342 慰安旅行編20
「響さんの様子がいつもに増しておかしい」
凄い至近距離で響の顔をじっと見詰める愛。
響は全然気にしていないように無表情だ。
「……何かしましたね?」
「……してないわ」
「愛に嘘は通用しませんよ?」
「……そうね。少し明人君を独占してたわ」
「……余計に怪しい。さあ中身を吐くのです」
朝食からずっとこんな感じで愛が響に詰め寄っている。
頼むから言わないでほしい。
知ったが最後、愛がどういう行動に出るか想像がつくだけに、マジで教えないでほしい。
そんな二人の傍らで、俺は太一と二人で日光浴しながら世間話していた。
太一には響に何をされたか言っておいた。
どうせ、隠しても太一は何かしら気付いていただろうから。
太一からは「生殺し、ざまあ」とからかわれた。
「明人は羨ましいんだか、羨ましくないんだか、分からねえよな」
「自分でもラッキーって思うこともあれば、不幸だって思うこともある」
「不幸は言い過ぎだな。お前は恵まれすぎて麻痺してんだよ。色々差し引いても不幸じゃねえよ」
「そうかな?」
「そうだよ。んで、話を戻すけど……何が気になってるって?」
「ずっと頭の中に残ってることがあってさ。愛と一番最初のデートの時に言われたことなんだけど。俺には特別がいないってやつ」
「ああ、それは当たってるだろ。お前、誰にでも一緒だからな」
とは言うものの。
自分自身ではそのつもりがないから分からない。
「それで明人は何か見えてきたのか?」
「何かって?」
「恋愛ってやつ」
「分からねえ。何をどう思えば恋愛なのか、全然分からねえ」
「成長してねえな」
そう、太一の言う通り俺は成長していない。
いつかは分かる。そんな気持ちでいたんだ。
でも、なんとかしようと、この夏でそれなりのけじめをつけたいと考えてる。
愛も響もそれぞれ魅力を持っている。
どちらかを選ぶというのができない。
どうしても反対側のことが思い浮かんで現状がいいと考えてしまう。
「なあ太一、恋ってなんなんだよ?」
「お前、俺にそれ聞くか?」
「千葉ちゃん誰かに恋してんの?」
ひょこっと俺たちの間に割り込んできた長谷川。
「俺? 俺は愛ちゃんが好きだぞ」
「それこの間も聞いた。千葉ちゃんの嘘は私に通じないって言ってるでしょ」
「嘘じゃねえって言ってるだろ。俺、明人にもそう言ってるんだぞ?」
長谷川にも言ってたのか。
長谷川はちらっと俺の顔を見て、はっと鼻で笑う。
太一、もう嘘ってばれてるぞ。
長谷川が俺の顔見て確定って顔したぞ。
「千葉ちゃんが愛ちゃんのこと好きって言ってるのは、体が目当てなだけでしょ?」
「ばっか。お前なんて下品なこと言ってん――」
「太一さん。聞き捨てならない言葉が聞こえたのですが?」
目の前で愛が仁王立ちのまま太一を見下ろしている。
あ、なんか怖い。
「え、えーと……」
「先ほど愛のことを好きとおっしゃいましたか?」
「あ、そっち? う、うん。言いました」
「冗談ですよね?」
「あ、いや、割と真面目に言ったつもりなんだけど?」
太一の言葉を聞いて、愛はその場にばっと正座して深々と頭を下げる。
「ありがとうございます。愛は男の人に好きって言われたの初めてです。もし本気だとしたらごめんなさいです。愛は明人さんのことが好きなのでお気持ちには答えられません。でも、太一さんのことも嫌いじゃないです。たまに殺そうと思うくらいです」
殺意は芽生えるんだ?
「あらら、千葉ちゃん振られちゃったね?」
「まあ、そうなるよな。……でも……うん、愛ちゃんの気持ちは知ってたからな。愛ちゃんありがとう。ちゃんと答えてくれて。これからは愛ちゃんのこと可愛い後輩であり、大事な友人として扱わせてもらうから」
「えっ!? 愛の下僕にならないんですか?」
すげえ返しが来たぞ。
「愛ちゃん、千葉ちゃんは既に私の下僕だから駄目だよ」
「そうですか……それは残念です」
「おい、人を勝手に下僕にするのはやめろ」
今、結構真面目に残念がってなかったか?
愛がずずいっと俺に寄ってきて俺の手を取る。
「明人さん。お粗末でしたが愛は明人さんにお手本を見せたつもりです。もし響さんを振るときは、愛がしたみたいな感じでしてあげるといいと思います。それと太一さんの返し方も素晴らしかったと思いますが、ああいうのは大人の対応で刺されることもあるので気を付けてください」
何で響を振る前提で来るんだろう。
「またそんなこと言うと響が怒るよ? ――あれ、響はどこいった?」
「え、今そこに座ってるじゃ…………消えてる!? あああああっ! もうあの人は何で視界からいなくなると消えるんですか!」
ああ、これすぐに捜索隊組まないとやばい。
すぐさま人をかき集めてそれぞれ携帯を持って探しに行くことにした。
✫
響を探し回っていると、愛から見つかったと携帯で報告が来た。
どこにいたか聞いたところ、俺たちが行った山の祠に向かう途中の休憩場所にいたらしい。
こんな短時間であそこまで行ってたのか。
戻ってきた愛は響に説教を始める。
「何で勝手に動くんですか!?」
「ごめんなさいね。小犬がぱーっと走っていくのが見えて追いかけてたの」
「響さんは何で子犬を見るとすぐ追いかけるんですか!」
「つい」
「ついじゃありません。いちいち行方不明にならないでください!」
「私は行方不明になるつもりはないのよ?」
「実際なってるじゃないですか! 一人だって気が付いたときは、その場で動かないでくださいって言ってるでしょ?」
「気が付いた時があの場所だったのよ」
「遅すぎでしょ! ここからどのくらい距離があると思ってるんですか!」
愛が響がいた山の方向を指差す。
「遠いわね」
「遠いわねじゃないです! あそこまで探しに行った愛を褒めてください!」
「流石は愛さん、私の行動が読めてきたわね」
「そういうこと言ってるんじゃないんです!」
ああ、これもうしばらく続くな。
響への説教は愛に任せておこう。
✫
喧騒をあとにして、アリカと美咲、晃を探す。
響が見つかったあと、貝殻を探しに行くとか言ってたけど。
少し歩くと波打ち際でしゃがみ込んでる美咲と晃を発見。
ちょっと先に行ったところにアリカが同じようにしゃがみ込んでいた。
「美咲、いいのあったか?」
「あんまりいい形のがないんだよ」
「こっちも駄目。何か微妙に欠けてる」
波打ち際だと削られたりしてるんじゃないのかな?
もうちょっと陸地に近い方がいいと思うんだけど。
そうなると、人が多いんだよな。
「アリカー、そっちはどうだ?」
「駄目、何かいい形のが見つからない。形が良くても色が駄目だわ」
ああ、色か。
美咲と晃が集めているのを見てみても、ピンク色や白色の物だ。
「千佳ちゃんが貝殻いっぱい集めてたんだよ。いい色と形のを持ってたんだよね」
「どこかいいスポットでもあるのかな? そういや千佳ちゃんは?」
「さっき店長たちとお城のところにいたよ」
また何か作ってるのかな?
そういや城を作ってる時も結構貝殻を見た。
城を作るのに邪魔だったので小さいのも大きいのも取り除いたりした記憶がある。
美咲たちにも声を掛けて城の周りを探してみることにした。
城へと移動すると、初日に作った城はあちこちがぼろぼろに崩れ、もう芸術作品ではなくなっていた。
昨日作った和風の城も細かい部分が崩れている。まあ砂だしな。
俺たちが潜んでいた堀も単なる穴になっている。
これについては俺が原因なので申し訳ない気になる。
千佳ちゃんは店長と一緒に城と城の間に大きな砂山を作っていた。
どうやら大きな山を作ってからトンネルを掘るようだ。
「パパ―、この山でわへーこーしょーするんだよー」
「そっか~、千佳は難しい言葉よく知ってるね~」
「お姫様はひとみごくーにされるんだよー」
「千佳はどこでその言葉覚えたのかな~?」
「幼稚園でー」
世知辛い世の中だ。
千佳ちゃんの幼稚園では人身御供という言葉を使っているらしい。
教育上よくないと思うので、別のところへ移った方がいいと思います。
それはさておき、俺たちは城の周りで貝殻を探し始めた。
「うーん。ちっこいのしかない。大きいのになると色と形が駄目だ」
「こっちも一緒だね。もうちょい粘ろう」
「とんねーる、とんねーる」
千佳ちゃんが口遊みながらトンネルを掘っている。
「あれ? パパー何か出てきた」
「何かって何だい?」
「これ―」
「指輪だね~」
「キラキラして綺麗だよー」
指輪?
それって、もしかして――
駆け寄りその指輪を見せてもらう。
指輪の内側に『StoN」と彫られている。
「店長、ほら、これ見てください。これ多分、前島さんが落としたやつですよ」
「本当だね~。ちょっと明人君、前島君に見せてきてごらん。千佳~、これ大事な指輪だから返そうね~」
「うん」
千佳ちゃんは指輪そっちのけでトンネル掘りに夢中になっていた。
美咲と晃、アリカに事情を離したあと、三人を連れて前島さんたちのところへ移動。
さっそく指輪を見せてみる。
「これ千佳ちゃんが見つけたんですけど、間違いないですか?」
「――これだ。間違いない、もう諦めてたのに……」
指輪を手にした前島さんがフルフルと手を震わせる。
どうやらもう見つからないと諦めていた物が手に戻ってきて感動してるようだ。
俺もまさかこんな形で見つかるとは思っていなかった。
まさに奇跡としか言いようがない。
「前島さんの行いを神様が見て、奇跡を起こしてくれたんですよ」
前島さんはうんと大きく頷くと、奈津美さんに指輪を差し出す。
「奈津美! これ貰ってくれ」
「……うん。悟がつけてくれるか?」
「ああ」
前島さんは奈津美さんの左手を取り、薬指にそっと指輪を滑らせる。
指輪はするすると本来ある位置、奈津美さんの薬指に納まる。
――はずだった。
「あれ?」
「え?」
婚約指輪が関節のところで引っかかっている。
どう見てももう隙間もなく、これ以上奥には入らない。
もしかして寸法間違えた?
「家にある指輪と同じサイズなのに何で?」
「もしかして青いジルコニア?」
「あ、ああ。大事にしまってたみたいだから。ちょっと借りて」
「あれ、うちのサイズよりむっちゃ細いやつやで? そのうちペンダントにでもしようと思って置いてただけで」
「……マジか」
「小指やとちょっと緩すぎか。指にするんは無理やな」
「……すまねえ」
「かまへん。買ったところに相談すればええねん。サイズ直しはできるんやから大丈夫やって」
この二人はもう指輪がなくても大丈夫だろう。
みんなが温かい視線を送る中、たった一人訝しげな顔をして頭を傾げてる人がいる。
由美さんだ。
「由美さんどうしたんですか? 何か気になることでも?」
俺の言葉にみんなの視線が由美さんに集中する。
「いや、今さらなことなんだけど……私……まだ婚約指輪貰ってない」
由美さんの言葉を聞いて、今度は立花さんに視線が集中する。
「……いや、どうせ結婚指輪買うから、婚約指輪いらないかなーって思ったんだけど……駄目か?」
その言葉を聞いて、由美さんはクルリと振り返り無言のままスタスタと歩いて行った。
「あー、あの感じの由美は相当怒ってるで?」
「立花、形は大事だと思うぞ?」
前島さんにまで言われる始末。
立花さんは慌てて由美さんのあとを追いかけて行った。
いやあ、勉強になるなあ。
俺も結婚するときとか、プロポーズするとき気を付けよう。
✫
奇跡的に前島さんの指輪も見つかり、新たな火種になりそうだった立花さんと由美さんの婚約指輪の件も、帰ったら買いに行くそうで話は落ち着いた。
別荘は4時発を予定している。
昼からは家族への土産を買いに行く美咲やアリカらに付き合い、土産物がある商店街へと足を運ぶ。
店内で分かれて、美咲、晃と一緒に土産物を物色していると、
「ああっ!? こんなところにふてぶてウサギが!」
と、美咲の驚く声がした。
行って見てみると美咲の持っているふてぶてしい顔したウサギのキーホルダーが置いてあった。
これはこの店でしか売ってないオリジナル商品のようだ。
「道理で探しても見つからないはずだよ。ネットでも見つからないからおかしいと思ってたんだよね」
「美咲はどうやって手に入れたんだ?」
「春ちゃんから貰った」
……元の所有者……春那さんだったのか。
これを買う気になったセンスが分からんな。
春那さんの部屋って凄くシンプルで飾り物少ないし、ごちゃごちゃしてるのは美咲の部屋のフィギュアとかだしな。……そういえば、あのフィギュア群の中で違和感を最高に醸し出している奴が一つあったな。もしかして美咲のだと思っていたアレも実は春那さんのか?
「美咲……一つ聞いていいか? 美咲の部屋に置いてあるアヒル隊長。あれは美咲のだよな?」
「ううん。あのアヒル隊長は春ちゃんのだよ。預かってるだけ」
「……マジか……春那さんのキャラにないわ」
「姉さんはね……格好いいとか、お洒落なのはセンスが抜群なんだけど……キャラクターものを選ぶセンスが全くないの。たまに買ってきても、いつも微妙で置き場所に困るやつを買ってくるのよね」
ああ、そうなんだ。
春那さんにも苦手なことあったんだ。
「多分、春ちゃんは買うのが恥ずかしいんだと思う。可愛いものは普通に好きだから」
今度一緒にファンシーショップに行って見ようかな。
どんな態度に出るか見てみたい気がする。
俺と美咲、晃は揃ってふてぶてウサギのキーホルダーを購入した。
文さんと春那さんの分も買っておいた。
アリカたちも土産物の購入が終わり、俺たちもそれぞれ土産物を購入して別荘へ戻る。
戻ったところで、オーナーから最後に裸の付き合いをするぞと言われ、みんなで風呂に入ることになった。
俺たちが戻ってくるのを待っていたらしい。
男女に分かれ、またも裸のお付き合い。最初の時と違って前島さんが活き活きとしている。
これから立花さん同様に結婚の日取りとかの話を詰めていくのだろう。どうせなら前島さんらと立花さんらのW結婚式というのも面白いと思う。
風呂から上がったあと、それぞれ帰宅準備。
時間になったところで手分けして戸締りを確認して回る。
バスがてんやわん屋に到着すれば夏の慰安旅行が終わる。
いよいよ帰路へと着いたのだが、あっという間の3日間だった。
バタバタしたり、ひやひやしたり、埋められたり、混浴したり、襲われたりとイベント有り過ぎだ。
でも、思い出すと、何だかつい笑えてきてしまう。
こういうのが一つ一つ思い出になるんだろう。
今の環境がずっと続けばいいのに。
この時の俺は、自分が楽なところに身を寄せているだけだということに、気が付いていなかった。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。