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帰路  作者: まるだまる
347/406

343 家族紹介1

 慰安旅行を終えた数日後、俺はとうとう免許――中型二輪の免許証を手にした。

 

 バイクの購入は父親が休暇で帰ってくるまでお預けだ。

 高い買い物になるので、父親と一緒に契約に行くことにした。

 

 俺は学生の身なので、バイクを買ったとしても、色々と制限する必要があると文さんは言った。

 やはり免許取り立てだと事故率が高くなるので色々と心配のようだ。

 心配や迷惑を掛けたくないので、その制限については余程の内容でない限り受け入れるつもりだ。

 

 そんな話を今日のデート相手、愛にしていた。

 二人でカラオケデートした帰りにアミーズに寄ってお茶していた。


「へー、ではバイクを買うのは、まだ少し先なんですか?」

「いや、明後日に親父が帰ってくるから、それからだね。納車は時間かからないらしいから、そんなに待たないでいいみたいだよ。夏休み中で慣れるようにしておきたい」 

「香ちゃんのより大きいんですか?」

「250CCだから大きいね」

「香ちゃんが羨ましがるでしょうね」

「ああ、言ってた」


 アリカに免許を取りに行くことと買うバイクについて相談したら、ずっと羨ましそうに「いいなあ」とか「ちょっと乗せてね」とかって言っていた。アリカの場合は父親との約束で、高校の間は原付で過ごすことになっているからだ。

 

「でも、事故には本当に気を付けてくださいよ?」

「うん、分かってる。免許取ってから文さんや春那さんや美咲に毎日のように言われてる。まだバイクも買ってないのにね」

「それだけ明人さんのことが心配なんですよ。愛も一緒です」


 愛のジュースの氷がカランと音を立てる。

  

 今日のデート。何事もなく無事に終えたのだけれど、俺には少しだけ思惑がある。

 恋愛感情というものを勉強しようと思っていた。

 何がどうなれば恋愛と呼べるのか分からない俺は、相手をよく観察することから始めてみた。


 愛をよく観察していると、数十秒に一度必ず俺の顔を見る。

 その時に目が合えば、目をキラキラさせるし、口元も少しニヤつく感じ。

 目が合わないときは、顔の色々な部分をじっくり見てるような節がある。

 

 愛が俺の手を取ったり、腕を組んだりするのは通常でもよくあることだが、俺から手を差し出すと愛はもの凄く照れる。するのとされるのでは大きな違いがあるようだ。

 さらに違うポイントして、俺から手を握ったときは緊張するのか、一気におとなしくなる。

 愛からの場合はこれでもかというくらい密着してくるのにだ。


 積極的ではあるけれど、響ほど露骨じゃない部分もある。

 俺が嫌がることや、駄目だという部分はちゃんと従う。

 ここが響と愛の違いといったところだ。

 

 じーっと愛を見てみる。

 愛も視線に気づいて、見詰め返してくる。

 お互い視線は交錯したまま、傍から見れば見つめ合ってるように見えるだろう。

 

「――ふわっ!」


 愛が突然口を開けて変な声を出した。

 

「どうしたのいきなり?」

「すいません。息するの忘れてました」

「そこまで集中しなくても……そうだ、えーと、一つ聞いていい? 愛は俺のどこがいいの?」

「明人さんのどこがですか? 実のところ、それは愛にも分からないのです。明人さんがへたれなことも知ってますし、ちょっぴりえっちぃことも知ってますし、優しいところもあるし、冷たいところもありますし、頭は良くて運動は普通よりちょい上くらい。顔はそこそこいい方だと思うんですが、学校一というわけではありません。愛的には一番ですけど。ただ、分かっているのは、一緒にいると愛は幸せな気持ちになるんです。心地よいと言った方がいいでしょうか」


 ああ、なんとなく分かった。

 俺が皆と一緒にいる時に感じる心地よさと同じなのだろう。

 

「ところで、何故にそんなことを?」

「いや、俺はっきり言って恋愛がよく分からないから真面目に向き合おうと思って」


 愛は俺の手をぐっと掴んで握りしめる。


「愛はとってもお買い得ですよ?」

「俺もそう思うよ。料理美味いし、金銭感覚ちゃんとしてるし、それに可愛いから」

「そ、その不意打ちは卑怯です」


 手を握りしめたまま、かあっと顔を赤くする愛だった。 

 

「んんっ!」

 

 愛は顔を赤らめたまま、そっと手を離して咳払い。


「……では、明人さんに質問です。愛がいない時に愛を思い出すことはありますか?」

「しょっちゅう、てか、ほぼ毎日」

「うぐっ! 期待しちゃうじゃないですか……あ、これ聞いたら答えは決まってるんだろうな。次の質問です。主にどんな時ですか?」

 

 これは答えやすい。


「飯時」

「…………はぁ……やっぱりそこですか……では、他に思い出すときありますか?」


 分かってましたよみたいな顔で続ける愛。


「特に理由はないけど、思い出すことはあるよ。まったくの不意に」

「お? それは意外でした。どんな時が多いですか?」

「多いのは自分の部屋にいるときかな」

「……それは――」


 愛がひそひそと声を落として聞いてくる。


「――愛をおかずにしてるということですか?」

「してません」

「違うんですか。てっきりそうだと……」


 そういうことは聞かないでほしい。

 

「愛はどんな時に俺のことを思い出す?」

「基本、気が付けば思い出してる感じなんですけど、愛の場合は朝に起きたら、まず寝癖を直します」

「寝相悪いの?」

「いえ、お布団は乱れてないのでそうは思わないんですけど、ちょうどこのくくっている部分がぶわっと」


 そこだけなんだ。


「髪を直して、それから朝御飯とお弁当作って……あ、この時に絶対思い出してますね」

「他には?」

「時間を確認したときとかも、明人さん何してるかな~って考えますよ」

「思いださない時もある?」

「えーと、響さんとか花音ちゃんと遊んでる時はあまり思い出さないかもです。話題に出た時は別ですけど」

「意外と思い出さないものなんだ?」

「愛は目の前のことに夢中になるので、それ以外のことってあまり考えられないんです」


 何かに夢中になってるってときは俺もそうだよな。


「がっかりさせちゃいました?」 

「いや。普段の俺と変わらない気がする」

「愛と明人さんで違うなと確信するところが一つあります」

「何?」

「顔を合わせた瞬間です。愛はものすごく嬉しいんです。犬の尻尾があったら振りまくってると思います。明人さんはそういうのないでしょ?」

「……あー」

「……自覚されても悔しいんですけど。あ、明人さんそろそろ香ちゃんが危ない時間です」

「もうそんな時間か。じゃあ出ようか」


 アミーズ店長の中村さんに挨拶をしたあと、会計を済ませ店を出る。

 歩いて五分ほどの距離で愛の家に着いた。


 チャイムを鳴らすと、家で留守番していたアリカがキャミソールとハーフパンツ姿で出迎えた。

 アリカの場合は胸がないだけに、同じ年頃の女の子だと思えないのは悲しいな。

 もし愛がそんな格好で出て来たら目のやり場に困ったに違いない。

 


 今日は珍しく髪を結っておらず、ツインテールじゃないアリカを見ると、慰安旅行の時に見た浴衣姿を思い出す。あの時はアリカがすごく可愛く見えたんだよな。

 しかし、今日のアリカは開口一番。


「お帰り。お腹空いた。お土産は?」


 随分とご機嫌斜めで目が既に凶暴な獣の目をしていた。

 あのときの可愛さはどこに行ったんだろう。


「言ったとおりでしょ?」

「ああ、ホントだ」

「……お土産は?」


 愛は手に持っていた紙袋を渡す。

 中身は大判焼き。カラオケの帰りに愛がアリカのために購入したものだ。

 

 紙袋を受け取ったアリカは、がさごそと袋を開けて覗き込む。

 こらこら、大判焼きくらいでそんな幸せそうな顔するな。

 もし土産を買ってきてなかったら、どんな態度に出るんだろう?

 それも見てみたい気がする。


「今日はどこ行ってたの?」

「カラオケだ」

「えー、それだったら、あたしも誘ってよ」

「今日は愛が明人さんを独占する日なんですー」

「いいなー、あたしもカラオケ行きたかったなー」


 また今度はアリカを誘うとしよう。

 今晩のメールの話題にでもするか。


 アリカが大判焼きを気にしてたので、立ち話もそこそこにして引き上げることにした。

 紙袋をしっかり抱え込んだアリカと愛に見送られ家路へ着く。


 帰りのバスの中で愛が言ったことを思い出す……会ったときは嬉しいか。


 好きになったらそういう風に思えるのかな?

 愛の話を聞いて、好きというのは一緒にいて心地よいものだと理解できた。

 でも、そうなると俺は特定の人というのがやはりない。

 愛にしても、響にしても、美咲やアリカに対しても心地よいと思う時があるからだ。

 

 誰か特定の人、特別の人。俺は分かる日が来るのだろうか。

 この夏で少しでも分かるようになればいいけれど。


 ✫


 家に帰ると、何が起きたか想像できる地獄絵図があった。

 文さんが電話機の手前で倒れている。倒れる直前に誰かに連絡しようとしたに違いない。

 春那さんはテーブルに座って笑顔のまま気絶していた。いい笑顔なだけに残念です。

 晃もテーブルの脇に転がって白目で横たわっている。


 テーブルの上には小皿に残された少しばかり焦げたチャーハンと紫色した謎の羊羹があった。

 この大惨事を引き起こした張本人の美咲は台所の隅で膝を抱えて落ち込んでいる。

 この後始末はすべてに俺にかかってくるのだろう。


 …………面倒臭いぞ。



 しばらくして、三人が黄泉の世界から帰ってきた。

 どうやら、このチャーハンは昼食だったらしい。

 昼飯からずっと気絶してたのか。何入ってんだこれ。


「春那さんと晃さんの二人が見ていて何やってんすか?」

「いや明人君、ちゃんと見ていたんだよ?」

「そうそう、私と姉さんでしっかり監視してたよ」

「少なくともチャーハンはまともだった」

「ホントに?」


 残っていたチャーハンを恐る恐る口に入れる。


「ああ、ちょっと焦げた味するけど、これくらいならいけるいける」

「でしょ? それで安心して、その羊羹を一口ずつ味見したんだけど……急に視界がぼやけてそこから記憶ない」

「私も羊羹を食べたあと、悪い味には感じなかったから、美咲に話しかけようとしたんだが……そこから記憶がない」  

「美咲ちゃんのは時間差で来た。明人君に連絡しようと電話しようとしたけど、途中で記憶がなくなった。でも、気のせいかもしれないけど、あの味どこかで味わったことがある気がする」

「文さんも? 私もどこかで味わったことがあるような気がしたんです」

 

 文さんと晃が味わったことがある……か。

 原因はこの羊羹で間違いない。これに何を入れたかだな。


「美咲はこれ食べたのか?」 


 しょんぼりしてる美咲に聞いてみると、首を横に振った。 

 味見もなしか。


「何を入れた?」

「……あれ」


 美咲が指差したのは無地の一升瓶。 

 こんなの家にあったか?

 文さんの酒なら必ずラベルが付いているはず。

  

「え!? これ入れたの?」

「文さん、これなんすか?」

「高槻さん特製ドリンクギガマックス……道理で味わったことがあるはずだよ」


 何でそんな危険なものが家にあるんだよ。

 あれ飲んだら、体が根こそぎどこかの異界へ送られるような感覚に陥るんだぞ。


「高槻さんにたっぷり作ったから、持って帰れって押し付けられたんだよね。こっそり持ち帰って隠しておいたんだけど」


 隠さないでほしい。もし間違って誰か飲んだらどうするんだ。

    

「実は飲み方があって」

「え? そんなのあるんですか?」

「ほんのちょこっとの量にすると、軽い立ちくらみで済む」


 やっぱ、影響あるじゃん。

  

「でもねー。あれ飲むと、体の中から毒素が消し飛ぶ感じがして、すっごく調子が良くなるの」

「何となく分かります。あれ飲んだあと、私も無茶苦茶調子が良かったですから」

「でしょー。効果は確かにあるんだよ。学会に発表したいくらいだよ」


 あんな危険なものを世の中にばら撒く気か。

 

「んで、美咲は何であれを入れたんだ?」

「文さんお酒好きだから……お酒風味なのを作ってあげようと。ウィスキーボンボンとかみたいにお酒羊羹というのもありかなと思って、お酒だと思って入れた」

「うん、その発想は悪くないと思う。実際にお酒の入った羊羹は売ってるからね。食べたことはないけど」

「春那さん、それはちゃんと料理ができる人の場合だ。美咲の場合は分量にも問題あるはず。混ぜただけじゃなくて、他に何かしたろ?」

「…………色々混ぜて煮詰めました」


 そうか、水分飛ばして凝縮した以外に色々混ぜたか。

 そういう努力を何故隠れてする?

 

「とりあえず、これは危険な物なので封印します。いいな美咲?」

「……はい」


 美咲の作った紫羊羹は、次のごみの日まで冷蔵庫で封印されることになった。 

 

「ギガマックスのせいか、体の調子は悪くないね。お腹も空いてきた」

「じゃあ、夕食にしましょうか。すぐ作りますね。晃も手伝え」

「はい。分かりました!」

「部屋にいるからできたら呼んでね」


 文さんが自室に帰り、春那さんと晃が夕食を準備する中、俺と美咲はソファーに移動してテレビ鑑賞。

 美咲はしょんぼりとしたままだ。


「いつまでもしょんぼりしない」

「……今度こそはと思ったんだけど」

「てか、羊羹を作るの止めたら?」

「えっ!?」


 何でそんなショックを受けた顔してんだよ。 

 羊羹に何があるんだ? 思い入れでもあるのか?

 

 美咲は夏休みで時間があることもあり、晃から料理を教わったりもしている。

 春那さんも時間があるときは、一緒に教えたりしていた。

 単独では100%魔食ができるが、監視体制が整った状態であれば魔食率は激減する。

 味付けの濃い薄いがあったりするが、ちゃんと食べられるものだ。


 しかしながら、羊羹の魔食率は常に100%をキープしている。

 監視体制を潜り抜けるというか知らない間に作っている。

 どういう技法を使って潜り抜けているのか分からないが、必ず何かしている。

 今までの羊羹作成は青色、緑色、橙色、赤色、黄色、そして今回の紫色。

 赤色の羊羹は、内臓が火傷するんじゃないかと思ったくらい熱く感じて悶え苦しんだ。

 黄色の羊羹は、腹から脳天に向かって何かが飛んで行った感覚があった。その後の記憶はない。

 俺と一緒に食べた晃からも同様の感想を得た。 


「羊羹の成功例ないよね? 美咲はどういうのが作りたいんだ?」

「次世代の羊羹を……」

「その発想を止めることから始めようか?」


 次世代の羊羹って、そもそもなんなんだよ。

 

 お読みいただきましてありがとうございます。

 次回もよろしくお願いします。

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