377 修学旅行7
修学旅行2日目。
2~4日目までは班の自由行動期間。班単位で自分たちが選んだコースを周る。
テレビで見た天気予報によると近畿地方全般で天気が良く、俺たちがいる京都の南部は雲も少ない好天気の予報だった。
うちの学校は修学旅行期間中、泊っているホテル以外では制服で行動することになっている。
万が一、迷子になっても同じ制服姿を見つければ先生たちに連絡を取ることが可能になる。
ホテルにいる間は制服の他学校指定のジャージでもいい。俺もジャージの方が楽だ。
10月初旬だと気温もそこまで低くないので日中は冬服だと少し暑く、逆に朝方や夕方以降は丁度良い感じになるだろう。
いよいよ出発の時間。ホテルから野に放たれた同じ学生服を着た集団がそれぞれの行動を起こし始める。俺の班と響の班は、朝の8時にホテル前で合流し、最初の目的地である伏見稲荷へ向かう。
まずホテルが用意してくれたバスで京都駅行きの便に乗り、京都駅で下車。
下車してすぐに響を川上と柳瀬でサンドウィッチにしておく。
傍から見ると仲良し女子三人組だが、当の本人は――
「何だか捕獲されているように感じるんだけど気のせいかしら?」
その通りだよ。俺らはお前を捕獲してるつもりだよ。
薄々感づいていたが、響は意外と好奇心旺盛だ。方向音痴なのに行動力があるから性質が悪い。
響は幼少のころから習い事と家の往復ばかりで、知識は持っていても、実物を見ることや実体験が少なかったようで、気になるとすぐに近寄っていく。
愛曰く、世の中は響用の罠がいっぱいで、方向音痴の響は自分から罠に引っかかりに行くらしい。
路線の案内掲示板を見ながら目的の乗り場を探す。
俺たちの近くにいた因幡のグループがばらばらな方向を指差し「こっち?」「そっち?」「あっち?」「どっち?」とコントを繰り広げている。班長の赤城さんが「はーい、こっちこっち」と小さな旗をパタパタ振ってカルガモみたいにグループを引き連れていく。相変わらずの最前列マイスターだ。しっかり者の赤城さんと一緒なら因幡たちも安心だろう。
何故か他のグループまで赤城さんの後をカルガモ状態でついていってるけど、気にしないでおこう。
俺たちは京都駅からJR奈良線に乗り10分ほど揺られて稲荷駅で下車。
同じ学校の奴も伏見稲荷を選んだ奴が多いようで裕に一クラス分の人数くらいいるだろこれ。
稲荷駅は京都駅に比べると普通の規模の駅だったが、鳥居の色をイメージつけるような朱色があちこちに目に入り、観光名所なだけあって特色ある駅だった。
駅の出入り口はやや狭く感じられたが、駅を出てすぐにそんなことはどうでもよくなった。
駅を出て左正面に大きな朱色の鳥居が見え、『伏見稲荷大社』と掘られた門柱が目に入る。
近づいて鳥居の正面から鳥居を見上げる。
「でか」
思わず声がこぼれた。
流石は京都で上位にあたる観光名所だけあって、綺麗に整備されている。
鳥居から見える参道も、奥に見える表門まで結構距離がある。
まだ早い時間だと思えるのに、山道には結構な数の観光客も歩いていた。
我が班のカメラマン役である長谷川は、大興奮で写真を撮りまくっている。
ついでにみんなで記念撮影。後でいいのがあったらデータを貰うことにしよう。
俺たちが記念写真を撮っていると、同じ学校の奴らが響に声を掛けてくる。
声を掛けてきたのは女の子で、響と一緒に記念撮影したいという。
響も写真だけならと了承したものの、グループ写真だけでなく、ツーショット写真まで求められたので、思わぬ時間を取られてしまった。固まる女子がいなかったのは幸いだった。
響とツーショットを撮った女子はとても嬉しそうしていたし、響もまんざらではない感じ。
同じポーズをねだられたからだが、響がWピースするの初めて見た気がする。
「東条さん慣れないことしてるからちょっと照れてるね」
「だな」
「「「「……全然分からない」」」」
牧瀬らもこの旅行中で少しは分かると思うぞ。
ここまでは良かった。響も無表情ながらも機嫌よく対応していた。
調子に乗った男子が「俺も俺も」と響に近づき、眼力を強めた響の前で二人ほど固まる。
響が眼力を強めた途端に周りにいた男子も響から距離を取る。
可哀想だが愚か者どもは柳瀬の対策通り放置することにした。
愚か者が調子に乗るからだ、無遠慮に近づいたお前らが悪い。
「男子とツーショットというのは遠慮してもらいたいわ。明人君以外はお断り」
「ああ、それで遠慮なしに眼力を強めたのね」
「どうせならあそこの班の男子全員潰せばよかったのに。柳瀬的にはそれを願ってた」
柳瀬は相変わらず悪い奴だ。
愚か者どもを放置して道を先に進める。
大きな鳥居をくぐり参道を歩いて進んでいく。
伏見稲荷大社には、古事記や日本書紀で記される日本神話に出てくる食物・穀物を司る神々、宇迦之御魂神、豊宇気毘売命、保食神、大宣都比売神と、食物を司る大神らが祀られている。元は穀物や農業の神だったようだが、時代の流れとともに、現在は商工業を含めた様々な産業の神としても信仰されているようだ。
普通の神社だと狛犬が置いてあるが、稲荷神社だと狐が置いてある。
石造りだから分かりにくいが、ここにいる狐は本来、白狐で神の使いらしい。
近くの土産屋には狐に関連したものも多くあるそうだ。
美咲が狐のお面を欲しがってたな、一つ土産に買って帰ってやろう。
桜門を抜け、撮影禁止されていない所で写真を撮りながら移動を続け、本殿をお参りした後、この伏見稲荷で最も行きたかった千本鳥居へ向かう。
文字の通り千本の鳥居が石畳に沿って連続して立ち並ぶ。
「うわー、何か神秘的っていうか、背筋にくるもんがあるな」
太一は奥へと連なる鳥居を見てそう呟いた。
「マジで何か神隠しにでも会いそうな雰囲気だよね」
「夜だと灯篭が点いてるみたいだから、もっと怖い感じなるだろな」
「その時間だと集合時間ギリギリだし無理かなー。残念だねー」
ゆっくりゆっくりと千本鳥居を潜り抜けていく。
実際には数分で通り抜けるくらいの距離だったが、いつまでも続く鳥居に時間と距離の錯覚を起こし、自分がどのくらい進んだのか分からなくなってくる感じがした。
奥社を抜け、次に見えてきたのは、根上がりの松。奇妙大明神とか膝松さんとも呼ばれているようだ。地表にまでせり上がりトンネル状になっている松の木の根だ。
この松の根の下をくぐったり、木に触れその手で自らの痛む場所をなでると、足腰や肩こり、神経痛が治るといわれている御神木らしい。その他にも根上がりが値上がりを連想させるのか、商売繁盛や金運上昇のご利益もあるそうだ。
木の根を周りから見ていると、「明人君ちょっと」と響に手をグイっと引かれた。
「はい、スマホ見て、いい顔してね」
響が俺に寄り添うようにして、スマホを構える。
うん、いつもより顔が近いし、柔らかいくせに弾力があるのもいつもより当たってるよね。
冬服を着ている分、当たりが弱くなるはずなのにいつもより当ててるよね。
スマホからパシャシャシャと連写する音。
俺も響との2ショットを撮っておく、その時はそこまでくっつかなかったことは言っておく。
「うん、松の木も入ったわね。学校もちょうど休み時間だし、愛さんに送ってあげましょう」
止めといたほうがいいと思うよ?
「あら、明人君これ見て」
画面には俺と響のくっついた写真が映り、愛からの返信は「ぶっ殺す、それよか明人さん単体おね」だった。
「ふふ、愛さんの悔しそうな顔が見れないのが残念だわ」
二人とも仲いいよなー。
根上がりの松を見終わったあと、三ツ辻から稲荷山にある一の峰へ目指して登頂開始。
稲荷山は標高233mでそれほど高くない。最高峰に当たる一の峰まで、四辻から東西のルートでどちらからでも行けるが30分くらいはかかるようだ。
登っていく途中の所々に小さめの社があり、それぞれ神様が祀られていたので、お参りしながら足を進めていくことにした。
比較的緩やかな傾斜の道が続くとはいえ、やはり山道。
歩くところは石畳で足元を気にすることもなく進められていたが、ここで体力差が出始める。疲れが出てきたのか、少しずつ長谷川、川上、柳瀬、宇田が遅れ始めていた。
「タケちゃん喉が渇いた。水が欲しい」
「千葉ちゃん私も~」
「文化系クラブの人間にはきつい!」
「いや、これくらい全然緩いだろ。それに川上は新聞部なんだから足使うだろ」
「川上を舐めるなよ。尻が出てるから後ろに引っ張られる」
「柳瀬、今それ関係ある?」
「多分関係ないが言いたかった」
女の友情問題にも発展しそうなので、こまめに休憩を取りながら移動することにした。
とは言っても、実際登っている所々に社や観光スポットがあって、時間の経過とともにそこそこ混みあってきていて、歩くペースもゆっくりにならざるを得ず、お参りや写真撮影の順番待ちをすることもあり、そこまできついものではなく、時間だけが少しかかるものだった。
一番高い場所である一の峰は周りが木々と社で見晴らしが悪かったが、逆に良かったのは途中の四ツ辻だった。途中の道ということもあって全面のパノラマビューという訳にはいかなかったが、京都の街並みが見下ろせた。
ちなみに、この間は俺が響を預かっている。
根上がりの松以降、道の狭いところもあり、通行の邪魔になるから横に場所を取るサンドウィッチ状態をとるわけにもいかず、それなら俺が預かろうということになった。
牧瀬たちには団体行動の時に頼りにしてるし、俺らの班と一緒の時くらいは気休めもしてほしい。
それと今回の響預かりは川上、柳瀬からの命令でもある。
その時のやり取りがこれだ。
「川上、柳瀬的に黒だと思われる――いや、確定だな」
「そうか。やはりか――木崎君ちょっと」
「なんだよ」
「宇田さんがアピってるから協力しなさい」
「なんだそれ」
「駄目だ柳瀬。やっぱり木崎君は乙女心を理解してないよ」
ひどい言われようだな、おい。
「宇田さんが幼馴染の関係から男女の関係に進もうとしているわ」
「勘違いじゃないのか、あいつら全然変わらんだろ」
「愚かな小僧め、そんなんだから東条さんのアピールに気付かないのだ。柳瀬は何度も気付いたぞ」
アピールされてたんだ、俺。
「あんたはとりあえず東条さんと手でも握ってなさい。自分への言訳なら迷子防止とかできるでしょ」
「ちなみにどっちとなんだ?」
「それすらもわからないのか……柳瀬が教えてやろう。竹中君とだ」
「ちなみに篠原君と牧瀬さんもあと一押しってところまで来てる。あれはどっちも躊躇してる感じがする。できれば今回の旅行でくっつけてやりたい。多分4人だとお互い警戒して踏み込めてないんじゃないかな。あれは多分、女子同士ですら打ち明けあってないわ」
「これはおそらく二組同時に成立させないと発展がないと柳瀬は思っている」
なるほど、幼馴染の関係を壊したくないからか。
一緒に聞いていた太一と長谷川に話を聞くと二人の意見も川上らの推察に一致していた。
直接は何もできないけれど、間接的な協力くらいできるだろう。
俺はこの道中で可能な限り響を預かることにした。
それを聞いた川上と柳瀬が悪い顔をして笑う。
「よし、これでネタになる」
あ、こいつらゴシップネタに飢えてるだけだった。
お読みいただきありがとうございます。