367 体育祭2
サブタイトル変更しました。
美咲とアリカに誘われ再び地獄の門が開いた。
危うく底の見えないところに連れて行かれそうになった。
2回目だからって美咲のやつ加減ってものを知らねえ。まだ競技とか残ってんだぞ。
響に助けられなかったらマジで奈落の底まで落ちてたぞ。
アリカも愛の応援に来るなら昨日の夜にしてたメールで伝えとけよな。
何が俺を驚かそうと思っただ、驚く前に血の気が引いたわ。
地獄の案内人たる狩人に解放されたあと、ぶつくさ言いながら自分の席へと戻ろうとしたら、愛が調理部の部長と話しているところに出くわした。
たしか――丹川さんだったかな。
愛は丹川さんを相手に顔をぶんぶんと振って拒否している感じに見える。
気になったので声をかけてみることにした。
「愛、なにかあったのか?」
「ああっ、明人さんいいところに。お願いします。助けてください!」
「ん?」
愛たちの話を聞いてみると、丹川さんが愛の走りを見てクラブ対抗リレーの走者になってはどうかと聞いてきたようだ。午前の最後でクラブ対抗リレーが行われるのだが、調理部が目立つという展開が部長的に欲しいらしい。当日に選手の変更は問題ないのか聞いてみたが、ルール上問題ないそうだ。
確かに徒競走の時の愛はぶっちぎりの速さだったから、丹川さんが言い出してもしょうがないだろう。
だが、餌のない走りに愛が実力を出せるとは到底思えない。運動音痴だと思い込んでいる愛自身も結果が伴わないと考えて拒否しているのだろう。
俺としても新たな餌を用意することはやぶさかではないが、狩人が潜む今の環境で新たな餌をぶらさげると、俺の身が新たな地獄の門へと誘われてしまう。既に二度も開いているので今度こそ奈落の底へ連れて行かれることが予測できるので避けたい。
それに愛が競技に参加するとなると応援に来ているアリカの目にとまるだろう。どうせなら競技に参加する愛の姿をアリカに見せるのは悪くない気がしてきた。ここは丹川さんの肩を持つことにしよう。
「いい話じゃないか」
俺の言葉に軽くショックを受けた顔をする愛。どうやら俺が助けてくれると思ったのだろう。
相対的に俺からの支援を得られたことに喜びの顔を見せる丹川さん。
「これで虎君と愛ちゃんがいれば目立てるわ!」
「虎君?」
「羽柴君です。名前が秀虎なので、みんなから虎ちゃんとか虎君って呼ばれてるんです」
ああ、西本の彼氏で三白眼の目つきの悪いあの一年生か。
「あいつ足速いの?」
「むちゃくちゃ速いです。なんでも中学時代は陸上部で全国まで行ったそうです」
なんでそんな奴が調理部にいるんだ。
「じゃあ、お願いね! エントリーはしておくから!」
愛は手を伸ばしてとめようとするが、丹川さんは言い切って、さっさと行ってしまった。
青ざめた愛は虚ろな表情なまま、俺に顔を向ける。
「……行ってしまわれました……明人さんどうしましょう?」
「ちょっと走るだけだから頑張ろうよ。アリカも見てるし」
「……また頑張ったら愛にご褒美くださいますか?」
気落ちした表情のまま、愛はぼそぼそと聞いてきた。
「ご、後日でよければ」
「う、それだと愛は力が出ません。何なら先払いでも大丈夫ですが?」
いや、ついさっき地獄の門が開いたばっかりだからそれはまずい。
少しくらいは時間が開いていないと危険なんだ。特に美咲の残酷度が増すんだ。
☆
愛との話は俺の出番が近づいたことで中途半端に終わってしまった。
その出番である俺たち2年生男子の体操演技。
短い期間での練習だったが、それなりにできたんじゃないだろうか。
踊っている途中、小さなビデオカメラを手にした春那さんと春那さんに付き添う伊織さんの姿が見えた。
カメラは俺に向けられていて、どうやら撮影中のようだ。
どうも春那さんの姿が見えないと思っていたら、撮影係としてうろついていたのか。
気恥ずかしいから、カメラは意識しないようにしよう。
二年生男子の演技が終わり、午前のとりであるクラブ対抗男女混合リレーの準備が始まる。
入場門付近には各クラブの選出者が集まり始めている。クラブ対抗リレーは文化系と体育会系に分かれて行われ、体育会系はほとんどが部活で使うユニフォームで参加だ。去年の感じからすると、体育会系は部活のプライドを賭けて全力で勝負し、対する文化系は勝敗というよりも「目立ってなんぼ」な感じが多い。
体育会系の中で異色を放っているのは水泳部とサバイバルゲーム部。
水泳部は男女ともに水着姿で、男子部員はさも当然のように上半身裸で鍛え上げた筋肉を見せつけている。
入場門近くで伊織さんに引っ張られてきた春那さんを見つけた。
一緒にいる伊織さんにカメラを男子水泳部員に向けるよう指示されているように見える。
春那さんの姿が見えなかったのは、伊織さんにあちこち引っ張られていたからだろうと予測がついた。
特に男子高生の絡み合う姿などをカメラに収めるように言われてるに違いない。
あれはあれで気にしないでおこう。
サバイバルゲーム部は参加者4人が全員迷彩服とスカルフェイスを着けて参加。スカルフェイスなんて誰が誰だか分からなくなると思ったが、見覚えのある熊と犬の肩章が見えた。残りの二人は誰だか分からないけれど、どうやら牧瀬と西本は出走しているようだ。参加者全員が女子だが、合宿の時に男子がいないと思っていたけれど、やはりサバゲ部には女子だけしか所属していないらしい。
サバゲ部といえば夏休み後半の大会で惜しくも優勝を逃し準優勝という結果に終わった。
牧瀬の因縁相手である美女高とは準決勝で当たり、相当な激戦だったらしい。
美女高には勝利を収めたものの、その試合で牧瀬と西本が燃え尽き、両翼がコンディション不良のまま決勝に出たのが優勝を逃した敗因らしい。次回こそ頑張ってもらいたい。
その他をぐるりと見まわしていると集団の中に愛の姿を発見した。愛らはコックさんスタイルに身を包んでいた。去年の調理部は単なるエプロンだけで走っていたので、今年もだろうという俺の予想は外れた。
白いコックコートと黒いズボン。頭には丈のある白のコック帽を被り、赤いチーフを首に巻き、腰には白のハーフエプロンを巻いていた。この姿の愛を初めて見たが、随分と可愛らしい。
可愛らしい格好をしているのに、当の愛の様子は明らかに気落ちした感じで、しゅんとした感じだった。
クラブ対抗リレーの準備が整い、文化部対抗戦が始まった。
『それでは只今から清和台高校クラブ対抗リレーを行います』
パソコン部、漫画研究部、軽音楽部、吹奏楽部、調理部、美術部、放送部、新聞部、演劇部。
パソコン部はキーボード、吹奏楽部はトランペット。軽音楽部はエレキギターをバトン替わり。
まあ、大人しい部類だと思われる。
美術部は絵の具、新聞部はカメラ、放送部はマイク――わざわざ作ったのか着ぐるみを着用していた。
あれは転倒すると自力で起き上がれないと見た。もしかしてお約束で狙っているかもしれない。
一番目立っているのは演劇部その次は漫画研究部だった。演劇部は王子とお姫様の格好したペア。
それと白と茶色のリアルな馬のマスクを被り、同色の全身タイツを身に着けたのが2頭いた。
観客席にいる人はみんな馬の写真を撮りまくってるけど、王子やお姫様よりも馬が人気をさらっている。馬が観客席に顔を向けるたびに笑いが起きている。
漫画研究部はキャラコスプレ。あれはたしか戦艦とか駆逐艦の名前がついたゲームに出てくる女の子の格好だな。目立つには目立っているが、男にその格好は犯罪だぞ。女の子は逆に提督のような恰好をしている。
こうみるとコック服に身を包んだ調理部が一番まともに見える。
第一走者である部長の丹川さんが少しがっくりしたような表情をしているが、目立つという点ではどうやら他の部の方が上手だったらしい。愛はどうやら3番手を走るようで、本部前で控えていた。
こう見るとバラエティが豊かというか、お前ら自由過ぎるだろうといった感じだ。
どうやら着衣競走などのゲテモノ競技が減った分、遊び心をここに持ってきたらしい。
一斉に横に並び、スタート位置に着く。
『位置について――用意――――』
パン!
ピストルの音とともに一斉に走り出す文化部。
着ぐるみを着けた美術部、新聞部、放送部の着ぐるみ軍団はピストルの音が聞こえなかったのか、全員揃って出遅れた。
いいスタートを切ったのは演劇部の白馬で、しかも足が速かった。
次に続いたのがコスプレ漫画研究部。提督姿でまだ走りやすいせいか、しっかりと走れているようだ。
次いで3位に調理部、丹川さんが帽子が脱げないように頭を押さえながら漫画研究部を追いかけている。
その後ろをパソコン部、吹奏楽部、軽音楽部が続き、着ぐるみ軍団は最後尾で争い合っていた。
『おーっと、馬速い、走りまで馬並みか! ただ表情が硬いですねえ』
聞きなれた声の放送が流れる。
『なお、この放送は放送部第3走者柳瀬明日香がお送りしています』
聞きなれた声だと思ったが、柳瀬だったか。
『ちょっと、あんたが何でここにいるのよ!?』
『やべっ、ばれた!』
柳瀬は他の部員に捕まって、首根っこを掴まれ追い出されていた。
何をやってるんだか。
そうこうしている間に、第2走者の男子組へとバトンがパス。
茶色の馬も速いと思われたが、茶色の馬は見掛け倒しの鈍足だった。
2位の漫画研究部も一生懸命走っているが、装着している装備が邪魔なのか、明らかに足が遅い。
そのおかげか、順位は変わらないものの、追いかけていた他の部活の足が速かったこともあり、第一走者が稼いだ差は一気に縮まりほとんどなくなった。
そしてほぼ団子状態で、各部活が第3走者へとバトンが渡されていく中、愛がバトンを受け取る。
トップは変わらず演劇部。お姫様が長いスカートを両手で持ちながら、意外と健脚を見せている。
ついでマンガ研究部の提督姿の女子が追いかける。比較的走りやすそうな服装だからか、お姫様を追い抜く勢いで後に続く。
愛も一生懸命に走っているように見えるがその足は遅かった。パソコン部、吹奏楽部、軽音楽部にあっさりと抜かれ、柳瀬を含めた着ぐるみ軍団と同じレベルまで落ちて行った。どうやら普段の愛だとこれがデフォルトなのだろう。
愛の豊かすぎる胸が腕の振りとは反するように上下左右へと暴れていて、愛が走るのをバランス的に邪魔しているように見える。徒競走の時に手を振らずに走っていたのは、本能的にそれが分かっていたからもしれない。
1位、2位と少し差が開いたところで、パソコン部、吹奏楽部、軽音楽部、その後ろに着ぐるみ軍団。
愛はというと着ぐるみ軍団にまで抜かされ最下位に落ちてしまっていた。
しかし、本人的には頑張っているのだろう。ふらふらとしながらも、最後まで諦めずにアンカーの羽柴へとバトンを渡した。
愛からバトンを受け取った羽柴の走りは尋常じゃなかった。
あっという間に着ぐるみ軍団や他の部活を大外から抜かし、トップを走る演劇部に追いついたのだ。
少なくとも20メートルは離されていたのに、その差を埋めてしまった。
ラストの直線で演劇部を抜き去り余裕のゴール。
まさかの最下位からの大逆転劇だった。
その大逆転劇に観客だけでなく生徒からも大いに歓声が上がる。
このあと行われた体育会系のリレーが文化系ほどの逆転劇が起きなかったこともあり、相当目立てたのが嬉しかったのか、調理部部長の丹川さんはとても喜び。不甲斐ない結果にしょぼくれる愛に、丹川さんは満面の笑みで愛の頭を撫でていた。俺も愛が頑張ったのは分かるからあとで褒めてあげよう。
午前の競技が終わり、昼食の時間。
太一と一緒に教室へと弁当を取りに行く前に観客席にいる美咲たちのところに顔を出す。
美咲たちも春那さんと伊織さんが作った弁当を広げている。
そこには俺の家族以外に、アリカと涼子さん、それに綾乃が一緒にいた。
「あ~、たっ君も今からご飯?」
「母さん来てたのか?」
「行くって言ったじゃない。と言っても、ちょっと遅れちゃってたっ君が踊ってるときに着いたんだけどね。来た時に美咲ちゃんたちを見つけてご一緒させてもらったの。世間話ついでにご飯もご一緒させてもらうの」
涼子さんはそう言いながら持参したお弁当を綾乃に渡す。
「なんで綾乃まで?」
「綾ちゃんはここを受験するでしょ。だから見たかったんだって」
「じゃあ、来年の体育祭は綾乃がクラブ対抗リレーに出ることになるかもな」
「ぶ、文化系は止めようかな……」
太一の言葉に綾乃は真剣な表情で答えていた。
まあさっきのリレーを見たらそう思うかも。
「春那さんありがとうございます。すいません、あたしまで。外に出て食べてくるつもりだったんですけど」
「気にしない、気にしない。どうせなら一緒の方がいいだろう? 多めに作ってあるからアリカも遠慮せずに食べるんだよ」
春那さんはそう言ってアリカに紙皿と箸を渡した。
受け取ったアリカはいただきますと言いながら、早速おにぎりに箸を伸ばす。
アリカはもぐもぐと頬張っているけれど、相変わらず物を食べるときは幸せそうな顔をする奴だ。
「作りすぎだと思ってたけど、アリカがいるなら弁当が残ることもないな。逆に足りないかも」
「ちょっと明人それどういう意味よ!?」
だってお前、そんなちっこい体してるのに人の3倍は食うじゃねえか。
ところで隣の美咲が怪しい目で狙っているから油断するなよ。
☆
愛たちが来たところでいつもの面子が全員が揃った。
場所もいつも通り体育館裏の木陰。
「俺は言ってあるんだけど、みんな家族とかと食べなくていいのか?」
俺の問いに家族が来ていないと答えたのが半数を超えた。
家族が一部でも来ているのは俺、太一、響、愛、花音それと会長だけだった。
他のみんなは家族の仕事が忙しくて来れないそうだ。
「響のところは誰が来てたんだ?」
「父は仕事で無理だったけれど、母が5年ぶりに見に来てたわ。三鷹さんに連れてきてもらったみたい。和服姿ってだけでも目立つのに、マスクにサングラスまで着けて、とても怪しい人に見えたわ」
「和服はともかく、このくそ暑いのになんでマスクとかしてんの?」
「人の目が気になるそうなのよ。あれを着けていると顔が分からなくなるから気が楽になるんですって」
普段引き籠っているせいか? まあ、静さんは人様の前に出るのが怖いって言ってたしな。
「一緒に食べなくていいのか?」
「もう帰ったわ。母は長い時間、外にいるのは無理だから。あまり無理してもらっても気の毒だし」
「……そうなのか。女子の演技は午後からだから残念だな」
「三鷹さんがビデオ撮影するのに残っているから大丈夫よ」
珍しく小さく微笑んだ響の表情を見る限り、そこには残念な感情は見当たらなかった。
来てくれただけでも響的に満足だったのだろう。人が怖いのをおして自分の体育祭に出向いてきてくれたのだから。
花音は親と一緒に食べるのが恥ずかしいらしく、俺らと一緒に食べれてよかったそうだ。
家族と一緒に食べる生徒もいるが、人数比からすると少数派だからかな。
会長は家族と一緒に食べると取り合いになるから量が食えないとの理由だった。
いいのかそれで。
「他のイベントならともかく、体育祭だけは別でいい。食えないと自分がきついし、それにうるさいから恥ずかしいし」
「舞のご家族は揃うと賑やかを通り越して騒がしいですものね」
「うちの家族はみんな自分をアピールするのに必死だからな。そうしないと家で生き残れない」
大家族というのも大変なんだな。
「下の双子どもが厄介なんだよ。あいつらシンクロ攻撃とかしてくるし、遠慮とか加減ってものを知らないから」
「舞も大概だと思いますわよ?」
南さんの言葉に花音以外のみんながうんうんと頷いた。
「え? 私ってみんながそう思うほど遠慮ない? マジかー、これ反省だな」
そう言いながらも、響の豪華弁当に箸を持っていき大振りの肉を摘まむ会長。
「あなた全然反省してないじゃない。やっぱり分かってないでしょう?」
「えっ!?」
南さんの突っ込みに会長はあまり分かっていない様子だった。
そのやりとりが面白くてみんなに笑いが生じていた。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。