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帰路  作者: まるだまる
357/406

353 春那狂騒曲3

 いつものように春那さんと二人でランニングを終えて帰ってくると、俺の携帯が鳴り響いていた。

 こんな朝っぱらから誰だろう?

 見てみると晃からで、とりあえず電話に出てみる。


「もしもし晃さん? こんな朝っぱらからどうしたの?」

「やっと出た! 何してんのよ」

「何って、いつものランニング」

「ちょっと助けて」

「助けてって美咲に何かあった?」

「あのね、起こそうとしたら美咲に拒否られたの」


 俺がいないのに晃を拒否するのか……。

 方法といっても声を伝えることくらいしか思い浮かばない。

 駄目元で試してみるか。


「……晃さん、美咲の耳に携帯当てて。美咲が腕伸ばして来たら俺がいつもやってるみたいに起こして」

「分かった。やってみる」

      

 ごそごそと音がして、美咲の寝息ぽい音が聞こえた。

 もういいかな?


「美咲、起きろ。朝だぞ。いい加減起きろ」


 何度か繰り返していると、少しして。


「んっ!」

 

 この声は抱き起せって言う時と同じだな。

 携帯からがさごそと布が擦れるような音が聞こえる。

 晃が抱き起しているのだろう。


「明人君もハグ……よしよしも……あれ、なんか違う?」

「ちょっと美咲! 何で人の顔見てそんな露骨に嫌そうな顔するの!?」


 晃さんの悲鳴めいた声が聞こえる。

 携帯は今どうなってるんだ?  

 ごそごそと音はするけれど、対応はない。

 とりあえず呼び掛けてみる。 


「もしもーし、おーい」

「――ん? 明人君の声がする。どこだ? あれ、ここどこ?」

「私んちだって、昨日こっちに帰ってきたでしょ」

「あ~、そうだった。でも、明人君の声がしたよ?」

「それ」


 ガサゴソと少し音がして、音が止む。


「晃ちゃんの携帯? ――もしもし?」

「美咲か。俺だ俺」

「……俺々詐欺?」

「あほか、明人だって」

「んふふ、明人君の乗りだ。おはよ~」

「おはよ~じゃねえよ。俺がいない時まで晃さんを拒否するなよ。いくら何でも可哀想だろうが」

「だって~」

「だってもヘチマもない」 

  

 そのまま美咲から地元に着いてからの行動を聞く。

 地元に到着したあと、両親の経営する店に顔を出し、邪魔しない程度に帰ってきたことを報告。

 娘の元気そうな姿を見れて、親としては安心したことだろう。

 それから晃の家に移動し、そのままお世話になったようだ。

 懸念していた姉との遭遇は今のところなく無事らしい。

 

「お母さんからお姉ちゃんにはくれぐれも気を付けなさいって言われたよ。かなり危ないみたい」


 どう危ないが俺にはわからんが、身内が言うんだから相当なのだろう。

 今日は両親が仕事に行く前に、晃と一緒に顔を見せに行く予定のようだ。

 店だとあまり長居もできなかったので、両親が店に行く前に会いに行って少し話をするようだ。


 美咲は家族への連絡頻度は二週間に一度くらい、晃は月に一度くらいしかしないと言っていた。

 その辺は人それぞれなのだろう。


 俺も父さんへの連絡頻度は美咲と同じようなものだ。

 俺の場合は文さんからも定期的に報告が上がっているので、先に情報が伝わっていることが多い。 

 父さんとしては俺のことを任せられる文さんがいるから安心できているらしい。


「そのあとどうすんの?」

「晃ちゃんとこに戻ってくるだけだよ。出歩いてお姉ちゃんに見つかったら最悪だもん」


 そんな話をしていると、春那さんが開いていたドアをノックしてひょこっと頭を出す。

 

「明人君、朝御飯できたよ」

「すぐいきます。ごめん美咲、朝飯食べてくるよ。――え?」


 美咲が春ちゃんに代われと興奮したように言ってくる。


「あれ、美咲と電話中だった? ごめん」

「春那さん、美咲が代わってだって」

「へぇ?」


 春那さんはニヤリと笑うと携帯を受け取る。

 

「ああ、おはよう。うちの家でくつろげているかい? ――――何もしてないって。一緒の部屋で寝ただけだよ」

「はいっ!?」


 美咲の大声が俺にも聞こえた。


「朝は明人君に寝顔見られて恥ずかしかったよ。――え、明人君に代われ? わかった」


 嬉しそうな表情で春那さんから「はい」と携帯を渡される。


「ご飯が冷める前においでよ」


 春那さんはそう言って部屋から出て行った。

 さて、何を聞かれるかは想像がつくけれど、既に胃が痛い。

 俺は一呼吸してから携帯を耳に当てた。 

 

「……もしもし?」

「――何があったか全て吐け」


 黒美咲さんですか、できればあなたじゃない方とお話ししたかった。


 ✫

「何て言ってた?」


 朝食中、春那さんがニヤニヤしながら美咲から何を聞かれたか聞いてきた。

 

「根掘り葉掘り聞かれましたよ。そうやって美咲をからかうの止めてくださいよ。あいつすぐにむきになって聞いてくるんだから。あいつ帰ってきたら絶対お仕置きしてきますよ」

「美咲が帰ってきたら私も怒られそうだね」


 ……何で嬉しそうに言うんだろう。


「今日もお昼からバイトだよね。それまではどうするの?」

「夏休みの課題もあと少しで終わりなんで、やっつけようかなと。春那さんは?」

「特に予定はないから明人君の邪魔しようかと」

「……何で人が真面目に課題をしようというのに邪魔しようとするんですか」

「構ってちゃんだから」


 この人もしかして美咲以上に面倒臭い人なのか?

 

「春那さんって普段一人で何してるんですか?」

「一人でナニしてるとか私の口から言わせるのかい? 明人君はやっぱりSだね」

「そういうこと聞いてません」


 下ネタに持っていくのは止めてください。

 スイッチが入ったらどうするんだ。


「特に何かしてるってことはないけど、まあ仕事の勉強はあるかな。社会人になってからは時間が合わなくて付き合いも減ったからね」

「在学中は何かやってたとかあるんですか?」

「――大学時代はサークルの付き合いがあったから、よく飲みに出掛けてたけど、他にこれといった趣味もないし、物欲もあまりないから買い物とかにも出歩かないし、家にいても家事して体動かして、あとはぼーっとしてるだけかな。私も美咲のこと言えないな」

 

 春那さんはぼそぼそと寂しそうな表情で言った。


「大学の時、何のサークル入ってたんです?」

「日本文化研究会」


 名前からすると結構真面目っぽいな。


「文さんが先に所属してて、そこで知り合ったんだよ。主に酒の文化について取り上げてたね。どこぞの地方の酒は辛いとか甘いとか、みんなで持ち合って実際に試したりしたものだよ」


 それただの飲み会じゃないですか?

 

「そこのサークル年齢には結構厳しくてね。二十歳にならないと試飲の時、呼んでくれなかったんだよね」

「それ間違いなく酒飲むためのサークルでしょ!」

「まあ確かにそうだったけど、色々な学部の人がいて楽しかったよ」

「春那さんだったらモテたでしょうね」

「……いや、そういうのはないよ。私が酒に強いこともあったし、文さんの酒の量に付き合えたのも私だけだったから、男はほとんど潰れてたってのが実情なんだけど……私自身、前の男と別れてからそういうのは避けてたからね」


 あれ、もしかしてまずいことを言ってしまったか?

 春那さんは在学中に男に捨てられたと晃が口走り、俺はそのことを知っている。

 本人から直接聞いたわけではないので、聞くにも聞けない。

 春那さんは俺の表情をじっと見て静かに微笑む。


「明人君、別れたときの話が聞きたいって顔に出てるよ。今はもう聞かれても大丈夫だからいいよ」

「……あの……何で別れたんですか?」

「まあ話そうにも私もちゃんと理由は聞いてないんだけどね。ただ……あいつは何も言わずに出て行った。何が原因だったのか、私は未だに分からないままだ」


 春那さんが大学3年生の年末に男から突然別れを告げられた。

 男は同棲していた家から出て行き、どこかへと移っていったらしい。


「人のこと散々調教しといて理由も言わずに放棄ってどんなプレイだ。もしかしてまだプレイ続行中?」

「春那さんそこは違うと思う」


 思わず突っ込んでしまった。


「ふふ、冗談だよ。まあでも、さすがに振られてしばらくは苦しんだよ。何が駄目だったのか自分で分からなくてかなり落ち込んだ。同じ学部で同じ講義を取っていたから嫌でも顔を合わせるしね。ただよく分からないのが、私があいつを振ったことになっていたことかな。どういうつもりかあいつが自分でそう言っていたらしいんだ。そのあと大学で姿を見なくなって、気が付いたら大学も辞めてたよ」


 その男は春那さんのどこが嫌になったのだろう。

 容姿端麗で、家事全般何でもこなせる春那さんのどこが気に入らなかったのだろう。

 俺には全然分からない。


「春那さんって誰かに言い寄られたりしないんですか?」

「誰かって誰に?」

「仕事場とかで知り合った相手とか」

「普段はオーナーと二人だけだからね。会食くらいしか会う機会なんてほとんどないよ。それに立場がこっちが上のことが多いから、向こうも粉を掛けてくることはしないね。……あれ、私って実はモテない?」


 いやいや、そこに行きつかないで欲しい。

 コメントに困る。  


「春那さんは完璧すぎるんじゃないですか?」

「どこが完璧? 自分ではそう思わないんだけど」

「いや、俺から見たら何でもできるし、凄く綺麗で格好いいし色っぽい。それに可愛いところもある」


 春那さんは目を丸くした。


「可愛い? 可愛いなんて言われたこと今までなかったよ」

「いや、結構多いですよ? 普段が普段なんでギャップ萌えってやつです」

「え、明人君から見てそう思うの?」

「はい」


 俺が返すと春那さんは座ったまま椅子を回し、くるりと背中を向ける。


「春那さん?」

「ごめん、今ちょっと顔を見せられない」


 もしかして照れ隠しなのか?

 どうやら他の皆と違って、顔が赤くなるようなことはないけれど、照れた顔を見られるのは恥ずかしいらしい。そういや朝も寝起きの顔を見られるのを恥ずかしがっていたっけ。

 春那さんの意外な一面を知った。

 

 ✫


 昼からバイトに入り、今日は早目に来たアリカ相手に午前中にあったことを話してみた。


「ふーん」


 アリカは機嫌悪そうな声で答えた。

 何で急に機嫌が悪くなってんだこいつ。

 さっきまで凄く機嫌がよかったのに、こいつもころころと機嫌が変わるよな。


「そういや、アリカは春那さんと一緒に仕事したことあるんだよな?」

「表屋に来たのはあんたが来てからだから、一緒っていうわけじゃないわよ。頼まれた物を持って来たりしたときに軽く話したくらい。学生だった春那さんはもうすでに大人の女性って感じで、今と全然変わんない感じだったわよ」

「その時、美咲は?」

「美咲さんはいつも春那さんの背中に隠れてたから、人見知り激しいんだなあって思ってた」

 まだ美咲がこの店に慣れてなかった時の話だな。

「春那さんや美咲さんとじっくり話したのって、私の歓迎会の時かな。まあ、あたしより美咲さんの方が緊張してたから逆に緊張しなくて済んだんだけど」


 アリカはふと思い出したような顔をした。

 少しばかり悩んだ顔をしている。

 何だか口に出すのをためらっているようだった。


「どうした?」

「いや、これ言っていいのかな? その時の歓迎会でさ、春那さんが美咲がいてくれて本当に良かったって言ってたのよね。男と別れて一人じゃ駄目になってたからって、なんだかよく分からなかったけど、あの時凄い真剣な顔してた気がする」

 

 それは当時の春那さんの本音だろう。

 当時付き合っていた男が何も言わずに自分の元から去っていき、残されたのだから。

 ポカンと穴が空いたところへ、偶然とはいえ、その穴を埋めたのが美咲だったに違いない。

 美咲の大学進学が決まり、美咲の心配をした晃が住む場所として姉である春那さんを頼ったことから始まった。俺が思うに美咲の世話をすることは春那さんにとって傷を癒す時間となったのだろう。

 だからそんな言葉が出たのだと思う。


「そっか。お前は知ってたのか」

「うん、人にする話じゃないって分かってたから。それに春那さんももう吹っ切れたからって、その時に言ってたの」

「馴れ初めは聞いてないけど、付き合ったからってうまくいくとは限らないってことか。恋愛って難しいんだな」

「そりゃあそうでしょ。そんな簡単だったらみんな苦労しないわよ」


 この夏に恋愛と真面目に向き合ってみようと思ったけれど、奥深いもののようだ。

 アリカにも色々聞いてみようかな。


「そこでアリカさんに質問です」

「何よ急にかしこまって」

「俺に可愛いって言われたら照れる?」

「……照れるに決まってるじゃない。特に不意打ちはやばい。例えあんたが相手でも照れるのは照れるわよ。あんた最近そういうの多いし」


 軽く頬を染めてアリカは答えた。

 

「本気で思ってるから口にするんだけど、お前可愛いし」

「だから、そういうの止めてって!」


 今度は耳まで真っ赤にするアリカだった。

 これはこれで面白い。


「そっか。それで春那さんも照れたんだな」

「はあ?」


 アリカが俺の言葉にぴくっと反応した。


「いや、今日春那さんのこと可愛いって言ったら照れて顔を見せてくれなくなってさ」

「ほぉ?」


 あれ、気のせいか。

 怒りのアリカさんがご降臨だ。

 

「そっか。あんたは誰にでも可愛いって言いまくってる最低な野郎ってことでいいのよね」

「いや、ちょっと待て。本気で思ったから口にしたんだぞ。嘘で言ってねえ」

「余計に性質が悪いわ!」


 がしっとこめかみをアリカに掴まれる。

 あ、これもう駄目だ。


「死ね!」

「ぐああああああああああああああっ! なんでだあああああっ!?」


 何をどう間違えたのだろうか?


 お読みいただきましてありがとうございます。

 次回もよろしくお願いします。

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