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帰路  作者: まるだまる
338/406

334 慰安旅行編12

 俺が何をした?

 何故か、簀巻にされて通路に転がされています。

 誰か助けてください。


 さっき文さんが通りかかったけれど。

「なになになーに? 楽しいことしてんねー」

「ここから出してください」

「えー、簀巻だよ? そんなの滅多に見れないのに。解いたら文さんつまんなーい」


 酔っぱらった文さんはご機嫌な顔でそう言って俺を放置したまんま戻っていった。


 あの酔っ払いが……。

 家に帰ったら、文さんが大事に保管している大吟醸に安物の酒を混ぜてやる。

 

 しかし、太一と長谷川はどこに行きやがった。

 あの状況で俺を置いていくなんて、おかげで軽く自決を選びかけたぞ。

 あれからちっとも戻ってこないし。

 

 くそう、アリカと綾乃もあそこまで怒らなくてもいいじゃないか。

 特にアリカのやつ、人を簀巻にしたあとボコスカ蹴りやがって。


「あった方がいいと思うけど、なきゃないで需要はあるよな。貧乳好きも世の中にはいっぱいる」


 あの状況での回答としてはまともだったと思うんだけどな。

 やっぱりあれか、貧乳って言ったのがまずかったか?


 あれからアリカの部屋はえらく静かだけれど、中の状況が全く分からないだけに不安だ。

 もしかして、相討ちしたか?

 美咲は布団にくるまっていたから、下手するとそのまま寝たかもしれないな。

 

 誰か出てきてそろそろ解いてくれないかな。 

 簀巻状態に慣れ、そのままくつろいでいた俺は、誰かが出てくるのを期待して待っていたが、いつしか寝てしまっていた。


 ✫


 目が覚めたとき、何故か俺は自分の部屋のベッドで寝ていて、隣のベッドでは太一が大の字になって寝ていた。まるで昨日のことが夢だったような気もした。


 ベッド脇に俺を包んでいたと思われる布団とビニール紐が落ちていた。どうやら夢じゃなかったらしい。多分、俺を回収してくれたのは太一だろう。その太一は自分のベッドでだらしない顔してぐっすり眠っている。


 カーテンを少し開けてみたら、外は明るくなってきているけれど、空は薄暗い。時計を見ると5時を回ったところで、日の出を迎えてそれほど時間は経っていないようだ。これは早く目が覚めすぎだろ。

 

 アリカたちの部屋に行ったのは11時頃だったから、時間的に6時間近くは寝ているはず。

 この目覚めのスッキリ感は何だ? あれか? あのドリンクのせいか?


 最近の日課としている走りに行くことにした。

 春那さんも付き合うとか言ってくれてたけど、昨日は飲みまくってたみたいだからあまり期待はしないでおこう。こういう時くらいしか、あそこまでは飲めないだろうし。たまには羽目を外したいだろう。

 太一を起こさないように、荷物の中から運動着を出して静かに着替える。


 下の食堂に行って、少しだけ春那さんが起きてくるのを待つことにしよう。

 相当飲んでるだろうから、起きてこないかもしれないけれど。

 その時はその時で俺一人で走りに行けばいい。

 

 食堂に行ってみると人の気配がする。

 誰かと思って見てみたら、そこにいたのは浴衣姿の春那さんだった。

 いつもと格好が違うからか色っぽいな。


「おや? 明人君おはよう。随分と早いね?」

「春那さんこそ、まだ日の出過ぎたくらいですよ? ちゃんと寝たんですか?」

「4時間くらい寝たよ。体にお酒は残ってる感じだけどね。水を飲みに来たんだよ。明人君は準備よしって感じだね」


 春那さんは俺の格好を見て、着替えてくるから待っててと言って部屋へ戻って行った。

 すぐに着替え終えてきた春那さんと一緒に体操してから、海岸に出て砂浜を早朝ランニング。

 ゆっくりのペースで足元をしっかり踏みしめて走る。

 砂がクッション代わりになるので足腰への負担は減るらしい。


 大人たちの飲み会で文さんがまた暴れたらしく、付き合わされたらしい。

 最後はルーとクロを思い出して泣き出してしまい、自分の携帯に保存してあるルーたちの動画を見るまで大変だったようだ。あいつら愛されてるよな。


「さすがに今日は酒臭いのが自分でも分かる」

「どんだけ飲んだんですか」

「夜は一升瓶2本とワイン3本くらいだよ」


 この人たちはいつか体を壊すと思う。


「前島さんらも由美さんらも途中で死んだし、生き残ったのは高槻さん夫婦くらいだったね

「店長は?」

「少しだけ付き合ってもらって、すぐに高槻さんが家族と一緒にいてやれって追い出したよ」

「高槻さんらしいですね」

 

 話しながら砂浜の端まで行って別荘に戻ってきた。

 往復20分ほどで、距離はいつもより短かった気がした。

 ゆっくり走っていたので軽く汗をかいた程度だ。

 朝の日光を浴びながら潮風の当たる砂浜のランニングは気持ちが良かった。

 

 少し汗をかいたので、できればシャワーを浴びたい。

 そう思っていると、春那さんがくいくいと袖を引っ張る。


「明人君、お風呂行こう。お風呂」


 そう言って、いつもと違った笑みを浮かべた春那さんは、なんだかいつもより子供っぽく感じた。

 

 何でもこの別荘の大浴場は24時間入れるらしい。

 朝っぱらから大きな風呂に入れるというのも、旅行ならではという感じがする。


 俺も同意して、それぞれ部屋に戻って風呂道具を用意して大浴場へ移動。 

 先の用意ができていたのか、通路で待っていた春那さんの雰囲気が少し違った。

 珍しく鼻歌交じりで、どうやら朝からお風呂は春那さんも嬉しいらしい。

 手に持った風呂道具をフリフリしながら、まだかまだかと俺を待っている姿が妙に可愛く見えた。


「お待たせしました」

「よし、すぐ行こう。早く入らないと7時前には愛ちゃんが起きてきちゃうからね」


 大浴場までの通路を通り、男湯の入り口に到着。

 

「じゃあ」

「うん」


 男湯の入り口をくぐる。


「ん?」


 くるりと振り返ると、春那さんが笑顔のままついてきている。


「何してんすか?」

「え? お風呂……」


 きょとんした顔で言う春那さん。 

 

「ここ男湯っすよ?」

「……うん。知ってる」


 あ、これ素だ。素で言ってる。


「……もしかして、一緒に入る気だったんですか?」

「………………違うのかい!?」


 俺の言葉を脳内でリピートしなおしたのか、じっくり考えてから目を見開く春那さん。

 この人は何を期待していたんだろう?


「一緒に入れると思って期待してたのに!」

「期待する方がおかしいわ!」

「……明人君はこの広いお風呂に一人で入るつもりだったのか?」

「そのとおりですけど? 他にどんな選択肢があるか教えてもらっていいですか?」

「私と混浴するって選択肢があるじゃないか。誘ったら二つ返事だったから、てっきり明人君もそのつもりだと……うん、明人君ここまで来たんだからもう諦めて一緒に入ろう」


 この人、実はまだ酔っぱらってるんじゃないだろうか?


「お断りします。自分の性癖分かってます? スイッチ入ったらやばいの分かってるでしょ?」

「たまにはいいじゃないか。私だってたまには我儘くらい言いたい」


 いつもの格好いい春那さんはどこへ行った。


「大声出しますよ?」

「……普通、立場が逆だと思うんだけど。…………しょうがない。本当はすごくすごくすっごく嫌だけど、諦めるとするよ」


 渋々、春那さんは男湯を出て行った。

 旅行のせいなのか、春那さんといい、文さんといい、いつもと違う。

  

 頭と体を洗ったあと、湯船へとゆっくり身を沈める。

 朝からこんな広い風呂を独占できるなんて贅沢の極みだ。

 

 湯水が体に染みこんでくるようで気持ちがいい。

 しーんとする浴場内に湯気がモクモクとあがる。ときおり天井に溜まっていた滴が落ち、ぴとんと音が聞こえる。なんて贅沢な時間の使い方だ。

 心地よい時間に浸っていると、脱衣所からカタンと音が聞こえた。

 誰か入ってきたのか?

 朝から風呂に入ろうだなんて、同じ考えを持った人がいるらしい。

 からからと入り口が開く。


「来ちゃった」

 

 そう言って入ってきたのは体にタオルを巻きつけた春那さんだった。

 おい、今の声はどこから出した。

 そんな猫なで声、今まで聞いたことないぞ。

 

「待て春那さん、これはまずい。非常にまずい。いくらみんなまだ寝てるとはいえ、これはまずい」

「私は明人君とお風呂に入りたいんだよ。大丈夫、変なことしないし、これも取らないから」


 そう言って自分の体に巻き付けているタオルを指差した。

 

「いや、それでも、もし誰か来たらどうするんですか」

「その時は大声で叫ぶ」  

「俺が悪者になるじゃねえか!」


 あ、やばい。変な言い方したら春那さんのスイッチが入っちまう。


「明人君……これはもしかして焦らしプレイいうやつか?」


 うん、諦めた。

 これ以上揉めてスイッチが入る前にさっさと済ましてしまおう。


「分かりましたよ。本当に余計なことしないでくださいよ。変なことしようとしたら本気で大声で叫びますからね」

「物分かりがいい明人君は好きだな」


 春那さんはそのまま浴槽へ近づく。

 よくよく見ると春那さんの髪やタオルはすでに濡れている。


「春那さん、もしかしてその格好で女湯から来たんですか?」

「うん。ちょっとドキドキした。通路、少し濡らしちゃったよ」

 

 春那さんは笑いながら答えると、少し距離を置いて湯船へと体を沈めた。

 

「明人君、目が泳いでるよ」

「気になるのは当たり前でしょ。どこ見ていいか分かんないし」

 

 春那さんからふふっと笑い声が聞こえた。


「まさか、春那さんがこんなことするなんて思わなかった」 

「たまには、私だってはめを外したいんだよ」

「俺にはしょっちゅう外してるような気もしますけど?」

「言うねえ。明人君も悪いんだよ。私の琴線を刺激するんだから」

「俺はそのつもりないですけど?」


 俺、何してるんだろう。

 春那さんが押し入ってきたとはいえ、春那さんと混浴か。

 嬉しいような困ったような。

 タオルで体を巻いて隠しているとはいえ、肩とか鎖骨のラインとかは見えていて、それだけでも十分色っぽい。

 

「明人君はこの旅行楽しいかい?」

「楽しいですよ。まあ、昨日は簀巻にされましたけど」 

「何それ? 明人君は私に内緒でそんなプレイをしてたのか?」

「何でもそっち方面に持ってかないでください!」


 腕を枕に浴槽の縁で気持ち良さそうな春那さん。

 同じものを食べているはずなのに、なんでこんなに肌が綺麗なんだろう。

 きめ細やかな肌は水を弾き、小さな玉となった水はその肌を滑るように転がっていく。

 体の中の毒素をゆっくりと吐き出すようにほうっと息を吐く。

 ただ、それだけの仕草がとても妖艶な姿に見えた。


「…………明人君、美咲と何かあったかい?」


 唐突に、それは本当に唐突に聞いてきた。


「……何かって何もないですけど? 今は晃さんがいるから一緒にいる時間は短いですけど」

「……何かね、ちょっと気になるんだ。晃が来てから何だか美咲が変わった気がしてね」

「春那さんから見てどこが変わったんです?」

「預かったばかりの頃の美咲と同じ感覚がするんだよ」

「同じ感覚?」

「私の気のせいだったらいいんだけどね。気にしないでくれ、変なこと聞いてすまない。……さて、そろそろ明人君との混浴も堪能したことだし、先に上がるよ。もうすぐ愛ちゃんが起きてくる時間だろうし」


 春那さんはばしゃっと音を立てて立ち上がる。

 お湯をたっぷり吸ったタオルが、春那さんの体に密着しボディラインを浮かばせる。

 もし女神というものが実在したら、こんな感じじゃないだろうかと、つい見惚れた。 


「明人君、そうマジマジと見られたら体が火照るじゃないか。スイッチ入ったらどうにかしてくれるのかい?」


 春那さんはいつもからかうときと同じ笑顔で言った。

 

「明人君はゆっくりしておいで。8時には朝食だからそれまでには上がるんだよ」


 すぐには上がれませんよ。だって春那さんが脱衣所で着替えてるでしょ?

 春那さんが着替えて出ていくまでは、ここで贅沢な時間を再び味わっておこう。


 のぼせなかったらいいけど。 

 

 それにしても、不思議と二人きりの時はスイッチが入らないんだよな。

 ちょこっとだけ、ほんのちょこっとだけ期待した自分が恥ずかしい。

 お読みいただきましてありがとうございます。

 次回もよろしくお願いします。

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