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帰路  作者: まるだまる
34/406

33 千葉家来訪1

 土曜日


 学校があるときと同じ時間にセットしておいた目覚まし時計がアラームを掻き鳴らす。

 アラームを手探りで止める。アラームが鳴るまで夢を見ていた。

 夢に美咲さん……いや、美咲が夢に出てきていた。

 昨日の事で浮かれていたからかもしれない。昨日の事を思い返すと、自然と顔がにやけてくる。ああいう風に言うってことは、美咲は俺の事好きだったりするのかな?

 いや浮かれてちゃ駄目だ。付き合ったわけじゃないんだし、美咲は呼び捨てがいいって言っただけだ。もし俺の勘違いだったら、ただの馬鹿じゃないか。


 しゃきっとするために、一階に降りて洗顔を済ませよう。

 鏡に映る俺の顔は、いつもと違って妙に活き活きとしている。こんな事は、この一年なかったことだ。

 洗顔を済ませた後、昨日の夜に作っておいた残り物を朝食にして、腹ごしらえを済ませ、俺は出かける用意にかかった。

 母親はまだ起きてきていないのか、物音一つしない。そういえば、最近母親の顔も見ていないような気がする。てんやわん屋でバイトし始めてから、今までより遅く帰ってきているからか。

 土曜日には母親も仕事が休みなので、家にいるのが当たり前だが、午前中に俺の部屋以外の掃除を済ませると出かけているようだ。そもそも会話自体がないので、どこに出かけていると聞いたこともないが、趣味であるフラワーアレンジメント教室に通ったり、買い物に行ったりとかしているのだろう。俺が中学の頃はそんな感じでいたから、おそらく変わっていないはずだ。俺がバイトから帰ってきたときには、台所や洗濯物はクリアにされた状態なので、家事はそれなりにやっているようだった。


 出かける用意ができた俺は、部屋の掃除を軽くして、時間に余裕があったので、まだやっていなかった学校から出された課題を終わらせた。やらなければいけない事を終わらせると達成感か安心感からか、気持ちが軽やかになる。

 時計を見ると、そろそろ出かける時間としてはいい感じだ。九時頃には太一の家に着くだろう。一応、太一に『今から出るけど大丈夫か?』とメールを送ってみたら、すぐに返信が返ってきて、太一の方も準備ができているようだった。


 家の鍵を閉めて、自転車に乗って太一の家を目指す。今日も天気がよくて清々しい。

 四月も後半になると、通り道にある雑木林の木々が、新緑の濃淡の色彩も鮮やかに、朝の暖かな日差しを受けてか、若々しい成長を示した少年のように存在感にあふれている。

 道端にある雑草も、生命の息吹を感じさせるかのように、青々と天に向かい小さな身を伸ばしている。これがあと一、二ヵ月もすれば、育ちすぎだろと言いたくなるくらい、道にはみ出してきて、うざったくなるのだが、それもまた生き抜いた証とすれば仕方がないのだろう。


 自転車を漕ぐこと四十分ほどして、太一宅にたどり着いた。この辺りは五年ほど前に宅地醸成された区画であり、比較的新しい住宅が立ち並んでいる。そのうちの一つが太一の家だった。太一の話では高校入学と同時にこの家に引っ越したと言っていた。前に住んでいた家も、今の家からさほど遠くなかったと聞いたことがある。

 俺は家の前に自転車を止めると、千葉と書かれた表札の下にあるチャイムを押して、太一に出てきてもらおうとした。すると、二階の部屋から太一が顔を出し、声をかけてきた。

「明人、おはよーさん。朝から悪いな。すぐ行くから、ちと待って」

 朝から元気な所を見せているが、寝癖がひどい状態のままだった。

 玄関の扉が開き、太一が出てくるかと思いきや、そこには赤い眼鏡をかけた可愛い女の子がいた。

 太一の妹の綾乃って子か? 太一のやろう、想像していたより全然可愛いじゃないか。

 幼い顔つきにポニーテールが妙に可愛さを引き出している。肌も白く手足も細い、それでいて健康的な感じはする。タンクトップの上にキャラクターが描かれたぶかぶかのロングTシャツを着けていた。明らかに寸法違うだろ。七分丈の綿パンツも妙にぶかぶかに見える。だぼだぼな感じを演出してるのか?

 それにTシャツに描かれているキャラは、確か馬鹿売れしてる漫画に出てくる愛くるしいマスコットキャラだ。 アニメにもなっているその漫画は、中高生を中心に大人気で関連グッズも多い。


 彼女は両手で眼鏡をくいっとかけなおすと、俺に微笑みながら声をかけてきた。

「おはようございます。木崎明人さんですか?」 

「おはよう。そうだけど」

「兄がいつもお世話になってます。妹の綾乃です。初めまして」

 深々と頭を下げて挨拶してくる。俺もつられて頭を下げる。礼儀正しい妹さんだ。とても太一の妹とは思えない。

 ちょうど頭を上げた時に太一が玄関から出てきた。


「明人、今日は一丁頼むわ」

「あいよ。早めにやっつけちまうか」

「もうお兄ちゃん、頭ぼさぼさじゃない! ちゃんとしてよ。みっともない」

 兄のだらしない姿を見て恥ずかしく感じたのか、赤面しつつ太一に怒っていた。


「綾乃は黙ってなさい。今日、兄ちゃんらはお前の棚を作るんだからな。偉そうにしない。どうせお前、また外面よくしてたんだろ? げふっ」

「あら? お兄ちゃんどうしたの?」 

 うわー、俺から見えないような位置に身体を被せてから、一瞬で太一にボディブローを食らわしてる。しかも食らわせた本人が心配を装うとは、この子怖い。

「あ、明人。と、とりあえず、上がってくれ」

 痛みに耐えながら太一は言う。お前、打たれ慣れてるのか?

「あ、あの明人さんって呼んでよろしいですか?」

 綾乃は緊張気味な顔で尋ねてきた。俺としては全然問題ない。

「ああ、いいよ。えと、俺は綾乃ちゃんでいいかな?」

 俺が言うとほっとしたようで、にこりとすると、

「それで結構です。どうぞ、お上がりください」

「綾乃~、俺と明人じゃ随分と態度が違うじゃねえか? あいたっ!」

 うわ、今度は振り向きもせずに脛に蹴り入れてる。

 綾乃ちゃんマジ怖い。


 綾乃に導かれて玄関に向かう。

「おじゃまします」

「……妹に虐げられる兄って可哀想だよな?」

 しゃがんで脛を押さえて涙目になりながら俺に訴える太一。

「お兄ちゃんは大変だな。でも綾乃ちゃん可愛いから許せるだろ?」

 俺がそう言うと、綾乃は頬を赤く染める。

「ええ~。可愛いだなんて、そんな照れますー」

「ぶるな、クソが。ぐぉ!」

 余計な一言で手傷を増やす太一である。いい加減学習すればいいのに。

 しかし、太一がしゃがんでいたとはいえ、今のエルボーも綺麗に側頭部に入ってたな。綾乃は格闘技でもやっているのか? 

「なあ、太一。綾乃ちゃん格闘技でもやってるのか? 妙に技を掛け慣れてるようだが」

 綾乃に聞こえないように注意しながら太一に囁く。

「やってねえよ。あいつ、ゲームとかアニメとかの真似して吸収してんだよ。何度、実験台にされたか……」

 太一もさすがにこれ以上ダメージを受けたくないのか、綾乃に聞こえないように俺に囁き返す。

「格闘技やってないのにあの動きかよ。どんだけ研究してんだ」

 綾乃の身体能力は計り知れないものがありそうだ。


「散らかってますけど、どうぞ」

 俺は綾乃に案内されるまま、二階の部屋に入る。

 太一の部屋かと思えば綾乃の部屋だった。

 女の子の部屋に入るのは緊張したが、彼女が好きなのであろう漫画のカレンダーが飾ってあったり、そのキャラクターの小さな人形が部屋のあちこちに飾られていて、趣味部屋としても機能していた。

「綾乃ちゃんは漫画とかアニメ好きなんだね」

 視界に入ったカレンダーを見ながら言うと、

「はい! 大好きなんです。子供っぽいですか?」

「いや、そうは思わないよ。好きなものを好きって言えなかったら駄目でしょ」

 正直な感想を述べると、綾乃は嬉しかったのか満面の笑みを浮かべる。

「綾乃の趣味は男向けの漫画やアニメが多いんだよなー」

 寝癖部分を手櫛で直そうとしながら太一は言う。

「男の兄弟がいたら、その影響はあるんじゃないか? 確か太一、この漫画が載ってる雑誌、毎週買ってたろ」

「あー、買ってる、買ってる」

「私が漫画とか好きなのは、兄のせいですね。それは間違いないです」

「え? 俺のせいなの?」

「そうだよ。お兄ちゃんのせいなんだよ。だからお兄ちゃんは、私をイベントとかに連れて行く義務があるの。わかった?」

 とりあえず、太一のせいにしておけば万事うまくいくらしい。

 この兄妹のお約束事なのだろう。

 お読みいただきましてありがとうございます。

 次回もよろしくお願いします。

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