326 慰安旅行編4
目的地でもあるオーナーの別荘に到着した。
金持ちの別荘というから、どんなんだろうと思っていたが。
でかい。これは屋敷と言ってもいいくらいにでかい。
壁はクリーム色で造りは二階建ての洋館風、屋根は赤っぽく、何だか全体的に南欧風な感じもする。
八島の市街地のイメージに合わせたような造りといえば造りだ。
俺の家の数倍はある。何部屋くらいあるんだろう?
中央に大きな両開きの扉があって、見えてる窓だけでも一〇は下らない。
海までの距離も近く、公道を挟んですぐに松の木やフェニックスが立ち並び、それを越えたところに砂浜がある。
こんないい環境を別荘に持つだなんて、やっぱりオーナーは相当な金持ちなのだろう。
昼飯もオーナーが全部出してくれたらしい。美味しくいただきました。
この慰安旅行に合わせて業者に掃除とメンテナンスを頼んだらしく、すべて使える状態にしているそうだ。
至れり尽くせりだな。ありがとうございます。
何でもこの別荘は元々旅館として建築されたものらしく、前の持ち主の時に問題が発生して、オープンすることもなく計画が頓挫したそうだ。その後、売りに出されてこの物件をオーナーが買いとった。
ところでその問題って何? すごく気になるんですけど。
何かとんでもないことじゃないだろうな?
オーナーに聞いてみた。
「……明人は多分問題ない」
何その言い回し? 余計に気になるから!
多分って何?
ここってやばい問題があったからオープンもできずに頓挫したんでしょ?
教えろ! 何があったか教えろ!
「……そのうち分かる」
意味ありげに言って逃げるの止めて?
くそう、黙り込みやがった。
店長たちも声を掛けようとしたら視線を逸らすし。
これは緘口令が敷かれているようだ。
オーナーは入り口の鍵を開けて中へと入っていった。
続いて大人たちがそれぞれ中へと入っていく。
後ろに続いていた俺は、入り口に掲げられている木彫りの看板を見上げた。
てんやわん屋八島出張所と書いてある。
出張所ってなんだよ、出張所って。ここで商売やってないだろ。
随分と古ぼけた感じの看板だけれど、このセンスはいただけない。
俺がその看板をじーっと見上げていると、
「どうしたの? アリカに肩を貸してニヤニヤしていた明人君」
「どうしたんですか? 幼女の毒にやられかけてた明人さん」
バスから降りた途端、俺の両腕にくっついて離れない響と愛が言った。
くそ、こいつら……バスの中では何も言ってこなかったくせに、降りた途端責めてきやがる。
俺が二人の言葉を無視していると、美咲がつかつかと寄ってきて、俺の顔をがしっと掴んで無理やり自分に向ける。
「どうしたの? 起きたアリカちゃんと「ごめんね……明人」、「いいよ。起こすの悪いと思ったの俺だし」とか言いながら見つめ合ってラブコメモードに突入してた明人君」
笑顔のくせに目が笑ってねえし!
怖いんだよ!
「だあああああっ! 離せお前ら! さっきからお前ら何なんだよ一体!? 俺がアリカとラブコメするわけねえだろが!」
「「「してた」」」
「してねえって! おい、アリカも何とか言え……おい、何か悪いもんでも食ったのか? 何でそんな照れたような顔してんだよ? 似合わねえぞ?」
バスを降りてからずっともじもじとしていたアリカに言うと、ぎろりと睨んできた。
「はあ? あんた喧嘩売ってんの? はぁ……あんたってホントに……もういいわ。みんなも訳わかんないことで揉めてないでさ、あたしと明人がそんなことになるわけないでしょうが。さっさと部屋に荷物運んで、着替えて泳ぎに行こうよ」
その言葉に太一が目を輝かせる。
「うほっ! きたきたきたあ! 夏のイベント、THE✫水着鑑賞。みんなの可愛い姿を俺はしっかり目に焼き付けちゃうぞー、水が弾ける肌、たわわな実り、ぷるんとした果実――げふっ! ぐはっ!」
綾乃の無言のボディブローで前屈みになったところに長谷川が、「えい」っと顔面に膝蹴りを入れた。
なんてコンビネーションだ。まるで流れるように技が決まっていた。
くらった太一は地面をのたうち回る。
自業自得だ。
「深雪さん流石です。伊達にお兄ちゃんの躾役を一年もしてたわけじゃないですね」
綾乃が親指をぐっと挙げて長谷川に言った。
躾役? 一年も?
思わず綾乃に聞いてみた。
「綾乃ちゃん、何の話それ?」
「今でこそお兄ちゃんこんなんですけど、中学生三年のとき、性質が悪かったというか、酷かったんですよ。その時に深雪さんにはお世話になってですね。当時のお兄ちゃんと来たら、しょっちゅう喧嘩して帰ってくるわ、夜も遅くまで出歩いてるわで――」
「――綾乃。それ以上言うな」
うずくまったまま、ぞくっとする声で太一が呟いた。
今の太一の声か? そんな声、俺は一度も聞いたことないぞ。
太一は起き上がって砂を払うと、綾乃の頭を片手で捕まえる。
「お前さー、お兄ちゃんの恥ずかしい過去をみんなに暴露しちゃうなよー」
「ごめん。調子に乗った――」
太一の無表情に綾乃はびくっとして、口を噤んだ。
誰だこれ? 俺はこんな太一知らないぞ。
太一はすぐに表情を崩し、綾乃の頭をわしゃわしゃしながら叫ぶ。
「俺が頭の痛い子だって思われるだろ! 俺の調子に乗ってた時代の恥ずかしい話なんて掘り返すんじゃねえよ! どうすんだよ。皆なんか引いてるじゃん。お兄ちゃん泣かす気か! お前なんかこうしてやる!」
「うわああ、お兄ちゃん止めて! 髪がぐしゃぐしゃになるって。それに引いてるのはお兄ちゃんが訳の分かんないこと言いだしたからでしょー」
そういう綾乃が、何故かほっとしたような顔をしたのは気のせいなのだろうか。
「こらあっ! 千葉ちゃん、綾乃ちゃん虐めちゃ駄目!」
「ああ、もう、うるさいな。千葉ちゃんって言うなって言ってるだろ」
もう、いつもの感じの太一だった。
何だったんだ、さっきの迫力は……。
それにいつもは兄を雑に扱ってる綾乃がびくついた?
長谷川はそんな感じはしなかったけれど、昔に何があったんだろう。
今の話からすると、今の太一からは想像できないけれど、荒れていた時期があったということなんだろう。
太一のことを親友だと思っているけれど、昔の太一のことを知らない。
俺は太一のことを知っているようで、あまり多くを知らないことに気が付いた。
「おい、明人。そんな顔すんな。今日の晩にでも話してやっからさ。つまんねえ話だから期待すんなよ?」
表情を見て俺の考えていることが分かったのか、太一が言った。
「とりあえず、今は忘れて遊ぼうぜ。せっかくの夏イベだぞ?」
「……ああ、そうだな。せっかくの海だし、春那さんの水着姿も見たいしな」
そう言った瞬間、俺の両腕、首、頭は八本の腕に捕らわれていた。
「へえ、明人君は私より春那さんの水着姿に興味があるのね?」
「春ちゃんの名前が最初に出た理由を詳しく聞かせてもらおうか?」
「とりあえず、社会の害悪は潰した方がいいわよね、ね、明人?」
「明人さん、愛も負けていませんよ? いくらでも見せてさし上げますよ?」
おい、待て。
あの完璧なボディを持つ春那さんの水着姿を気にならない男はいないぞ!
✫
体を抑えられていたせいで逃げ出すこともできず、狩人たちの洗礼を受けた。
愛は体にしがみ付くだけで、攻撃をしてこなかったのがせめてもの救いだった。
長谷川と綾乃が止めてくれなかったら、やばかったぞ。
屋敷に入った俺たちは、それぞれ部屋を割り当てられる。
屋敷には二人部屋と三人部屋がある。
三人部屋には店長家族、愛里姉妹と響、それから涼子さん、綾乃、長谷川の組み合わせ。
二人部屋には、俺と太一、美咲と晃、文さんと春那さん、立花さんと前島さん、由美さんと奈津美さん、高槻さん夫妻がそれぞれ入ることになった。オーナーは専用の個室があるようだ。
屋敷内の設備は十分すぎるほどだった。
しっかりとしたベッドがあり、空調装置も冷暖房完備。
シャワールームとトイレもそれぞれの部屋に装備。
型は古いがテレビもちゃんと置いてあって、窓際にはテーブルとイスが人数分置いてある。
本当に旅館だな。
海の近くの旅館として作られただけあって、外でもシャワーが浴びれるようになってたり、男女別の大きな風呂もある。裏庭にはバーべーキューエリアも設けられており、屋根付きのテーブルや、煉瓦で作ったバーベキューコンロが複数ある。
確かに慰安旅行先として設備の整ったいい場所だ。
食堂らしきところには、立派な厨房もあり普段使っていないのがもったいない感じがした。
流石に料理人はいないので、この旅行の間は自分たちで工面しなければいけない。
しかし、俺たちには、料理を得意とする春那さんと愛の強力なメンバーがいる。
二人とも自ら名乗り出てくれて、二人の料理の味を知る俺はもう安心以外の何物でもない。
昼食は海辺の食堂を利用するらしいので、みんなの分の朝食と夕食を作ってもらうことになる。
まあ、一日はバーベキューを予定してるし、準備は男手がすることになっているので、少しは負担は減るだろう。俺もバーベキューでは準備に参加するし、料理の方もできることがあればお手伝いしよう。
材料の皮むきとかくらいなら邪魔にならず手伝えるだろう。
皆が危険なので、美咲には忙しそうでも絶対に手だしするなと釘をさしておこう。
それから俺たちは割り当てられた部屋に入り、それぞれ海に行く準備にかかった。
俺と太一も水着に着替え終わり、通路に出る
通路に出ると、由美さんと奈津美さんの部屋の前で、前島さんと立花さんが二人並んで正座していた。
何をしでかしたんだろう?
何やら二人で互いに険悪な感じで睨み合ってる。
「どうしたんです?」
「前島の馬鹿が部屋をいきなり開けたんだよ」
「いつものくせでつい……な」
「で、何で正座なんですか?」
「二人とも着替えてる最中だったんだ」
「おかげで俺まで巻き添えだ」
ああ、それで険悪な感じなのか。
「見たって裸……じゃないですよね?」
「俺が見たのは上半身下着姿だ。でも背中しか見てねえぞ」
「俺も同じだ」
きぃっと音を立てて、奈津美さんたちの部屋の扉が開く。
「あんたら反省してへんのか?」
「「すいません」」
奈津美さんの声に二人して即座に土下座した。
「親しき中にも礼儀ありや。二人きりの時はいくらでも見せたるさかい、それまで待ち」
「もう、立花さんも駄目だよ? 婚約者だからってちゃんとしないと」
「「ははぁっ! すいませんでしたー」」
床に額を擦り付けながら二人は謝った。
なんだかんだと寛容的な奈津美さんと由美さんだった。
前島さんたちはそのまま海に向かい、準備の終わった店長も家族でそのまま海に向かっていく。
先に行ってシートとかパラソルを用意しておいてくれるようだ。ありがとうございます。
オーナーと涼子さんは屋敷でしばらく休養するようだ。少し酒を抜きたいらしい。
「……気持ち悪い」
「……私も。流石にちょっと付き合い過ぎたわ」
どうやら二人とも他の皆よりは酒に弱いらしい。
他の人が強すぎるんだろう。
まあ、ゆっくり休んでいてください。
太一と二人で屋敷の前で待っていると、メンバーが出てきた。
…………うん。あれだ。
そのなんていうか…………生きててよかった。
俺、てんやわん屋でバイトしてマジでよかったと思う。
うちの娘たちはみんな可愛すぎる。
太一が皆の水着の特徴を俺に説明してくれた。
響のトップは首で固定するタイプで、ホルターネックというタイプのビキニらしい。
愛のは、胸の周りに飾りつけの布が付いているタイプで、そういうのをフリンジビキニというそうだ。
ところで太一。何でそんなに詳しいんだ?
愛は明るいピンクのを着ていて、響は青の水着。
それぞれ腰にパレオを身に着けていた。響は長めで愛は短めだ。
響がなんとなくエスニックな感じがする。
うちのメンバーの中でも大きい部類に入る二人の胸は、くっきりとした谷間を作っていた。
あの谷間に手を入れたら抜けなくなるんじゃないかと思ったくらいだ。
美咲と晃はお揃いの白い水着。肩ひものないチューブトップに下はデニム生地のホットパンツ。
ホットパンツの下にもビキニパンツを着ているようだ。
美咲と比較するとよく分かった。晃の方が身が締まってる分細く見える
しかし、ないだろうと思っていたけれど、やっぱり晃ってあんまり胸がないんだな。
美咲と同じ水着を着ているせいでよく分かる。それは美咲に軍配が上がる。
美咲が晃の腰回りを羨ましそうにじっと見ているけれど気にしないでおこう。
綾乃はトップがキャミソールぽい感じ、こういうのをタンキニというらしい。
下もショートパンツ姿で綾乃らしいと言えば綾乃らしい水着姿だった。
アリカはスカートタイプのピンクドットのセパレート。
ちっこい体に発育不十分のアリカがさらに幼く見えてしまう。
お兄ちゃんと呼んでくれって言ったら、殴られるかな?
長谷川は、上がビキニで下がスカートみたいなタイプ。
てか、胸の盛り上がりが反則級です。太一が隠れ巨乳だとは言っていたがマジ物だった。
普段、愛や響のように胸が目立つこともないからか、ギャップに驚きだ。
うちの学生メンバーの中で一番大きい愛にマジで匹敵してる気がする。
「みんなお待たせ」
ここで大本命。春那さんが出てきた。
春那さんは薄い上着を身に着けているが、前は開けている。
さすがは春那さん、黒の水着で勝負とは恐れ入る。
しかし、ここで俺の夢は砕け散った。
てっきりあの最強武器を思いっきりアピールするような水着で来るに違いないと踏んでいたのに……。
ビキニはビキニだ。しかし、その胸を隠すようなヒラヒラは何ですか?
せっかくの神様からいただいたFクラスの双丘を何故隠す。
俺は抗議したい。とことん抗議したい。
オフショルダーだか、なんだか知らないけれどそんな水着は邪道でしょ。
身で勝負でしょ!
しかしながら他の女子たちからは「おとなっぽい」とか「格好いい」とか評判だ。
いや、確かにあってるけれども、とてもよく似合ってるけれども。
この怒りをどこにぶつければいい。
「いや~おまたせ~。久しぶりに水着を着ると手間取るねー」
遅れて現れた文さん。
ワンピースのスカート付きタイプ。
シンプルなデザインなんだが、柄が気になった。
黒を基調にしているのだけれど、濃さの違う黒で猫の手形というか肉球があっちこっちに描かれている。
本当に猫好きもここまでくるとあれだな。
まあ、俺も猫が好きだから、つい絵柄をじっくり見ているんだけど。
いいよね、その絵柄。何だかさっきまでの怒りが消えていく。
「……明人君が文さんに一番食いついてる……」
「まさか、一番大人しい種類が好みだったなんて、愛の計算違いでした」
「何か悔しいわね。……ところで愛さん、そもそも計算できたの?」
ごちゃごちゃうるさいな。
今の俺には癒しが必要なんだ。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。