340 慰安旅行編18
明人です。出歯亀です。
プロポーズに成功した前島さんがそのお相手の奈津美さんといちゃついてます。
既に10回はキスしてますよね?
俺と美咲は移動しようにも、あまりに二人の顔が動くものだから動けずにいる。
二人の様子を見ようとした美咲が俺の肩越しに覗き込もうとして背中に密着する。
ぐにゅ。
ん? 背中に当たるこの柔らかさはとても身に覚えがある柔らかさ。
毎朝感じているけれど、なるべく意識の外に追い出しているやつだ。
これって、もしかして……。
「……美咲、一つ聞いていいか?」
「何?」
「お前、ブラどうした?」
「晃ちゃんに取られた」
その時点でおかしい。
そういえば晃は春那さんに怒られているとか言っていた。
「……何でノーブラのまま?」
「だって、明人君が追いかけてるの見えたから……て、なんで私がノーブラなの分かるの?」
「背中に当たってる」
「へっ?」
背中から美咲の柔らかさが消える。
今、ちょっと顔見づらいな。
そう思っていると――
ぐにゅ。
再び柔らかいものが背中に当たる。
「美咲」
「……何?」
「また、当たってるんだけど」
「当ててんの」
「いやそれ、新宿とか二丁目とかモノ持ってるオカマさんが言うセリフだぞ」
「最近、明人君と触れ合ってない」
「毎朝、触れあってるだろうが」
「足りない」
「あのな。俺も一応男だぞ? むらむらしたらどうすんだ?」
「……」
あれ、返事してください。
俺はこのままどうすればいいんだ?
とりあえず、当たっている美咲の胸を意識から外す努力はしよう。
夜風は緩いけど海辺のせいか少し肌寒く感じる。
くっついてると温かいな、これちょうどいいかも柔らかいし、なんか気持ちいいし。
全然意識の外に持って行けてねえ。
するすると後ろから前へと美咲の手が伸びてきて俺を抱きかかえる。
「美咲!?」
「チャージ開始」
駄目だ。これは駄目だ。
そうだ、監視を続行だ。
美咲はとりあえず満足したら元に戻るだろう。
それまで、変に意識しないように前島さんたちを監視だ。
あれから二人の動きに変化はない。
まだか。まだここでいちゃつく気なのか。
どうせならどこかへ移動してしけこむなりしてくれ。
「……明人君」
「……どうした? チャージ終了なら手をどけてくれ」
「……むらむらする?」
「しないように心がけてる」
頼むから思い出させないでほしい。
「……私、今むらむらしてる」
「……はい?」
「だって、欲求不満なんだもん」
「欲求不満って……何で?」
「晃ちゃん来てから明人君構ってくれないし、旅行中ほとんどアリカちゃんたちと一緒にいるし」
「それをむらむらするって言わないだろ」
「……してるもん」
美咲は腕に力を込めて強く抱きしめてくる。
んー。これはいつものハグとどう違うんだ?
「お前、ちゃんと意味分かって言ってるか?」
「……分かってるもん」
「別にアリカたちだけって訳じゃないだろ? 春那さんと一緒にいたのも多いぞ?」
「…………また」
段々と美咲の腕の力が強くなってくる。
あれ? この感じも身に覚えが凄くあるぞ?
「このチャンスを逃さずにいられようか。この世の地獄を見せてあげる」
ああ、やっぱり。
後ろにいるのは美咲じゃなくて黒美咲さんでしたか。
瞬間で入れ替わるの止めていただきたい。
俺はどこで失敗したんだろう。
だが、前島さんたちとの距離が近く、覗いているのがばれてしまうので、悲鳴を上げるわけにはいかない。
自分の口を塞ぎつつ、この世の地獄が終わるのを待つ俺だった。
✫
ようやく前島さんたちが別荘へと向かって帰った。
幸せそうな二人は、このあと皆から祝福されることだろう。
おんぶお化けと化した美咲をおぶって別荘に向かっている。
俺をベアハッグで沈めてもなお美咲が背中から離れなかったのもあるが、美咲がノーブラなのでそれを隠すためでもある。横に並ばれても、意識しないようにするのは薄着すぎる。
俺の背中でぶつぶつ文句を言い続けている美咲。
まだ、怒ってるようだ。
「何で怒ってんの?」
「やっぱり明人君は変だ。普通、背中におっぱい当たったら少しは挙動不審になるはずなのに。漫画だって、アニメだってそうじゃない」
「あんなの男は悟られないようにするんだって、それとおっぱい言うな」
「今だって当ててんのに普通だし、春ちゃんの時みたいに慌てないもん」
春那さんのあれは兵器だからだ。質量と密度が違う。
身に当たってると意識から排除できない。
響や愛も大きいけれど、春那さんは更に大きいだけじゃない。
弾力、柔らかさ、なんだこれって思えるくらいに存在感をアピールしてくるんだ。
とはいえ、美咲の胸だって存在感は十分アピールしてくる。
ただ、意識の外に排除できるだけの話だ。
「私だとそういうのないの?」
「あるに決まってんだろ。俺が普段どんだけ意識外してると思ってんだよ」
「私も明人君を慌てさせたい」
「そういう意地悪な発想は止めなさい」
別荘にたどり着くと、すでに風呂に入ったあとなのか、浴衣姿の狩人たちが待っていた。
響は響で今からオペしますって感じで手刀の形の手を上げてるし、アリカと晃は拳をぱきぽきと鳴らしながら俺たちを見詰め、愛は口をむーっと尖らせていた。
美咲を背中から降ろしたあと、じわじわと寄られ、包囲網が出来上がり、この世の地獄パート2が顕現した。
✫
ズタボロにされた俺は体の汚れを落としに風呂に向かった。
太一からはなるべく早く出てくるように言われた。学生メンバーで何かするつもりらしい。
食堂では大人たちが前島さんのプロポーズ成功を祝して宴会準備を始めている。
今晩も賑やかなことになるだろう。それにしても、こうも毎晩毎晩よく飲み続けられるものだ。
浴場に行くと、通路で女湯へ向かう美咲と遭遇した。
「美咲も今からか?」
「…………一緒に入る?」
「入らねえよ。見つかったら俺がどんな目に合うか分かってて言ってるだろ」
美咲はむっと口を尖らせる。
冗談でもそういうこと言うのは止めなさい。
混浴はもう朝に春那さんとしたし……いい体してたよな。
「明人君から……邪なオーラを感じる」
あぶねえ。美咲も察知が早いんだった。
じーと疑いの目を向ける美咲の視線から顔を逸らす。
「とりあえず、さっさと入ろうぜ。太一が何か企画してるみたいだし」
「晃ちゃんもそんなこと言ってた」
それぞれ男湯前で分かれ、美咲は奥にある女湯へと向かう。
まさか美咲まで春那さんみたいなことをすることはないだろう。
風呂を堪能し脱衣所に向かったとき、男湯の入り口が勢いよく開けられた。
「明人君、脱衣所に変な虫が――――あっ!?」
美咲は体にタオルで巻いたままで、その真剣な表情からして言っていることは本当なのだろう。
ただ、俺は全く無防備な状態で全裸だった。
美咲の瞳が俺の体を上から下まで舐め回すように動いているのが見えた。
ぐるんと回り背中を向ける美咲。
「ご、ごめん。でも虫がいるのは本当なの! 足がいっぱいあって気持ちわるいやつ」
「……分かった。ちょっと待ってろ」
さっさと体を拭いて水気を取り下着を着替え、置いてあった浴衣に袖を通す。
身支度を整えて女湯へ移動。
タオルを巻いただけの姿の美咲に視線を持っていけない。
「……美咲、さっき入ってきたとき見たか?」
「……見てない」
「見えただろ?」
「……見えてない」
……これは完全に見たな。
意外と美咲が冷静に観察するタイプだとは思わなかった。
美咲に連れられて女湯に行ってみると、脱衣場の壁に少し大きめなムカデがいた。
流石に素手で触る勇気はなく、風呂場にあった清掃道具を使って排除。
道具で押さえつけたとき、ギチギチと音がして気持ち悪かった。
ムカデは番でいる話を聞いたこともあるので、念のためもう一度探してみると、もう一匹いて、それも排除した。
美咲は女湯の入り口から恐々と覗いている。
「美咲終わったぞ。もういない」
「ほんとに? ほんとにもういない?」
怯えながら入ってくる美咲。
「ムカデは番でいるっていうし、二匹も捕まえたからもういないだろう」
「……怖い。明人君ここで待ってて」
あ、これ冗談で言ってないわ。
これ真剣に助けてほしいだけだ。
「晃さんか誰か連れてこようか?」
「晃ちゃん虫全般駄目なの。足が多いのは二人とも駄目だし、他の子も大丈夫かどうか分かんないし」
あ、泣きそうな顔してる。
「美咲、外で待ってるからすぐに着替えろ。いたら声張り上げて風呂場に逃げたらいいから」
「……ここに一人でいるのは無理」
「……分かった。むこう向いてるからさっさと着替えてくれ」
「うん、ごめんね」
俺は美咲に背を向けて脱衣所の中で待つことにした。
ごそごそとタオルのこすれる音や、しゅるしゅると下着や浴衣を通す音が耳に聞こえる。
これは駄目だ。これはまずい。
音というのはこれほどまでに脳内イメージを活発化させるものなのか。
脳内に美咲の水着姿やノーブラでくっつかれたときの記憶が蘇る。
「明人君、もう大丈夫だよ」
振り返ると浴衣を着て身を整えた美咲の姿にほっと安心する。
美咲は俺の腕を取りギュッと抱きかかえる。
「明人君ありがとう。大好き」
「まあ、怖いものは怖いからなしょうがないよな。髪、早めに乾かさないといくら夏だからって風邪ひくぞ。湯冷めしただろ」
「大丈夫と思うけど。でも言われた通りにするね。部屋に戻ろ」
女湯の脱衣所から美咲と二人で出たところで、晃と太一、長谷川、綾乃と遭遇した。
どうやら、俺たちが遅いので様子を見に来たらしい。
うん、これは勘違いされたかもしれない。
晃の顔がやばいくらいに引きつっているし、太一と長谷川、綾乃もぽかんとした顔をしている。
そうだよな。一つの浴場から腕を組んで出てきたんだもんな。
一緒に入っていたと思えるような状況だよな。
✫
「――ていう状況だったんだ」
俺は通路に横たわりながら、皆に状況説明した。
生きててよかった。死んだかと思った。
「なんだ。もっと早く言えばそんな目に合わずに済んだのに」
「事情を言う前に瞬殺したのは晃さんです」
「今の加減抜きだったんだけど、意外としぶといね」
まあ、晃の攻撃にも打たれ慣れてきたせいもあるんだろうけど、普段からやられ慣れてるからな。
俺の体はかなり頑丈な部類だぞ?
この数か月で回復が早い体質だと自覚もできてるし。
痛みの残る腹の具合は問題ないようだ。
鳩尾狙いが分かったから焦点をずらせて大ダメージは避けれた。
むくりと起き上がると、美咲が心配げに寄り添ってくる。
「美咲大丈夫だよ、俺が頑丈なのはお前も知ってるだろ」
「もう一回打っていい?」
晃が不吉なことを言い出したので、美咲を差し出す。
いくら頑丈でも連発は止めろ。
「そういや何かするって話だったけど、それで迎えに来たんじゃないの?」
太一に聞いてみる。
「ああ、そうだそうだ。せっかく旅行に来てるんだから、最後の夜くらいみんなで集まって話しようかなって思ってさ。皆も乗り気だぞ」
学生メンバーはアリカの部屋にお菓子と飲み物持参で集合。
何故か響が後ろ手に縛られ、上半身を帯でぐるぐる巻きにされていたが、自分から愛にお願いしたらしい。
こうしておかないと大変なことが起きるそうだ。自分で言うならそうなのだろう。
というか、俺を見る目が今までに見たことがないくらい怪しいんですけど。
みんなでこの二日間で起きたことや夏休みに入ってからのことを振り返る。
俺が見ていなかった間に起きたことや、その時のメンバーだけが知るちょっとした騒動。
恥ずかしい話や笑える話を聞かせてもらった。
響が愛にぼそぼそと何かを耳打ち。
「ああ、じゃあ、連れていきますね。え? 同じ部屋だと解くのまずいんですか? 分かりました」
そう言って響を連れて部屋を出ていく。
何か響はやけに自分自身を警戒しているな。
「あの二人は仲いいよね。いつもあんな感じなの?」
晃がアリカに聞いた。
「夏休み前から一緒にいることは増えましたね。この間も愛の友達と響の友達合わせてカラオケとかに行ってたみたいですよ。昔の響からは考えられないくらい付き合いがいいです」
「ああ、アリカちゃんは同じ中学だったよね。アリカちゃんより愛ちゃんと一緒にいる方が多いの不思議なんだけど」
「愛が暇人で同じ学校だから面倒見てくれてるだけですよ」
「アリカちゃんの学校の友達は?」
あ、それ聞いちゃう?
「あたし学校の友達っていないんですよ。家も遠いし、女子も少ないし」
「俺、澤工行って思ったけど、皆からは愛されてる感じ受けたよ?」
「えっ!? そんなことないって、皆あたしのこと怖がってるところはあってもそういうのはないよ」
「いやいやいや、俺はそう見えたよ。上級生の先輩なんかアリカちゃん捕まえて高い高いしてたろ。あれはどう見ても愛でてるよ」
ああ、これ聞いたことあるな。
「それ、あたしがちっこいからそうするだけよ。明人、さっきから人の顔見てるけど何?」
俺もしたいと思ってるだけだ。
俺の父性を満足させてくれ。
少しして響と愛が戻ってきたが、愛が響にペコペコしながら誘導している。
俺の右横に座ろうとする響を体全体でサポートしてから、愛は俺の左側に座る。
少しばかり愛がしょんぼりしているような気もする。
響に聞いてみるとトイレに行っていたが、愛が意地悪して帯をなかなか解いてくれなかったらしい。
「調子に乗っておいたをしたから少し懲らしめたの。私、やられたら徹底してやり返す主義だから」
ああ、それでちょっとしょんぼりしてるし、甲斐甲斐しく響の世話をしてるのか。
それにしても、響の目が俺の体を何度も舐め回すように見てくるのはちょっと怖いな。
「うふふふ、響さん。逆襲の時間がやってまいりました。今の響さんではこういうことできませんよね」
俺の後ろから愛が抱き着いてきた。
愛さん相変わらず大きいもの持ってますね。
「わーい、明人さんの背中独り占め。やーい、羨ましいでしょ? 愛にあんなことしたの後悔すればいいんです」
それを見た響が体をジタバタさせて、俺に近づこうとする。
「愛さんそれはあまりに卑怯よ!」
「早い者勝ちですし、だったら帯を解きますか? うふふふふふふふ」
帯を解く訳にはいかないようで、くっと悔しそうな顔をする響。
響って愛と一緒にいるようになってから表情が豊かになってきたよな。
いい傾向だ。
ところで愛、あまり動かないで貰えるかな。意識を外すのに苦労するんだ。
「いいわ、私だって方法がないわけじゃない」
響はそう言うと上半身をぐっと伸ばしてそのまま横に倒れてくる。
ぼふんと俺の膝を枕にして。
「これは誰も体験してないでしょ。明人君の膝枕、初めては私がいただいたわ」
「「「ああっ!?」」」
声を上げたのは美咲とアリカ、それと背中にいる愛だった。
「「「……」」」
三人はそのまま響に近づく。
「え? ちょっと何でアリカや美咲さんまで。――きゃあっ」
と、三人は響を担ぎ上げ乱暴にベッドに放り投げた。
「明人君、私も膝枕。一緒に暮らす家族なのに一度もないのはおかしい!」
「あ、あたしは別にして欲しいって思ってないから」
「明人さん、そこに横になって貰っていいですか? 膝枕を超えるには玉枕しかないんです」
やめろお前ら。変なことに張り合うな。
てか、愛は今なんて言った?
「千葉ちゃん、木崎君って皆から愛されてるよね」
「お前はそう思うだろうけど、本人的にはそうじゃないからな?」
太一の言う通りなんですけど。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。