37 温もり1
時間的に余裕もあり遅れること無く、バイト先のファミレスに辿り着いた。
店内は昼食時間の頃合に入ったせいか、混雑が始まっていた。土曜日は特にその傾向が強く、俺は急いで更衣室に入り、ユニフォームに着替え、店内に入った。
「おはようございます。木崎はいりましたー」
この店のルールに従い、先に店内入りしている人たちへ店入りした事を伝える。
レジカウンターにいた店長の中村さんが、その声に気付き声をかけてくる。
「木崎君、おはよう。今日で最後だけどお願いね。早朝入りした人も入れ替わるから。そろそろラッシュの時間だから気合入れてね」
「はい、わかりました。注文まだのところ入ります。おすすめはまだチェンジしてないですよね」
「ええ、おすすめはそのままだからよろしく」
店員の呼び出しを知らせるベルが鳴る。呼び出し番号を確認し、その席に向かうとお客は家族連れでまだ幼い子供がいた。
注文を受け取り、手にした端末機で入力し、復唱して確認を取り、あわせて幼い子供がいる場合の質問もしておく。
「お子様用の小さい器とスプーンとフォークは、おつけしましょうか?」
「あ、お願いします」と奥さんが言った。
「ご注文承りました。料理ができるまでしばらくお待ちくださいませ」
お客に対する決まり文句を告げると一礼して席を後にする。
注文は端末機の決定送信を押すことによって、自動的に厨房に伝達される仕組みだ。
厨房前にある表示機で送信されているかの再確認をする。
俺が受けた注文はちゃんと表示されていたので問題はなかった。
確認を終えた俺は子供用の小さい器とスプーンとフォークを用意して、先ほどの席に向かい一礼する。
「お子様用の器とスプーン、フォークになります」
お客は頭をぺこりと下げて、暗黙の礼をする。
俺が席を離れた時にまた呼び出しのベルが鳴る。ちらりと入り口付近を見ると、既に待機している人が現れ始めていて、ラッシュを迎え始めている事を暗に示していた。
こうなると店内はすべての箇所が戦場になる。
全部で四十席ほどある店内はどんどんと埋まっていき、案内、水出し、注文、料理の搬送、後片付け、これが引っ切り無しにあちこちで発生する。
厨房でも注文が殺到し、処理に追われて行く。
ラッシュ時のレジは正社員もしくは店長が入り、バイトやパートの人は基本的に店内を処理していく。
今日の店内要員は俺を合わせても三人しかいない。これで乗り切らないといけないのだ。
各戦場での戦いは、今のところ順調にこなされていて問題は起きていない。
「七番キャリー入ります! 三番リフレ願います!」
何度か席と厨房前を行き来していると同じバイトの人からの声が聞こえた。
直訳すると、七番席に料理搬送するから、三番席の片付けを願いますって事である。
ちょうど身体が空いた俺はすぐに三番席の片付けに向かう。
会社が決めたルールで、こういった専門用語も飛び交うので注意が必要なのである。
ラッシュの始まりからあっという間に二時間が経過した頃、段々と客足が落ち着いてきた。店内も空席が目立つようになってきた。
店長の中村さんも昼食時のラッシュを問題無くこなせたからか、安堵の表情を浮かべて店内の様子を窺いながら、俺達の所へやってきた。
「お昼のピークは終わったわね。今日はスムーズにいけたわ」
問題が起きると、その問題の解決に一名もしくは店長が捕まるために、新たな問題を招くことがある。俺がバイトしていた期間でも何度かあったが、ラッシュ時に起きるとその余波をまともに食らうのでメンタル的にもきつくなる。
「そうですねー。やっぱ、お昼のラッシュはきついっすね」
「次は夕食時のラッシュが来るから、それに備えていてね」
夕食時までのファミレスは比較的、客足は少なくなる。遅い昼食の客か、軽食目当ての客層になるからだ。この時間を利用して、九時頃から勤めている人たちは先に休憩に入る。
俺のように昼から勤務する者は、その間の店を切り盛りするのである。
俺の今日の勤務時間は、休憩を挟んで夜の九時まで、四時頃に一度休憩に入り五時からの長いラッシュに備えるのが通常だ。お昼のラッシュは二時間ほどだが、夜のラッシュは少しだけ長い。夜の八時を過ぎるまではラッシュが続く。
客足が少なくなり、ゆっくりとした時間が進む。ここでのバイトは約一年ほど続けていたが、気が付けば俺よりバイト暦が長い人は誰もいなくなっていた。ファミレスはバイトの中でも人気があるので、代わりは幾らでも入ってくるが、忙しさに割が合わないと辞める人も後を絶たないからだ。平日だけならそれほど混み合わないのだが、土日となると過酷な状況が生まれやすい。ましてやイベントが近くであった時などは、もっと最悪になる。
「ただいま。特に何も無いよね?」
店長が休憩を終えて戻ってきた。店長はいつも休憩を短くしか取らないけれど、身体は大丈夫なんだろうか。
「店長おかえりなさい。何も問題ないですよ」
「まあ、今日は慣れてる木崎君いるから大丈夫だね」
「そうですねー。ここの変なルールさえ無ければ辞める事も無かったでしょうけど」
ここのファミレスの変なルール――高校生のバイトは週三回まで、土日の場合は連続で勤務させることを禁止。週の勤務時間の合計が十六時間を超えることを禁止。
これらを守らない店長は、ペナルティが与えられると聞いたことがある。
他にも夜の十時以降勤務禁止など、法律でうたわれている部分もあるので、理解できるものも多々あるのだが、これがネックとなり俺は週二回が限度になってしまった。
「あれ、私も本部に文句言ってるのよ。これ無理がありすぎでしょうって。各店に任せて欲しいのよね」
「変わるといいですけどねー」
話の途中だったが、レジに向かって客が移動し始めたのを見て、店長は「あ、ちょっと行ってくる」と言ってレジに向かう。俺も客がレジまで行ったのを見届けてから客席の片付けに向かった。
それからしばらくして休憩する時間になり、更衣室に入り軽く休憩する。
ロッカーの中から鞄を出して携帯を見てみると、二件のメールが来ていた。
一件目は太一からで、二件目は美咲だった。
美咲の用件……そういや初めてじゃないか? メアド交換してから一度もやり取りしてないな。先に見てみよう。件名は『えーと』って、わかりにくいわい。
中身を見ると、『昨日言った事ホント?』と短い文章だった。
冗談だと思っていたのか、確認したかったのかよく分からんが、一応『ホントですよー。こっちのバイトが終わったら、そっちに行きますからね』と返信しておく。
太一の件名は『返事不要』いつものことながら律儀な奴である。用件は、今日のお礼とあの後、綾乃から俺の事を質問されたとの事だった。余計なことを言っていないかちょっと心配になったが、明日になったら分かるだろう。
携帯を鞄に仕舞おうとした時、デフォルトのメール着信音がなる。
着信を見てみると美咲だった。
『ホントにいいの?』
あら、遠慮してるのかな? 『俺が行きたいから行くんです』と返信しておく。
それからすぐに返信が入り『うん、わかった。ごめんね何度も。』と遠慮がちな内容に夜の帰り道での美咲を思い起こしてしまって、思わず微笑してしまう。
気のきいた返信でもしようかと携帯片手に悩んでいたが、いい言葉が浮かばずに休憩時間が無くなってしまった。
鞄に携帯を入れ、ロッカーにしまうと仕事に戻った。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。