337 慰安旅行編15
帰りは林道のコースを通って戻ることにした。
林道は、背の高い木々に囲まれていて、その木々が日差しを和らげてくれる。
日陰な部分が多いからか、少しだけ涼しく感じられた。
海岸線の道路まで降りてくると、砂浜が見え、既に海水浴客や多くの人が集まりだしていた。
今日も多くの人で賑わうことだろう。
別荘に戻った俺たちは、今日もまた海へ遊びに向かうことにした。
前島さんたちは由美さんたちと出かけるようだ。
何でも俺と美咲が前に一緒に行った水神浜水族館まで出向くそうだ。
バスに乗ればすぐに着くし、雰囲気のある場所と言えば確かにいい場所だ。
多分、立花さんなり由美さんなりが前島さんのために企画したのだろう。
成功することを祈っておこう。
オーナーと涼子さんは何処かへ出かけたらしい。
行先は特に言わなかったようだ。
昨日とほぼ同じ場所へ高槻夫妻と店長家族、それと文さん、春那さんと学生メンバーで海へ進出。
文さんは千佳ちゃんと一緒に遊ぶらしい。たまには夫婦水入らずでと、千佳ちゃんの面倒を引き受けたようだ。いいことするじゃないか。
ちなみに千佳ちゃんと一緒に作った砂の城は、部分的に崩れているところはあったが、生き残っていた。
砂の城の周りには見物する人や撮影する人で賑わっていた。
白鳥とフラミンゴの浮き輪に新たな空気を入れる。
二つとも今日も立派に、頭を天に掲げて乗り主を待つ。
白鳥とフラミンゴの大きな浮き輪の前でアリカが宣言。
「さて、それではスワン号VSフラミン号チキチキマシン猛レースを開催します」
と、アリカの発言でいきなり勝負企画が始まった。
白鳥――スワン号(太一が命名)
フラミンゴ――フラミン号(アリカが命名)
別荘でボート用のパドルを発見したので、これを使って競争することになった。
防波堤まで先に着いた方が勝ちという企画だった。
乗り手は五人ずつ、漕ぎ手は二人。
漕ぐ人はいつでも交代して構わない。
チームは山へ登ったチームで分かれることにした。
俺たちのチームは一人足りないので、春那さんも参加してもらった。
「おーし、負けねえぞ。泳いで押すのは反則な」
面子を見て響が太一らに向かって言った。
「この組み合わせだと、こちらが有利すぎる気がするんだけど、それでもいいの?」
言われてみれば、こっちにはハイスペックである響、春那さん、アリカの三人がいる。
だが、響の言葉で逆に綾乃に火が着いたようだ。
「お兄ちゃん、向こうあんなこと言ってるよ?」
「なああああにいいいい? よし気合入れてぎゃふんと言わせるぞ」
「さすがお兄ちゃん、頑張って漕いでね!」
綾乃も漕ごうな?
「晃ちゃんパドルってどう漕ぐの?」
「美咲には私が手取り足取りで教えるよ。こうやってね……」
「晃ちゃん、それ私の胸だよ?」
「あれ、間違えた」
おい、そこの変態を外してもらおうか?
わざとらしく美咲の胸に触りやがって。
ちなみに、その姿を見た春那さんがいきなりパドルを素ぶり始めたからやめとけ?
俺は春那さんを止める気ないぞ?
みんなでスワン号とフラミン号を運んで海に浮かべる。
それぞれの首には、万が一に備えて浮き輪をかけておく。
万が一流されてしまった時に、泳げない愛や、長い距離を泳げない長谷川用だ。
ここは遠浅の砂浜だが、ブイ付近まで行くとそこそこ深くなる。
防波堤はその先にあるので、用心に越したことはないだろう。
目指すは防波堤。
スワン号の真ん中には長谷川が座り、対してこっちのフラミン号の真ん中には愛が座る。
あとの皆は周りに配置し、押し駆けてスタートだ。
これは最初の押すときに少しでも推進力を付けた方が有利だ。
スタート役は、文さんと二人で俺たちの応援に来てくれた千佳ちゃんが務める。
「よーいどん!」
千佳の号令に一気に皆が力を込める。
押しながら駆け出し、その勢いを保ったまま、次々に浮き輪に乗り込む。
パワー勝負ではアリカがいる分、こっちが有利のはず。
最初の漕ぎ手は、適応力のスペックでは他の追随を許さない響と、負けじ劣らずの性能を備えた春那さんが務める。二人ともしっかりと相手を見ながらの呼吸合わせで、フラミン号は海の上を爽快に走り出した。
向こうの最初の漕ぎ手は晃と綾乃の二人。
どうやらセンスの高い二人を初手に持ってくるあたり、向こうも同じ作戦だったようだ。
スタートで出来た差は1mほどで、こちらが先行している。
勢いがあるうちに体力温存か、向こうは美咲と太一に交代していた。
長谷川はスタート時と変わらず、スワン号の首にしがみついている。
こちらはというとハイスペックな響たちは「まだまだ全然大丈夫」と頼りがいのある言葉で力強くパドルを漕ぐ。
しかし今の現状に少しばかり困ったことが発生していた。
さすがに5人も乗ると狭い。
今のフラミン号は首にしがみつく愛、左右でパドルを漕ぐ響と春那さん。
センターの狭い空間に俺とアリカが背中合わせで身を寄せ合っている。
二人同時に交代が望ましいが、体の入れ替えに失敗すると誰かが落ちるかもしれない。
なにより――
「ねえ、明人。さっきから頭の上あたりを大きな物体が揺れ動いて目障りなんですけど」
「……俺に言うな」
「上下左右にすっごい揺れてるんですけど」
「だから、俺に言うな」
俺は目のやり場に困っていた。
春那さんの最強武器の双丘は体の動きに合わせて揺れ動き、春那さんには負けるものの豊かな胸を持つ響の胸も揺れ動く。直視できない。
「さっきから、チラチラと視線を感じるんだけど、これはこれで……んっ!」
そう言ってパドルを漕ぎながらも、小さく身を震わせる春那さん。
おい、春那さんここでは止めろ。
それにそこまで俺はチラチラ見ていないですよ?
これ以上は双方に危険ということもあり、俺と春那さんが交代。
アリカも響と交代した。
「ちょっと明人! もうちょっと力入れなさいよ!」
「入れてるって! お前が馬鹿力すぎんだ!」
交代した途端、俺たちを乗せたフラミン号は少しずつ進路を右に切り始めた。
左側を漕ぐアリカの力が強すぎるからだ。規格外のパワーに俺が負けている。
こんなちっこい女の子に力負けするなんて……もっと鍛えよう。
進路修正のために俺とアリカの位置を変えて漕ぎだす。
タイムロスはいただけなかったが、ゴールから段々遠ざかるのは避けたかった。
「アリカ、もう少し抑えて」
「えー、かえって難しいよ」
「明人君、ふんばれ」
「うぃっす」
えんやこらと交代して相性を探ってみたが、結局、響と春那さんの組み合わせだけがハイスペック能力をフル活用ということが分かった。
向こうのチームはというと、俺たちを追い越し、もう3mほど先行していた。
追いつくどころか少しずつ離されている気がする。
何が違うんだ?
「いやいや、向こうはどうやら合わせる能力に長けたのが多いね」
俺と一緒に休憩していた春那さんが背中越しに言った。
「美咲と晃のペアは長年培われた阿吽の呼吸があるし、太一君と長谷川さんは向こうの誰にでも合わせられるみたいだね。よく把握しているようだ。多分、最初にすぐ交代したのは綾乃ちゃんと晃の相性が悪いって気が付いたからだろうね。その組み合わせで漕いだのは最初だけだ」
「流石ですね。私も同じ意見です」
漕ぎながら響も言った。
二人ともよく見てるものだ。
「愛さんにもう少し学習能力があれば……」
「人を無能呼ばわりしないでください」
「逆進する人は黙ってなさい」
愛はパドルの使い方が分からず、ブレーキ役になった。
今では首にしがみつくアクセサリーだ。
「アリカの力が強すぎるから合わせられないし、アリカ以外の二人と漕ぐときも、俺の場合は何か効率が違う感じなんだよな。二人の時ほど前に進んでない気がする」
「正解だよ。私と響ちゃんは身長差は少しあるけど、力加減が元々一緒くらいらしい。私もアリカの力には負けるしね」
「香ちゃんは加減すると、とことん加減しちゃいますしね。そうなると普通の女の子より少し力がある程度ですし」
こんなに小さいのにな。もしかして凝縮されてるのか?
「えー、これじゃあ負けちゃうじゃん」
「いや、一つ試したいことがある。アリカ代わって。響ちゃんちょっと勢いつけようか」
「分かりました」
二人は息を合わせて、漕ぐスピードを上げる。
少しだけフラミン号の勢いが増したのを感じた。
「このペースはあまり長くもたない。そこで明人君、ちょっとアリカを抱きしめてあげてくれるかい?」
「「はい?」」
「春那さん、おっしゃりたいことは理解しましたけど、それは私も反対なのですが?」
「少しだけだよ。それにこの作戦は向こうにも効くんだ。こう見えて私も負けず嫌いでね、君も負けるのは嫌だろ?」
春那さんは笑みを零しながらそう言った。
「……分かりました。目を瞑ります。明人君急いで」
「明人君、なるべく早く頼む。少しずつずれ始めた」
何が何だか分からないけれど、それで解決することがあるのか?
しかし春那さんと響の両方がいうのだから、多分あっているのだろう。
「ほら、アリカ。ちょいこい」
「え、ええっ! 恥ずかしいって!」
「香ちゃんだけずるい!」
「あとでみんなもしてもらおう。明人君急いでくれ。手がそろそろきつくなってきた。勢いは消したくない」
狭いフラミン号の上でぎゅっとアリカを抱き寄せる。
アリカも緊張しているのか体を強張らせていた。
「よし今だ! それぞれ交代」
言われるがまま、俺とアリカに漕ぎ手を交代した。
これだと、パワーバランスが悪いままじゃ……。
そう思って漕いで見ると。
「あれ? 何か勢いが落ちない?」
反対側を漕ぐアリカが何だかぎこちなく漕いでいるが、その力がちょうど俺と合っているのだろう。
耳まで真っ赤にしたアリカは黙々とパドルを漕ぐ。
ただ、愛が病んだ目でアリカを見ていたので、少し怖かった。
「うぶなアリカはこれでしばらく本来の力が出せないと思うよ」
「力が一緒ならあなたたちの方が漕ぐのは早いはずよ」
「呼吸は二人ともドンピシャだからね。お、効果が出たみたいだよ。向こうの足が合わなくなった」
漕いでいたのは美咲と長谷川で、二人の漕ぐパドルは何かタイミングがずれている。
てか、美咲は何であんなすごい形相で俺を凝視してるんだ?
「明人君には悪いけど、あとで美咲がお仕置きしようとしてくると思うから」
ああ、そういうことか。
今の美咲は、アリカを目の前で抱きしめた俺に対する怒りでいっぱいってことか。
あれ? これ勝っても負けても俺にとってはよくないことない?
だけれど、顔を真っ赤にしたまま漕ぐことを止めず、ゴールを目指す相棒に勝利は与えてやろう。
何、力さえ一緒なら俺らに敵うやつはそういない。
俺とアリカの馬が合うってところを皆に見せつけてやる。
俺たちを乗せたフラミン号は更に加速して、海上を進む。
「お、お、これはいい感じだよ?」
「抜きました! 明人さん抜きましたよ!」
愛からの報告にわずかばかり力が入ったが、それはアリカも同じだったようだ。
ふとアリカと視線が交錯する。
ますます顔を真っ赤にしたアリカだったが、そのおかげでパワーバランスが良くなったのだろう。
俺たちを乗せたフラミン号が勝利した。
戦いを終えてゆっくりと帰路へと向かうフラミン号とスワン号。
最後まで漕いでいた俺とアリカは背中合わせになって休憩中だ。
アリカの背中に背中が当たる。
「悪い」
「……いいよ。疲れたんでしょ? 背中くらい貸すわよ。あんたも貸しなさい」
「好きに使ってくれ」
そう言うと、アリカは俺の背中にもたれかかってきた。
こいつも疲れたんだろう。
しかし…………うん、これは選択を間違えたな。
多分アリカには見えてないだろうけれど、俺の目の前で愛がもの凄く病んだ目で俺とアリカを見てる。
響の握るパドルからも、何かミシミシと嫌な音が聞こえる。
春那さんは何だか楽しそうにしてるけれど。
陸地に到着したら一人で、フラミン号で旅に出るのありですか?
陸地に戻ったあと、美咲からは首を絞められ、響からは手刀を浴び、愛からはさんざんハグを要求され――最終的にまた埋められました。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。