通り、眼力を強めて牧瀬の方向へ顔を向けようとする。
牧瀬を完全に固めるつもりだ。
移動中のバスで固められた日には、他のグループにも迷惑がかかるし、牧瀬以外にも余波が行く可能性がある。とっさに座席から乗り出して響の顔を掴んで俺の方へ向けさせる。
「ストップ響、ここでは止めろ。それはマジテロだ!」
「長谷川さん、滅多に見られない強引な明人君だわ。今この瞬間を写真に撮って!」
響が珍しく声を張り上げて言った。
状況を知らない人が見たら、俺が響にキスでもしようと迫っているように映るだろう。
即座に反応した長谷川がカメラを取り出して、カシャシャシャシャとカメラを連写。
「OKでーす。あっ画面見たら気持ち悪くなってきた」
カメラを見て長谷川が満足げな顔を浮かべ、直後に青く変わる。
こいつもこいつで忙しい奴だ。
「長谷川さんあとでデータを頂戴ね。愛さんに送りたいの」
撮られたデータがどんな絵面になったか知らないが、あとで愛との間に一悶着が起きそうな予感がしてならない。こういう嫌な予感だけはよく当たるから怖い。
移動が終わり二条城のある駐車場へと辿り着き、俺たちの班と響の班、それと因幡の班がここで降りた。降りた直後に、因幡と横須賀が響と視線をかち合わせてしまい固まってしまったが、杜里さんがケラケラ笑って因幡をつんつんしたり、島田さんが横須賀をこちょばしたりして遊んでいた。
二人を元に戻した後、みんなで二条城へ向けて移動開始。
「はーい。こっちこっちー」
小さな旗を振る赤城さんを先頭に、因幡たちはまるでカルガモの親子みたいについて行く。
なんか昨日もこの絵面を見たような気がする。
こらこら、川上と柳瀬も釣られてついて行くな。
お前らはこっちのグループだ。
観光に来ているのは俺たちだけでないので、他の観光客もまばらにいる。
まだ早い時間だからか、そこまで混雑していないのは助かる。
響を中心としたフォーメーションを駆使しながら二条城の入り口に着いた。
入り口から総合案内所と番所を抜けて最初の見どころ――唐門。
漆塗りで切妻造の四脚門で、複雑精妙な彫刻と華麗な金工細工を施している。
唐門の特徴でもある弓なりの屋根。軒下の欄干には、松に鶴、龍や虎の彫刻が飾られている。
「派手だ」
「金ピカだ」
「どの時代も権力者が金に物を言わせていたと柳瀬は思う」
「……お前ら見方が歪んでるぞ」
「ガイドブックによると徳川家光が当時の天皇を迎えるため色々改修させたそうね」
道理で所々に菊の御紋が付いているのか。
「わしは金持ってるでーとか言いたかったのかな?」
「これだけのものを作らせる力を有してると認識させたかったんじゃないかしら」
「お前らロマンが足りん。ここは徳川家の始まりと終わりの歴史の場だぞ」
「出た。木崎君の歴史薀蓄。ガイドブックで仕入れたってのが丸分かりなにわか成分全開なのが笑えるけど」
にわかで悪かったな。
確かに詳細は知らないれけど、古い建物の歴史を感じるのは好きなんだよ。
エピソードがあった方が頭に入ってくるイメージが全然違うだろ。
「あの鶴とかの代わりにアニメオタクが好きそうなフィギュアを並べたら、新たな観光スポットができそうな気がするよね」
川上よ、それ何のフィギュアを置くかで戦争が起きそうな気がするぞ。
「そうだ川上よ。そういう感じでもうちょっと洒落が利いてるところが欲しいと思わんか。阿吽の仁王像の代わりに、七つの傷を持つ男と、覇王のお兄ちゃんを並べるとか、狛犬の代わりに牛頭馬頭が武器持って構えてる寺とか神社が柳瀬は見たい」
地獄みたいなところじゃねえか、どんだけ世紀末を望んでるんだ。
こいつらに構っていると変な想像が植え付けられそうなので無視しておくことにしよう。
次に進んで、二の丸御殿。
遠侍、式台、大広間、蘇鉄の間、黒書院、白書院が東南から北西にかけて立ち並ぶ御殿。部屋数は33室を数え、畳にすると800畳くらいあるらしい。松鷹図をはじめとした将軍の威厳を示す虎や豹、桜や四季折々の花を描いた模写画が装飾されている。
ここでも川上と柳瀬が「虎が強いのは何故だと思う。元々強いからよ」とか、「そこから虎を追い出してください。捕まえますから」と、元ネタが分からないけどおじさんが喜びそうなネタを披露していた。
柳瀬らの言葉を聞きたくないのに、なんでわざわざ俺の近くに来て言うんだろうか。
歴史深い芸術品もこいつらに掛かればネタにされるのが悲しいな。
このあと中は見れなかったけど本丸御殿を外から眺め、本丸庭園、天守閣跡を周り、和楽庵、清流園、香雲亭、それから障壁画が展示されている展示収蔵館を見学。
写真撮影が可能なところで写真を撮ったり、日本の歴史の一部を触れられて、川上と柳瀬の発言を除けば二条城を満喫できたと思う。
初っ端から思ったより時間はかかったが、次の目的地である金閣寺を目指して移動開始。
距離にすると約5キロメートル、バスでの移動だと二条城前から金閣寺行きの便で約20分弱で着く。
みんなでバスを待っている間、俺は響の手をずっと握っていた。
いちゃつきたいからでもなく、せがまれたからでもなく、響の好奇心を警戒してのことだ。
観光場所を散策しているときは響もおとなしく一緒になって見物しているのだが、観光地を変えるときの単なる移動の時が一番やばい。この旅行の間も既に何度か起きているが、響は自分が知らないものや興味の魅かれるものを見つけると寄っていこうとする習性がある。常に響の手や体を意識していないと、突然消えることもあり得る。
「あ、珍しい犬がいるわ」
「諦めろ」
一瞬でグイっと手を引かれるが、それを制止。
これが結構な頻度で起きるのだから油断できない。
「明人君、ボルゾイよ」
ボルゾイ?
なんだそれ?
見てみると、でかい割には妙に幅が薄っぺらくて細長い犬が、飼い主を連れてひょいひょいと優雅に散歩中だった。
「薄っ!?」
初めて見た。
あんな犬もいるんだ。
「本当に薄い体つきなのね。犬じゃないみたいだわ」
「俺も初めて見たよ」
「近くで見たいわ」
「諦めろ」
一応、響の手を離さないように、少しだけ握った手に力を加えておく。
すると、響が小さくふふっと声を出して笑った。
「何だよ?」
「明人君の離さないぞって意思が手を通じて伝わってくるのが面白くって」
「離したらやばい状況になるかもしれないだろ」
「今まで束縛には否定的だったけれど、こういう束縛ならいいかもしれないわね」
「何で?」
「大事にされてるのが伝わってくるから」
そう言って、響は半歩進んで俺の肩に頭を乗せ、擦り付けてくる。
急にそんなことされると照れて恥ずかしいんだが。
でもまあ、響が嬉しそうにしているので好きにさせておこう。
なんだか響がこうやって甘えてくるのも珍しい気がする。
「……どうやってこの男を置いて行こうか?」
「……金閣寺に着いたら池に投げ込むか」
俺の後ろから川上と柳瀬の怨嗟のこもった声が聞こえるが、見ないようにしよう。
☆
俺たちが乗ったバスが金閣寺前に到着。
どうやら他の中高生たちも多くいるようで、ブレザー姿やらセーラー服姿の学生の団体が多く目に入る。
「ん~、こうも学生が多いと頭の悪い奴がやっぱいる」
「変に絡むなよ。旅行に来てトラブルはごめんだからな」
「太一の意見に賛成だ。向こうも同じだと信じたいがそういうのが通じない奴がいるからな」
「そうはいうが見てみろ木崎君。どこの秘境で育ったか知らんが物凄い格好したヤンキーがいるぞ。いつの時代の族だと柳瀬は言いたい」
「お前じっと見るなよ――うわ、あれとは関わり合いたくねえな」
「だろ? あれは見るなという方が無理な話だと柳瀬は思う」
確かに学生たちの集団の中で、古い時代のヤンキーというかツッパリといった8人ほどの集団が抜群の違和感を醸し出している。長ランや短ラン、リーゼントや坊主の集団で肩で風を切り揺らしながら歩いている。
中でも目立つのが先頭にいる身長は低めなのにだぼだぼの腕まくりした長ランの男。
顔の倍くらいの高さがある茶髪のリーゼントで眉毛も薄々なのだが、肌の色が妙に色白いのがアンマッチでちょっと笑いそうになった。
「あの髪型にセットするの無茶苦茶時間がかかりそう」
「やばい写真撮りたい」
「やめとけ。絡まれたら面倒だぞ」
「いや、既にあれは撮影会が始まっているぞ」
見ると、柳瀬の言う通り本当にヤンキーたちの撮影会が始まっていた。
どこかの勇気ある女子学生がヤンキーに写真を撮らせてくれと声を掛けたのが皮切りだったらしい。
ヤンキー集団はありとあらゆるリクエストにポージングで応えていく。
川上と柳瀬、それから長谷川がその撮影会に突っ込んでいって撮影に参加。
その撮影会は変な熱気と歓声に包まれ、気が付けば人の群れで通行に支障が出始めていた。
流石に人が集まりすぎたのを迷惑だと感じたのか、リーダーらしき真ん中にいた長ランの奴が声を張り上げる。
「わりい、撮影はこれで終わりだ。人に迷惑をかけるのは俺らの流儀じゃねえから勘弁だ。また機会があったらよろしく!」
そういうと、昔懐かしい格好をした不良集団はさっさと奥へと歩みを進めていってしまった。
最期まで残って手を振って見送っていた川上たちも満足そうな顔で帰ってくる。
「ああ、面白かった。あの人達むちゃくちゃ乗りが良かったよ」
「いい奴らだった」
「人は見かけじゃないってとこか」
「でも、見掛け倒しってわけでもなさそうだったわ。見た感じ拳がつぶれている子も多かったし、相当鍛えている体をした子も多かったから。本当に喧嘩馴れしてるんじゃないかしら」
興味がなかったのか近づこうとしなかった響はちゃっかり相手を分析していたようだ。
思わぬ足止めを食ってしまったが、金閣寺見学を再開。
金閣寺の正式名称は鹿苑寺といい、舎利殿金閣が有名すぎるため金閣寺と呼ばれたりしている。金閣寺は名に違わぬ造りで建物の内外に金箔が貼られていて日光に金が煌めく豪華絢爛な造りだ。
鏡湖池に映る金閣寺を一緒に見るのが趣があっていいと思った。
素晴らしい風景だというのにうちの班員どもは。
「マジ!? マジで金なんだ?」
「そうだぞ川上。といっても金箔だけどな」
「普通にあの中で生活したら目がチカチカしそうだ。柳瀬は金塊の方がいいな」
「千葉ちゃんあれ天辺に何かいる」
「あの天辺にいるの鳥みたいだな。あれ鶏か? コケコッコーとか鳴きそうだ」
「太一君あれは鳳凰よ」
「鳳翼天翔使う奴?」
「柳瀬それは不死鳥だ」
「ねえ、あんたたちのグループの会話いつもまともなのがないんだけど?」
おい牧瀬よ、俺はまともなことを言ってるはずだぞ。
うちの班員はいつもこんな感じで、大体柳瀬の発言からカオスが始まるんだ。
悪乗りすると誰も止めないから余計に性質が悪くなる。
メインの金閣寺を見たあとは白蛇の塚、竜門滝、陸舟の松、夕佳亭を順番に回っていく。
もうそろそろ出口かなと思っていると
「明人君、ちょっとお花を摘みに行きたいんだけど」
「おお分かった。長谷川ちょっと頼む」
「柳瀬も行く」
「わたしも」
「おお、行ってこい行ってこい。人数多い方が響を見れるからな。絶対響を一人にするなよ」
「分かってるって。心配性な男だな」
結局女子全員でトイレに行ってしまい、男だけで雑談しながら待っていた。
「お前ら全然昨日と態度が違わなくね? 何かすぐに元に戻った感じだけど」
「俺らもあいつらも気付いたんだよ。あんまり変わらないってことに」
「確かにちょっと浮ついちまった時間はあったけど、無理はよくないってことでさ」
「まあ一歩は進めたよ。……一応、昨日から彼氏にもなったからな」
「それは目出たいことで」
「遅いな。誰かうんこか?」
竹中は恥ずかしくなったのか、女子たちが向かったトイレの方向へと目を向け顔を背ける。
「タケ、絶対あいつらの前でそれ言うなよ。殺されるぞ」
「あれ? なんかすごい勢いで一人走ってくるけど?」
「え? 柳瀬じゃん」
物凄く血相を変えた顔で走ってくる柳瀬を見て、もしかして響がいなくなったのではと不安になった。
「男子、ちょっと来て。早く来て! 何か知らないけどやばい状況なの」
どうやら俺の不安は外れたようだが、柳瀬の様子からしていつもみたいにふざけたものじゃないことが分かる。俺たちは柳瀬の案内に導かれながら、急いでその現場に向かった。
お読みいただきましてありがとうございます。