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帰路  作者: まるだまる
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335 慰安旅行編13

 私服に着替えて食堂に行くと、春那さんと愛が二手に分かれて、料理を始めていた。

流石に22人分ともなると量が半端ではなくなるようで、材料も山盛り。


 愛は華麗な包丁捌きで鮭を下ろしている。

 あんな大きなの下ろせるんだ? 

 部位に応じて包丁を使い分けているけれど、よくあれだけ綺麗に捌けるもんだ。

 取った身肉を厚めにスライス。どうやらこれが朝食のメインで塩焼きにするらしい。


 春那さんは卵を片手でパカパカ割ってボールに投入。

 砂糖、醤油で味付けして掻き混ぜる。

 どうやら卵焼きを作っているようだ。

 

「明人さん、おはようございます。早いですね」

「ああ、最近、朝に走ってるから、それでね」

 

「朝食までもうしばらく時間がかかるので待っていてくださいね」

「俺も何か手伝おうか?」

「いえいえ、春那さんも一緒ですので大丈夫ですよ。でも、食器を用意していただけると助かります」


 話しながらでも手が止まってないのが凄いよな。

 食器くらいお安い御用ですよ。ちゃんと頼むところは頼むって姿勢はいいよな。

 もし愛と結婚したら、一緒に台所に立つのも楽しそうな気がする。


「春那さん、魚捌けました。焼きに入りますね」

「はいはい。こっちは卵焼き終わったら汁物に移るから、そっちはほうれん草もよろしく」

「はーい分かりました。明人さん角皿を人数分お願いします」

「はいはい。えーと、これでいい?」

 食器棚にしまってある20センチほどの角皿を愛に見せる。

 愛は親指を立てて「ばっちりです」とほほ笑んだ。


 火にかけていた大鍋がぐつぐつと音を立てて沸騰し始める。

 愛は魚の火加減を見たあと、すぐに水洗いしたほうれん草を大鍋に投入。

 すぐさま菜箸を用意して何やらぶつぶつと呟いてる。


「――ままぐろまぐろ、ままぐろまぐろ。ほれほれとほほ、ほれほれとほほ」

 何だかリズミカルに口遊んでるけど、何かの呪文か?

 

「――ちゃいちゃいぱぱぱい、ちゃいちゃいぱぱぱい!」

 最後の声を少しだけ甲高い声で言い切ると、ほうれん草をすくい上げる。

 素早くざるに取り冷水で締め、魚の焼き加減を見ながら一枚一枚丁寧に水気を取っていく。


「さっきの呪文みたいなの何?」

「あれですか、適当に言ってるんですけど、同じような言葉を二回ずつ言うと、大体三秒なんですよ。時計代わりに使ってるんです」

 適当なのか。よくあれだけ次から次へと出てくるもんだ。


 春那さんは卵焼きを作り始めて、ブロック状の卵焼きがどんどん作成されて行く。

 出来上がった卵焼きをまるでキャンディでも包むみたいにラップできつめに巻く。

 冷ましつつ卵焼きを引き締め、こうすることで切る時に形も崩れにくい。

 

 早いな。あっという間に11本か。手際が良すぎだな。

 俺がやっても同じ時間で半分も作れないだろう。  

 

 卵焼きを作り終えると冷ましている間に汁物作り。

 どうやら材料を見る限り、愛が捌いた鮭の残り身とあらを使うようだ。

 へー、鮭って骨も何もかも使えちゃうんだ。

 

 愛の方も順調にほうれん草のお浸しと鮭の塩焼きが出来上がりつつある。

 焼きあがった鮭を角皿に乗せるのは俺が引き受けた。

 春那さんなら、鮭の切り身と卵焼きは一緒に角皿に乗せるはず。

 なら、鮭は少し手前で卵焼きを置くスペースを確保した位置にしよう。

 料理って見栄えも大事なんだよな。見栄えがいいとそれだけで食欲が増す。

 

 俺も自分で料理を作っていたけれど、そういうのは気が回らなかった。

 食べたら一緒なんて思ってたけど、春那さんの手料理は毎回見栄えがいいので、この一手間の違いが大きな差になるのだと気が付かされた。料理は芸術という話を聞いたこともあるけれど、あながち間違いじゃない。


「明人さん、次は小鉢をお願いします」

「あいよー」

 

 愛は俺が用意した小鉢をちらっと見ると、水気を取ったほうれん草を軽く束ねてカットしていく。

 適当に切っているように見えて、ほぼ同じ寸法なんだよな。

 俺が用意した小鉢に、カットしたほうれん草を入れていく。小鉢のサイズにドンピシャだ。

 プロだなと思う瞬間だ。器にあった大きさにちらっと見ただけで合わせるなんて。

 

 鰹節を小さなボールにばさっといれて、箸でつまんだ分だけほうれん草の上に乗せる。

 こうすると、等分に乗せやすくなるそうで、これも見栄えが良くなる。

 こういう一手間か。俺も見習おう。

 小鉢の中のほうれん草のお浸しを見ると、センターには鰹節が盛られ見栄えもばっちり。

 思わず感心してしまう。頼んで俺もやらせてもらった。

 綺麗に仕上がるとなんだか嬉しいもんだ。


「明人君、もうそろそろこっちは問題ないから、皆に朝食の準備がもうすぐ終わるって言って回ってくれるかい」

「はい、分かりました」


 皆のいる部屋へ向かう途中、文さんに遭遇した。


「お? 明人君早いね。おはよう」

「文さんおはようございます。もうすぐご飯できますよ」

「だと思った。いい匂いしてるもん」


 どうやら魚を焼く匂いをかぎつけたらしい。

 ところで文さん何でそんなに元気なんですか?

 春那さんでも酒が残ってるって言ってたのに全然酒臭くない。


 文さんと分かれたあと、それぞれのドアをノックして回る。

 すぐに返事があったのは高槻さん、由美さんと涼子さんの部屋。

 ノックするとすぐに顔を出してくれた。

 それぞれにもうすぐ朝食の準備が終わることを伝える。

 

 ノックして少し経ってから出てきたのは店長。顔がまだ寝てる。

 朝食ですと言うと、顔だけ二度三度頷いた。

 どうやら家族揃って朝は弱いらしい。


 ノックしても反応がないのが前島さんの部屋とアリカ、美咲の部屋だった。

 美咲はもう予想がついているので後回しにしよう。

 前島さんの部屋をそっと開けてみると、酒の匂いが部屋からもわっと出てきた。

 覗き込むと床に倒れた状態でふたりは寝ていた。

 ああ、これもう完全に潰れてる気がする。

 

「前島さん、立花さんおはようございます。朝ですよ。もうすぐご飯できますよ」

「うん? おう、もう朝か」


 体を揺すって声を掛けると前島さんはむくっと起き上がった。

 なんだ? 潰れてると思ったらやけにすっきりとした顔してるな。

 それは立花さんも同様だった。


「うん、やっぱりアレを飲むと酔いが一気になくなるうえに目覚めがいいな」

「だな。これで今日もばっちりだ」

「昨日は相当飲んだんじゃないですか?」

「飲んだのは飲んだが、部屋に戻ってきてから立花と二人でアレを飲んだからな」


 指差した先には高槻さん特製ギガマックスが置いてあった。

 どうやら、この二人は酔いつぶれたんじゃなくて、アレを飲んでそのままここでダウンしたらしい。


「……よく飲む気になりましたね」

「慣れると癖になるんだ」

「飲んだら体調がよくなるのも確かだしな」

 どうやら、この人たちは大事な何かを失っているようだ。

 とりあえず起きたので、次の部屋に移動。


 コンコンとアリカの部屋を叩く。

 出てこない。まだ、寝てるのか?

 中で動きがないか、ドアに耳を傾けてみる。

 ん? 何か聞こえる。


「……助けて」


 今の声は響だ。中で何が起きてんだ?

 ドアを開けてみると、響がアリカに袈裟固めされた状態だった。

 完全に極まっているようで響は動けないらしい。

 

「起こそうとしたらやられたの」


 なんかこの旅行って響がやられっぱなしな気がする。


「おいアリカ、お前何やって……ん?」


 これ寝ぼけてるのか?


「無意識でここまで綺麗に極めるってそうそうないと思うの」

「……へへ、あいむちゃんぽん」


 アリカがにやつきながら寝言を呟いた


「「……」」


「響、アリカが起きたら「長崎名物」って呼んでやろう」

「賛成するわ」


 それから何度か声を掛けているうちにアリカはようやく目覚めた。

 目覚めて俺の顔を見た途端、いきなり殴られた。

 俺が何をした。


「ううっ、明人に寝顔見られた……」

「そんなもん気にするな。もうすぐ朝食だぞ、長崎名物」

「長崎名物のせいで酷い目にあったわ」

「みんなもう先に行ってるから長崎名物も行けよ」

「長崎名物行くわよ」

「……あんたたち、さっきから何言ってんの?」


 このあと、太一を起こしに移動。

 ついでに昨夜、俺をアリカの部屋に置き去りにした恨みも晴らすついでに、蹴飛ばしベッドから落として起こす。何かぴくぴくしてるけど、まあ、これで起きただろう。


 それから美咲の部屋へ移動。


 美咲の部屋をノックするが、相変わらず返事がない。

 晃は起きていると思ってたんだけど……。


 そっとドアを開けてみる。


 そこには晃が美咲のベッドの脇で幸せそうな顔して座っていた。

 ベッドを見てみると美咲が枕を抱えて幸せそうな顔をしている。

 流石に今日は卵になっていなかったか。


 しかし、柵のないベッドなのによく落ちなかったな。


「晃さん、もう朝食できますよ」

「……うん、分かった」


 なんか晃の様子がおかしい。なんかほわほわしてる。

 てか、足元に置いてあるタオルが血まみれなんですけど!


「晃さん怪我でもした?」

「あ、これ私の鼻血」


 鼻血?


「今日さ、起きたら美咲が床で寝てたからベッドに移したんだけど。そのときに美咲の浴衣がはだけちゃって、美咲の生おっぱいに包まれた。もう、私死んでもいい」


 この人本当に死んでいいと思う。


「何か音がしたから、美咲の浴衣直してそこに寝かせたんだけど。可愛くてずっと見てたの」


 どうしよう。この人俺の中で南さんと同レベルまでランキングが上がってきてるんだけど。

 和解したけど、また元に戻ろうかな。


 とりあえず美咲を起こすのを先にするか。

 この状態ならそれほど手間はかからないだろう。

 

「晃さん一回起こした?」

「拒否られた。だからずっと寝顔見てたの」

「――てことは、一回起きてるな」


 晃が来てからのパターンの一つ。


 晃が家に来てから、「今日こそは」といって美咲を起こしに行くが大体パターンは二つ。

 とことん抵抗されて時間切れになるか、もしくは一度起きてからの完全拒否。

 その度に俺が起こしに行く。今日は後者のようなので比較的楽。前者の場合は俺もてこずることが多い。


 俺は枕を抱えて眠る美咲に声を掛ける。


「美咲、朝だぞ。起きろ。もうすぐご飯だぞ」

「……んやあ」

「嫌じゃない。ほら、俺が起こしにきたぞ」

「……ん!」


 美咲は目を閉じたまま、片手を上げる。

 抱き起こせという美咲からの意思表示だ。

 どうも筋肉痛になった日に抱き起こしてからというもの味をしめたらしい。

 しょうがねえ甘えただな。

 俺は美咲の腕を首にかけ美咲を抱き起す。

 背後から殺気を感じるけれども、今はこっちを優先しよう。


「ほら、ちゃんと起きる」

「うへへへ、明人君だ、明人君だ。くんかくんか」


 抱き起すと今度はしがみついてきて俺の胸にすりつくように匂いを嗅いでいる。


「うん? お風呂入った?」

「ああ、今日も走りに行ってたからな。終わってから朝風呂した」

「うへへへ、ボディソープの匂いがする。くんかくんか」

「そういう変態ぽいの止めなさい。みんな待ってるから早くいくぞ?」

「……明人君からのハグは?」


 さっきから背後で殺気が上昇してるから手早く終わらせたい。

 段々、禍々しくなってきてるから流石に怖いんだよ。

 お読みいただきましてありがとうございます。

 次回もよろしくお願いします。

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