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帰路  作者: まるだまる
343/406

339 慰安旅行編17

 夕食まであまり時間もないため、太一たちには他の面子に知らせる役目を頼み、俺は単身で奈津美さんの部屋へ向かった。


 ――コンコン


 部屋から出てきたのは、奈津美さん本人で由美さんはいないようだ。

 


「はーい。――なんや明人君かいな、どうしたん?」

「ちょっと話させてもらっていいですか?」

「さっきの話やったらもうええで?」

「ちょっと違う話なんですよ」


 うん? といった感じで首を傾げる奈津美さん。

 そのまま部屋の中に通してもらう。


「それで話ってなんやの? どの子を本命にしようかって相談か?」


 俺はそのまま自分が思ってることを口にした。


「奈津美さんも協力してもらえません?」

「何に?」

「前島さんのプロポーズ」

「何や、さっきの話と一緒やないの」

「だって奈津美さん、結婚したいんでしょ?」

「……そら、うちかて悟のこと好きやから、いつかはと思ってるけど」

「いやいや、俺が言いたいのは奈津美さんが(・)結婚したいんでしょ?」

 

 奈津美さんが眉を寄せる。


「どういうこと?」

「すいません。間違ってたらごめんなさいです。さっきの話聞いてそう思ったんですよ。実は焦ってるのは奈津美さんなんじゃないかって」

「……あんたって子は意外と人のことよく見てるんやな……うちの負け。認めるわ」


 奈津美さんはやけにあっさりと認めた。


 奈津美さんの話を聞くと、前島さんと同棲してから親がうるさくなったらしい。

 やれ友人に孫ができただの、近所の娘が結婚しただのと連絡するたびに言うようになったと。

 同棲し始めて一年。双方の親御さんとも良好な関係を築き、お互いの生活リズムも不協和音が起きることもなく順風満帆。このまま結婚なのだろうと意識して、奈津美さんも前島さんの言葉をずっと待っていたらしい。同棲してからというもの変わらない日々で親からも急かされ、しまいには自分の身の回りで、友人の由美さんが先に婚約。自分も何とかしたいけれど、前島さんも何とかしようとしているのを気付いていただけに、余計に何も言えなかったらしい。


「お互い気持ちは一致してるのに時間がもったいないと思いませんか?」

「悟のプライドを傷つけんようにするには、どうしたらええんか分からんのよ」

「えーと、前島さんは奈津美さんから怒鳴られたりするとプライドが傷つくほうですか?」

「いや、あれはMやからな。あんまりそういうのはないと思うわ」


 誰も性癖のことまで聞いてないんですけど。


「じゃあ、奈津美さんが言う前島さんのプライドって何ですか?」

「……あの子、告白とかプロポーズっていうのは、男からせなあかんって思っとるんよ」

「じゃあ、それを言うのは前島さんで、きっかけを奈津美さんが与えてあげてください」

「どないすんの? あいつをその気にさせるのって、うちでも想像できんねんけど」

「言いたいことがあったらはっきり言えって、怒鳴ればいいじゃないですか?」

「それな……うちがしょっちゅう悟に言ってることやねん」


 ……前島さん、あんた一体普段どんだけ怒られてるんだ。

 

「……じゃ、じゃあ。男だったらはっきり嫁に来いって言えとか」

「……それストレート過ぎひんかな?」

「前島さんはそれくらいがちょうどいいと思いますよ」

「……そういえば、付き合う時も悟に「うちのこと好きやったら好きって言え」って言ったな……」


 ああ、前回もそんな感じでお付き合いが始まったんですか。

 全然、成長してませんね前島さん。

 

「前島さんをその気にさせるのに、なるべく二人きりになってください。あと、できるだけ怒らないでください。もしかしたら、前島さんなりに緊張を解くためにやってるかもしれないですし」

「あんまり期待せんといて。あいつ余計なこと言い寄るから」


 食事ができたとお呼びがかかり、奈津美さんとそのまま食堂へ。

 いざ踏み込んでみたけれど、奈津美さんに火をつけるどころか、やっぱりこれ駄目かもと不安になった。


 食堂に行くと太一と長谷川が俺の様子を見て難しそうな顔をした。

 多分、俺が浮かない顔をしていたのを見て上手くいかなかったことに気が付いたのだろう。


 ✫


 夕食後、予定通り昨晩出来なかった花火を別荘前で始めた。

 手持ち花火をメインに数種類、打ち上げ花火、パラシュート、ねずみ花火や煙幕花火もあった。


 前島さんと立花さんが腰に藁を巻いて、どこかの原住民のようなメイクをして現れ、噴出花火に火をつける。噴き出た花火の周りをまるでインディアンのように「アワワワワワ」とか言いながら踊る。

 あのー前島さん、奈津美さんがむちゃくちゃ冷めた目で見ています。それを見た皆も引いてます。

 出落ち感抜群なんですけど、もう少しまともにロマンチック風に攻められないんでしょうか?


 しかしながら、千佳ちゃんには受けたようで、千佳ちゃんも「アワワワ」と真似しながら前島さんの後を一緒になって踊った。前島さんと立花さんは二人で千佳ちゃんを抱え上げ天に掲げる。

 高く持ち上げられて「きゃっきゃ」と喜ぶ千佳ちゃんだった。

 いや、千佳ちゃんを喜ばしてどうするんですか。


「……明人君、これは無理やと思うわ」

「頑張ってください。できるだけ二人で」

「原住民の格好しとるのに?」

「……そこは堪えて」


 原住民の格好でプロポーズ……ないな。


 その後、手持ち花火でファイヤーダンスをする前島さんと立花さん。

「燃え尽きろ!」

 とか言いながら花火を振り回していたけれど、花火が腰に巻いていた藁に当たって燃え移り、危なく大惨事になるところだった。

 花火は正しく安全に使用しましょう。

 

 ここでのプロポーズは無理だと判断した俺たちは純粋に花火を楽しむことにした。


 赤色や緑色、青、黄と手持ち花火が煌びやかに夜の帳を照らし、地上に最も近い位置にありながら夜空に浮かぶ星々に負けないよう光り輝く。花火に照らされた皆の顔はまるで童心に返ったように花火を見詰めていた。

 

 ヒューと笛の音が響き、小さな花火が空に花を咲かせる。

 打ち上げ花火が連続で上がり、複数の色の花が天を舞う。

 花火の残り火がゆらゆら落ちる様は、まだ輝いていたいという花火の思念のような気もした。


 と、夏の風情に酔いしれていたのだが、それを台無しにする輩がいる。


 病気が出た美咲にアリカが襲われている。

 多分、アリカは純粋に花火を楽しんでいたに違いない。

 その姿を見た美咲が辛抱たまらなくなって襲ったのだろう。

 晃も羨ましそうに指を口に咥えて見てないで止めろよ。


 太一と綾乃は長谷川の前で、花火を使ってオタ芸みたいな踊りをしてる。

 お前らは本当に危ないから止めなさい。

 

 響は手持ち花火をするのは初めてだったらしく、愛に教わりながら楽しんでいたが、今は二人して線香花火でどちらが長く保てるか勝負中。まあ、この二人は比較的平和に花火を楽しんで……る?

 何か二人とも妙に緊張した顔付きというか真剣そのものだ。

 チリチリパチパチと小さく火花を上げる線香花火の真下に、小さな筒上の物がたくさん落ちている。

 

「その足元にいっぱい転がってるの何?」

「爆竹です」

「火種が落ちたら凄いことになると思うとドキドキが……」

 

 駄目だこいつら、もうとっくに壊れてやがる。

 ここにいると爆竹に巻き込まれる気がしたので距離を取る。



 前島さんと立花さんを見てみると、なにやら仕掛け花火を用意していた。

 点火させると逆さに吊るされた複数の吹き出し花火が、まるでナイアガラのように火の粉が地面へと振り落ちる。なかなか見ごたえがある物だった。


 それを見た千佳ちゃんは両手を上げての大喜び。

 この花火企画は千佳ちゃんには大当たりだったな。

 夏の良い思い出になってくれただろう。


 それよか前島さん、奈津美さんがずっと待ってたんですけど。

 さっきまでは前島さんをじっと見てましたけど、いい加減諦めたのか蛇玉で遊び始めましたよ?

 由美さんと一緒にウネウネ伸びる蛇玉を棒でつついてます。

 これは駄目だ。前島さんにも一度言っておこう。

 前島さんに近寄り進言する。

 

「前島さんさっきから奈津美さん放りっぱなしじゃないですか」

「お、おう。分かってるんだがアイテム置いてきちまった」

「アイテム?」

「……指輪だ」


 ああ、一応準備はしてたんだ。

 気持ちはあるのに、何で行動に移せないんだこの人は……。

 前回もこんな感じだったのかな。

  

「……そんな格好してるから忘れるんですよ。明日には帰っちゃうんですよ?」

「……分かってる」

「このあと海辺でも散歩しないかって誘って、そこで勝負です」

「お、おう」

 

 前島さんはこそこそと奈津美さんの傍に行き話しかける。

 奈津美さんはにこやかな顔をして返したところを見ると、ちゃんと話はできたらしい。

 よし、お膳立ては整った。あとは前島さんの勇気だけだ。

 

 ちょうどそのとき、愛と響のいる所から爆竹の破裂音が鳴り響く。

 危ないな。あと少しタイミングが早かったら前島さんが誘うの失敗するかもしれなかったじゃないか。

 二人して耳を押さえてもがいてるけど、どっちが負けたんだろう? 


 ✫


 花火の片づけを終え、前島さんたちが海辺へと出かけるのを見送る。

 あまりに気がかりで、こっそり後をつけてみることにした。

 夏の夜の海辺は風が穏やかで、波の音がざあざあと静かに響き、空を覆う暗幕に星が瞬く。

 シチュエーションとしてはいい感じだ。

 ただ、残念なことに海辺にはぽつぽつと人がいて、二人きりの世界にはなれなさそうだ。


 海岸線の道路際から二人の動向を監視。波打ち際を二人並んで歩く姿が見える。 

 話しているかどうかも分からない。

 もう少し近づきたいが、遮蔽物がなく身を隠すところもない。


「もうちょっと近づきたいね」

「ああ――美咲!?」


 俺のすぐそばにいつの間にか美咲がいた。


「あれ、気付いてなかったの?」

「まったく気付かなかった。晃さんは?」

「春ちゃんに怒られてる」


 何をしたんだ?

 まあ、その辺はあとで聞くか。

 今は二人の動向だ。


「美咲、何か話してるように見えるか?」

「うん。前島さんも奈津美さんも口は動いてるよ」

「よく見えるな?」

「私、視力は2.0だもん。夜目も利くし」

「そりゃあ、ちょうどいい」

 

 二人して道路沿いを移動し、海の家の真裏へ移動。

 シャワールームの裏手まで移動した。

 まだ少し距離があるので俺には細かな表情が見えない。

 

 前島さんと奈津美さんは立ち止まり、海に向かって砂浜に腰を下ろした。

 

「お、なんかいい雰囲気だ」

「背中向けられちゃうと話しているか見えないね」

「美咲、あれ」


 俺が指差したのは、日中に作った砂の城。

 他の人も手伝ってくれたせいか、初日の物より大きなものとなった。

 あれの影なら目立つことなく近寄れる。

 堀も作ってあるので身を潜めるにもいいだろう。


 俺と美咲はサバイバルゲームで覚えたハンドサインを駆使しながら砂の城の影へと移動。

 意外なところであの経験が役に立ったな。

 

 城の影から二人を覗き見る。

 うん。この距離なら俺も表情が見える。

 

 うーん……なんとなくだが、世間話的な感じもする。

 声は途切れ途切れに聞こえるが、話を理解できるほどではない。

 見た感じまだ色っぽい話という訳ではなさそうだ。

 まだ攻めてないと言ったところか。


 しばらく様子を見ていると、美咲が気づいた。


「明人君、何かちょっと動きが」

「おっ!?」


 前島さんの背中に奈津美さんがおぶさるように抱き着く。

 そして、そのまま二人はキスをした。

 

「うわ」

「わ」


 何か知ってる人のキスって、テレビやドラマで見るよりなんかインパクトがある。

 これは見ない方がいいだろう。ちょっと目を伏せる。

 

 今の流れのまま、プロポーズすれば行けるはずだ。

 もう奈津美さんだってずっと待ってるんだ。

 前島さん男を見せろ。

 

「あれ、明人君……何か急に前島さんが慌てだしたよ?」

「キス終わったあとに? てか、美咲ずっと見てたの?」

「それよか、何か探してるぽいよ?」


 誤魔化したな?

 まあ、それはともかく俺も前島さんの様子を見てみると、確かに前島さんは慌てた感じでポケットをごそごそと探っている。それから前島さんは時が止まったかのように固まった。

 流石に奈津美さんも前島さんの慌てぶりと急に固まったことで異変に気が付いたようだ。

 何となく「どうしたん?」と口が動いているのが分かった。 


 もしかして、指輪持ってくるの忘れたのか?

 最悪だ。いや、まだ言葉がある。

 ここで諦めるな、一気に言ってしまえ。


 前島さんは青ざめた顔でぼそぼそと何かを言った。

 奈津美さんは目を見開いて驚いた表情になる。


「ええええっ!? ほんまに持ってきてたんか?」


 奈津美さんの大きな声が聞こえた。

 それに小さく頷く前島さん。


「来た道探すで。まだ今やったら見つかるはずや!」


 そう言って二人は、元来た道を下を見ながら歩き始めた。

 

 指輪……落としたのか。

 ……つくづく運が悪いというか、間が悪いというか。

 

 結局、指輪は見つからなかったようで、戻ってきた二人はさっきと同じ位置に腰を下ろした。

 すっかりしょげかえった前島さんの背中に哀愁が漂う。

 

「もう気にしなって。あんたがうちのために用意してくれた気持ちはよう伝わったから」

 

 相当なショックだったのだろう。

 前島さんは覇気がない頷きを一つ返しただけだった。

 その態度に奈津美さんもイラッと来たのだろう。


「悟。いつまでもうじうじしとっても見つからんもんは見つからん。それよか、さっき言おうとしたこと言うてみ?」

「……」


 前島さんはショックが抜けてないのか、声が小さくてここまで聞こえない。

 

「あんなあ、前にも言うたけど、男やったらはっきり言え!」

「……」

「聞こえへん」

「……ってくれ」

「全然、聞こえへん」

「……嫁になってくれ」

「聞こえへんって言ってるねん!」

「俺の嫁になってくれ!」

「まだ足らん!」

「指輪も落としたし、最後の最後まで締りも悪いけど、こんな俺だけど、俺の嫁になってくれ!」


 もう絶叫に近かった。

 周りにいた人も何事かと注目するくらいに。


「……言えるやないの」

「……いいのか?」

「当たり前やないの。とっくの昔に覚悟は決めてるちゅうねん」


 奈津美さんはそう言うと、とても嬉しそうな笑顔で前島さんにギュッと抱き着いた。

 ようやく言えた前島さんのプロポーズ。

 

 そして、今の今まで全く気が付かなかったが、海の家のところで高槻さん、立花さん、由美さん、それと店長とオーナーも見守っていた。店長は俺らに人差し指を口に当てて「内緒だよ~」と残し、二人の経緯を見て満足した様子で引き上げていった。

 

 海を見詰めて寄り添う二人の影に心から祝福を贈ろう。


 お読みいただきましてありがとうございます。

 次回もよろしくお願いします。

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