369 体育祭4
体育祭競技も順調に進んでいき、二年生女子による団体演技チアリーディングが行われたあと、いよいよクライマックスの各学年対抗のリレーが行われる。
この競技に関しては、体育での記録を基準に選手が選抜された。
特殊な例が響である。
唯一、今年の選抜対象から響だけが外されたのだ。
理由としては響は陸上部のエースに余裕で勝ってしまうからというのだが、これについては職員会議でも相当揉めたらしい。
身体能力が高すぎるからと言って選抜から外すのは逆に差別なのではないかとか、参加させてしまうと他の生徒のやる気を削いでしまうとか、教師たちの意見も分かれ、響本人の意思確認で決めることになった。
当の本人は悩ませるくらいなら選抜から外されてよいと答え、本人同意のもと選抜対象から外されることになったのだ。
響のことだからもし選ばれていたなら、勝つことを意識し、手を抜くこともせず、全能発揮したことだろう。
リレー競技は男女四人ずつクラスから選抜されたメンバーが走る。
我がクラスの代表の一人として、太一もこのリレーに出場する。
以前にしていたサッカーで培われたものなのか、太一はやたらと足だけは速い。
普段は手を抜いているのか、そんな感じは微塵もしないのだが。
太一自身が言うには「走り込みが足らなさ過ぎて、昔ほど体力がない」と言うけれど、俺より速いのは確かだし、公式記録で残っているものを見ても、クラスで二番目に速いのだ。
俺の公式記録はクラスの中で五番目。一応、俺も今回のリレー選抜で補欠として選抜されていた。
ただ、本番でメンバー全員がちゃんと揃っているので、俺の出番は回ってこない。
なので応援席から大人しく応援しているわけである。心の底からラッキーだなんて思ってない。
太一は体育祭に関してはふざけないで真面目にやると言っていた。
実際、その言葉通りに太一はいつもみたいに手抜きすることなく、参加した競技には本気でぶつかっているように見えた。
普段からそうしろよ。
選手入場が始まり、最初は女子の部。一年から順番に三年まで通して行われる。
一年生だけでなく、二年生や三年生にも、ちらほらと見たことがあるやつが混じっている。
よくよく見ると、牧瀬、西本のほかにもサバゲ部所属がいて、選抜女子選手のサバゲ部率が高いことに気が付いた。
あいつらは部活の練習で走り込みが普段から半端ないので、下手な運動部よりも体力があるらしい。
流石、運動部にカテゴリーされるだけはある。
いよいよ一年女子による競技が始まる。
一年生女子の第一走者がスタート位置に着き準備が整う。
ピストルの音が鳴ると同時に走者一斉にスタート、誰一人遅れることのない好スタートだった。
流石に選抜されるだけあって足の速いのが揃っている。大きな差は広がらなかったが、その分接戦を繰り広げ、最終的に一年女子で勝利を収めたのは我がB組だった。素直に喜ぼう。
少し驚いたのが、うちの副団長である「ひな」こと雛形日向もメンバーに入っていたことだった。
まさか名字と名前の両方に「ひな」が入ってるとは思いもよらなかったが……。
ひなはアリカよりほんの少し背が高いくらいで、身体は小さいのに足はものすごく速かった。
そういやアリカも足が速いんだったな。背の低さは関係ないらしい。
続いて行われた二年女子。
我がクラスの女子代表は赤城さん、猫山さん、峰家さん、仁王さんだ。
うちのクラスで体力自慢が揃いも揃った感じだった。
最前列マイスターの赤城さんは帰宅部ながら運動能力は優秀だ。
普段は物静かであまり目立たない地味な存在だけれど、成績もよく、運動能力も高く、人当たりも良いと、実はむちゃくちゃスペックの高い人だったりする。
猫山さんはサバゲ部だが、夏の合宿時には家族旅行に行っていて不在だったので、俺たちと一緒に模擬戦をしていない。猫山さんはどちらかというと無口で、俺自身もあまり声を聞いたことがなく、仲の良いグループの楠さん、槌田さんとよく一緒にいるのだが、この二人がやかましい部類に入るので目立たないだけかもしれない。
峰家さんと仁王さんは女子バスケ部。うちのクラスの女子の中で背の高さがツートップを誇る。
特に仁王さんは俺と同じくらいの背の高さがある。
残念ながら俺はこの二人からあまりいい印象を抱かれていないらしい。やはり響や愛を侍らしているのが原因だろうか。
我がクラスからは赤城さんが一番手で出場し、2位にほんの少しの差をつけてトップでバトンを渡せたのだが、次の二人目猫山さんもなんとか1位をキープしたものの後ろを走る子に少し距離を縮められ、三人目峰家さんがとうとう抜かれてしまい、さらに凄まじい健脚を見せた3位だった牧瀬にまで抜かれてしまった。アンカーの仁王さんもC組代表の西本にあっさりと抜かれ、結局4位となってしまった。
響が対象外とされたために、少しばかり不利な状況だったはずのE組が勝利。
出場していた牧瀬が響の抜けた穴をがっつり埋めるほどに大活躍したのと、みんなに平謝りする峰家さんの態度が印象的だった。
引き続き三年女子。柏木さんや北野会長も参加している。
会長は自分で選抜されたとか言っていたけれど、柏木さんも選抜されていたのか。
気のせいか、二人ともすでにおっぱじめそうな雰囲気で睨みあっているように見える。
あの二人は普段から仲が悪く、昼飯の時もよく喧嘩している。
流石に間違えていないと思うけど、二人とも同じクラスなんだからチームメイトですよ?
三年女子の結果はC組の勝利。残念ながら三年女子のB組は最下位となってしまった。
ちなみに会長たちA組は2位だった。
三年女子までが終わり、次は男子の部。
男子の部も一年から順に行われていく。
一年の男子リレーは、西本の彼氏である羽柴がD組代表として三番手に出場し、びりっけつから2位まで浮上するという豪快な走りを見せた。つくづく調理部に所属してるのがもったいない気がする。もしかしたら来年は選抜対象から外されるかもしれないな。
しかし、やはり大逆転劇というのは盛り上がるのか、大いに歓声が沸いた。
引き続き二年生男子。
我がクラスから太一のほかに選抜されたのは因幡、村山、村川の三人。
因幡は我がクラス最弱生物だ。クラスで一番背が低く、声も男にしては高く、一見すると女の子のような顔つき体つきなのだが、正真正銘の男の子だ。言葉使いも柔らかく、性格は穏やか、普段の生活も非常におとなしく、誰かに害を与えることなど想像できない。いつも幼馴染であり彼女さんでもある杜里さんを含めた仲のよい男女グループとひっそりと過ごしているのだが、その他の女子からも「因幡ちゃん」とか「いなっち」と呼ばれ、愛でられキャラでもある。
記録測定の時の会話で、因幡に「なんでそんなに速いんだ?」と他の男子が聞いていたが、『逃げ足だけは自信があるんだよ』と真面目な顔で答えていた。どうやら走るときは逃げるつもりで走っているそうだ。
選抜メンバーの残りの二人はムラムラコンビこと村山と村川。我がクラスが恥じる下品の塊だ。いつでもどこでも下ネタばかりしているので、女子からの人気は絶望的にない。下手をすれば俺よりも女子からひどい扱いを受けていると思われる。こいつらは俺のことを「男の敵」と敵視しているらしく、俺もほとんど話したことがない。まあ、俺もできれば関わりあいたくない奴らだが、我がクラス代表で応援する立場となれば話は別。ここはちゃんと応援してやろう。
選手がスタートラインに並び、いよいよ競技が始まる。
我がクラスの第一走者は太一。
太一は好スタートを切り、2位で先頭のE組を追いかける。
目の前を走り抜けるときに、応援席から長谷川が「千葉ちゃん頑張れー!」と大きな声援を上げていた。
太一はじわじわと追いつき、1位とほぼ同時に次の走者、村山へバトンをパス。
他の組を10メートル以上突き放しての成果である。
太一は応援席に向かって、右手を高く上げる。
これには応援席から太一の健闘を称える歓声が飛んだ。
そんな太一の姿を長谷川が見て、
「普段から今日みたいにすればいいのに……」
と、ぼやいていたが気にしないでおこう。
続く村山、村川は抜きもしなければ、抜かれもしない走りで2位をキープ。
二人して太一と同じように応援席に向かって右手を上げるが、応援席から太一ほど歓声が上がらなかった。
多分、日頃の行いが悪いせいだろう。
アンカーの因幡は必死で追走していたのだが、ほんの少しの距離が縮められず、結果はB組が2位で終わった。
いよいよ最終の三年男子によるリレー対決。
抜いて抜かれてまた抜き返しと、完全に置いて行かれた4番手のE組と最下位のC組を除く争いはまさに接戦だった。
1位から3位までが最後の最後まで争い、ほんのわずかな差でA組が勝利し我が三年B組は惜しくも3位だった。
勝った三年A組の男子選手はお互いにハイタッチで健闘を称え合う。
元々仲が良いのかアンカーと第一走者は肩を組んで喜び合っていた。
視界の片隅で応援席にいる美咲に語り掛けている興奮した様子の伊織さんの姿が見えたけど、あれは絶対にレースで興奮してるわけじゃないな。きっと違う意味で若者たちの姿に興奮しているのだろう。美咲の顔が引きつっているところを見ると、多分間違いないだろう。
何はともあれ、体育祭の全種目が終了し、あとは得点発表を待つだけとなった。
応援席に戻ってきたリレー選手たちをみんなで出迎える。
太一が因幡と一緒に俺のところへやってくる。
俺は二人をハイタッチで出迎えた。
「二人ともよく頑張ったな、お疲れさん」
「マジ、疲れたわ」
「僕も疲れた~。前にいられると駄目だ……」
どうやら因幡は先行逃げきりでないと全能発揮できなかったらしい。
小心者の因幡らしい発言だと思った。
体育祭の結果として優勝したのはA組、二位がE組でB、D、Cと続いた。
最後のリレーでA組はすべて上位に絡んだのが大きかったらしい。
それまでトップを走っていたE組を抑え込んでの逆転優勝にA組連中は大いに歓声を上げた。
自分の組が優勝したことに会長はとてもうれしそうに笑っていたのが印象的だった。
閉会式が終わり解散となり、生徒は片づけ、保護者達は帰宅へと足を進める。
美咲たちは俺の方へ顔を向け、視線が合ったところで、軽く手を振ってその場を離れていった。
☆
学校から帰宅すると、文さんが帰ってきてから夕食にすることを言われたので、シャワーを浴びたあと、自分の部屋でくつろいでいた。
何かするというわけでもなく、ネットで調べものをしたり、少しばかり勉強して過ごす。
やはり一日の疲れがあるのか、軽く睡魔が襲ってくる。
机に広げたノートの文字がぼんやり映り、なんだかうとうとし始めたころ、ドアがノックされた。
ノックに対し「どうぞー」と返事すると、美咲が入ってくる。
「文さん帰ってきたよ。すぐにご飯にするから下りてきてだって」
「ああ、分かった」
眠気を飛ばそうと、万歳するような形で手を上げながらググっと背伸び。
俺の伸ばした手を美咲はぱしっと掴んで、そのまま俺を引っ張り上げようとする。美咲の思惑に乗っかって、引かれる勢いを借りて万歳したまま立ち上がる。俺の方が背が高いので、引き上げる途中に美咲の手は離れたが、美咲も手は上げたまま。傍から見ると二人して万歳しているように見えるだろう。
美咲はついでとばかりに俺の背中にへばり付き抱き着いてくる。
「うへへ、明人君成分チャージ、チャージ。くんかくんか。ん~、ほのかに香る石鹸の匂いと、ちょっぴり明人君の匂いが混ざって、これもまたよい」
「……変態ぽいから止めなさい」
「よいではないか、よいではないか」
動こうとしても美咲が離れないので、背中に美咲をへばりつかせたまま移動。
通路に出たところで、迎えに来た晃が俺たちの姿を見て一気に不機嫌顔になる。
「……なにやってるの?」
「美咲に聞いて?」
「ほら美咲、文さん飢えてるから。だから美咲が行かない方がいいって言ったのに。時間がかかるんだから」
「晃ちゃん堪忍やで~」
晃が俺から美咲を剥がすと、美咲は変な発音の関西弁で返した。
二人のあとに続いてリビングに入ると、お腹を空かせた文さんがソファーでぐったりしていた。
ルーとクロが『帰ってきたなら遊ぼうよ』と言わんばかりに文さんにまとわりついていた。
クロは文さんの背中をよじ登り、ルーは突っ伏している文さんの頭に手を乗せている。
そんな2匹の行動に文さんが力ない声を上げる。
「……ルーたん、クロちゃん、ご飯食べるまで待って? ママお腹空きすぎて力出ないの」
文さんお待たせしました。ご飯にしましょう。
腹も膨らんだ夕食のあと、春那さんが撮ったビデオの上映会。
春那さんの言葉通り、俺だけでなく愛や響、他のみんなも所々に映っていた。
いつの間に撮られていたのか、俺が響をハグするところの映像が頭から最後まで流れたとき、美咲が脇腹へ強烈な無言の一撃をかけてきて悶絶した。この件に関しては既にお仕置きは済んでるはずだよな?
団体演技で踊ってる自分の姿を、別の視点で改めて見ると、かなり恥ずかしいものがある。
みんなは暖かい目で見てくれているかもしれないけど、俺は羞恥心で悶えそうだった。
ビデオの上映が進み、「この時すごかったよね」とか「惜しかった」とか話が出て盛り上がる。
ただ、所々でイケメン同士が肩を組んでいるところや、男同士が耳打ちしている姿が映し出され、その度に伊織さんが「ごちそうさまです!」と声を張り上げるのは煩わしかった。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もお読みいただけると嬉しいです。