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帰路  作者: まるだまる
382/406

378 修学旅行8

 伏見稲荷大社巡りを満喫し、昼食場所の探索がてら土産屋を回る。

 いくつかの土産屋で白狐のお面を見つけ、美咲へのお土産に一つ購入。


 ここで売っているのは夜店で売っているようなプラスチック製のものだけではなく、和紙を幾重にも貼りつけて作られた「面貼り子」というものだった。白狐、天狐、妖笑狐面といった種類の他に、髭や髪の毛が着けられた大狐面と、ちょっと怖い顔した種類もあった。同じ白狐でも微妙にデザインの違う種類があって悩んだが、比較的柔らかな顔つきの白狐面を選択。喜んでくれるといいのだが。


 響も俺の隣でお面を手にしては、どれを静さんの土産にするか悩んでいる。

 以前、遊園地に行ったときも静さんへの土産でぬいぐるみを買っていたが、あの時も時間をかけて選んでいた。あの時のぬいぐるみは今も、静さんのベッド脇に備えられているらしい。


「明人君、母にはどういったものが似合うと思う?」

「んー、言っちゃあなんだがポヤポヤしてるから、可愛い系がいいんじゃないか」

「大丈夫、明人君の認識で合ってるわ。私も母のことをポヤポヤしてると思ってるから」


 静さん中身も外見も子供っぽいから、響と真逆な感じなんだよな。 


 長谷川と太一は店の人に色々な種類のお面を撮らせてほしいと交渉中。

 こんなのも売ってたよと、記録に残しておきたいらしい。

 どうやら店の人から快く了承を貰えたようだ。


 牧瀬ら幼馴染集団は、お面を前にあーでもない、こーでもないと騒いでいる。

 川上と柳瀬はそんな4人の行動にアンテナを立てながら探りを入れているようだ。


 俺が見るからに牧瀬と篠原は確かに距離が近い。お互い遠慮なしな物言いで、全幅の信頼関係があるように見える。竹中と宇田ではその距離にない。信頼関係はあるのだろうけれど、牧瀬と篠原に比べるとわずかながら距離がある。極些細な遠慮が見られる。

 

 遠回しに見ていると、何度か宇田が竹中をチラ見していた。

 特に篠原と絡んでいるときの竹中を見ている。ほんのちょっとだけ口元が緩んでいるのに宇田本人は気付いているのだろうか。

 なるほど、こういう行動が川上と柳瀬が言っていた宇田のアピールしているということなのか。

 今の今まで全然気が付いていなかったが、気が付くと意外と分かりやすいものだ。


 ふと、横を見ると響が俺の顔を見ていた。

 特に理由もない感じだったが、さっきよりも半歩ほど俺に近づいていて、いつものように俺の顔をじっと見て……あれ?

 もしかして、これのことか?

 俺が気付いていないだけで、響からアピールされてたのって、これのことか。


「……響、俺の顔をじっと見るのはなんでだ?」

「好きな人の顔を見るのに理由がいるかしら?」


 そうかー、やっぱりかー。

 一応聞いてしまうあたり、俺は恋愛についての理解がまだまだらしい。

 夏に建てた目標――恋愛感情への理解が全然できてない。

 ちょっとは理解できているかなーって思ってたんだけどな。


 しかし、今回の件はそんな俺にとって恋愛を学ぶ好都合な展開。

 宇田の行動を見て、しっかりと学ばせてもらおう。

 

 ☆


 俺たちは早めの昼食を終えて、次の目的地である清水寺に向かった。

 伏見稲荷大社を出て、今度は京阪の伏見稲荷駅で電車に乗って移動。

 清水五条駅で降りて、次にバスに乗り五条坂バス停で下車。

 乗り継ぎにうまく噛み合ったこともあって40分ほどでここまでやってこれた。


 バスも混んでいたが、降りたときには周りも結構な数の人がいて既に混雑していた。

 俺たちも、ここから三年坂を経由して清水寺へ向かう予定だ。

 三年坂の京都らしい風情を残した街並みは今も賑わいを見せている。

 京都ならでは伝統的な品の買い物や食事処が多いショッピングエリアが今の三年坂だ。


 そんな三年坂には転ぶと三年以内に死ぬという言い伝えがある。

 そもそもは寺への祈願に来ている人たちに「石段の坂道だから足元に注意しなさい」というような趣旨だったらしく、それがどうやら捻じれに捻じれて怪異譚にまでなったそうな。

 人の言葉が誤解を生んでそうなったのかもしれない。


 俺の前を歩く川上と柳瀬が太一を何とか転ばせようとしているが、気にしないでおこう。


 バスから下車後、人混みが多いので俺は響と腕組中だ。

 響は何だか上機嫌でときおり俺の腕をぎゅうと抱きしめたりしてる。

 その度に服の上からでも分かるほど弾力あるものが当たるので止めてもらいたいです。


 清水寺への行程がここまで混雑すると予想できなかったのは読みが甘かった。

 練習したペンタゴンとかフォートレスなんて通用しない。

 サンドウィッチですら使えないとは、京都の観光地を舐めていた。

 今日の反省会で対策を検討することにしよう。

 

 人の群れについて行くように少しづつ足を進めていく。

 進むにつれて木造の店構えが増えていく。古風な造りに見せかけている店もあれば、所々古めかしい店もあり、中には創業300年を超える老舗もあるようだ。

 

「ああ~っ、京スイーツが私を呼んでいる。抹茶パフェ美味しそう。あの黒いの胡麻餡かな。寄っていい? 寄っていいかな?」

「マキ止めとけ。お前さっきたらふく稲荷寿司くっただろ。しかもうどん定食の。これ以上食べたら腹がぽっこり「ふんっ!」うげえっ!?」


 すげえ、最後まで言わせない上に鳩尾狙いのフルアッパーだ。

 

「シノ……乙女にその言葉は禁句って何度も言ってるでしょ」

 

 牧瀬さんマジで殺す目っぽいので怖いです。


「とりあえず今日の目標は、八坂神社までの観光だから。清水寺見てから時間があれば寄ればいいんじゃない。疲れた体には甘味はいいと思うし」 

「ウタは何がいいんだ? 俺も付き合うぞ」

「タケちゃん甘いの駄目じゃん」

「いいんだよ。観光に来てまでそんなこと言ってたら空気読めてないだろ」

「じゃあ、みたらし団子食べたい」

「お、いいね。それなら俺もいけるかも。なんか有名な店あったよな確か。後で行くか」

「うん♪」

 

 宇田さん相当嬉しいのか、今日一番の笑顔なんですけど。あれが恋する乙女というものか。

 気が付けば、俺と響、牧瀬と篠原、宇田と竹中、太一と長谷川でペアで散策を続けていた。

 みんな近いところにいるんだけれど、ペアでなんやかんやと行動していた。

 川上と柳瀬が少し離れたところで、負のオーラを背負いつつ、お互いを慰め合っているが、気にしないでおこう。

 

 ☆


 清水坂を上り、清水寺の正門である仁王門が見えてきた。

 階段のところには狛犬がいて、何故だか両方の口が空いている。


「あれ、狛犬って阿吽じゃなかったっけ?」

「そう言われればそうね。阿吽の狛犬が揃ってるのが普通よね」

「明人と響が何言ってるか分からないんだけど。なんだそれ?」


 口が開いているのが阿の狛犬で、口を閉じているのが吽の狛犬。

 昔、神社の祭りで親父が教えてくれたことだが、日本文化は左右非対称配列を好む気風が多くあり、それが宗教にも反映されたんじゃないかと、普段は口数の少ない親父がやたら熱弁していたから覚えている。

 

「阿吽の狛犬じゃなくてもいいじゃん。阿々の狛犬だっているんだよ」

「もしかしたら吽々の狛犬だってどっかにいるかもしれない。柳瀬は会ってみたい」

「よし納得、次行ってみよー」


 でもさ「ああ狛犬」って何か残念な感じがしてならないんだけど。

 それに「うんうん狛犬」も無理やり納得してるみたいで、それも何か嫌じゃん。



 階段を上った先にある門の両脇には仁王像が安置されている。

 川上と柳瀬は仁王像を見上げるとポツリと呟く。

 

「……これがヒャッハー像か」

「またの名を世紀末像だな。胸に七つの傷はないようだ」

「違うから! それと完全に違うから!? おい川上と柳瀬の様子がおかしいぞ。こいつら変なものにやられてる」

「ひひっ、リア充は死ね」

「ひひひっ、爆発しろ」


 ああ、妬み過ぎて堕ちたか。どうやら既に正常じゃないらしい。

 三年坂からここまでずっと当てられていたからな。

 ちなみに仁王像は悪霊とか邪悪なものから寺を守ってるんだからな。

 お前ら罰が当たってもおかしくないぞ?


 仁王門を抜けるとすぐ右手に西門があり、その後ろには三重塔が見える。

 全長は約31メートルで国内最大級の三重塔だ。

 下から見上げると朱色に塗られた梁がとても色鮮やかだった。

 京都の町からも見えるところがあるそうで清水寺のシンボルとも言われている。

 夜にはライトアップされることもあり、古都京都の醍醐味を味わえる建物といえるだろう。

 

 人混みの多さに記念撮影はポジション取りに苦労したけれど、何とか撮ることができた。

 撮影しすぎたのか、スマホのバッテリーの減りが思ったよりも早い。

 春那さんと美咲が推奨してくれたモバイルバッテリーを念のため持ってきて正解だった。

 

 三重塔をあとにすると、女子たちが先に地主神社に行くと言い出し、俺たちを置いて行ってしまった。

 女子たちを待っている間、人込みを避けるようにして、三重塔を距離を開けて眺める。

 どの角度から見ても壮大だなー。建築物最高だな。



 太一は俺や篠原、竹中の顔を見てニヤニヤしている。


「何だよ太一やけにニヤニヤしてるな」

「お前ら地主神社で何が売ってるか知らないんだろ」

「おみくじとかお守りじゃねえの?」

「そのお守り、何の縁起があると思う?」


 伏見稲荷だと五穀豊穣とか商売繁盛のお守りが売ってた。

 神様に関係あることなんだろうから、産寧坂とかがあるんだから安産とかはありそうだな。

 地主神社って神様誰だろう。

 もし女子が安産のお守りを買って来たならボケてるのか、事件のどっちかだ。


「清水寺はな、縁結びのお守りで結構有名なんだってよ。響は分かるけど、他の奴らも何かあるのかな~」


 太一には珍しく挑発的な感じの物言いだ。

 これは篠原や竹中に刺激を与えようって作戦なのかもしれない。


「まあマキもウタも女の子なんだし、そういうのあってもいいんじゃない?」


 篠原は華麗にスルーした感じだ。

 今の超自然な感じで躱したな。あまりにも自然過ぎてびっくりだ。

 竹中は何か考えていたが、決心したように俺の顔を見る。

 

「木崎にちょっと確認したいんだけどいいか?」

「何の確認だ?」

「なんかやたらとウタを見てる気がするんだけど、気のせいか?」


 この時、何故か俺の脳裏に『深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ』というニーチェの格言が思い出された。

 ばれていないと思っていたけれど、そう何度も様子を見てたら気付くよな。

 どうやら俺は探偵とかスパイには向いていないらしい。


「いや、特別な感情とか宇田をどうにかしようって考えは微塵もないから安心してくれ。恥ずかしい話なんだが、俺は恋愛感情ってのがよく分からなくて、夏休み前から恋愛感情について未だに勉強してるんだわ。そんで、宇田の態度が……その……俺が思う恋愛感情の行動に結構マッチしてて、それで様子を」


 俺の話に竹中は首を傾げていたが、ここまで誰が宇田とずっと一緒にいたのかを思い起こしたのか、びっくりするぐらい顔が真っ赤になった。自分でも気づいたのか両手で顔を隠す。


「あ~あ~、今まで誤魔化してたのにとうとう自覚しやがった。タケそろそろ認めたら? 実際ちょっとは分かってたんだろ」

「……」


 竹中は恥ずかしいのか、手で顔を隠したまま小さく頷いた。

 何、この甘ったるい感じは。思いっきりこの場から走り去りたい。

 俺までなんかすごく恥ずかしくなってきたんだけど、これどうすればいいんだ?

 俺、女子たちが帰ってきたらどんな態度を取ればいいんだ?


「……何で俺でいいのかよく分からねえけど、俺らが付き合ったら関係がおかしくならねえかな。てか、これもしかして俺の勘違いだったらすごく恥ずかしくない?」

「あれは間違えようがないぞ。木崎だけじゃなくて、お前ら二人以外は気付いてる。てか、大分前からクラス中で話題になってた」


 ごめん、俺は言われるまで気付かなかった唐変木です。


「マジですか!? 気付いてなかったの俺だけ?」

「マジです」

「うわ~、俺どんな顔してウタと話せばいいんだ?」

「余計なこと考えるな。格好悪いとことか、そんなものとっくに見せてんだから。なんせお前はガキの頃あいつらにフルチン姿見せてんだし」

「それは言わない約束でしょ~!!」

「まあ、お前と一緒に俺も踏ん切り付けるわ。いつまでもこの形じゃいられないってね」

「分かった。俺も覚悟決める」


 おっと、篠原と竹中がやけに凛々しい顔に見える。

 これが覚悟を決めた男の顔か。

 帰ってきたら恋愛ドラマみたいに告白でも始まるのだろうか。

 なんだか妙にドキドキしてきたんだが、大丈夫だよな。うまくいくよな?


「お、あいつら帰ってきたぞ。篠原、竹中頑張れよ~」

 太一の声に二人は堂々とした態度で迎撃態勢をとる。


 俺たちの姿を見つけた牧瀬がブンブンと手を振って近づいてくる。

 宇田は小さな紙袋を大事そうに胸に抱えていた。きっと乙女の期待が込められているのだろう。


「「ただいまー」」

「「オカカカカカカカカカカカカカ」」


 牧瀬らの声に竹中と篠原は二人揃って壊れたロボットみたいに返事した。

 お前ら緊張しすぎだろ。さっきの覚悟はどこに行った。


 ☆


 清水寺の欄干の隅っこで下を見ながら男子反省会中。


「おい、さっきのはどういうことだ?」

「す、すまん。本人を目の前にしたら、急に頭の中が真っ白になって」

「なあシノ。ウタってあんなに可愛かったっけ? やばいくらい可愛いんだけど」

「それを言うならマキもだぞ。やばくない? あんなに手をぶんぶん振ってワンコか。あんなの反則じゃない?」

「明人、俺もう行っていいかな? ここにいると、こいつらを下に落としたくなる」

「太一諦めんな。まだまだ時間はたっぷりある」

「いや、お前ら完全に状況悪くしたぞ。宇田さんなんてちょっとショック受けてた感じだったし、あのタイミングが最高でへたれたら駄目だったろ。……とはいえ、お前らの気持ちも分からんでもない。うまくいく公算が大きくても緊張するもんは緊張するわな。とりあえず普通を心がけろ、相手は幼馴染だから態度の変化には敏感だぞ」

「「が、頑張る」」

「よし、女子に合流しようぜ」


 こういうとき太一は頼りになる。

 てか、太一が焚きつけたんだからな。

 お前も責任持てよ。

  

 



 

 


 お読みいただきましてありがとうございます。

 次回もお読みいただけると嬉しいです。

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