327 慰安旅行編5
人のあふれる砂浜へとたどり着いた俺たちは、先に行った店長たちを探していた。
日差しのきつい中で砂浜からの熱気だけでなく、俺は別の汗を流していた。
ぐにゅ。
ぐにゅ。
――――これは駄目だ。
このくそ暑いのに俺の両腕には響と愛がくっついている。
これは流石に駄目だ。
歩くと何かの拍子でときおり肌と肌が直接当たる。
響と愛の柔らかくて弾力のあるふくらみに俺の腕が直接当たっている。
これは駄目だ。
何か別のことを考えないと、やばい状態になってしまう。
そうだ。金城ポールを思い出そう。
あれはなかなかに綺麗な形をした三点倒立だった。
ぐにゅ。
あの宴会芸を披露するために、店長も密かに練習したに違いない。
ぐにゅ。ぐにゅ。
あの揺れるバスの中でしっかりと立っていたのは、そう思わざるを得ない。
ぐにゅぐにゅぐにゅ。
「すいません! 勘弁してもらっていいですか? 色々限界なんです」
俺はその場に土下座して、思わず敬語で二人にお願いした。
土下座は失敗したな。砂が思った以上に熱い。
早目にけりをつけんと火傷するかもしれない。
俺を見下ろす響は無表情に答える。
「駄目よ? だって明人君はバスの中で、あんなにも私たちがこっち向けって視線を送ってたのに、一度も向かなかったじゃない。あなただって気が付いていたんでしょ?」
「そうです、そうです。これは明人さんに対する愛たちからのお仕置きです」
「いや、あの、それは謝るから……流石に直に当たるとやばいというか」
あの、砂が熱いんで早目に許してもらえないかな?
俺の言葉に響の口端が微かに上がる。
「へえ? 何と何が直に当たっているのかしら?」
「だから、俺の腕とお前らの、その、む、胸が……」
「胸が当たるのなんていつもの事じゃないですか。愛の場合わざと当ててますし」
わざとなの? そんな嬉しいことしてくれてたの?
でも、そのせいで、あれがやばいんだよ。
今まで何とか色々なこと考えて収まってたんだけど、もうそれも効かなくなってきた。
それよか今は足が非常にまずい状況になってきている。
「これ以上続けられると非常に困る」
「何がどう困るの? ちゃんと言ってくれないと分からないのだけれど?」
何、この仕打ち? 響のS気が覚醒してる。
海パンだから分かりにくいかもしれないけれど。
完全に元気になったら流石に分かるかもしれないだろ。
「困るのは……刺激が強すぎると……その、……元気になっちまうじゃねえか」
ああ、そろそろ我慢の限界が近いぞ、これ。
なんか熱いの通り越して痛くなってきた気がする。
「何が元気になるんです?」
「具体的に言って貰わないと分からないわ」
お前ら息遣いが荒くなってきてないか?
てか、もう我慢の限界だ。
俺は立ち上がりながら叫んだ。
「お前らのせいで俺のが元気になるって言ってんだよ!」
「死ね! 変態」
立ち上がってる最中にいきなり後頭部に強い衝撃が来て、顔面から砂浜へとダイビング。
慌てて顔を上げるが、口の中にまで砂が入ってじゃりじゃりする。
ぺっぺっと砂を吐き出して、寝ころんだまま俺をこんな目に合わせた張本人を睨みつける。
「何よその目は? 天下の往来で卑猥なこと口走ってんじゃないわよ。警察に突き出すわよ」
くそう、このちびっ子が。
ツルペタの幼児体形め。
そう思っているといきなり背中を踏まれた。
「おい、押し付けんな。熱いって! 砂がマジで熱いから!」
「あんた今、心の中で私の悪口考えてたでしょ?」
「ごめん。謝るから足をどけてくれ! マジで火傷する!」
足をどけてもらった俺は、ダッシュで海まで走って飛び込み体を冷やす。
こんなんで火傷してこのあと遊べなくなったら、何しに来たか分からねえじゃねえか。
くそ、ひどい目にあった。
響と愛はもう少し俺をお仕置きしたかったようだが、今ので多少すっきりしたらしい。
とりあえず、俺に腕を取ってくっつくのは止めてくれたので良しとしよう。
手持無沙汰になった愛はアリカの手を取って握る。
アリカも普段から慣れているのだろうか、気にせず握り返していた。
こうしてみると仲の良い姉妹が手を繋いでる微笑ましい光景だ。
どう見ても小さい方が姉だとは思えないけどな。
そして愛は、空いた反対側の手で響の手を握った。
「こうしておかないと、響さんすぐにいなくなっちゃうから」
あ、これは響が珍しく照れてるな。
響もちょっと嬉しかったのかもしれない。
まあ、響の方向音痴を考えたら確かに有効な手段だ。
響の場合、視界にいれておかないと、すぐに消える性質があるからな。
「もう、この間みたいに響さんを探し回るの嫌ですから」
あ、これ善意じゃないわ。完全に響対策だ。
どうやら俺の知らないうちに愛も俺と同じような経験をしたらしい。
「とりあえず、響さんは愛の手を放したら駄目ですよ? 愛がいない時は明人さんを貸してあげますから」
「……前者は理解できるのだけれど、後者は腑に落ちないわ。いつから明人君は愛さんの物になったのかしら?」
「知らなかったんですか? 前世からです」
ああ、これはまた始まる予感がしてきた。
「明人くーん! 高槻さんたちいたよー」
少し先行していた美咲たちが俺たちに手を振っている。
その大声に周りの人も美咲に視線を移し、男たちは固まった。
いつもの人懐っこい笑顔の美咲に魅せられたように視線を外せずにいる。
それもそのはず、そこには美咲だけでなく牧島姉妹もいる。
綺麗どころが揃いも揃っている。
慣れって怖いな。普段一緒にいるからすぐ忘れるんだけど。
見た目はすんごい綺麗なんだよな。色々癖はあるけれど。
「すんげえべっぴん!」
「やべ、あれマジでやばくね?」
「お前、挑戦して来い。うまくいけば儲けもんだぞ」
「後ろにいるのもやばくね?」
「後ろのロングのお姉さん、押し倒して―」
「声かけて沖連れてくか」
ああ、これはまずい。浮かれた男どもの視線を集め過ぎだ。
ナンパ目的の野郎に目を着けられたかもしれない。
ただでさえ目立つ綺麗な顔付きなのに、その満面の笑みは止めなさい。
その美咲に対する視線を感じ取ったのか、春那さんと晃が美咲の前に立ちはだかり、ぱきぽきと拳を鳴らせながら周りの男どもを睨みつける。そのあまりの迫力に男たちは恐怖を感じたのか目を逸らす。
美咲はきょとんとして「ん?」みたいな顔をしているけれども。
お二人とも最高っす。
牧島姉妹は目つきが鋭いから、怒った顔は迫力あるんだよな。
晃から話を聞くまで知らなかったけど、実は春那さんも空手の有段者だった。
そもそも晃が空手を始めたのも、春那さんの影響を受けたようだ。
晃曰く、春那さんへの服従心は姉だからというわけではなく、絶対的な強者だからというのが理由らしい。どんだけ強いんだろう。一度見てみたいような。
その話はともかく晃のおかげで、美咲のお守りは俺にほとんど回らなくなっている。
バイトの間と行き帰り以外は晃に預けっぱなしだ。
晃の望みと一致しているから問題ないようだけれど。
高槻さんたちと合流することができたのはいいが、遠巻きに人の視線が集まっているのが分かる。
春那さんや美咲を始めとした綺麗どころが多いせいもあるだろう。
由美さんや奈津美さんも可愛い部類だ。前島さんと立花さんが、男どもの視線に対して睨みを利かせているけれど、一時的な効果しか得られていない。
オーナーでもいてくれれば、その筋の人たちと思われて抑止効果になったかもしれない。
店長は千佳ちゃんと奥さんを連れて波打ち際で水遊び。
家族三人で仲睦まじく遊んでいる。
千佳ちゃんはまだ泳げないので、足のつかないところは怖がるらしい。
あとで一緒に砂遊びでもしてあげようかな。
あんなに仲が良さそうなのに、何で別々に暮らしているんだろう。
本当に不思議だ。
高槻さんは何やら今から色々準備にかかるそうで忙しそうだ。
「明人、悪いがこれを使って皆の用意をしてやってくれ」
高槻さんからビーチボールとか浮き輪に空気を入れる役を仰せつかった。
電源付きのクーラーボックスと小型のコンプレッサーを高槻さんが持ってきてくれていたので、労力なく膨らませれる。
「じゃあ、順番にしていこうか」
まず春那さんたちが使う30㎝くらいのビーチボール。
どうやら文さん、由美さん、奈津美さんで遊ぶらしい。
空気を入れ終ったビーチボールを春那さんに渡す。
今日の文さんがどこか幼く見えるように、春那さんもいつもと違った柔らかさが垣間見える。
美咲は晃と一緒に浮かぶために大きな浮き輪を持ってきていた。
その浮き輪に空気を入れて美咲に渡す。
「ほれ、美咲の浮き輪できたよ」
「わーい、ありがとう明人君」
浮き輪を受け取った美咲は、晃に連れられて海へと駆け出して行った。
少しだけ、美咲が変わった気がする。
あの日、俺を好きだと言った日から変わった気がする。
俺のことを「好き」と言うことが増えた。
でもこれは、あの時みたいな真剣みを帯びた表情でも態度でもなく、その後におどけたような冗談でもなく、普段の言葉の中に元からあったかのように自然と「好き」が入っている。
ちょっと美咲の冗談に付き合ってみたら「だから、明人君好き」とか。
テレビ番組の取り合いでも「いくら明人君のことが好きでもこれだけは譲れない」とか。
「晃ちゃん大好き」
「春ちゃん大好き」
それと同類的な感じで「明人君好き」が、日常的に混ざってきていた。
思い起こしても今までの俺と美咲の間には、そんなことはなかったはずだ。
何か心境の変化があったのだろうか。このこと以外で美咲との間に変化は何もない。
俺が浮ついた状態になればお仕置きもしてくるし、バイトの時の暴走も変わらない。
ただ、俺にも分かっているのは、あの日から美咲が少しだけ変わったということだけだった。
次に綾乃が持ってきたやたらとでかい白鳥の浮き輪に空気を入れる。
これ、前島さんが乗っても余裕で余るくらい大きいんですけど。
コンプレッサーがなかったら、空気入れるのを諦めろって説得するサイズだぞ。
少し時間がかかって空気を入れ終ると、長谷川と太一、綾乃の三人で担いで海へと駆け出して行った。
アリカと響が空気の入れ終った白鳥をじーっと見ていたけれど、あれは乗りたいに違いない。
あとで乗せてもらえ。
次にアリカたちの浮き輪に空気を入れる。
愛用の普通の浮き輪を先に入れ、アリカが持ってきた平たいワニの浮き輪に空気を入れ始めた。さっきの白鳥と比べると小さいが、普通の大人でも寝ころんでいられそうな大きさだ。
響はまだ愛と手を繋いだまま、興味深げにワニの浮き輪を膨らむのをじーっと見つめる。
この姿の響はたまに見かける時がある。
「お前、海に来るのも初めてだとか言わねえよな?」
「こんな浮き輪を使うのが初めてなのよ。でも、それ空気が漏れてる気がするんだけど?」
「えっ!?」
調べてみると、確かに腕の付け根部分が破けていて、そこから空気が漏れている。
まだ空気は入れ始めたばかりなので、どうやら何かの拍子に破けてしまっていたようだ。
アリカががっくりとした表情を見せる。
「最悪、まだ一回も使ってないのに。……これ直せないかなー?」
テープで補強するにしても、場所がちょうど付け根の部分なだけに、海に着けているうちに空気は漏れてしまうだろう。流石にすぐには萎まないだろうが、空気が抜けたら使いづらくなる。
「諦めろ?」
「……うん。しょうがないよね」
「おう? どうしたアリカ?」
しょぼんとしたアリカに気付いた前島さんが声をかけてくる。
事情を説明すると、前島さんは荷物の中から畳まれた大きなピンク色の浮き輪を取り出す。
「明人、これに空気入れてやれ」
受け取った俺は展張しながら空気を入れる。
空気が入るにつれて形状が明らかになっていき、真ん中あたりについていた筒状の部分が、むくむくむくと持ち上がり天を仰いだ。
「わ、フラミンゴだ」
アリカが揚々と天を仰ぐ浮き輪の顔を見て感嘆の声を上げる。
前島さんが出してくれたのは、綾乃が持ってきた白鳥と同じタイプの浮き輪だった。
確かにピンクだとフラミンゴが妥当だろう。色が色だけに目立つ。
「お前らにどうかなって思って持ってきておいた。好きに使え」
「前島さん、ありがとうございます!」
前島さん、男前だな。そのおかげで、さっきまでしょぼんとしていたアリカの顔がものすごく嬉しそうな表情に変わる。空気を入れ終えると、アリカはフラミンゴをひょいっと持ち上げる。
それさっき太一たちが三人がかりで持って行ったんですけど。
中身が空気とはいえ、大きいから重量もそこそこあるんですけど。
「愛、響行くわよ。早く浮かべて乗ってみたい!」
よっぽど早く浮かべたいのか、フラミンゴを頭の上に乗せ、愛と響を急かすアリカ。
もう待ちきれないのか、海に向かって走り出した。慌ててこけんなよ?
「あーん、香ちゃん待ってよ。響さん行きますよ」
「愛さん、パレオを置いて行かないと」
「あっ、忘れてました」
響にパレオを解いてもらって、愛のムチっとした太ももとビキニパンツに覆われた形のいいお尻が姿を現す。こういうお尻を安産型というのだろうか。形の良い桃尻だ。
愛のパレオを取った響は自分のパレオを取り去る。
健康美という言葉が似あうきゅっとしまった美脚だった。
ロングパレオで隠れていたせいで、お目見えできなかったが、今更ながらに目を奪われた。
「明人さんもすぐ来てくださいね」
「すぐに来ないと、またさっきみたいにお仕置きするわよ?」
そう言って、また二人は手を繋いでアリカを追いかけて行った。
ところで…………さっきから気になっていることが一つある。
さっきから高槻さんと立花さん、前島さんは何をやっているんだろう。
何か畳まれた大きな透明なものを一生懸命広げている。
なんだろう、これ?
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。