371 修学旅行1
修学旅行が近づきつつある中、クラスではその話題が圧倒的だ。
そこらかしこで京都を中心とした関西旅行のガイドブックが開かれ話題になっている。
それは俺たちのグループも同じだった。
修学旅行は主に団体行動と自由行動に分かれる。
団体行動は初日と最終日に設定されている。
自由行動は、2日目から4日目の朝食後から18時までが自由時間だ。
高校生にもなると、自主性を重んじているためか、与えられた時間と範囲の中で自由度が与えられている。班というグループ単位であれば、どこに行っても問題ない。
観光名所も広い範囲に分布しており、どこに行こうかと悩ませてくれる。
我がグループの川上と柳瀬はもっぱら食い気に走っているし、太一は遊び場への興味が多く、長谷川は撮影名所への興味が高い。俺はというと、有名どころの史跡巡りがしたい。
考えなければいけないのは、金銭的なものと時間的な制約をどうクリアするかだった。
まだまだ時間があるとはいえ、まとまるまで意見を出しておくに越したことはない。
もはや定番になりつつある賑やかな昼食会。
メンバーは、生徒会を始めとした二年生が多数を占める。
そんな中、二年生組の話題はやはり修学旅行が多かった。
「明人君たちは、いつものメンバーで班になるの?」
「ああ、そうだよ。響は?」
「なんだか知らないけれど、私の争奪戦に勝利したと牧瀬さんに言われたわ」
経緯は分からないが、どうやら響は牧瀬の班に入ることになったようだ。
俺の横を陣取る愛が響の言葉に何かを考えこんでいる。
「牧瀬と同じ班?」
「ええ、そのようね」
いつものように無表情で答える響へ、眉間にしわを寄せた愛が問う。
「牧瀬先輩は響さんの方向音痴のこと知ってるんですか?」
「知らないわね。自分から言ったこともないわ」
「……それは、非常にまずいですね」
響の言葉を聞いた愛はいつにない真剣な表情で俺の顔を見る。
どうやら俺と同じことを考えたのだろう。
――新たな犠牲者が生まれそうだと。
「明人さん、これは危険です」
「うん、放課後に牧瀬と話をしよう。響も捕まえといてくれ」
「何故二人がそんなに真剣な顔で言うのか分からないけれど、分かったわ」
☆
放課後、太一と長谷川、川上、柳瀬、愛を引き連れた計6人で響のいるE組に向かう。
教室に入ると、そこには固まった牧瀬とペンを手にして近づこうとする響の姿があった。
響、お前はいったい何をやってるんだ?
不意打ちでもくらわせたのか、牧瀬は振り返っている途中で固められたようだ。
ものすごく中途半端な体制で顔の向きと体の向きが違う方向を向いている。
確かに牧瀬を捕まえておけとは言ったが、よりによってそんな不意打ちで固めろとは言ってない。
悪戯しようとする響を離して、愛と長谷川に預け通路に行かせる。
牧瀬が回復したところで呼び戻した。
すると、牧瀬は戻ってきた響を見るなり、すぐに噛みついた。
「ちょっと、あんた何なのよ!? いきなり人を固めて!」
片手で首を揉みほぐしながら牧瀬は言う。
変な角度で固められたからか、首が凝ったらしい。
「明人君たちが来るまで身柄を確保する必要があったの」
「それならそうって言えばいいでしょ。何で人を固めてそのうえ顔に落書きしようとすんのよ!」
「あれはついでよ」
目的のために手段を選ばない響は相変わらずだけれど、何か愛の影響を受けているような気がする。横にいる愛に視線を送ると、そんなことを思われてると分かっていないのか、もっと私を見てと目で訴えてくる。こちらも相変わらずぶれてない。
「――んで、私に何の用だったの?」
気を取り直した牧瀬はどかっと自分の席に腰を下ろすと、腕を組みながら俺たちをねめつける様に聞いてきた。
「修学旅行でお前が響と同じ班になったって聞いてさ」
「それがどうしたの?」
「今から愛が大事なことを話すからよく覚えておいてくれ」
横にいる愛にアイコンタクトを送ると愛は頷く。
愛はきょとんとする牧瀬に頭を下げてから話を始めた。
「牧瀬先輩に響さんの取り扱いについて説明します」
「はあ? 取り扱い?」
素っ頓狂な声を上げる牧瀬。
愛は真剣な顔で牧瀬に説明を続ける。
同行中は常に響を視界に入れておくこと。
行動前に響が携帯を所持しているか、電池量もしっかりあるか確認すること。
混みあうところでは必ず手を繋ぐか腕を組むこと。
それでも響とはぐれた時は、迎えに行くまでその場から動かないように指示すること。
「なんでそんな真似が必要なの?」
「この人が極度な方向音痴の上、気になったものを追いかける習性があるからです」
「愛さん、人を指差すの止めてもらえる?」
「方向音痴くらいで大げさな。はぐれたら携帯で連絡取ればいいじゃん」
「夏休みに愛の身の上に何が起きたか聞かれますか? この人と一緒に行動していて、ほぼ毎回探す羽目になっていました。こちらが警戒していても、隙をついて一瞬で消えるんです。響さんは移動速度と距離が半端ありません。そのうえ本人の自覚も遅く、自覚したときには確実に道に迷ってる状態です。携帯で連絡が取れたと安心しないでください。響さんを自主的に移動させたら更に最悪な事態を招くので、迎えに行くのが正しい処置になります。ちなみに周りの説明をさせると余計に混乱させてくるので気を付けてください。万が一のために愛は自分の携帯で響さんを探せるようになっているんですが、響さんを回収するのに隣の市まで行ったことがあるんです」
愛の後ろで川上と柳瀬がうんうんと頷く。ちなみに川上と柳瀬も被害者で響回収も経験済みだ。
俺も響を探し回ったことがあり、愛の説明はすべて真実なのだ。
夏休み中しょっちゅう響と一緒にいた愛は俺たちより相当ひどい目にあっている。
愛は俺たちの中で最も響対策を持っているのだった。
「今どこですかって聞いても意味がありません。本人が分かってないので」
「愛さんひどいわ。ちゃんといつも説明してるじゃない」
「何が見えますかって聞いて、壁とか道って答える人は黙っててください」
「合ってるじゃない」
「分かりましたか? こういう人なんです」
愛の真剣な表情と響とのやり取りに、牧瀬は段々と自分の置かれている状況が分かってきたようだ。
その証拠に顔が引きつり、響を半に招き入れたことを軽く後悔しているような顔をしていた。
今回の修学旅行は初日は団体行動だが、二日目以降は班別で自由行動だ。決められた時間までにホテルに戻ればいい。定められたエリア内は自由に行動していいことになっている。
定められたエリアといっても、その範囲は京都だけではない。
交通アクセスが良いからか、京都、大阪、神戸、奈良と範囲は広い。
学生が自分たちで行動を決められ、自由度が高いといえるだろう。
だが、それは響と同行する者にとっては危険極まりない環境だ。
下手をすれば響を探す時間を取られ、修学旅行を台無しにする可能性もある。
「響さんは放置すると確実に自力で帰ってこれませんので、迎えに行く必要があります」
「ねえ、これもしかして相当厄介?」
「違います。――確実に厄介です」
きっぱりはっきり言い切る愛だった。
その後ろでは川上と柳瀬が無言でうんうんと頷いていた。
「ちょっと東条、あんたそういうこと一つも言わなかったじゃない!」
「だって、聞かれなかったんですもの」
牧瀬の問いに顔を逸らして答える響だった。
結局、牧瀬たちだけに響を任せるには負担が重すぎるので、二日目からの班別行動では牧瀬の班と俺たちの班は一緒に行動することにした。少なくとも俺たちの班は全員が響の特性を理解している。響を監視するのに目の数が多ければ多いほど楽になるだろう。
ここで怖いのは響の優秀過ぎるスペックだ。こいつは凡人による監視の網を潜り抜ける可能性がある。実際にてんやわん屋の慰安旅行で団体行動していたにもかかわらず何度か姿を消している。
俺たちも愛ほど響対策ができてないので、念のため対策は伝授してもらっておくことにした。
「響さんが普段使ってるお財布に発信機が入ってます。この探索あぷりを入れてもらって番号を入力すると、響さんがどこにいるか地図で表示されます。これがその番号です。たまに違う財布を持ってくるので要注意です」
愛が自分の携帯に入っているアプリと響の財布の中にあった発信機を見せながら説明。
今まで知らなかったけど、かなりしっかりした対策が取られていた。
「これどうやって準備したの?」
「響さんのお父様に商品の紹介と発信機の購入を直談判しました。すぐさま用意してくれました」
行動力すごいな。アリカから聞いてる愛の姿からは想像できない。
引っ込み思案でアリカの後ろばかり隠れていて、自分からは行動できないというのがアリカから聞いてる愛の姿だ。確かにアリカも俺のことを好きになってから愛は変わったとも言っていたけれど。
「手錠も試したんですけど、あれはおトイレとか、色々不便なことが多くて没にしました」
「愛さんのせいで変な目で見られたわ」
試したんだ?
「紐も響さんが嫌がりましたし」
「私をペットみたいに扱うの止めてほしかっただけよ。それに愛さんも嫌がったじゃない」
「愛は目覚めそうになったから断ったんです」
何に目覚めそうになったかは聞くのを止めとこう。
とりあえず教えてもらったアプリをダウンロードして、使い方を愛から教えてもらい試してみる。
教えてもらった響の送信機番号を入力すると、清和台高校付近の地図が表示され、高校の中に印が付いていた。
これは便利だな。これなら響を探すのも楽そうだ。
「過信すると危ないですよ? 若干ですけど距離と表示するまでの時間に誤差があるんです。あくまでその付近にいるってことが分かるくらいだと思ってください。探している隙にまた別のものに興味を持って移動する場合もありますから」
「え、これ以上の対策って、俺らじゃ無理じゃね?」
太一の言葉にみんなの視線が響に集まるが、響は素知らぬ顔でそっぽ向いている。
これはなんとかして未然に防止するしかないよな。
後日、牧瀬以外のメンバーとも顔合わせして話し合うことになった。
色々と防御策が出るものの決め手となるものがない。
なにせ行く場所が観光地だ。同時に響から目を離してしまう可能性を否定できない。
俺にくっつくパターン、川上&柳瀬による両側から響を挟み込みしたサンドウィッチパターン、響を中心に囲み込むトライアングル、フォートレス、ペンタグラム、ヘキサグラムと、色々想定してフォーメーションの練習も実際にしてみる。なんか途中で変な乗りが入って面白おかしい方向に行ったけど、我がグループが主体だったからという理由には目を背けよう。うちのグループは真面目な内容ほどカオスに陥りやすいんだよ。
話し合いの末、響の方向音痴対策がほぼ固まってから、俺たちの班と牧瀬の班で京都のどこを回るか検討することになった。運よく行きたい場所はほぼ被っていたので、ルートの変更だけで済んだのが幸いだった。
お読みいただきましてありがとうございます。