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帰路  作者: まるだまる
333/406

330 慰安旅行編8

 太陽が水平線へ下り始め、青かった空がオレンジ色へと変わってゆき、東の空を段々と薄闇が覆い始める。

 八島の名前の由来でもある大小八つの島、夕日がその投影を浮かばせている。

 古き時代からそう呼ばれていたこの町の歴史を感じさせる綺麗な風景だ。

 さらに千佳ちゃんと一緒に作った砂の城が、夕日の光を浴びて陰影を濃くし趣のある姿になっていた。

 あれを作ったの俺たちなんだぜと自慢したくなるくらいだ。


 普通の状態でこんな風景や光景を見たらもっと感動していたに違いない。

 残念ながら今の心境ではそれも半分以下だ。 


 今の俺は首から下を完全に砂に埋められていて、顔だけが出ている状態だ。

 そのおかげでこの風景が見れたのかもしれないけれど、そろそろ砂の中も冷たくなってきたので早く出してほしいです。満ち潮も近いのでマジで危ない気もします。

 

「そろそろ出してもらっていいんじゃないでしょうか?」


 俺を埋めた張本人の狩人たちに聞いてみる。

 美咲、アリカ、響の三人の狩人たちは、俺の周りにしゃがみ込んで俺の様子を見ていた。

 

「どうしようか?」

「この変態を出すにはまだ早いと思いますが」

「もうちょっと躾が必要だと思います」


 こいつらの躾という名の拷問はえぐかった。

 

「さあ、海と言えば西瓜割りだよね。この横に並べよう」

 

 と言って、美咲がマジで西瓜を持って来たり。

 あのな、助言するのはスイカの位置であって俺の頭の位置じゃないぞ?

 一歩間違えれば殺人だぞ? 


 晃が美咲に付き合って残っていたのだけれど、意気揚々と西瓜割りに参加した。

 貴様、俺の真横に棒を落とした恨みは絶対に忘れんぞ。

 それと外した時に舌打ちしたのは聞き逃さなかったぞ。

 絶対に覚えとけよ。


「ねえねえ明人。ヤドカリ捕まえたんだけど」

 

 と言ってアリカが俺の耳元にヤドカリを持って来たり。

 普通、耳元に持ってくるのって中身の入っていない貝殻ですから。

 ヤドカリが中にいたらそれは耳元に持ってこないですから。

 何か耳元でギチギチと音がして、耳の中に入られそうで怖かった。

 そういう非人道的な行いは止めていただきたい。


「あらあら、水着がずれちゃったわ」

 

 と言って、響はわざわざ俺の目の前に横たわって胸の位置を直したり。

 その見えそうで見えないのは逆にそそるから止めてくれ。

 もうちょっと指をずらしてもらえると、お宝が見えるような気がします。

 俺が夜に寝れなくなったらどうする気だ。太一が一緒の部屋いるんだぞ。

 最後はちょっとラッキーだった気がするけど、とりあえず嬉しかったです。

 

 と、俺が動けないことをいいことに好き放題してくれた。

 

「反省したのかな?」

「海より深く反省してます」


「本当にしたの?」

「してます!」


「じゃあ、キスしてくれる?」

「します!」


「「ほほう?」」


「あっ、今の間違い、言い間違いだから!」


 響、お前ついでに余計なこと聞くんじゃねえよ!


「まだ足りないようだから、もうしばらくこうしてようね。明人君?」

「私的には出してもらえた方がキスしてもらえるんですけど?」


 勘弁してください。

 ところで、ここって満ち潮になっても本当に大丈夫な場所なんだろうな?

 さっきから下半身が冷たい感じがしてるんですけど。


 ✫


 ようやく砂から出してもらえた俺は狩人たちと別荘へと戻ってきた。


 大人たちはみんな酷いよな。

 俺が埋められてるというのにバーベキューの用意してくるとか言って、俺と狩人たちだけおいて先に帰っちゃうし。まさか太一や綾乃、長谷川まで先に帰ると思わなかった。

 愛は響がどこかへ行かないよう見張るために残っていたようだけれど。

 

 別荘の外にある温水シャワーで体中に着いた砂を洗い流す。

 長いこと砂に埋められていたからか体のあっちこっちが痛い。

 俺の傷ついた体と心を温水シャワーが癒してくれる。

 シャワーのすぐそばに別荘への入り口があって、そこにはタオルも置いてあった。

 タオルで体をぬぐい水気を取って自分の部屋へ移動。

 それから服を着替えてバーベキューエリアに移動した。

 先に帰った太一らが「腹へった―」とか言いながら待っていた。


 前島さんと立花さん、店長と高槻さんがそれぞれのコンロで炭を並べて火均ひならしさせている。

 

 厨房では春那さんらがオーナーが用意した肉や野菜などを準備しているらしい。

 せっかく手伝おうと思っていたのに、会場の準備としてはほとんど終わっていた。


「すいません。全然手伝わないで」

「子供が何言ってんだ。遊ぶのがお前らの仕事だろ。準備は大人に任せとけ」


 前島さんが炭を丁寧に揃えながら笑って言った。

   

 日中、前島さんのプロポーズ作戦はうまくいかなかったようだ。

 だがまだ初日、チャンスはこれからだってある。

 高槻さんはこのバーベキューの間も何か計画しているようだけれど、詳細はまだ不明だ。


 分かっているのは何かやるということだけ。

 既に嫌な予感しかしないのは気のせいだろうか?


 少しして、俺と一緒に帰ってきたメンバーが私服に着替えて出てきた。

 響と愛は競り合うように俺の両隣を陣取る。

 二人ともシャワーを浴びてまだ髪がちゃんと乾いていないせいか、少し色っぽい感じがする。


 相変わらず晃は美咲にべったりくっついているが、他に害がないだけにまあいいだろう。

 しかし、俺の恨みを買ったことだけは覚えとけよ。

 晃の夏休みは長いんだ。じっくり仕返ししてやるからな。 


 春那さんと文さんが肉や野菜が盛られた大皿を持って登場。

 アリカと太一、綾乃が盛られた肉の量を見て嬉しそうにはしゃぐ。相変わらず肉に目がない奴らだ。


「おらっ! 肉焼け、肉。腹をすかせた女子供が待ってるぞ!」

「へい、がってんでさー」


 高槻さんが吠えると、前島さんと立花さんは所狭しと肉と野菜を置いていく。

 火加減は十分に出来上がっているので仕上がるのも早いだろう。


 タイミングを見計らったようにオーナーと涼子さんもバーベキューエリアへやってきた。


 オーナー、涼子さん、文さん、春那さん。

 高槻夫妻と店長家族。

 前島さん、立花さん、由美さん、奈津美さん。

 俺、美咲、晃、アリカ、愛、響、太一、綾乃、長谷川。

 総勢22名。前の親睦会のメンバーより増えた慰安旅行バーベキュー大会。

 

 長谷川と響にとっては初めてだろうけれど、ここは居心地がいい場所だって分かると思うぞ。

 俺もここの仲間になってから、色々なことが変わった気がするから。

 それもいい方向に。


 オーナーへ一礼して店長が乾杯の挨拶。


「それでは毎度僭越ながら、私が乾杯の音頭を取らせていただきます。今回もオーナーのご厚意によりこんないい場所と料理の提供していただきました。そんなオーナーと仲間であるみんな日頃の頑張りを感謝しつつ、飲んで騒いでお腹いっぱい食べましょう。それでは、飲み物を持って~。――乾杯!」


 乾杯!


 あちらこちらで缶のカツンカツンと当てる音が聞こえる。

 

「おっしゃ、肉の出来上がりだ。あとはお前らの好きに焼いて食べろ!」

「お代わりが欲しかったら言うんだぞ」


 そう言って立花さんたちは由美さんたちのところへ行った。


 大人たちは大人たちで集まり、学生たちは学生たちで集まって食べ始めた。

 大人たちは行きのバスとは違った乗りで杯を交わす。


 学生メンバーはアリカを筆頭に晃、俺、太一ががつがつと肉を貪り食う。

 晃って意外と食うよな。あんなに細いのにアリカと同じタイプか?

 

「またこんなにいいお肉使って、贅沢は敵なのに」

 

 そう言いながらも、幸せそうにもぐもぐと口いっぱいに肉を頬張るアリカ。

 そんなに焦らなくてもまだまだ大量にあるからな。

 

「柔らかい。このお肉すぐに噛み切れちゃう。それに口の中で溶ける感じ」


 長谷川が肉に感動している。うん、分かるよ。

 俺もこの肉食べたあと、スーパーで売ってる牛肉が固く感じたから。  

 アリカの言う通り、贅沢は敵だ。

 これが当たり前になったらスーパーで牛肉が買えなくなる。

 特別な日だからこそ味わえると思ってたっぷりいただこう。


 俺の横で響が珍しく微笑んでいた。基本無表情の響にしては珍しい。

 どうやら雰囲気を楽しめているようだ。

 

「お、なんか響がそうやって笑うの久しぶりに見た気がする」

「失礼ね。私だって笑うことくらいあるわよ」   

「明人さんそうですよ。響さんは意地悪するときとかにたあって笑うことが多いだけです」

「愛さん? あなたとは夜通し懇々とお話ししなくちゃいけないようね?」

「夏の夜に話す定番と言えば猥談ですか?」 


 おい、誰か愛の口を塞いでくれないか。


「香ちゃんが怖がるので止めてあげてくださいね」

「……それは怪談ね。それはそれで面白そうなんだけど」


 アリカの耳にも怪談という言葉が入ったらしく、びくっとしている。

 ちょっと面白そうだから……あとで皆で怪談話でもしようかな。


「千葉ちゃん、私、野菜も欲しい」

「どれがいい?」

「とうもろこしとピーマン」

「おう、皿貸せ」

 

 そんな太一と長谷川を見て、また愛がニヤニヤしていた。

        

 何か太一と長谷川って今日ずっと一緒にいるよな。

 確かに太一に長谷川の面倒を見てやれとは言ったけど、これは愛だけじゃなくて周りも二人はそういう関係だって思ってしまうんじゃないか?

 海では綾乃と一緒にいたけれど、その後のバルーンだって二人で一緒に入ってたし。

 

 長谷川からしたら太一が一番知った間柄だから一緒にいて安心するのだろうけれど、太一はそれでいいのかな? 愛への行動は全然見当たらないけれど、諦めたとも聞いていない。太一のことだ。もしそうだとするなら必ず俺に言ってくるはずだ。

 今日の晩に、太一の昔話を聞かせてくれるという話だったが、その時にでも聞いてみるか。




 腹も膨れてくると、今度は雑談に移行し始める。

 人数もこれだけ数が揃うと、本当に賑やかというか騒がしい。


 美咲がアリカを捕まえてすりすりと頬ずりしているのを、晃が羨ましそうに見てたり。

 ふっふっふ。ざまあみろ。


 長谷川と綾乃が太一に絶妙なコンビネーションを仕掛けて沈めていたり。

 俺、ダブルバックドロップって初めて生で見たよ。


 響と愛が俺を取り合って、腕四つで組みあいながら押し問答したり。

 これはいつもの事か。


 何故か、俺がアリカさんにアイアンクローされてたり。

 これもいつものことだけど、俺が何をした。

  

 賑やかなのを通り越して騒がしい時間だけれど、心地よい時間だった。

 そんな楽しい気分でいると、俺の視界に嫌なものが見えた。


 立花さんと前島さんが何やら箱から取り出して用意し始めていた。

 もしかして……あれか? 


 テーブルの上に用意されたものは、チャンバラ用のスポンジ棒2本とヘルメット。

 ヘルメットの上には紙風船が付いている。

 

 ああ、これは言うまでもない例の勝負だろう。

 しかも今回はシンプルな勝負のようだ。


 前島さんと立花さんが俺と太一へ視線を投げかけてきた。


 とりあえず目を逸らしておこう。

 どうやら太一も気づいたようで、俺と同じく目を逸らしている。


「明人、太一こっちこい!」

 

 やはり巻き込まれるのか。

  

「前回に引き続き、チーム戦で行う。今回の勝負はじゃんけんぽかぽんだ」

 

 俺と太一の参加は決定事項であり、そこに俺たちの意志は存在しないらしい。


「よし、お前らもグーパーで別れろ」


 その結果、俺と前島さん、太一と立花さんの組み合わせになった。

 前回、前島さん負けてるしな。

 また例の奴も出てくるんだろうな。

 

「負けた方は、この高槻さん特製ドリンクギガマックスを飲んでもらう」


 ちょっと待って? 何かグレードアップしてません?

 マックス通り越してギガマックスって何?


 それ聞いて太一が既に顔を真っ青にしているんですけど。

 俺、前回一人だけ飲んでないから、どんな味かも知らないんですけど!

  

「安心しろ。死にはしない。一応、健康を考えられたドリンクだからな」

「マックスまでは俺たちも味見済みだ」


 ギガマックスは味見してないんですよね?

 前回の状況を思い出すに、あのドリンクは美咲の魔食と通じるものがある気がする。

 もしかして、軽く三途の川の見学ツアー付きじゃあないだろうな。

 

「この道具を見たらルールは言わなくても分かるだろう」

「じゃんけんして勝った方が叩いて、負けた方がヘルメットで守る……何でヘルメットに風船ついてるんですか?」

「それが割れても負けだからだ」

「それってじゃんけん負けた時点でアウトじゃないですか!」

「何を言う。避ければいいだけだ。まずは俺たちが見本を見せる。それを見ておくがいい」


 小さいテーブルの上にスポンジ棒とヘルメットが置かれた。

 対面に座って、お互いにスポンジ棒で届くか距離を測る。

 距離が決まったところで模範演技開始。


「「じゃんけんぽん」」

 

 勝負がついたところでバンと音がした。

 じゃんけんに勝った立花さんは素早くスポンジ棒を手に取り前島さんを叩いた。

 負けた前島さんはヘルメットをかぶりつつ顔を逸らす。

 スポンジ棒は紙風船を割ることができず肩に当たっていた。


「こうやって避ける。ちなみにヘルメットが間に合わなくて頭に当てられてもアウトだ」


 これは二重の読みあいが待ち構えているな。


 一つ目はじゃんけん。相手の心理を読みつつどちらに転ぶか分析しないと初動が遅れる可能性がある。二つ目は勝っても負けても相手がどう攻撃するか、どう回避するかの読み合いが勝負の決め手となるだろう。簡単そうだけれど、ちゃんと考えないとやられるな。


 あの飲み物を回避するためには絶対条件として勝ち続けなければならない。

 例え、前島さんが負けたとしても俺が勝ち、前回同様決勝戦でもう一度勝てばチームとしても勝利できる。

 そうすれば飲まなくて済む。

 

「ねーねー、それ道具ってまだあるの?」


 軽く酔っぱらった文さんが近づいてきて聞いてきた。


「え、予備も持ってきたんでもうワンセットありますけど」


 それを聞いた文さんはニヤリとして叫ぶ。


「春那ああああああっ! 私と勝負だあああああっ!」

  

 まさかここで自分に振ってくると思わなかったのだろう。

 春那さんは目をパチクリとさせていた。


「ふ、文さん? 本気で言ってます? アレ飲むの、かなり危ないですよ?」


 ふーん、危ないんだ?

 やっぱり、そうなんだ?


「いいじゃん、いいじゃん。私がいたときこんな面白そうなことやってなかったからさ。私もやってみたいんだよ。付き合ってよー」

「何だか面白そうな展開ね」

「おっと、響ちゃん。今の言葉お姉さん拾っちゃうよ? よし、君も参加しなさい」

「えっ!?」

「んふっふー。あとは誰が良いかなー?」


 これはやばいと気付いた皆が文さんから目を逸らし始めてる。

 一人ピンと来ていないのは晃くらいか。前回を知らないだけに出遅れている。

 長谷川みたいに即座に勘づくくらいでないと駄目だぞ?


「うん、ここは新顔さん同士ということで晃行ってみようか!」

「ええっ、私!? 美咲これ私どうなるの? 何か皆の雰囲気見てるとかなりやばそうなんだけど」

「…………晃ちゃん、勝てばいいんだよ」


 美咲は縋りつく晃に諦めろと言わんばかりにそう言った。

 グーパーじゃんけんの結果、文さんと響、春那さんと晃の組み合わせになった。 


 こうして男女別じゃんけんぽかぽんが幕を開いた。


    

 お読みいただきましてありがとうございます。

 次回もよろしくお願いします。

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