332 慰安旅行編10
別荘の中の大浴場。
これはいい。これはいいぞ。
旅館用に建てられただけあって浴室の中は広い。
完全分離しているのか、響のじいさんちみたいに壁は薄くないようで、女風呂から話し声とか聞こえてこない。間に何かあるようだ。
「明人、ここの風呂は女風呂覗けねえぞ?」
立花さんが頭をワシャワシャ洗いながら言ってきた。
「そんなこと考えてませんから!」
「おいおい、若者らしくねえな。男はロマンを求めてなんぼだぞ」
そんなことしたら家から追い出されるわ。
「そういや、あんまり聞かなかったが、春那や美咲と一緒に暮らし始めてどうなんだ?」
浴槽に肩まで浸かった高槻さんが聞いてきた。
「楽しいですよ。一人で暮らしていた時と比べれば全然寂しくなくなりました」
「そうかい。そりゃあ、良かったな。春那はしっかりしてるし、文もああみえて面倒見がいいからな。美咲も明人もああいう大人になれよ」
酔っ払いとドMにですか?
それは勘弁してもらいたいです。
まあ、確かに文さんも春那さんも俺たちをしっかり見守ってくれているのは分かる。
本当に頭が上がらない。
「しかし、明人はあんな奴らに囲まれて、よく我慢できるな」
「どういう意味です?」
「春那も美咲も綺麗な顔してるし、文だって悪くねえ。それに春那なんてあんな乳してるだろ? お前毎日処理が追い付かねえんじゃねえかって思ってな」
高槻さんの言いたいことは分かる。
でも、俺はそのことをなるべく意識して考えないようにしている。
一緒に暮らし始めて困ったのが、やはりそこのところだ。
春那さんは襲ってくるし、美咲はくっついてくることも多い上に、無防備なところもあって、目のやり場に困ることがある。
下着自体ならただの布切れだと思えるが、身に着けているときは違う。
これまた美咲は可愛らしい下着や過激なタイプの下着が多いので困る。
その辺りで言うと隙が無いのは文さんだ。
普段はだらしがない恰好をしていても、ちゃんと隠すべきところは隠しているし、春那さんや美咲みたいにノーブラのまま俺に触れてきたりはしない。
無防備なところを俺に見せない。
ちゃんとした保護者の立場でいるというのは、俺でも理解できた。
理解という点では、文さんや春那さんも、俺――いや、青少年を理解してくれているなと思える節がある。
何故だかは知らないが、俺が寝ると言って部屋に入ったあとは誰も俺の部屋へ訪れることはない。
一人で部屋にいる時にその日に起きたことを思い出してしまい、悶々とすることだってある。
どうやら、あっちも気を遣ってくれていると俺は踏んでいる。
美咲はともかく、文さんと春那さんには、とっくにばれてんだろうな……。
何も言わない優しさに俺は包まれている。もう一つ感謝しよう。
「……いやはっは。その顔見たらどうやら明人もちゃんとした男みてえだな。安心した。ちゃんと避妊はしとけよ?」
「そういうことしてませんから!」
「おう、そういえば太一。お前が連れてきたあの子、長谷川って言った子。随分と仲がいいみたいだが、お前のコレか?」
高槻さんはそう言って湯船の中から小指を立てて聞いた
「違いますって。中学の時に同じクラスで、ちょっと世話になったんすよ……色々と。母さんと綾乃も長谷川の事はよく知ってるから今回連れてきただけで、俺の彼女じゃねえっす」
「そうなのか? それはともかく、あの子も乳がでかいよなー」
「でかきゃいいってもんじゃないと思うんすけど」
あれ? 巨乳好きの太一のはずがなんで長谷川は対象外なんだ?
何か違和感を感じる。
「おい、立花。そろそろそこでウジウジしてるウドの大木をなんとかしろや。見てて情けねえぞ」
洗い場の隅っこで一人落ち込んでいる前島さん。
大きな体を小さなスポンジで、ちまちまゴシゴシと体を洗っている。
あの周りだけ随分と暗い雰囲気が漂っている気がする。
「うーん、奈津美ちゃん怒ってましたからね~。これは展開的に悪いですね~。女絡みですし」
「……抱いてなだめろ」
「ああ、立花君が由美ちゃんの部屋に行けば、おのずと前島君と二人になれますね~。カップル同士そこでするのもありですね~」
オーナーと店長もえらい簡単に言うな。
一応、青少年の前だということを自覚してください。
前島さんたちの部屋は俺の部屋の隣なんですよ?
もしアレしてる声とか聞こえて来たら、俺は奈津美さんの顔を見れなくなる。
「そういう度胸が前島にあったら、苦労はしないぜ?」
「……そうだな」
「まあ、することはしてんだし、さっさとプロポーズしちまえ」
そうだよな。前島さんと奈津美さんは同棲しているんだし……することはしてるんだよな。
まだ俺には未知の世界だけれど。
「どうせこのあとは文が飲みなおししようって言ってくるだろうから、あいつらを交えて飲みなおしだな。その時にでもちゃんと謝って仲直りすんだぞ?」
「は~い……わかってやす」
図体はでかいの小さくなって答える前島さんだった。
本人的にも何とか成功させようとは思ってるんだろうな。
✫
寝間着代わりのジャージを着ようとしたら、オーナーに止められた。
オーナーは俺に折りたたまれた衣類を差し出す。
これ、旅館とかに置いてあるような浴衣だ。
どうやら全員分用意しているようだ。
浴衣に袖を通し帯を締めると、ますます旅行に来たんだなって気分になった。
通路に出ると、ちょうど響と愛とアリカが女湯の入り口から出てきていた。
アリカが随分ぐったりしているけれど、何となく何があったかだけは想像できる。
しかし……まさか女子にも浴衣を配っているとは。
オーナーも気が利いてるじゃないか。
「あー、明人さん!? 浴衣が似合いますね」
気が付いた愛がパタパタと駆け寄ってくる。
なんというか、お風呂上がりのせいもあるだろうけれど、愛の頬がほんのり桃色になっていて、いつもよりも可愛く見える。
男が青い縦縞模様の入った浴衣に対し、愛たちが着ているのは薄いピンクの縦縞模様の浴衣。
うんうん。なんかそれっぽくていいよ。
浴衣って下着を着けないとかいうけど、ここでは流石に着けているだろう。
俺の視線に気づいた愛が「おっ?」と声を上げて少し驚いたような顔をした。
「もしかして気づきましたか?」
「何が?」
「やっぱり分かりませんでんしたか。実はのーぶらです。下は着けてますけど」
マジですか!?
くそ、意外と浴衣の生地が厚いようで実際にそうなのかまったく分からん。
「でも失敗しました。浴衣と先っちょがこすれて少し痛いです。部屋に戻ったら下着つけちゃいます」
先っちょってどこの事ですか?
聞き直せないので具体的に言って貰っていいですか?
そういえば、アリカと一緒にいる響は、なんで俺に寄ってこないんだ?
愛は一目散に来たのに…………あいつ、壁にいきなり頭をがんがんとぶつけてるけど風呂で何かあったのか?
「なあ、愛。何で響は壁相手に喧嘩し始めたんだ?」
「あれ? 本当ですね。何かいつも以上に様子がおかしいのでちょっと聞いてきますね」
愛はまたパタパタと走って、響のところへ行くと首を傾げながら何か聞いていた。
何かを話していてお互い何度か頷くと、愛だけがまた戻ってきた。
「何でも明人さんの浴衣姿を見てむちゃくちゃ萌えたそうです。今、近づくと確実に襲うそうなので、必死に自分を抑えている最中だそうです」
この浴衣姿はあいつにとってご褒美だったようだ。人の琴線というのは分からんもんだ。
あいつ、もしかして和装姿とか好きなのかもしれない。
しかし、普段平気で人に抱き着いてきたりする癖に分からん奴だ。
ひょこひょことぐったりしたアリカが近づいてくる。
風呂上がりだからか、いつものツインテールじゃなくそのまま髪を下ろしている。
こうしてみると、凄い長いのが分かる。お尻近くまであるんじゃないか?
しかし、随分と疲れた様子だ。中で美咲に何かされたに違いない。
愛に聞いてみる。
「美咲か?」
「それもありましたけど。香ちゃんのぼせたんですよ。いつも長湯しないのに今日は長湯して」
やっぱ襲われたんだ。
「お疲れだな。風呂で疲れてどうすんだお前」
「……考え事してたのよ」
風呂でのぼせたからか、やけに顔が赤い。
「横になってた方が良くないか?」
「うん、ちょっと部屋で横になる」
「気分悪いなら運んでやろうか? お前、軽いし」
「……明人のエッチ」
あれ? なに今の可愛らしい言い方。
今のアリカの照れたような表情と言い方に何故だかドキッとした。
待て待て、俺はロリじゃないはずだ。
俺は浴衣姿に惑わされているんだ。
そうじゃないと――
「どうしたの?」
「明人さん?」
あれ? あれあれ?
おかしい。何故かアリカが可愛く見える。
いや、元々可愛い顔してるのは分かっているはずだ。
特に笑顔はいつも見ていたいと思うくらいに可愛い。
あれ? もしかして美咲の病気が感染したのか?
「いや、なんでもない」
「……変なの」
アリカはそのままひょこひょこと自分の部屋に向かって移動して行った。
「あ、香ちゃん待ってー。ほら響さん部屋に戻りますよ!」
呼ばれた響は壁際をつたいながら、何やらぶつぶつ言いながらこっちに向かってくる。
「おい響、大丈夫か?」
「こないで!」
声を掛けようとした途端、響に制止された。
「ごめんなさい。お願いだから今は近づかないで。もう抑えるのも限界に近いの」
と、言いながらも響の視線は俺の浴衣姿にくぎ付けだ。
響が拳をぎゅうっと握りしめて何かを堪えているのが分かる。
「今、私にその格好で近づいたら……明人君をめちゃくちゃにするわ」
めちゃくちゃって、いつもみたいにボロボロにされるって意味ですか?
「ごめんなさいね」
そう言って響は駆け出して愛と合流。
愛を急かすように部屋へと戻っていった。
まあ、俺に害はなかったのでそのまま見送ったのだが。
アリカといい響といい何かいつもと違ったな。
さっきのアリカにドキッとしたのは何だったんだろう?
特に変わったことなんて何もなかったはず……だよな?
✫
風呂から部屋へと戻った俺はベッドへと身を投げ出す。
思ったより体が疲れてないのは、例のドリンクを飲んだからかもしれない。
少しして長湯していた太一が戻ってきた。
「あちい! ぬくもり過ぎた! やばい、これやばい!」
相変わらずうるさい奴だ。
太一も俺と同じように自分のベッドへと身を投げる。
長い付き合いだけど、こうやって一緒の部屋で寝るのは初めてだ。
今日の太一は俺の知らない部分を垣間見せた。
俺は知ってるようで太一のことをあまり知らないことを思い知らされた。
太一は話すと言ったけれど、俺から聞いてもいいのだろうか?
それとも太一から話すのを待った方がいいのだろうか?
俺は太一に何を遠慮しているのだろう。
太一はそういうのを嫌うやつだ。
「なあ、太一」
「明人が言いたいことは分かってるよ。宵物語には全然物足りねえけど、俺の昔話してやるよ? あんまり気持ちのいい話じゃないのは覚悟しておいてくれ」
太一は起き上がると、窓の外を見ながら言った。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。