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帰路  作者: まるだまる
361/406

357 春那狂騒曲7

 明朝、朝から遠出の準備をする。

 

 結論から言うと俺がバイクで行くというプランは文さんに却下された。

 バイクを購入して間もない俺が、単独でバイクを使って遠出するのは無謀であるとの理由だ。

 道も分からない、たどり着けたとしてもどうやって武藤と話をするつもりだ。

 無計画にもほどがあると怒られてしまった。

 しかしながら文さんは俺の気持ちも分かるらしく、俺がバイクで行くのを却下する代わりに、文さんが連れて行ってくれることになった。最後の休暇の日を家でごろごろするつもりだったようだけれど。


 昨夜は酒を飲んでいたので心配だったが――。

 横で機械を口に咥えて、ふう~と息を吹きかける文さんの姿がある。

 口から外し、機械のディスプレー部に映った数値とグリーンのランプを見て満足そうな顔をする文さん。


「――アルコールチェックよし」

「本当に残ってないんですか?」


 思わず不安になる。捕まったら洒落にならないぞ。


「この機械は警察が検問でも使ってる精度の高い性能なやつなのよ。これで出なければ絶対大丈夫。血液検査しても出ないよ。さすが高槻さんギガマックスこれマジで学会で発表できるレベルだわ」

「それにしても、春那さんを気絶させなくてもよかったんじゃ?」

「春那が行くっていうはずないでしょ。春那に力勝負に出られたら誰も勝てないからしょうがないよ」

 後部座席には、起き抜けにまたもギガマックスで気絶させられた春那さんが横たわっている。

 文さんに指示されたとはいえ、騙して飲ませるのは心苦しかった。


 文さんの提案で春那さんも連れて行くことにしたのは、春那さんを親御さんに会わせることが目的らしい。文さん的には、武藤のことや、春那さんが振られた理由はどうでもいいらしい。


「案外、ものすごく馬鹿らしい理由が出てくるかもしれないよね。そんなんで春那が悩むのはもったいない。それよかもうかれこれ4年以上も娘と顔を合わせていないご両親のほうが気の毒だ」


 ただし、無理強いはしないつもりのようだ。


 春那さんの横ではまだ寝ぼけたままの美咲がゆらゆら揺れながら座席にちょこんと座っていた。

 よりによって今日は無反応型で、とりあえず起こすには起こしたが案の定寝ぼけていた。

 俺が春那さんを運んでいる間に晃が美咲の服を着替えさせて、お姫様抱っこのまま連れてきた。

 美咲はされるがまま車に乗せられたのである。

 まだ状況が分かっていないようで、横たわる春那さんの横でぼけ~としている。

 

「晃君がいて良かったよ。途中まではナビで行くけど、細かいところの道案内よろしくね」

「地図読めないですけど、街に着いたらわかります」

「あ~晃君もかい? 私も地図苦手なんだよね~あはははは」


 今から遠出しようとするのに、不安そのものしか起きない会話はやめていただきたい。

 文さんの車にナビが付いててよかった。

 晃は美咲の横に座り、ルーとクロを乗せたケージを後部に乗せて固定させたあと、俺は助手席に乗り込んだ。

 文さんも運転席に乗り込むと、車のナビを操作して、春那さんの実家である和菓子屋の電話番号を入力する。行先として登録後、案内開始の操作をした。

 

 春那さんらの実家まで、途中高速道路を使っても4時間弱かかるようだ。

 前に美咲が実家から大学は通えない距離と言っていたが、これは確かに遠い。

 電車でも乗り換えを何度かしないといけないようだ。


清和市こっちのほうが私たちの街より全然都会だよ。あ、こら美咲駄目」


 後ろを振り返ってみると、美咲が横たわる春那さんの髪を三つ編みに結い始めていた。

 まだ寝ぼけているようだ。何をやってるんだか。

 あの様子だとしばらくは寝ぼけたままだろう。


「じゃあ、さっさと出発して午前中に着けるようにしちゃおう」


 こうして俺たちは春那さんらの地元目指して家を出た。



 美咲が完全に覚醒したところで、飢えていた文さんのリクエストによりコンビニで朝食を購入。

 コンビニで朝飯を買うなんて、久しぶりだ。

 俺と文さんはおにぎりを購入。やっぱ朝は米だろ。

 できれば味噌汁も欲しいところだったが、それついては二人揃って諦めた。

 美咲と晃はパンを主体に購入。普段家ではパンをあまり食べないからか、逆に食べたくなったらしい。

 車に戻ってから食べ始めるがおにぎりだけだとなんとなく味気ない。

 みんなと一緒に暮らしてからは春那さんがちゃんと朝食を作ってくれるので、温かい食事に慣れてしまったせいだろう。なんだか冷たいおにぎりにそう感じてしまった。


「……喉が渇く」


 後ろから美咲がボソッと呟いた。

 振り返ってみると、美咲は眉間にしわを寄せて、パンを口に咥えてもぐもぐしていた。

 どうやら想像していた味ではなかったらしい。

 美咲の不機嫌そうな顔を見て、晃がコンビニで購入した中からカフェオレを取り出し、ご丁寧にストローまで刺して美咲に渡す。 

   

「美咲、はいカフェオレ」

「ありがとう晃ちゃん」


 美咲は晃からカフェオレを受け取り、ストローを口に咥えてちゅ~っと吸い上げる。

 また美咲の眉間にしわが寄る。どうやらこれも想像と違ったらしい。

 味音痴疑惑があり好き嫌いのない美咲だが、予想と違う味だとさすがに違和感を感じるようだ。

 

「これ全然甘くない」

「どれ?」


 美咲からカフェオレを受け取り、晃も少し飲む。

 少しだけにやけてたのを俺は見逃さなかったぞ。

 どうせ晃のことだ。美咲と間接キスとか思ってにやけたのだろう。


「なにこれ、全然甘くない。カフェオレだよね?」

「あ、無糖って書いてる!」

「え、カフェオレのくせに無糖なの!?」


 お前らな、買うときにちゃんと見ろよ。


「カフェオレが無糖だなんて最悪だー。詐欺だー」

「無糖はブラックだけにしとけっての」

「――武藤?」


 むくっと春那さんが起き上がる。

 春那さんの姿に美咲と晃は顔を引きつらせながら固まる。

 どうやら美咲たちの騒いだ声で目が覚めてしまったらしい。


「あれ、なんでみんなで車に? どこに……まさか!」

 置かれた状況からどこに向かっているか、すぐさま察知したようだ

 最後部座席から春那さんが身を乗り出そうと腰を浮かべると、その前の席にいた美咲と晃がしがみつく。

「暴れないで!」

 必死に縋り付く美咲と晃の顔を見て、春那さんは曇った表情のまま、元の座席に腰を下ろした。

「文さん、後生ですから戻ってください」

 俯きながら春那さんは静かに言った。


「私を説得するより明人君を説得したほうがいいよ」

「えっ!?」


 春那さんは驚いた表情を浮かべて俺の顔を見る。

 なんで俺を説得しないといけないのか不思議がっている。 


「……すごくお節介だって分かってるんですけど、どうしても武藤さん自身から聞きたいことが幾つかあって」

「今更あいつに何を聞くっていうんだい? もう私と関係ないんだよ?」

「関係ないなら、なんで春那さんの実家に住み込みで働いてるんですかね? 俺の一番の疑問はそこなんです。それが聞きたいんです。あとは純粋に腹が立ってるからです」

「……なんで明人君が怒るの?」

「俺の姉同然の春那さんを動揺させたから。俺の家族を困らせるやつに一言文句が言いたい」

「……そんなことしたって、なんにもならないのに」

「俺の気が済みます」

「……」 

 春那さんはそのまま黙り込んでしまった。 


「あの……姉さんこれ」

 晃が買っておいた春那さんの分のパンを袋から取り出す。

 春那さんは無言で受け取ると、もそもそと食べ始めた。


 ☆


 美咲や晃が気を遣ってるのか、車中で春那さんに話しかけるが、春那さんは言葉少なに軽く返すだけだった。

 

 約2時間の道のりを走り抜け、高速道路を降りる。

 文さんの車はETCを積んでいるので、料金場をそのまま通過できるが、お飾りみたいな車止めのバーがぎりぎりまで上がらないのでちょっとひやっとした。もうちょっと早く上がってほしい。

  

 高速を降りたあと、国道を走っていくが、ぽつぽつとしか家屋は見当たらず、広大な田畑がしばらく続いた。海岸線に向かって国道を東へ向かう。海岸に出る途中にある街が春那さんたちの生まれ育った街だ。


 物部市もののべし――美咲や春那さんたちが生まれ育った街の名前だ。


 少しずつ家屋の数が増えていき、それとともに田畑の面積が小さなものへと変わっていく。

 道の途中で大きな広告の看板が目に入る。

 20キロ先にショッピングモールがあるらしい。


「あ、イワンモールの看板ここにもあるんだ。あと20キロだって」

 後部座席から美咲が言った。

「もう近いね」

 

 ナビを見てみると目的地まで23キロと表示している。

 

「高校の近くだったからイワンモールよく行ったよねー」

「私いまだにイワンの電子マネーカード4枚あるよ」


 なんで美咲はそんなに持ってるんだろう。一枚あれば十分だろう。


「限定カードって卑怯な響きだよね。一枚300円だけについ買っちゃう」

「あー分かる分かる。私も2枚持ってるし」


 複数持つのが美咲の街では流行りだったのだろうか?

 まあ、俺も電子マネーカードはイワンと爆天のものを持っていて、それぞれ2~3千円程度入れている。

 あると便利なのは分かる。使える店がない時には困るけど。


「一緒に買いに行ったときすぐチャージしたよねー」

「払うときの『ワンッ!』っていうの聞きたくて買ったんだし」


 人のこと言えねえ。俺もカードを手にした理由が同じだったから。

 

 20分ほどして目前にイワンモールが見えてきた。

 

「あれ、外装変わった?」

 

 春那さんが最後部座席から見えたイワンモールを見て言った。


「あ、そうか。姉さんは知らないですよね。2年前に全面改装したんですよ」

「……そうなんだ」

「あのねー、中のお店も色々変わったんだよ」

 

 それを聞いた春那さんは少し寂しげな顔をした。 

 自分の記憶にあるものが変わっていると聞いたからだろうか。


 街は時代とともに様々な変化が訪れる時がある。時に激しく、時に緩く。

 俺たちが住む清和市だってその例がある。総合会場がその例だ。

 それまでショッピングといえば駅前の繁華街だったが、今では総合会場を利用するものが多いだろう。テナントの数、店の品揃え、ショッピングモールだって、エンターティメント施設だって複数存在し、駅前の繁華街に行くよりも選択肢が多いのだ。

 

 元々は俺たちが行ったこともある小さな遊園地がぽつんとあっただけ。

 俺が幼かったころは、なだらかな丘が広がる自然公園だったらしい。

 街の再開発で自然公園は生まれ変わった。

 当時を知る人たちから見ればそれは寂しいものになったかもしれない。

 今や総合会場にある公園は自然公園ではなく、自然に見えるように作られた偽物の自然公園なのだから。

 

 変化の波はイワンモールだけじゃなかった。

 イワンモールが近づくにつれ、家屋の密集度合いが増えてくる。

 道路の先では色々な店が国道に面して立ち並ぶ。

 牛丼屋、ラーメン屋、国産車ディーラー、ビデオショップ、etc……様々な店が乱立していた。

 

 春那さんはきょろきょろと周りを見回す。

「……知らない店が増えてる」

「そりゃあ、姉さんがこの街を出て4年もたってるんだもん。変わりもしますよ」

「そうか、そうだな。変わりもするか」

 

 国道をしばらく走り、目的地の1キロ圏内に差し掛かった交差点。

 ちょうど赤信号だった。

「この交差点を左で、曲がってから3つ目の交差点で今度は右です」

 晃が文さんに向かって言う。

「はいはーい。あ、直接お店には着けないからね。春那ももう少し猶予が欲しいでしょ?」

「……そうしてもらえると助かります」

「じゃあ、先にご飯食べちゃおうか。ちょうどお昼だし。何食べたい?」


 文さんがそう言うと、美咲と晃は悩みだす。


「こっちってギャストくらいしかファミレスないの」

「ラーメン屋とか焼肉とかは結構あるんだけど、ファミレスがないのよね」

「ギャストか……私もあまり好きじゃないな」


 ギャストと聞いて文さんは小難しい顔をした。

 何か嫌な思い出でもあるのだろうか。

    

「玉将もないし、びっくり鈍器もないし、アミーズもない。ユニシロだって2年前にできたばっかりだし、キワムラは元々あったけどお店小さいし、明人君言ったでしょこっちの方が田舎だって」

「晃さん、おすすめの店ってないんですか?」

「えー、ぴんと来ない。うちは外食って、あんまりしなかったし」

「じゃあ、しょうがない。国道を適当に回ってみよう」


 曲がる予定の交差点で曲がらず、国道をまっすぐに進む。

 目に入るのはラーメン屋と焼肉屋ばかりが目に付く。


「本当にラーメン屋と焼肉屋多いな」

「うろつくより、イワンモール行った方がいいかも。フードコートに何種類かお店あるし」

「じゃあ、もうちょっと先でUターンしようか。あ~おなか減ってきた~」

 途端に文さんはふにゃふにゃと脱力した。

「お腹がすいて力が出ないよ~」

「どっかのパンマンみたいなこと言わないでください」

「マジでお腹すいたんだけど、もう何でもいいから寄ろう!」

 進行方向を見てみると二つ先の交差点に、レンガ造りのいかにもレストランという感じのお店が目に入る。

「あそこのレンガ造りの店なんかどうです?」

「お、結構渋いね。行ってみよう」

「あああああああああああああああああああああっ!?」


 突然、美咲が大声を出した。

 急に大声出したらびっくりするだろ。


「えと、えと、あのお店はやめた方がいいと思う」

「なんで?」

「おすすめできない」

「美咲知ってるんだ?」

「え、まあ、知ってるというか。今は寄りたくないというか」


 美咲は顔をそらしたまま呟くように言った。

 晃を見てみると、晃も俺と視線を合わせようとしない。

 お前らのその怪しい態度はなんだ?


「とりあえず近くまで行ってみよう。あ、もうエネルギーやばいかも、アクセル踏めなくなるかも」

「文さんあともう少しだから頑張って! ルーとクロもゲージから応援してるぞ!」

「ルーたん、クロちゃん、弱いお母さんを許してね」

「文さん負けるな!」

「ね、ねえ、やっぱりイワンモールに行かない?」


 よく見ると、美咲が冷や汗をだらだらとかいているのが分かる。

 ん? これは相当なにかを焦っているな?

 

「もう文さん運転できません。お腹いっぱいになるまで運転しません。もうここでいい。ここで食べる。ワタシ、メシ、タベル」

 文さんがおかしくなってきたのは放っておくとして美咲の様子が明らかにおかしい。

 俺たちをこの店に行かせたくない理由でもあるのか。


 レンガ造りの店にたどり着いた。もう文さんはここで食べる気満々だ。

 店の看板には「Durante un riposo」と何語か分からないけれど書いてある。

「これなんて読むんだ?」

「何語だろね。調べてみよう?」

 文さんはスマホを取り出して、打ち込む。


「イタリア語で憩いの間だよ」


 文さんが打ち込んでいる間に、美咲がボソッと言った。

 ドイツ語だけじゃなくてイタリア語にも精通しているのか。

 またそんなのが出てくるラノベでも読んだのかな。


「美咲ちゃんよく知ってるね?」

 

 ちょうどその時、カランカランとベルの音と同時に店の入り口のドアが開いた。


「やっぱりみーちゃん。お店の前で何をやってるの?」


 出てきた人を見てびっくりした。

 美咲によく似た、美咲を少しアダルティにした感じの女性が出てきたのだ。

 美咲よりもわずかに背が高く、春那さんのような大きな胸。

 右目の目尻に小さな泣きぼくろがある、それ以外は美咲によく似ていた。


「お、お姉ちゃん。な、何でここにいるの?」

「みーちゃんこそ。あ、聞いて、聞いて。昨日ね、例のやつやっと終わったの。さっきまでずっと寝てて、お父さんとお母さんに報告に来たのよ。みーちゃんがいてくれたらもっと早く終われたのに。お姉ちゃん残念だったわ」

「え? ア、そーナンだ。レイのオわったんだ。ヨかったネー、テツダえなくテごめンネー」

「いいの、いいの。もう終わったことだし、みーちゃんは気にしなくてもいいのよ」


 まるで棒読みのように答える美咲と、随分とご機嫌なように答える美咲の姉。

 美咲の姉は俺に気付いて視線を送ってくる。


「あら、ねえ、みーちゃん。晃ちゃんと一緒にいるあの男の子は?」

「えと、私がお世話になってるところの……息子さんで……明人君」

「まあ! まあまあまあ! どうも、妹がお世話になっています。私、美咲の姉で藤原伊織ふじわらいおりと申します。どうかお見知りおきを」

 そう言って、美咲の姉――伊織さんが俺の手を掴んでぎゅうっと握ってきた。


 ところで、顔を近づけてくるのやめてもらっていいですか?

 ものすごく近いんで。

 美咲といい、伊織さんといい、藤原家はみんなそうなんですか? 

 お読みいただきましてありがとうございます。

 次回もよろしくお願いします。

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