35 千葉家来訪3
雑談をしながら作業を続けていると、ドアがノックされ開けられた。
「たっ君、綾ちゃん。今、帰ってきたんだけど、もうお友達来てるの?」
俺のいる位置からだと、ちょうど死角になっていて、その姿は見えないが、どうやら太一らの母親のようだ。家に来たときに顔を出さないなと思っていたけど、留守にしていたのか。太一が普段『たっ君』って呼ばれてるのには、新鮮な感じを受ける。そういや、俺も小さい時『あっ君』って呼ばれていた時期があったな。今では『あんた』だけど……。
「あー、母さんお帰り。もう来てるよ。今、手伝ってもらってる」
「あらあら、それじゃあ、ご挨拶しないとね」
その声と同時に部屋の中に入ってくる太一の母親を見て驚いた。凄く若く見えるけど何歳なんだ? 目の前に現れた女性は、どう見ても三十歳前後にしか見えない。眼鏡はかけていないが、綾乃のアダルティな姿が、まるでそこにいるように見えるほど、母親と綾乃はそっくりだった。
「初めまして、木崎明人です。お邪魔してます」
俺は立ち上がり、頭を下げて挨拶すると、太一の母親もご丁寧に頭を下げて返してきた。
「初めまして、太一の母です」
「町内会の集まりはもう終わったの?」
綾乃が聞くと、母親は困ったような顔をして答える。
「……うん。終わったけど。お母さん話がよくわかんなかったのよねー」
「お母さん……何しに行ったの?」
綾乃が憐れみに帯びた目を母親に向けて言う。
「大丈夫でしょ。またお隣の加藤さんにでも聞くわ」
お気楽母さんを地でいってるな。知らないけど、隣の加藤さんは凄く頼りにされているようだ。千葉家のために頑張ってください。なんとなく太一の性格は、この人の影響が大きいのだろうと思ってしまった。
「木崎君、ゆっくりしていってね。後でお茶もってくるわ」
太一の母親はそう言って部屋を出て行った。
「太一のお母さん若いなー。それに綾乃ちゃんはお母さんに顔そっくりだねー」
「ああ見えて四十三なんだぜ? 一種の妖怪だよ」
自分の母親に向かって失礼な言い方をする太一である。しかし、四十三歳にはまったく見えない、独身と言っても通じるんじゃないか?
「見た目が若いのはいいんですけどねー。そっくりすぎると色々……」
げんなりした表情で綾乃は言う。何かその事で嫌な思い出でもあったのだろうか。
「若く見えるほうが何かといいだろ。それに優しそうだし」
「そうですねー。優しいのは優しいですけど、天然というか……心配になることが」
綾乃は笑顔で言うが、心配することの方が多いのか目が笑ってない。
俺はどう答えていいか分からずに愛想笑を浮かべた後、作業を再開した。今の作業の現状からいうと、雑談を交えながらやっていても、時間的に余裕がある状態ではある。
組み上がってくると、部品よりもゴミの方が増えてくる。緩衝材やら発泡スチロールとかビニール袋が部屋の空間を占めてきて邪魔になってきた。
「綾乃、母さんの所に行ってゴミ袋もらってこいよ」
太一もゴミが気になってきていたのか、綾乃に指示を出す。
「はーい」
その指示を聞くや否や立ち上がり、綾乃が素早く部屋から出て行くと、太一はゴミを入り口付近に集めだす。兄妹ならではなのか、役割分担の素早い対応に感心する。
俺は俺で、最終的な組立段階である可動式の前面部を組立していた。
組み立てている棚は、前面にマガジンラックが付いているタイプなので、棚の中は見えない。ファッション雑誌を前面に置くことで、いわゆるお洒落な部屋も演出できそうだ。
これが太一の物ならマガジンラックには少年誌が置かれ、中の棚にはエロ本でも隠しそうだけど。いや、太一の事だから更に二重に隠すか……。
綾乃がゴミ袋を持って戻ってくると、太一と二人で持ってきたゴミ袋にゴミをわしゃわしゃと入れていく。聞こえてくる発泡スチロール同士の擦れる音が気持ち悪い。
「できた!」
可動部分は細かい取付部品が多かったので、少し時間がかかったが完成した。
「ありがとうございます。明人さん」
綾乃は目を輝かせながら、嬉しそうにしている。静電気を帯びた発泡スチロールの欠片と格闘していた太一は「お兄ちゃんには無いの?」といった表情だった。
「後は設置だな。置き場所は、この壁際でいいの?」
ベッドの置いてある対面側の壁を指を差す。
「はい。その壁際でお願いします。ほら、お兄ちゃんも反対側持って」
太一は「それも俺なのね」といった諦めの表情を浮かべながら反対側を持った。
二人で持ち上げ、壁にぶつけないように慎重に置く。
「うわー。イメージ通りの部屋になったー。部屋綺麗に飾るぞー」
綾乃は置かれた棚を見て、両手をあげて喜んでいる。これだけ喜んでくれると手伝った甲斐がある。
「とりあえず綾乃は軽く掃除しとけよ。俺と明人はゴミ片して下で休んでるから」
「うん。ぱぱっとやって、私もそっちに行く」
ゴミを庭先まで運ぶと、その後リビングに連れて行かれた。
リビングには大型の液晶テレビが壁面にあり、その正面には小さなガラスのテーブルと三人掛け用の黒い皮製のソファーが置いてある。太一に促されソファに座る。リビングからキッチンがカウンター越しに見えていて、キッチンでは太一の母親がお茶であろうか、なにやら用意しているのが見えた。
「ごくろうさま。休みの日にわざわざ手伝いに来てくれてありがとうね。これどうぞ」
太一の母親はそう言うとトレイにお茶を載せて来て、俺の前にコップを置いた。
作業も終わってちょうど喉も渇いていたので、早速いただくことにした。
「すいません、お茶いただきます」
コップに口をつけ、冷たいウーロン茶を流し込むと、渇いた身体が潤ってくる。
太一の母親はテーブルの脇にちょこんと座ると、何かを思いついたように聞いてきた。
「ねぇ明人君、どうしてたっ君に彼女できないのかしら?」
「ごふっ! げほっげほっ!」
突拍子も無いことを聞かれ、お茶が気管に入りむせこんだ。
そんなの俺が知るわけ無いだろ! 息子に聞け、息子に。
「母さん、いきなり何聞いてんだよ! 全く関係ない話だろ!」
太一は慌てて母親に抗議の声を上げた。
「だって、母親としては気になるじゃない? 息子がもてないのは何でだろうって。たっ君イケメンじゃないけど、不細工ってわけでもないし、内気ってわけでもないし、お母さんわかんないの。明人君、たっ君って学校の女子で仲がいい子いないのかな?」
「ごふっ、ごほごほ。えーと俺の知る限りではいないですけど?」
まだ気管に少し残っていてむせ返っているが、俺は事実のみを伝えた。
「えー、そうなんだ。お母さん悲しいわ。たっ君が彼女連れてきて、『わー、可愛い彼女ねー』とか『何この子? 今から嫁姑したいの?』とか話するのに憧れてたのに。お母さんの夢、叶えてくれないのね……」
すいません。俺があなたの息子でも、それは叶えてあげられないと思います。
てか、二番目の話なんですか?
その事を聞いた時点で家に連れてくるのは止めようと考えます。
「母さん……お願いだから向こう行っててくれる?」
太一が羞恥心の限界を突破したのか、懇願し始めた。
「たっ君、お母さんいつも言ってるでしょ? お母さんを仲間はずれにしちゃ駄目って。私も明人君とお話したい」
いや、お母さん。その原因作ってるのあなたですよ?
太一の母親は太一の訴えなど無かったかのようにスルーして、俺を見てニコニコとしている。
「俺の事はいいからさ、別の話にしてよ! 明人の事聞いたらいいじゃん」
太一は母親の態度に排除することを諦めたのか、今度は別の話題を振ろうと必死になっている。
「明人君はお付き合いしてる人いないの?」
「さっき綾乃ちゃんにも聞かれましたよ。俺もいないんです」
言うたびに何か心が痛く感じる。なんか落ち込みそうだ。
「あらあら、明人君ならいそうな感じなのに」
少し驚いたような表情で言う。
「そ、そうですか? 俺もてた事も無いんで分からないんですけど。イケメンじゃないし」
「明人君はなんて言うのかしら……。構いたくなる感じがするのよね。多分親しくなったら、好きになられるタイプよ」
言われた瞬間、脳裏に美咲が浮かぶ。
「今、誰かの事思い浮かべたでしょ? そういう子がいるのね?」
「え!?」
言い当てられて続く言葉が出なかった。俺は美咲を気にしてる? いやいや、昨日の今日だから、思い浮かべただけのはずだ。うん、多分そうだ。
「ふふっ、私、勘は鋭いのよ? たっ君がいたずらした時とか隠し事した時だって、すぐ分かっちゃうんだから」
ニコニコと笑みを崩さず太一を見やる。
「母さん、そんな小さい頃の話を。高校なってからそんなのしてないだろ」
口を尖らせて言う太一だが、中学まではいたずらしていたように聞こえる。
「たっ君も明人君もよく聞いてね。好きな人ができたら待ったら駄目よ? 自分から動かないで彼女が欲しいなんてのは甘いんだからね。がっぷりよっつよ!」
最後、意味がわかんないんですけど。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。