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帰路  作者: まるだまる
334/406

331 慰安旅行編9

 この世には神業というものがあるらしい。

 それが今、俺たちの目の前で繰り広げられている。


 春那さんVS響の戦い。

 まず、じゃんけんがすごい。


「「じゃんけん、ぽぽぽぽぽぽん!」」

 

 言い切る前にあいこだと判断して次の手に変わってる。

 何、この達人じゃんけん。そういえば遊園地に行った時も見たな。

 俺が知らないだけで女子には普通の事なのか?


 じゃんけんの決着がついても、そこで勝負は決まらない。

 ここからが神業たるところだ。

 スポンジ棒の攻撃。これもまた凄まじい速度だった。

 多分、俺ならヘルメットを被ることすらできずに叩かれているだろう。

 

 だが、響も春那さんもヘルメット被った上に相手の攻撃をしっかり避けていた。

 もう、これで8回目だ。

 じゃんけんの勝率は響が上手。8回中5回勝っている。

 春那さんも響も動体視力と反応速度の性能がいいせいか、防御を成功している。


 ちなみに、男の方はというと、前島さんがさっきから地面に寝そべって痙攣しているくらいで、目立ったことはない。まさか一発で負けるとは…………これやばいよな。


「立花、こうも長いと文さんつまんない。引き分けあるの? それともどっちも負け?」

「勝負がつかないのは想定してなかったんで、引き分けでいいと思います」


 立花さんの言葉に響と春那さんは「ふぅ」と安堵の吐息を漏らす。

 二人はしっかりと握手してお互いをたたえ合う。


「いやあ、響ちゃんいい反応だね? 驚いたよ」

「春那さんこそ、まさかフェイントまで避けられるとは思いませんでした」


 まだ勝負は残っているの忘れていませんか?

 これチーム戦だぞ? 


 次の勝負は俺と太一。嫌な時間がやってきた。

 俺はすでに先鋒の前島さんの敗北により後がない。

  

 前回同様、心を鬼にして勝たしてもらうぞ。

 どうして俺の相方になった人は負けるんだ?

 おかげでこっちは背水の陣で挑まなくちゃいけないじゃないか。 


 太一も前回のことがまだ記憶にしっかりあるようで、いつもみたいなふざけたような顔じゃない。

 今までにないくらい真剣な表情だ。

 

 しかし、春那さんたちの後というのはやりづらい。

 あれだけ神業を見せられてあっさりやられた日には恥ずかしいものがある。

 元々のスペックが違うとはいえ、できれば一発負けだけは避けたいところだ。

 

 おいおい、何を負けることを考えている。

 勝たなきゃいけないんだ。

 前島さんが負けた今、勝利しか俺には残っていないんだぞ。


 気合を入れろ。


 テーブルに着き、お互いの距離を測る。

 準備は整った。さあ、やろうか太一。


「「じゃんけんぽん」」


 一発で俺の負け。やばい!


 すぐさまヘルメットを被り、太一の振り下ろしてくる方向を確認し、頭をずらす。

 スパンっと快音とともに俺の肩に軽い衝撃がくる。

 危なかった。ヘルメットかすった。

 

 思ったよりも太一の動きは速かった。それだけ真剣なのだろう。

 仕切り直しの二回目。


「「じゃんけんぽん」」


 また負けた!? 

 先ほどと同様にヘルメットを被り、太一の振り下ろしてくる方向を確認し、右へ行く振りをしてすぐさま左へと頭をずらす。スパンっと快音とともに、先ほどとは逆の肩に軽い衝撃がくる。

 良かった。フェイントが成功した。

 仕切り直し三回目。


「「じゃんけんぽん」」


 また負けた!? 俺じゃんけん弱すぎだろ!


 焦ったせいかメットを取るのが遅れた。スパーンと快音とともに軽い衝撃が俺の頭に響いた。

 

「悪いな明人、今回は負けられねえんだ」


 勝者となった太一の言葉はやけに重く感じられた。

 俺の中に太一には勝てるだろうという慢心があったことに気が付いた。

 俺の完全な敗北だった。


 由美さんが紙コップにとくとくとくっと高槻さん特製ドリンクギガマックスを注ぐ。

 このコポコポ気泡が出ているの何でしょうか?

 それに妙にドロドロしてますよね?


 これはマジで飲み物なんでしょうか?


 コップを手に取ると、由美さんと奈津美さんが目にハンカチを当てていた。

 そんな悲しそうな顔をしないでくれますか?

 余計に怖くなるんで。


 これはゆっくり飲んだら駄目な部類だ。

 一気に飲み干して、あとは堪えればいいだろう。

 美咲の魔食で少しは耐性ができていると信じよう。

 

 そして、俺は一気に高槻さん特製ドリンクギガマックスを飲み干した。

 あれ? 思ったよりいける? もしかしてマジで耐性ついてるのか俺?

 

 甘いわけでもなく、苦いわけでもなく、ちょっと粘っこい感じはしたけれど、これなら耐えられ――無理でした。全身の毛穴がいきなり全開したかのようにちくちく痛み出して、汗も噴き出てくるのが分かる。

 美咲の魔食とは違った次元の揺らぎが俺を襲う。

 なにこれ、俺今立ってるのか? それとも、もう既に倒れているのか?

 俺、呼吸をしてるのか?――それすらも分からなくなった。


 ✫


 どうやら俺は気を失っていたらしい。

 

 俺の横には晃が寝かされていた。ああ、俺が倒れている間に負けたのか。

 ちくしょう、晃が負けたところ見たかったのに…………あれ?

 なんで晃の向こうに文さんまで寝てるんだ?

 確か、対戦相手同士だったよな?


「ああ、明人君目が覚めたかい?」


 俺たちの様子を見ていた春那さんが声を掛けてきた。

 どうやら俺はほんの少しだけ気を失っていたようで、それほど時間は経っていないらしい。


「あの、何で文さんまで?」

「晃に勝ったのは勝ったんだが、勝ち方がね……みんなで審議の結果、反則負けにしたんだ。それでペナルティで飲んでもらった」

「何したんです?」

「じゃんけんで勝ったあと、文さんが「美咲ちゃん、おっぱい見えてるよ!」って言ったんだ。もう分かるだろ?」

「それで、何で晃さんまで?」

「あれも馬鹿だから、負けは負けだからって一緒に飲んだ。結局引き分けに終わってしまったよ。女子の部は」

 あ、嫌なことを思い出させてくれた。

 俺、このあとまたアレを飲まなくちゃいけないんだ。


 起き上がると前島さんがものすごい無表情に俺を見下ろしていた。


「起きたか明人。さあ、僕と一緒に旅に出よう」

 誰この人? もう正気を失ってるの?


 前島さんは手にアレの入った紙コップを二つ持っている。

 起き抜けにこれか。きついな。だが勝負は勝負。

 負けた以上は義務を果たしてやるさ。


 ああ、前回前島さんと太一が最後に仲良く逝った理由が分かった気がする。

 俺は一人じゃないんだ。一緒に逝ってくれる仲間がいるんだ。

 そう考えると気が楽になった。


「行くぞ明人、新しい世界へ」

「はい、アニキ!」


 二人仲良く逝きました。


 ✫


 新しい世界の門をくぐり、未知の世界を旅したあと、俺は再び現世へと舞い戻った。


 不思議なもので、この起きた時の目覚めの良さはなんだろう。

 1回目もそうだったけど、やけにすっきりしているんだよな。

 高槻さん特製ドリンクギガマックスの効果かもしれない。

 

 起きたときには文さんも晃も復活していて、文さんは一升瓶を片手にオーナーの肩をバシバシ叩いてる。

 その反対側では涼子さんもオーナーの肩をバシバシ叩いてるけど、オーナー何かやったんですか?

 まあ、オーナーも困ったような顔はしていないので、気にしないでもいいか。


 晃は晃で相変わらず美咲にべったりくっつき、その美咲はアリカにべったりくっついてる。

 太一は立花さんと由美さんと何かを話し込んでいるようだ。

 愛と長谷川が響と綾乃に見守られながら、罰ゲームなしのじゃんけんぽかぽんの道具で遊んでいるけれど、長谷川それ自分から当たりにいってるぞ?

 

 うん? 何だか皆の視線がたまに別のところに向くな。

 俺が気づいたのも特に愛と長谷川の動きからだった。


 あっちに何が…………ああ、なるほど。


 前島さんがいないと思ったら、バーベキューエリアの隅っこで奈津美さんに膝枕されて横たわっていた。

 どうやらまだ目覚めていないようだ。

 奈津美さんは前島さんの額を愛おしそうに撫でながら顔を眺めている。

 

 何だよ、いい雰囲気じゃないか。どうせなら起きた時にそのままプロポーズしちゃえばいいのに。


『悪いな、俺大きいから重かっただろ』

『かまへんよ』

『ついでで悪いが、俺と結婚してくれるか?』

『……うん』


 みたいな感じだったら、奈津美さんだって素直に「うん」って言ってくれるだろう。

 流石にこういうセリフ回しは安直すぎるか……。


 道理で皆がちらちらと様子を見ているわけだ。

 特に愛と長谷川は露骨すぎるからバレバレだぞ。 

   

 奈津美さんが前島さんの顔に顔を近づけていく。

 お、これはもしかしてキスしちゃうのか?

 いくら暗がりにいるとはいえ、みんなが近くにいるのに意外と奈津美さんも大胆なんだな。


 あと少しというところで、前島さんがむくりと起き上がる。

 最悪なことに近づいていた奈津美さんに頭突きを食らわせて。

 あれは相当痛かったと思う。ゴンって鈍い音がここまで聞こえたし。

 当の奈津美さんは額を押さえてもがいてる。


 その様子を窺っていた皆が皆、落胆した表情で前島さんを見つめる。

 間が悪いというか、空気が読めないというか……。


 頭突きをされた奈津美さんは起き上がった前島さんに食って掛かり、ぽこぽこと腹を殴っていた。

 前島さんは状況が分からないようで、ぽりぽりと頬を掻いて奈津美さんの好きなようにさせている。

 どうやら前島さんには頭突きのダメージはなく、奈津美さんのパンチも軽すぎて痛くないらしい。


 不幸なことが起きたとはいえ、今の現状はプロポーズするのにいい環境じゃないかと思う。

 皆とは離れたところで二人きりでいる。これはチャンスとしか言いようがないだろう。

 

 前島さんが奈津美さんの両肩にそっと手をかける。

 おお!? これは行くのか。言っちゃうのか!?


 場の空気を感じたのか。

 皆の視線がおのずと前島さんたちに向けられる。

 その目には誰もかれもが期待した目を宿していた。


 ぼそぼそっと何かを前島さんが呟く。

 奈津美さんが顔を急に真っ赤にした。

 言ったか、これ!?

 

 奈津美さんは俯くと、思いっきり振りかぶって前島さんの鳩尾にストレートパンチを入れた。

 今のは綺麗に入ったようで、そのまま前島さんは崩れ落ちる。

 奈津美さんは崩れ落ちた前島さんを放置して、プンスカしながら戻ってきた。

 

 皆の期待していた目が一気に失望へと変わる。

 何やったんだ、あの人……。


 奈津美さんが由美さんに何やら愚痴を言っているようなので、耳を傾けてみると、

「あのアホ、「ふははは、ちびっ子のお前じゃ俺は倒せまい」とか言いやがって。人がチビなん気にしとんのに。思いっきり腹殴ったった。ざまあみさらせ」


 前島さん……あんたって人は……。

 このチャンスを自分で棒に振るとは……。


 そうか、顔が赤く見えたのは怒りでだったのか。

 紛らわしいにもほどがあるぞ。

 てっきり言ったと思って期待したじゃないか。


 なんで前島さんは良い雰囲気だったのに余計なこと言ったんだ? 

 もしかして、これか?

 皆が苦労したっていうのは、こういうことなのか?

 

 奈津美さんを怒らせてしまった前島さんがしょぼくれる中、高槻さんが前島さんになにやらひそひそと話しかけている。どうやら次の企画に向けて、とうとう動き出したようだ。

 

「よし、それじゃあ頼んだぞ。千佳でもできるようなやつも買って来いよ」

「分かりやした! おーい、奈津美ちょっと一緒に買い物付き合ってくれ」

「んん? かまへんけど、どこ行くん?」

「花火だ、花火を買いに行く」

「ああ、そりゃええね。ちょっと待って」


 なるほど、わざと前島さんたちを買い物に行かせて二人きりにさせる作戦か。

 たしかに、これなら前島さんの要望にも叶っているし、俺たちの視線を気にせずにいられる。

 現場を見れないのは残念だけれど、成功報告を聞いてからでも喜びは分かち合えるだろう。


 ✫


 …………遅い。


 確か、歩いても5分ぐらいのところに店はあったはず。

 花火の種類が少なくて、もう一つの店に向かったにしても、その先の店まで10分もかからない。

 花火を選んでたり、プロポーズに時間がかかっているにしても、もうかれこれ1時間近くになる。


 もう千佳ちゃん疲れてたから寝ちゃったぞ。

 店長の奥さん――佐恵子さんが千佳ちゃんを寝かしに部屋に戻っていった。


 痺れを切らした高槻さんが、今日はこのまま片付けて花火は明日することになった。


「もしかしたらうまくいって、何処かでしけ込んでるかもしれないしな。それならそれで構わねえしよ」 


 その言葉に皆もそれはそれでやむなしと納得したようだった。


 片づけをした後、大浴場に男女分かれて入浴し、それぞれ裸の付き合いをすることになった。

 その提案に誰よりも真っ先に飛びついたのは晃だったが、その理由については最早何も言うまい。


 家でも何度も美咲と一緒に入ろうとして、「いつも一緒にいるんだから風呂ぐらい別々に入れ」って春那さんに怒られてからな。たまに覗きに行こうとして、春那さんの逆鱗に触れることもあった。

 みんなで片づけをしていると、ようやく前島さんたちが二人揃って花火を手にして帰ってきた。

 

「前島さん! 随分と遅かったで…………」


 明らかに分かる奈津美さんの不機嫌顔。これはまた何かやったな?

 前島さんも困った顔をしていた。

   

「ど、どうしたんです?」

「どないもこないもこの男、うちの目の前でどこぞの女どもに声かけられて、「あのー、このお店ってどこか知りませんか?」って聞かれて、「ああ、俺が案内してやるよ」って、うちを放って道案内しに行きよったんや。うち一人でこの男が帰ってくるまで、店で花火選んどってん」


 そりゃあ最悪だ。

 いくら親切心でしたこととは言え、彼女を放っておいたらまずいだろ。

 

「まあ、それはええわいや。人に親切するんはええことや。でもな、帰ってきたときの言葉があかんわ」

「……」


 前島さんが更にしょぼくれる。相当、怒られたのだろう。


「……何て言ったんですか?」 

「こいつな……さっきの子ら、むっちゃくちゃ可愛かったなって言いよったんや。あほか、お前は!」

 

 また思い出して腹が立ったのだろう、前島さんに怒鳴りつける。


 ああ、アホですね。それは救いようのないくらいアホウです。

 それは奈津美さんが怒っても仕方がないことだ。

 せっかく、高槻さんがお膳立てしてくれたのを水泡に帰すとは……。


「皆も待っとるのにこんな時間になってしもうて。ごめんな、待ちくたびれたやろ?」

「いや、もう今日は千佳ちゃんも寝ちゃったし花火は止めて、片付けして皆で風呂にでも入ろうかってことになったんですけど」 

「ありゃあ、そら千佳ちゃんに悪いことしたなー。悟のせいやぞ」

「……すいません」


 この様子じゃあ、プロポーズなんてできなかっただろう。

 周りからも小さく「はあ」とため息のこぼれる音が聞こえた。


 よし、次いってみよう!

 お読みいただきましてありがとうございます。

 次回もよろしくお願いします。

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