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帰路  作者: まるだまる
348/406

344 家族紹介2

 火曜日。


 父さんが単身赴任先から休暇で帰ってくる日だ。

 昼過ぎには到着する予定。

 家では父さんを出迎えるための準備が行われていた。

 特に気合が入っているのは文さんと春那さん。

 わざわざ二人とも休みを取ったらしい。

 二人ともおめかしをしてるわけではないが、普段よりもピシッとした格好をしている。

 そこまで気合を入れなくてもいいと思うんだけど。


「この中で会ったことがあるの美咲ちゃんだけなんだよね。私も電話でしか話をしたことがないから」

「私も一度電話で話したことがありますが、それだけですからね。悪い印象を与えないようにしないとです」


 父さんには皆で撮った集合写真も送ってあるし、俺からもいい人たちだよと伝えてある。

 基本いいところばかりを伝えているので問題はないなず。

 それに父さんからも何度か文さんや春那さんは頼りになると、電話で言われたこともある。

 晃が居候する件にしても、父さんから「賑やかになっていいじゃないか」と楽観的な反応だった。

 父さんはもう少し堅物だと思っていたが、そうではなかったらしい。


 緊張しているのは、文さんたちだけではない。

 美咲も緊張してしまって、さっきからソワソワしたり、呪文のようなのを呟いたりしている。

 

「美咲、緊張しないでいいって。一回は会ったじゃないか」

「会ったって言っても、ちょこっとだけだよ?」

「帰ってくるにしても、日曜日には仕事先に帰るんだから。一週間もいないんだぞ」

「逆に短いから不安なんだよ。悪いところばっかり見せそうで」


 普段通りでいいと思うんだけどな。


 一人のんきなのは晃。ルーの前足を持っては離し、持っては離しと暇潰ししている。

 相手しているルーも好きにしろと晃の好きなようにさせていた。

 ルーもたまには怒っていいぞ?


「春那、私の格好とか大丈夫かな?」

「ばっちりです。普段飲んだくれてるように全く見えません」

「よし!」

 飲んだくれてるのは自覚してるんだ?

  

 そうこうしているうちに玄関のチャイムが鳴った。


「お、帰ってきた? 思ったより早い。皆はここで待ってて」


 打ち合わせ通り俺が出迎え、皆とはリビングに通してからの対面だ。

 玄関に出向きドアを開くと、少しばかり日焼けした父さんがそこにいた。


「明人、ただいま」

「おかえり」


 相変わらず地味な格好だけれど、革靴だけはピカピカだ。

 俺に笑顔を向けてくれているが、少し痩せたんじゃないだろうか。

 仕事のことは忙しいとしか口にしないので、内容は分からない。



 父さんから荷物を受け取り、皆が待つリビングへ誘導。

 リビングに入ると文さん、春那さん、美咲、晃の順にずらっと並んでいた。

 美咲は明らかに緊張した顔付で並んでいて、一人だけ浮いてる感じ。

 

「えと、今更だけどそれぞれ紹介するね。まず本居文香さん。俺は文さんって呼んでる」

「ああ、あなたが本居先生ですか。明人がお世話になっています」

「…………」


 文さんが何も言わないで父さんの顔を見詰めたまま固まっている。

 あれれ、もしかして態度に出てなかったけど、緊張でもしてたのか?


「文さん?」

「――あっ! ご紹介預かりました、本居文香です。至らない点もあるかと思いますが、これからもよろしくお願いします」

「いえいえ、色々と細かいご報告も感謝していますよ」

「恐縮です」


 何だか挙動不審な文さんだった。

 珍しいな、いつもだったら誰相手でもハキハキとものを言うのに。

 

「んで、こちらが牧島春那さん、主に家事を担当してくれてる」

「牧島春那です。美咲と晃ともどもお世話になっております」

「よろしくです。明人からご飯がとても美味しいと聞いています。私もぜひ御馳走になりたいです」

「ありがとうございます」


 春那さんはいつも通りという感じ。

 流石です。

 お願いですから父さんがいるうちはスイッチ入らないでください。

 

「んで、藤原美咲さん。父さんにも言ったけど、俺は美咲って呼んでる」

「え、それ言ってんの? あ、えと、えと、お、おひしゃしぶりです!」


 さっそく噛んだな。

 そんな美咲を見て父さんは微笑む。


「お久しぶりですね。そんな緊張しないでいいですからね。明人からも色々聞いてますから」


 それを聞いて、軽く青ざめる美咲だった。

 俺にちらっと視線を移したが、あの目はあとで俺を問い詰める気だな。

 何を言ったか聞かれるのだろう。


「んで、この人が春那さんの妹、牧島晃さん」

「初めまして。夏休みの間お世話になります」

「はいはい。ゆっくりして行ってください」


 これで皆の紹介は無難に終わり、父さんは改めて皆に頭を下げる。


「明人の父、木崎和人です。皆さんには明人がとてもお世話になっています。私がいるからといって緊張せずに普段通りでいいですから」


 そう言って父さんは挨拶を済ませたあと、自分の部屋に荷物を整理しに行った。

 春那さんと美咲はようやく肩の荷が下りたような顔をした。


「ふわあ、緊張した~」

「私も緊張したよ。明人君のお父さんは優しそうな人だね」

「そういえば、父さんが怒鳴ってるところ見たことないな。ちいさい時に叱られたことはあるけど、怒鳴られた記憶はないや」

「それ理想じゃないか」

「姉さんも参考にすればいいと思います」

「……お前はあとで説教だ」

「すいません、調子に乗りました!」


 緊張が解けていない人が一人いる。

 文さんがまだ固まったままだった。


「文さんでも固まることあるんですね」

「こういう文さん私も見たことないよ」


 何やらぼーっとしたままの文さんに声をかける。


「文さん?」

「……明人君、私がお母さんになってもいいかな? てか、なりたい」

「はい?」

「というか、今度から私のことお母さんと呼んでいいから」

「……はい?」

「明人君のお父さん、もろ好みなんですけど!」

「え、ちょっと待って。文さんは父さんの年齢を分かってて言ってます?」

「いくつ?」

「確か今年42ですよ?」

「全然若いじゃん。一回りしか変わらないんだから全然OK!」


 文さんはやけに興奮してるけど、どうやらマジっぽい。

 男っ気がない人だと思っていたけれど、まさかおじさん趣味だったとは。

 

「いや、まさかこんな風に理想の人をめぐり合えるなんて、明人君さっそくアタックしてきていい?」

「却下で」

「ふふふふふふ、明人君は分かっていないようだね。障害があればあるほど燃えるということを。うん、決めた。木崎さんと呼んでいたけれど、明人君がいる以上ややこしいな。和人さんと呼ばせてもらおう。その許可を早速貰ってこよう!」


 思いついたらすぐに行動が文さんの売り。

 すぐさま父さんの部屋へと向かって行った。


「春那さん、あれマジだと思います?」

「どうだろうね? 文さんがおじさん好きなのは昔からだからね。案外、本気だったりして」


 まさかの一目惚れというやつかもしれないけれど、父さんも離婚が成立した以上、今は独身だ。

 父さんが誰かと再婚したいというのなら俺は止めるつもりはない。

 いつかは俺も自立する。その時に父さんの横に誰かがいてもいいと思うからだ。

 父さんの人生だってこれから先は長いのだ。独身でいる必要はないと思う。


 仮に文さんが俺の母親になると想像してみる。


 医者という社会的身分は申し分ない。

 文さんの性格や人柄的にも好ましい。

 欠点といえば、酒が大好きで飲んだら陽気になり過ぎるくらいか。  

 問題は年齢くらいか……一回りくらいしか変わらないんだよな。

 

「何か明人君が真剣に悩んでる」

「明人君って、つまらないことを真面目に考える馬鹿だよね」


 美咲はともかく晃はしばきたい。

 

 

 すぐに文さんは父さんと一緒にリビングに舞い戻ってきた。

 父さんは手に綺麗な包装の箱を持っていた。


「へへへ、和人さんに了解貰っちゃったー」

「私も文さんと呼ばせてもらうことになったよ」


 父さん……分かってんのかな?


「これ土産です。皆で食べてください」

「これ有名な店のバウムクーヘンじゃないですか。ありがとうございます」


 父さんは土産を春那さんに手渡したあと、俺を手招きする。


「明人、バイクを買うって話だったろ? あまり日にちもないから今から行くか?」

「いいの? 帰ってきたばっかりなのに疲れてるだろ?」

「全然大丈夫だよ。明人は夕方からバイトもあるんだし、早目に行こう」

「すぐ用意する!」


 カタログと見積もり。それと購入するのに必要な書類。

 バイトの給料を貯め込んでいる郵貯の通帳。

 バイク屋までは文さんが車を出してくれることになった。


 車の中で、購入するつもりのバイクのカタログと見積もりを父さんに見せる。

 

「明人、本当に自分で出す気か?」

「うん。免許代は出してもらったから、バイクは自分で出したいんだ。自分で稼いだのが形になるって実感を持ちたいんだよね。今まで特にそういうものなかったから」

「明人が言うならそれでいいけれど。高いんじゃないのか?」

「新車ほどじゃないから。それにそのバイクが気に入っててさ」

「明人君、家で何度もカタログを見ていましたよ」

 

 俺が買う予定のは、初めてバイク屋に行ったときに店員から勧められたバイク。

 5年落ちの物だが、走行距離も少なく程度がいいと店員も推奨してくれていて、俺も猫目のようなライトが気に入ってしまい、教習所の帰りにバイク屋へ行く度に売れてないかどうか見たりもしていた。


 バイク屋に到着し、俺が気に入っているバイクを示す。

 

「父さん、これだよ」

「思ったよりも大きいんだな。昔はこんなスクーターみたいなのなかったからな」


 俺がバイクを見ていると、いつも俺の相手をしてくれる店員の柴崎さんが近寄ってきた。

 柴崎さんはこの店でベテランだ。

 何度も顔を出しているので、俺の名前も覚えていてくれている。


「おや、木崎君。とうとう買いに来た?」

「はい! 柴崎さんのお勧め契約しに来ました」

「いやあ、待ってたよ~。これ欲しいっていうお客さんに先約がいるって断り続けてたからさ」

「え!? マジですか! すいません」

「いやあ、もう君がこれに惚れこんでいるの知っていたからね」


 柴崎さんは父さんと文さんの顔を見ると深々と頭を下げた。

 

「ご両親の方ですか? ご購入に際しての保証と保険のお話しもさせていただきたいので、あちらのテーブルにお越しいただけますか?」


 いや、どう見ても文さん若すぎるでしょ。

 せめてお姉さんでしょ。

 文さんもそこでニヤニヤとしない。


 テーブルに移りバイクの購入にあたる説明を受けたあと、契約書のサインと保険や保証関係の申し込みも併せて行う。ヘルメットやグローブも注文して、料金の支払いを終える。

 柴崎さんは父さんと文さんに対し、バイクの履歴と前所有者について教えてくれた。

 以前、乗っていたのは女の人で5年経って別のバイクに乗り換えたものだ。 

 その下取りに出されたのがこのバイク。

 走行距離も5千キロ、バイク屋が勧める定期点検をちゃんと受け、その記録もしっかり残っている。

 俺は柴崎さんから聞いていて知っていたが、保護者である二人にも説明してくれるあたり、商売は信頼関係から成り立つと柴崎さんが考えているからだろう。

 

「お買い上げありがとうございます。念のため、経年劣化も考えてタイミングベルトは在庫もあるので交換させてもらいます。各種手続きを考えると、最短で来週の月曜日にはお渡しできるかと思います」


 ああ、納車は時間がかかるものなんだ。

 それはしょうがない。首を長くして待つことにしよう。


「納車は私が帰ったあとか……明人のバイクに乗れないのは残念だな。冬に帰ってきたときに乗せてもらうか」

「その時までには、ばっちり慣れとくから」

「明人君、買って嬉しいのはいいけれど、前から言っていた通りお父さんを交えて約束事きっちり決めようね。調子に乗って約束を破ったらバイク乗れないようにしちゃうよ?」

「きっちり守りますって」

「ははっ、お母さんは厳しいねえ。まあ、そのくらいの方がいいですけどね。バイクは危険な乗り物ですから」


 柴崎さんはまだ文さんを俺の母親だと思っているようだ。

 傍から見るとそう見えるのかな?


 バイク屋での契約も無事終わり帰宅する。

 帰宅する途中、文さんが父さんに尋ねた。


「和人さんはお酒飲まれる方ですか?」

「毎晩という訳じゃないですけど、飲みますよ」


 あれ? 父さんって酒飲むんだ?

 家で飲んでるところなんか全然見たことないぞ。


「ビールですか?」

「ビールは苦手なんですよ。日本酒とか焼酎の方が好きですね」


 その言葉を聞いた文さんがニヤリとしたのが分かった。

 

「実は家にいい日本酒があるんです。良ければ今晩一緒にどうですか?」

「ああ、それは是非。家だとほとんど飲んだことないんですよね」

「それはもったいない。私たちもいるので明人君のことは気にせず、こちらにおられる間は気兼ねなく飲んでくださいよ。お付き合いしますし」

「ありがたいお言葉です。では、今日の晩酌は付き合っていただきますかね」

「喜んで」


 これも文さんなりの父さんに対するアプローチなんだろうか。

 それともただ単に酒が飲みたいだけなんだろうか。

 まあ、たった数日でどうにかなるようなものじゃないとは思うけど。


 家に帰宅後、珍しい一面を見た。

 父さんがソファーに転がるルーに興味津々なのだ。

 クロは父さんを完全に警戒して近寄ってこない。多分、慣れが必要なのだろう。


 家に文さんの猫がいることは伝えてあったが、どうやら父さんも猫が好きだったらしい。

 ルーの前で猫じゃらしをフリフリしながら反応を見ていた。

 どうやら今日のルーはあまり興味がないらしく、猫じゃらしに飛びつくこともせず、でんとソファーに横たわっている。

 そんな父さんを見て、文さんが一言ポツリと呟く。

 

「猫と遊ぼうとしている和人さんが可愛い」


 この人はいい歳したおじさんに向かって何を言ってんだ。

 父さんも真剣な顔して猫じゃらし振るなよ。 

 お読みいただきましてありがとうございます。

 次回もよろしくお願いします。

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