376 修学旅行6
京都市内の移動はバスで移動していたのだが、なんというか車がやたらと多いせいか、混雑していて全然進まなかった。観光地が街の真ん中にあるのもその要因なのじゃないだろうか。
三十三間堂への道のりはかなり時間がかかってしまい、見学を終えホテルに到着したのは予定より30分ほど遅れた。
ホテルに着いて、男子と女子は別々の建物に分かれる。
男子は本館、女子は別館へと割り振られている。
ホテルで割り振られた部屋の人数は4人。
俺たちが与えられた303号室は10畳ほどの部屋にベッドが4つ並んでいた。
元はツインかダブルの部屋だったのだろう。ベッドとベッドの間隔が少し狭い気がした。
303号室を使うのは俺と太一、それと因幡に横須賀だ。
部屋割りを決めるときに俺と太一のペアと因幡と横須賀のペアで合意し、同じ部屋になった。
この二人は大人しいので安心感がある。
因幡と横須賀は8班だ。他のメンバーは杜里さん、島田さん、赤城さん。
因幡と杜里さんがお付き合いしていて、横須賀と島田さんが部活つながりの友達同士。
男同士、女同士とも友達関係であり、その4人組の仲良しグループに赤城さんが加入して8班が完成した。
夕食後、部屋で雑談していた時に赤城さんが加入した経緯について聞いてみた。
因幡と横須賀の話では、修学旅行の班決めで7班の編成が少し揉めたようだ。
それというのも、ムラムラコンビのせい。
ムラムラコンビである村川・村山と組むのを女子に拒否反応があったらしい。
あいつらの日頃の行いが悪いからだろう。
班決めは俺らを筆頭に、5班まではすんなり決まったものの、そこで止まった。
残っていたのは男子が6人、女子が5人。
因幡のところは、あと一人誰かが来ればという状態で止まっていた。
危機感を覚えた清水さんと辻本さんが、ムラムラコンビを外して男子3人を引き込み6班を編成。
残ったのは、赤城さん、滝沢さん、田所さん、兵藤、村川、村山の6人。
滝沢さんと田所さんは普段から仲が良い。
そうなると、赤城さんか兵藤のどちらかが残ることになるのだが、赤城さんに気を遣ったのか兵藤から自分が残ると言ったそうだ。
こうして赤城さんは因幡たちに温かく迎えられたという経緯。
赤城さんは長谷川と太一の目から見ても、裏表のない人物で評価は固まっている。
天然で良い人らしい。長谷川が相当珍しいタイプだと言っていたのも分かる気がする。
川上から聞いたが、我が班の女子と赤城さんは同じ部屋らしい。
赤城さんと長谷川は体育でよく一緒にペアを組むので、その延長で組んだようだ。
自由時間中は本館と別館への行き来が自由だ。
時間制限はあるが、男子が女子部屋へ、女子が男子部屋へ行くことを禁止されていない。
9時半に人員点呼が開始されるので、それまでに自室に戻れば問題なしだ。
その代わり誰か一人でもこのルールを破れば厳しくなることは伝えられている。
一応、移動禁止エリアも設定されている。
浴場の周辺がそれにあたる。
それぞれの建物の奥側にあるので普段の行き来には問題はなく、覗きとかが目的でない限り、近づく必要がない場所だ。
ムラムラコンビが『男のロマン』とか言って騒いでいたが、女子から部屋へお呼ばれしている男子は絶対阻止するつもりでいる。
不思議なのは、女子にも移動禁止エリアとして男子浴場が設定されていたことだ。
「男の裸を覗きたい筋肉フェチとか腐女子とかが女子の中に混ざっていてもおかしくないと思う」
そんな柳瀬の言葉に、我が班全員が納得してしまった。
夕食のあと、大浴場が解放されている。
9時までは解放されているので、自分のタイミングで行っていいことになっている。
タイミングを間違えば混雑するが、それほど気にしなくても済むだろう。
本当ならば一番風呂としゃれこみたいところだったが。
風呂に入ってから、部屋に戻ると、因幡と横須賀がちょうど部屋から出てきた。
俺や太一よりも先に風呂から出て行っていたが、どうやら女子部屋に呼ばれたらしい。
杜里さんと島田さんの部屋には、滝沢さんと田所さんもいるらしい。
横須賀がちょっとドキドキすると言っているのに対し、因幡は平然としていた。
部屋に残された俺と太一はベッドに身体を預けて、お互いスマホをいじりだす。
美咲から「おろろ、おろろ」と、謎のメッセージが入っていたが謎過ぎて分からん。
太一はスマホに目を向けたまま俺に話しかける。
「長谷川らが、響らを連れて来るってよ」
しばらくして、部屋がノックされる。
長谷川、川上、柳瀬、響、牧瀬、宇田、竹中、篠原が勢ぞろいだった。
勢ぞろいなのは勢ぞろいなのだが、状況はおかしかった。
「お前ら何やってんの?」
隣の部屋の前あたりで、そっぽ向いたまま固まっている牧瀬。
その牧瀬の横で、竹中の背中に篠原が絡みついた状態で固まっている。
「二人がじゃれ合っていたから注意しようとしたら目が合ってしまって」
「牧瀬は?」
「固まった二人を見て、私に文句言いたそうな顔を向けてきたから、私も顔を向けたの。困ったものね」
響が全く困った顔をせずに言う。
お前これ牧瀬に関しては確信犯じゃねえか。
とりあえず、太一と入れ替わりで響と長谷川を部屋の中に入れる。
しばらくして、牧瀬ら三人の硬直が解ける。
牧瀬と響の一悶着は割愛し、303号室に集合しなおす。
流石にこの人数だと狭く感じる。
修学旅行前の話し合いでざっくりとしたルートは計画していた。
初日の観光予定は、最初に伏見稲荷に行って、清水寺、三年坂、八坂神社巡り。
混雑する人気エリアでもあり、坂道が多いエリアでも知られる。
疲労がたまる後半戦は避けようと初日に設定。
余裕があれば、そのまま鴨川辺りを見学してホテルへ戻ってくる計画だ。
修正するのは、滞在時間と移動時間。
今日の本願寺や三十三間堂で、時間が全然足りなかった。
団体行動のせいもあるが、そもそもの見学時間が短かかった。
俺としては、それぞれの場所でゆっくり見学する時間は取りたい。
それと旅行前から気になっていたことを聞くことにした。
「じゃあ、まず結果を聞こうか。今日はどうだった?」
「さっきのは無かったものとしても、今日だけで14回硬直があった。学校だと問題なかったけど外はまずい。チャレンジャーが多すぎる」
「チャレンジャー?」
「修学旅行に格好つけて東条に話しかけるやつが多いんだよ。何を夢見てるのか知らんが」
「シノの言う通りだ。団体行動中に固まった奴が出たときは焦ったぞ。俺ら最後の方だったからな。置いていくわけにもいかないから」
「ここにきて響の人気が問題か」
「うちのクラスはまだいいんだよ。マキとのやりとりである意味慣れてる。他のクラスの奴らが問題だ」
響は相変わらず男女問わず圧倒的な人気をキープしている。
容姿秀麗、頭脳優秀、運動能力抜群、家は金持ちと非の打ち所がないところから見れば頷ける。
言葉が足りないところやSな一面はあるものの、性格的にも大きな問題があるわけなく、以前に比べるとかなりクラスの中で打ち解けている。
E組では響と牧瀬の和解をきっかけに、響の硬直させてしまう特性が知られるようになった。
事情を知ったE組の連中は夏休み前の期間と夏休み明けの1か月で、誰かが硬直することに慣れた。これも牧瀬が体を張ってくれたおかげだろう。
固められた牧瀬が、解除後に響に絡むやり取りがE組名物になっているあたり、クラスメイトと響の距離が格段に近くなったと言っていいだろう。
さらに、響が目を合わせないで話すことは、クラスメイトに被害を出さないためだというのが伝わり、E組では響人気が今までにないくらい沸騰している。
今回の修学旅行でも班への勧誘に響争奪戦が発生したのも頷ける話だ。
直接、響から聞いたことがないが、一学期だけでなく二学期になってからも、響が何度か告白を受けていることは耳に入っている。
情報源は川上、柳瀬だ。
あいつらの場合、暗に俺を脅してきているだけのような気はするが。
響は相変わらずモテている。
俺への片思いが知られているにもかかわらずだ。
いや、片思い中だからこそ狙われているのかもしれない。
「私も気を付けてはいるんだけれど、不意を突かれると、つい相手の目を見てしまうのよ」
「一応クラスでカバーはしてるけど、他のクラスまでってなると流石に気が重いわ」
「それで両サイドをマキとウタで固めてもらった」
「おかげでクラスの女子から非難轟々よ。団体でも独占する気かって」
「ごめんなさい。みんなに迷惑かけているわね」
「東条のせいじゃないよ。この件は絶対東条のせいじゃない。だから謝らないで」
牧瀬はいい奴だ。
「まあ、今日はそんなところだけど。明日からはいよいよ班行動。これも油断できないぞ」
「何か問題でも?」
長谷川がキョトンとした顔で篠原に顔を向けて聞く。
「俺らについてこようとしてる奴らがいる。俺もタケも何度も探りを入れられたからな。恐らくついてくる」
「女子にもいたよ。マキとか聞かれてたもんね。偶然を装う場合もあるかも」
「柳瀬にいい考えがある。その時は遠慮なく固まってもらって放置しよう。どうせ離れれば治る」
「それひどくない?」
「邪魔する奴は潰すのが一番。自業自得だと思えばいい。柳瀬的解決法」
柳瀬は悪い奴だ。
だが、悲しいことに我が班員は柳瀬の口車に乗ってしまう愚かさを持っている。
「いや、案外そっちの方が楽だと思うぜ。俺も賛成だ」
「そっか、それもありだよね千葉ちゃん」
「柳瀬えらい。発想の逆転だね」
「では、思う存分やっていいのね?」
いや、思う存分はするなよ。それテロだよ。
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