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帰路  作者: まるだまる
328/406

325 慰安旅行編3

 海鮮料理というだけあって、刺身の船盛、天婦羅、焼き魚、サザエのつぼ焼き、アサリのバター蒸し、イカの姿焼き、茶わん蒸しと魚を中心とした美味そうな料理が並ぶ。

 

 大人たちはバスであんなに飲んでいたにもかかわらず、またここでも酒を飲み始めた。

 どうやらこの店オリジナルのビールらしい。

 文さんはご機嫌にグラスのビールを一気に飲み干す。


「いんや~、これも懐かしい! 独特な味だよねー」


 俺たちが店に入ってすぐに料理が出てきたけれど、予約したときにあらかじめこの時間に来ると指定していたようだ。高槻さんの奥さんが計画通りの時間きっちりに運転して到着したということになる。

 なんでも奥さんは今でこそ市営の交通局で事務をしているが、元々はバスの運転手さんだったらしい。

 清和市初の女性バス運転手として、地元の新聞にも載ったことがあるそうだ。

 ますます、人は見かけによらないものだと思う。


 食事が進み、学生メンバーの箸はどんどんテーブルの上の料理を空けていく。

 特に勢いがあるのは小さい体に大きな胃袋を持つアリカ。

 次いで、俺と太一。晃も細身の体の割にはがっつり食うタイプなので、俺らのテーブルはどんどん料理が空になっていく。美咲や愛、響も元々あまり量を取らないが、品数は味わいたいらしく、少しずつマイペースに味わっている。


 少しして、文さんお待ちかねのサザエのつぼ焼きがようやく焼きあがる。

 店の人がこの店独自のブレンドした調味料をしゃっとかけると、じゅうっと音を立てながら磯の香りと醤油の香ばしい匂いが周りを漂う。その強烈な食欲をそそる音と匂いに思わずごくっと生唾を飲む。

 長谷川と綾乃は貝類が苦手らしく手を付けなかったが、その分が太一に流れてきた。

 

「太一、俺にもくれ」

「おう、んじゃ綾乃の分は明人が食え。長谷川の分は俺が貰う」


 その言葉を聞いて、また愛がニヨニヨする。

 まだ引きずってんのか。

 

「あちっ! 中身取りづら!」


「明人さん、中身を出すなら愛にお任せください」


 そう言って手を出してきたので、サザエの乗った皿をそのまま渡す。

 愛は専用の串を器用に使い、軽く手首を返すと一発でサザエの中身をくり抜く。

 サザエって見た目はあれだけど、美味いんだよな。


「明人さん、はいどうぞ」


「ああ、ありがとう」

  

「あんた、そういうところは本当に器用よね?」


 と、アリカは言いながらも愛に向かってサザエの乗った自分の皿を差し出す。

 どうやら、自分も取って欲しいようだ。

 さっきからうまく中身が取り出せずに格闘してたもんな。

 愛は当たり前のように受け取ると、ささっと中身をくり抜いてアリカに返す。

 途端にアリカはご機嫌な顔でついばみ始める。本当に幸せそうに食べるやつだ。 

  

「この苦みと歯ごたえが癖になるというか……絶品だわ」


 いっぱしの美食家のような口ぶりで食すアリカだった。


 そして、新たな料理が運ばれてくる。

 お椀と妙に小さめの器だけれど、中身は何だろう?

 お椀にはいていたのはトロロ。真ん中にウニが乗っかっている。

 小さな器にはオレンジ色の果肉のようなものが入っていた。

 何だこれ?


 店員さんがそれぞれのテーブルに置き終わり正体を告げる。 


「当店名物ウニトロロとホヤでございます」


「ホヤ?」


 初めて食べるぞ。これ何か味付けすんのかな?

 もしかして、そのままでもいいのか?


 皆を見てみると、学生メンバーはホヤに興味を持っている。

 どうやら誰も食べたことがないらしい。


「春ちゃん、ホヤって何?」


「ホヤはホヤだね。貝でもないしナマコとかとも違う。東北では有名な海産物でこの時期は旬だったはずだよ」

 へー、東北では有名なのか。 

 

 人間、見たことがない物を初めて見たときどうしていいか分からず、原始的な行動に出るといった話を聞いたことがある。その説はどうやら合っていたようで、俺の周りでも色々な角度から観察したり、恐る恐る近くで匂いを嗅ごうとしたり、箸でつんつん突いたり、皆様々な行動に出ていた。

  

 大人たちはとっくにこれの味を知っているようで、ひょいひょいと口に入れている。

 前島さんと奈津美さんはホヤを立花さんたちに渡している、どうやら苦手なようだ。

 立花さんが「美味いのに」と言って貰ったホヤをすぐ口に入れた。

 若干の癖はあるかもしれないが、美味いのかな?


 一緒に出されたウニトロロは万が一に備え、口直し用にあとでいただこう。  

 味が分からないものって、口に入れるの何だか怖いな。

 箸でつまんでみると、何となく赤貝のようでそれよりも柔らかい感じがする。


 あ、しまった。これは先走り過ぎた気がする。

 おい、何だよ。皆して俺をじっと見るなよ。

 早く食べて結果を教えろってか? 

 みんな酷いな。ちくしょう、分かったよ。


 勇気を振り絞って口の中に放り込む。


 ――――何だこれ?


 海産物だけあって、潮の香というか塩味もあるんだけど、甘味もたしかにあって、でも微かに苦いのと酸っぱい感じもあって、でも旨味みたいなものもあって、何だこれ?


「どうだった?」


 アリカが興味津々に聞いてくる。

 皆が俺の表情をじーっと見てくる。


 俺の答えは――――


「何だこれ?」


 みんなの肩をがくっと下がる。


 いや、冗談で言ってないんだ。

 そうとしか言いようがない。どう表現していいか分からない。

 美味いか不味いかと聞かれれば、不味くはない。でも、美味いとも言い切れない。

 味が複雑すぎて、これが美味いのかどうかが判断できない。

 

「明人君、すぐに水を飲んでごらん」


 俺の様子を見ていた春那さんがそう言ってきた。

 俺は言われた通り、水を口に含んでみる。


「――!? 何だこれ? 水が甘い?」

  

「それもホヤの作用だよ」


 驚いてばっかりだ。こんな食べ物があるなんて。

 世の中不思議なものがあるもんだな。


 貝類の苦手な綾乃と長谷川以外はどんな感じなのか知りたくなったのか、一切れを口に入れ始める。

 食べた皆は微妙な顔つきになる。

 どうだ? お前らも絶対「何だこれ?」しか思い浮かばないはずだ。

 

 喉に通したあと、そのまま水を口にする。

「――!? ほんとだ! 甘い!」

「うわ、水が甘く感じるわ」

「これは不思議体験」

  

 口々に驚いたと感想が出るが、それを見ていた長谷川と綾乃が自分たちも経験したくなったのか、なるべく小さなホヤを選択して口に入れた。

 二人揃って苦虫でも食べたような顔をした。どうやら完全にアウトだったらしい。

 流石に吐き出さなかったが、すぐに水を飲んで無理やり飲み込む。

 

「あ、ほんとだ。確かに水が甘くなった気がする」

「――ですね。何か不思議」


 とりあえず水が甘く感じることができたのは良かったな。

 まあ、もう二度と口にしないだろうけど。

 

 そのあと、もう一つの名物ウニトロロをいただいた。

 専用のたれをかけて、お好みでわさびを入れる食べ方らしい。

 

「晃ちゃん、わさびいる?」

「うん、私のも入れて」


 おい、自爆したな?

 美咲に調味料を入れさせることがどれだけ危険か忘れてるだろ。


 案の定、美咲は別皿に添えられていたわさびの山をそのまま半分に割って、自分と晃のウニトロロにそれぞれ入れてかき混ぜた。うわ、今入れたわさびの量、親指くらいあったぞ。

 晃の顔が思いっきり引きつっている。気付くのが遅いよ。


 美咲に任せたあんたが悪い。

   

「はい晃ちゃん、どうぞ」

「あ、ありがとう」


 自分が晃の役に立てたと思っているのか、美咲は思いっきりいい笑顔で晃に渡す。

 そんな笑顔を見て晃が受け取れないわけがない。

 だが、食べればどうなるかもう想像ができているのだろう、軽く青ざめつつある。

  

「食べないの?」

 

 美咲は少し心配げな顔で傾げながら聞く。

 晃の口元がすごく痙攣しているが、明らかに無理してるのが分かる笑顔を美咲に返す。

 

「いただくね?」


 覚悟を決めた晃は箸を走らせウニトロロをさらさらっと口に流し込む。

 

「これ、おいひいね」


 すんげえ涙をボロボロと流してるんですけど。


「泣くほど美味しかったの?」

 

 とぼけたことを聞く美咲に晃は涙をボロボロと流しながらうんうん頷く。


 男前だな。


 晃はいつかその優しさで身を滅ぼすことになる気がする。

 まあ、入れた当の美咲は同じ量のわさびが入っていても、平気で食べているんだけどな。

 

 わさびにも強いのか。

 刺激物を感知する味覚は相変わらずかなり鈍いらしい。

 

 ✫


 昼食が終わり店を出て、またバスに舞い戻る。

 俺たちを乗せたバスは目的地である八島へと向かった。


 後部座席では酔っ払い集団が一升瓶やワインのボトルを片手に、またやんややんやと大騒ぎ。

 

 その騒ぎにいい加減慣れてしまった頃、俺はずっと外に流れる景色を眺めていた。


 アリカも腹いっぱいになったからか眠気に襲われたようで、今ではもう完全に寝息を立てている。

 俺の肩を枕にして。

 

 料理屋でバスに乗車したときに、俺に見せたいものがあると言って俺の横にアリカが座った。

 アリカが俺に見せたかったのは、サバゲ―部の模擬戦のときに撮った写真データ。

 この中からそれぞれ選択してもらって、てんやわん屋のアルバムにアップするつもりだそうだ。

 それで俺が写っている写真のどれなら載せていいか聞きたかったらしい。


 アリカの携帯を覗き込みながら写真を選択。まあ、どれを載せても特に問題はなかった。

 自分から見てこれはいいなと思うものを選択。しかし意外と枚数が多い。

 

「これなんてどう?」

「どれ?」


 それにしてもさっきから妙に冷える。エアコン効きすぎか?


 いや、違った。この冷気の発生源は前の座席からと反対側の座席からだ。

 俺とアリカの座る前の座席には響と愛が座っている。

 反対側の座席には美咲と晃が座っていた。


 狩人たちは気配を消しながら俺たちの様子を窺っている。


 目を合わしたらやばい。絶対に目を合わせたら駄目だ。

 誰か一人にでも目を合わせた瞬間に襲われる気がする。

 

「明人聞いてる?」

「ん、ああ、聞いてる。皆揃って腕組みポーズで撮ったのは?」

「ああ、あれ? ちょっと待ってね。枚数多いから探すのが大変なのよ」


 それから俺が選択した写真をアリカがアップ。内容を確認してと頼まれる。

 俺が携帯で写真を見ている間に退屈したのか、それともやっぱり車に乗ると眠たくなる性質なのか、アリカはそのまま寝てしまった。


 おい、いきなり寝るなよ。お前なんでそんな簡単に寝れるんだよ。もしかして、お昼寝しないと駄目な子なの? 見た目通りのおこちゃまなの? そういう習慣なの? 俺を一人にしないでくれ。頼む、起きてくれ。


 そんな願いは叶わず、そのうち段々と俺にもたれかかってきて、俺の肩を枕にして安定した。

 さらに動きを封じられた俺は、そっと携帯をポケットにしまうと、すばやく窓の外に視線をやった。

 

 そして俺はというと、狩人たちと目を合わせないよう、窓の外に視線を向けたまま必死に視線を逸らしていた。もう視線というか絡みつく瘴気というか、かなり命の危機を感じるんだが。


 響と愛なんか俺の一つ前の座席から後ろを向いて、自分たちの座席の頭に顎を乗せながら俺たちをじーっと見ている。何か言ってくれ。無言でじーっと見られると逆に怖いんですけど。


 たまに窓が鏡みたいに反射して、反対座席が映ることもあるのだが、そこに映った美咲の姿も洒落にならないくらい怖いんですけど。


 くそう、いい加減の外の景色も飽きてきた。誰か助けてくれ。

 お読みいただきましてありがとうございます。

 次回もよろしくお願いします。

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