328 慰安旅行編6
「それ何ですか?」
高槻さんたちが用意していた物を指差して聞いてみた。
高槻さんたちは三人揃って周囲の状況を確認。
立花さんが「あそこ」と言って指差し、高槻さんと前島さんは頷く。
指差した方向にはビーチボールで遊ぶ春那さんたちの姿が見える。
春那さんの豊満な胸がすごく揺れてる。
やはり、あのひらひらが邪魔だ。また、あのひらひらに怒りがわいてくる。
奈津美さんは小柄な体をしていて、他の皆と比べると頭一つ分小さい。
そのせいか、ダイレクトに来たボールに背が足りず後ろに逸らしてしまい、ちょこちょこした小走りでボールを追いかけていく。ああいうところは可愛いと思う。
奈津美さんを見て気が付いた。
高槻さんたちが用意しているものは例の企画、前島さんプロポーズ大作戦で使うものなのだと。
だから高槻さんたちが奈津美さんたちの様子を窺ったのだろう。
前島さんはとても純情なので、立花さんみたいな派手なプロポーズは厳しい。
「絶対無理だから皆の前でプロポーズをするのだけは止めてください」
と、高槻さんに土下座して頼みこんでいたくらいだ。
結果としては、この慰安旅行中に前島さんと奈津美さんを二人きりにさせてプロポーズさせる。
それなら、この慰安旅行じゃなくてもいいんじゃないかと思って口にしたら。
「馬鹿、特別なイベントにするからこそ、感動するし、印象に残るし、マジこれ最高って気になるだろ。俺はそういうプロポーズがしたいんだ」
と、前島さんが意外とロマンチストなことも発覚した。
「お前のその考えのせいで、奈津美と付き合う時に周りがどれだけ苦労したか忘れたのか?」
高槻さんがそんな前島さんに苦言を呈する。
前島さんは大きい体を縮こまらせて「すいませんでした」と謝った。
なるべく思い出に残るような環境をプロデュースするのが、高槻さんをリーダーとしたプロポーズ後方支援組の役目だ。奈津美さん本人と千佳ちゃん以外にはこの計画は周知されている。
なので、誰も邪魔だてはせず、むしろ喜んで協力するだろう。
その計画の一環で使うのがこの透明な物らしい。
「これを使うんですか? 浮き輪にしては透明すぎませんか?」
「これは水上バルーンだ。この中に入った状態で水に浮かべると水の上を走ったり、歩けたりする」
マジですか!? それ俺もやってみたい!
「立花の考案なんだが。この中なら二人きりになれるし、人の目が気になるなら沖に出てしまえばいい。それに遮音性も高いらしくて、中の声や外の声は聞こえにくいから、前島には向いているだろう」
おおっ、意外と真面目に考えられたプランだ。
水上バルーンを使って二人きりになって、海の上でプロポーズ。
あ、これ凄くいい感じがする。ロマンチックで前島さんの希望通りにできそうだ。
「これで今夜のバーべーキューは祝勝会も兼ねられるって寸法だ」
「これ、いい計画じゃないですか! これならばっちりですよ」
「だろ?」
立花さんは親指を立てて、その姿は自信に溢れていた。
立花さんてば、サプライズプロポーズを自ら企画成功させただけあって、なかなかいいセンスをしているじゃないか。これなら奈津美さんだって、いい思い出になるだろう。
「あとは狙う時間帯だが、できれば日が沈むころ辺りが最高なんだがな」
「高槻さん、前もそれでかなり失敗したじゃないですか。前島の度胸のなさを考えたら、時間は気にせずにいたほうがいいっすよ」
意外と高槻さんもロマンチストだな。奥さんとの馴れ初めとか聞いてみたい気がする。
「そうだったな。前もそれで失敗したことが多かったな……。図体はでかいのに肝が小さいからな」
あの、前島さんがうずくまって砂に絵を描き始めたんですけど?
てか、絵がうまっ! 何その可愛いうさぎ!
前島さんの新たな特技を知ることができた。
あとで千佳ちゃんに何か描いてあげてください。
「よし、まずは実験からだ。立花、前島を放り込むぞ」
今、とても嫌な言葉を聞いた。
実験?
実践じゃなくて実験?
嫌な予感がするんですけど……。
波打ち際まで膨らませたバルーンを移動させる。
高槻さんと立花さんは膨らましたバルーンに前島さんを入れる。
直径2mはあるだろう、図体の大きい前島さんでも中で立っていられる大きさだ。
周りの人からも「なんだあれ?」と、注目を集めている。
次に立花さんを別のバルーンに放り込む。
「いいか前島。最初はゆっくり前へ進むんだ。早く歩くと勢いで転がるからな」
そう言って立花さんが中を歩いて、見本を見せる。
なるほど、立花さんがレクチャーして覚えさせるのか。
「分かった。ゆっくりだな」
一歩、二歩と慎重に足を進める。
「よし、次は海に行くぞ。一応、この中は空気がいっぱい入ってるとはいえ、時間制限あるからな」
「お、おう!」
立花さんが先行して海へと歩いていく。
そのうちバルーンの浮力で砂に接していたところが浮き上がる。
おおー、なんか面白そうだ。本当に海の上を歩いてるように見える。
前島さんも挑戦。海まで慎重に移動。徐々に水深が増えてくるにしたがって浮き始める。
その途端ひっくり返った。
「のわあああああ!」
必死にバランスとろうとしているのだけれど、体重をかけたところでバルーンがくるくる回って前島さんが中で振り回されてる。
なんか、中で前島さんが四つん這いになって走ってるけど、バルーンは進むことなくその場で空回りしてる。この光景ってどこかで見たような気が……ああ、これあれだ。
ハムスターが回し車で走ってる姿と一緒だ。
「前島慌てるな。動きを止めたらバルーンは落ち着く」
立花さんのアドバイスに従って動きを止める。しばらくは振り回されたがようやく落ち着いた。
前島さんはおっかなびっくりで足を進めるが、立花さんのようにスタスタと歩けない前島さん。
そんな二人を見つめる俺と高槻さん。
「…………明人、どう思う?」
「……これ、もっと前から練習しておくべきだったと思います」
「だよな? やったとしても前島が奈津美を巻き込んで、中でボロボロになる姿が目に浮かぶんだが」
「俺も一緒です」
「駄目だな、これ。よし、撤収!」
この道具は、後方支援組スタッフ一同で楽しませてもらいました。
✫
撤収後、俺はアリカと合流した。
傍から見てもフラミンゴが目立っていたので、すぐに見つけることができた。
海にゆらゆらぷかぷかと浮かぶフラミンゴ。
そのフラミンゴの首にしがみついているアリカから聞かれた。
「明人、さっき前島さんたちと何やってたの? 面白そうだったけど」
その前にお前が何で首にしがみついているのか教えてくれないか?
「ああ、水上バルーンの実験してた」
「それって、立花さんが海外から仕入れたとか言ってたやつね」
あれ、わざわざ海外から取り寄せたのか。
立花さん意外と本気で前島さんを応援してるんだな。
「何でも由美さんがやってみたいって強請ったらしいわ。立花さん由美さんに甘いから」
尊敬した俺の気持ちを返せ。
「ところで響と愛は?」
「んー、さっきまでこれにへばりついてたんだけど。響が急に消えてさ」
「マジか!? すぐに探さないと。あいつ携帯も持ってないだろ。てか、何でお前そんなに落ち着いてるんだ?」
「あー、大丈夫。もう見つかってるから。愛が今迎えに行ってる」
「どこまで?」
「あそこ」
沖に浮かぶブイを指差す。
確かにブイに響がいて、そのブイに向かって浮き輪でバシャバシャと進む愛の姿が見える。
……ここでも方向音痴が出たのか。あいつ危険すぎるだろ。
しばらくして響と愛が浮き輪で二人仲良く収まって帰ってきた。
その間、俺はアリカと二人でフラミンゴの上でくつろいで二人を待っていたのだけれど。
「ただいま」
「……疲れた。あ、明人さんやっと来てくれたんですね」
愛がぐたっとした顔で浮き輪に体を預けている。
どうやら帰りは響の力で泳いで帰ってきたらしい。
「響さんが魚が泳いでたとか言って潜ったまま消えてしまって……」
「ごめんなさいね。すぐに上がったつもりなんだけど」
「愛は泳げないんですからね。たまたま見つかったからよかったけど。迎えに行く方の身にもなってください」
「だから、そっちに向かって泳いでいくって言ったのに……」
「まだ分かってないんですか? それは確実にたどり着ける人が言える言葉です。響さんの場合、たどり着けないでしょ?」
なんだかんだといいペアになってきたな、こいつら。
「明人さん手を貸してもらっていいですか? あ、響さんを先にお願いします。目を離してまたいなくなると困るので」
俺は手を差し出して、響の腕を取りフラミンゴに乗らせる。
「ありがとう明人君」
そう言って、フラミンゴに上がった響はいきなり抱き着いてきた。
濡れた響の体はほんのりと冷たかった。
「揺れって怖いわね。足元がふらついたわ」
そのまま俺の胸に顔を埋めてきた。
あの、ぷにぷにした弾力あるものがお腹に当たってるんですけど?
何ていうか、いつもより分かっちゃうんですけど!?
「明人君の体、温かい」
「ちょっと何やってるんですか!? 愛も早く上げてもらっていいですか!」
ぷかぷかと浮かぶ浮き輪に捕まったまま、愛がフラミンゴを揺らす。
「ちょっと愛、揺らさないでよ! 怖いって」
「相変わらずのお邪魔虫ね。ほら手を貸すわ」
俺から身を離した響は俺と一緒に愛を引き上げる。
愛を引き上げると、浮き輪をフラミンゴの首にかけてすぐに抱き着いてきた。
「これで同等の立場です。本当だ。明人さんの体、あったかいです」
何か美咲ばりに額をぐりぐりと擦り付けてくる。
「あんたたちいつまでやってんの?」
アリカが睨みながら言ってきて、愛はアリカに剥された。
俺に言わないでほしいです。
しかし、このフラミンゴ4人も乗っているのに凄く安定している。
ちょっとやそっと人が動いたくらいじゃひっくり返らない。
波が穏やかなせいかもしれないが。
アリカは小さい体をぐぐっと伸ばすと、
「明人、あのブイまで競争しない?」
そう言って、アリカがさっき響のいたブイを指差す。
200mはある気がするけど、泳ぎは苦手じゃないので乗ってみた。
「買った方にアイスをおごるでどう?」
「お前、そういうけど男子相手にハンデなしでいいの?」
「あんたこそハンデなくていいの?」
「上等だ」
「私も参加したいのだけど」
「「「響(さん)は駄目」」」
響の参加表明は愛も含み否定された。
一緒にやるのはいいけど、行方不明になる落ちが見えている。
そんな危険を冒してまで参加させるわけにはいかない。
「仲間外れは良くないと思うの」
「まあまあ、愛と仲良くここで待ってましょう。ついでに審判しちゃいましょう」
少し不貞腐れた響を愛が慰める。
「では、勝負を開始します。ブイの天辺を先に触ったものが勝ち。愛たちも見ていますので」
「じゃあ、やるか」
「いつでもいいわよ」
「よーい、どん!」
愛の号令で同時に飛び込む。
アリカは自信ありげに言っていただけあって速い。
実はそこそこ自信があったのだが、俺が前で二人の差はほんのわずかだ。
お互いにちらちらと相手の様子を見ながら掻き進む。
そして――
「俺の勝ち!」
「あああ~、負けた~」
ほんの少しの差が埋まらず最後まで俺が先行した。
これ身長差がなかったら負けてたかもしれない。
「あんた思ったより泳ぐの速いのね」
「それなりに自信はあったんだよ。アリカも速かったけどな」
泳いだ疲れを癒そうと二人してブイに捕まる。
「久しぶりの海だけど、やっぱ泳ぐと気持ちがいいよねー」
「俺も久しぶりだからな。その気持ちわかる」
息が整ったころ、大きいうねりが来て俺とアリカの体も揺らす。
二人とも、ブイを持っていたので距離が少し近づいた。
「……ねえ明人」
「何だ?」
「あんた、人としての好きは分かるんでしょ?」
「ああ、それは流石に分かるよ」
「あたしはどうなのかな? 人として……好き?」
何で唐突にそんなこと聞いてくるんだろう。
「好きに決まってるだろ。今更、何を言ってんだお前」
「そっか。いや、普通って言われたり、実は苦手とかあるかなーって」
「普通とかそういうのじゃなくて、俺はアリカのこと凄く好きだぞ?」
「えっ!?」
「話しやすいし、尊敬できるし、乗りもいいし、っておい!?」
アリカがブイから手を放したせいで、そのまま沈んだ。
すぐさま拾い上げると、不意に沈んだからか少し水を飲んだらしい。
「けほっ、しおっからい」
「何やってんだよ。手を放すからだぞ。行けるようだったらそろそろ戻ってアイス食べようぜ。口直しにいいだろ。お前のおごりだし」
「分かったわよ。じゃあ、明人。帰りも勝負して負けた方が愛たちの分おごるってどう?」
「ああ、それいいな。どうせ食べるなら一緒の方がいいもんな。それじゃあ、さっそく」
アリカは覚えているだろうか。
初めてアリカと会った時に高槻さんに言われたこと。
「「位置について」」
馬が合うっていうのは、こういうことなんだろう。
「「よーい」」
お互い目配せしたわけでも合図したわけでもなく。
「「ドン!!」」
最後の最後まで俺とアリカの声は重なっていた。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。