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帰路  作者: まるだまる
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355 春那狂想曲5

 美咲たちが数日振りに帰って来た。

 美咲は俺がバイトから帰って来るのを待ち構えていて、玄関を上がったところで縄でぐるぐる巻きにされた上、床に転がされた。まだメシも食ってないんですけど。


 美咲がお仕置き用に用意していたのはスタンガンだった。それは美咲の手にすっぽり収まる小さなもので、電極部がバチバチと鳴り、威力は十分にあるように見えた。美咲がスイッチを押す度、電極間に小さな稲光が走っているのが見える。

「待て、それはさすがにヤバい!」

「大丈夫、一番緩くしてるから。中途半端に痛いだけだから」

 美咲の顔はどうみても病んでいる。

 その顔は危なすぎるから!

「てか、何でそんなもん持ってるんだ!?」

「帰った時に、護身用にってお父さんに貰った」


 美咲に何て物を与えてんだ、くそ親父。


「俺、何もしてないぞ! それよか、逆に春那さんの誘惑に勝ったのに、この仕打ちはないだろ。それは春那さんにしろ!」


俺がそう訴えると、美咲はリビングへと続くドアを開ける。


「春ちゃんにはーーもうお仕置きしたから」


 俺の目に飛び込んできたのは、後ろ手に縛られたまま気絶した春那さんの姿だった。

 既にスタンガンでやられたのだろう。

 ただ、表情がもの凄く嬉しそうな感じのまま気絶していて、どうやらドMの春那さん的には大満足だったらしい。

 普段は格好いいのに残念です。


「うふ、うふ。ちょっとビリビリするだけだから」

既に目が据わっている美咲がじりじりと迫り寄る。

「ちょっ! マジで怖いんだけど!」

「うるさい」

「はい、そこまで!」


 電極を身体に当てられる直前に、救いの女神ーー文さんが現れ、美咲を止めてくれた。


「文さん! 助かりました!」

「こんないい肴、一人でやったら駄目だよ。さあ、続きどうぞ」


 現れた文さんは、手にコップと一升瓶を持ち、コップにとくとくと酒を注ぎながら言った。

 救いの女神ではなく、人の不幸を喜ぶ悪魔の手先だったらしい。


「じゃあ、さっそく」


 スタンガンが俺の背中に押し当てられ、スイッチが押される。


「んがっ!」


 びりっと電気を感じたと同時に、俺の身体は勝手に痙攣して、意識が飛んだ。




「何が一番緩いだ、速効で気絶したじゃねえか。酷い目に遭った」

「春ちゃんと明人君が悪い」

 不貞腐れた顔の美咲が言った。

 美咲の不貞腐れた態度を見る限り、実行したこと自体は反省していないらしい。

 晃が美咲には危険すぎると、スタンガンを取り上げた。

 美咲を止めてくれたらしい晃は、二階で荷物整理をしていて美咲の蛮行に気が付かなかった。あと少し降りてくるのが早ければ、俺がやられることもなかっただろう。


「こういう道具に頼ったら駄目。こっちで勝負」


 晃は拳を固めて美咲に言っているけれど、どうやら脳味噌が筋肉でできているらしい。T大生なのに残念な奴だ。


 俺はというと、気絶していたせいで遅い食事中。ちなみに春那さんも復活している。

 恨みや文句は後で晴らすとして、遅い晩飯を食いがてら、文さんと美咲、晃から帰省中の話を聞いていた。


 文さんは帰省したらすぐに、両親に相手は誰でもいいから早く結婚しろと、うるさく言われたらしい。

 毎回帰省する度に言われるそうで、うんざりそうな顔していた。


 春那さんと晃の実家である牧島家にお世話になっていた美咲は、こっちと変わらずインドア生活を満喫していたらしい。

帰ったときくらい外出しろと言いたいが、姉に見つかるわけにもいかなかっただろうから、まあしょうがないのだろう。

 その時の美咲の様子を晃がこう表現した。


「昔の美咲がいた」

「昔の美咲?」

「うん。今、私の家さ、住み込みで働いてる人がいるんだ」

「そうそう、それ聞いてなかったからビックリした」

「まあ、住んでいるのは離れだから、家の中でもそうそう顔を合わさないんだけど、たまに顔を合わせるのよね」

「晃、その人は職人さんかい?」


 晃の話を聞いて春那さんも気になったようだ。


「父さんに弟子入りした見習いさんです。私が東京に移ってから来た人らしいんだけど、職人になりたいって、父さんに弟子入りお願いしたらしいんですよ」


 その住み込みの人がいることに気が付いた美咲は、警戒モードに入ってしまい、晃の側から離れなくなったらしい。


「こっちの美咲に慣れてたから、高校の時の美咲みたいで懐かしかった」


 今朝、晃から電話がなかった理由はそれだったのか。

 美咲は警戒モードに入ると、寝起きがすこぶる良くなると聞いている。その代わり、ちゃんと休めていないから、美咲自身は疲れてしまうのだと、晃は言っていた。

 美咲がこの家で安心して暮らしているのは喜ばしいことだけれど、起こす手間を考えると複雑な気持ちになる。



「今時弟子入りなんて、その人若いの?」


 文さんもこの話に興味を持ったようで、ちびちびと酒を飲みながら晃に聞いている。


「あんまり興味なかったから、年齢は知らないです。まあ、私より歳上なのは確実ですね」


 その人も何もしてないのに、美咲に警戒されたってのも気の毒な話だな。


「その人すっごく無愛想なんです。美咲にはもう完全に駄目なタイプですよ」


 美咲が横でうんうんと頷く。


「俺も同級生から無愛想だって言われるんだけど?」

「明人君の比じゃないよ。それに明人君は美咲に凄く愛想いいし、甘いし」


 俺は美咲に甘いのか?


 最初の頃は意識して愛想よくしてたけれど、その時ならともかく、今は自覚がないんだけど?

 春那さんと文さんに顔を向けてみると、二人ともうんうんと頷いていた。


「確かに明人君は美咲に甘い」

「この家で美咲ちゃんを一番甘やかしてるのは明人君だね」


 二人から見てもそう見えてたのか。

 てか、話が違う方にずれてませんか?


「俺、皆に愛想よくしてません?」

「無愛想とまでは言わないよ。でも私にも春那にも遠慮し過ぎてるところがある。それと比べると明人君は美咲ちゃんには遠慮がない。その逆の美咲ちゃんも明人君には遠慮がない」

 春那さんと文さんは、二人してニヤニヤしながら言った。


 そういう話をすると、晃のこめかみがピクピク動くので止めて貰っていいですか? 今にも襲ってきそうな気配がするんで。

 美咲は何やら上機嫌な顔をしてるけれど、火に油を注ぐような真似も止めて欲しい。

 これ以上は身の危険を感じるので、ここは話を元に戻そう。


「離れにいるのに何で美咲は遭遇したんだ?」

「晃ちゃん呼びに行ったら台所にいてビックリしたの」

「お母さんが武藤さんの出掛けついでに買い物頼んだらしいの」

「ーー待て晃。今、名前なんて言った?」

 名前を聞いた春那さんがいきなり立ち上がる。

 心なしか春那さんの表情が青冷めてる感じがした。

「え? 武藤さんだけど、姉さん知ってるんですか?」

「ーー下の名前は?」

「えと、確か……仁だったかな」

「何で仁が……うちにいるんだ?」

「姉さん!?」

「何で!?」


 そうそう動じない春那さんが叫ぶように晃に言った。


「え、え、どういうこと?」


 晃も美咲もどういうことか分からないようで戸惑っている。


 春那さんが昔付き合っていた男ーー武藤仁が春那さんの実家で弟子入りして暮らしていた。晃の話や春那さんから聞いた話を時系列的に考えても、別れてからそれほど月日を経ずに弟子入りしたと見える。


 その行動に疑問が浮かぶ。


 何故、武藤仁は別れた相手の春那さんの実家に弟子入りしたのか。



 取り乱した春那さんを見て、文さんが自分の部屋に連れていった。美咲も晃も何と声を掛けていいのか分からずに、その様子を眺めているだけだった。それは俺も同様だった。


「あんな表情の姉さん、初めて見た……」

「わ、私もあんな春ちゃん初めてだ」

「まさか武藤さんが姉さんの元彼だったなんて……」

「晃さんも今まで顔とか名前とか聞いたこともなかったの?」

「姉さん、そういうこと全然言わないし、会わせてくれたこともないから」

「私も春ちゃんから元彼の話って聞いたことがないの。聞くのも気が引けたし」

「両親も知らないのか? 同棲してたら、さすがに相手の名前くらいは知ってたんじゃないのかな」

「分かんないよ……」

晃にも分からないようで、これ以上聞くのは晃を責めるような気がして止めることにした。


 しばらくして、文さんが一人で戻って来た。


「姉さんは?」

「気絶させてきた」

「「「は?」」」

 異口同音に俺たちは聞き返した。


「いや、気が動転してそうだったから、ギガマックス飲ませた。一発で逝ったよ」


 この人、本当に医者なのか?

 落ち着かせる手段は、もう少しまともなものを選んで欲しい。


「うーん、どうしたものかな?」

 文さんは腕を組んで頭を垂れる。

「文さんは姉さんの元彼ーー武藤さんを知ってるんですか?」

「直接、面識はないけど、知ってるよ。宴会に春那を迎えに来たところを見たことが何度かある。あとは春那から彼の話を聞いたことがあるくらいかな」


「春ちゃん……凄く動揺した顔してた……」

「吹っ切れたって、姉さん言ってたのに……」

 美咲も晃も心配そうに表情を曇らせる。

「……それ、春那が言ったの?」

「はい、そう聞きました」

 晃の返答に文さんは頭をポリポリと掻く。

「あー、ちょっと三人とも聞いてくれるかな? 三人が知らない春那のことを少し話そう」

 テーブルに移って話を聞くことにした。


「まず、君たちの前にいる春那は、私が知ってる春那とちょっと違うんだよね」


 俺の知っている春那さんは、大人で、家事全般ができて、お洒落で格好がよくて、金銭感覚もまともで、容姿端麗で、男っぽい口調な時があるけれど、ものすごく頼りになるお姉さんだ。

晃や美咲から聞いた昔の春那さんは、今のイメージにもマッチしている。

 晃も美咲も、文さんの言葉が理解できないようで、キョトンとした顔をしていた。そんな俺たちに文さんは言葉を続ける。


「あの顔、あのスタイル、それに優秀な能力。確かにそれは私も認める。だが、悪く思わないで欲しい。これは最初に春那に感じた私の印象なんだけど。私の知っている春那は……自分の男以外に全く人に興味のない中身がスカスカな女だった」



 お読みいただきましてありがとうございます。

 次回もよろしくお願いします。

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