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帰路  作者: まるだまる
327/406

324 慰安旅行編2

 てんやわん屋の前に珍しく人だかりができている。

 何のことはない身内が集まっているだけなのだけれど。


 オーナー、春那さん。

 店長、店長の奥さんと娘の千佳ちゃん。

 高槻さんの奥さん、立花さんと由美さん、前島さんと奈津美さん。

 美咲に晃に文さん。

 アリカに愛に響。

 太一に綾乃に涼子さんに長谷川……あれ? 何で長谷川がいんの?

 

 太一に聞いてみる。


「サバゲ―した日あるじゃん。あの後、長谷川を家に寄せたんだよ。そしたら母さんが長谷川捕まえて、あなたも一緒に慰安旅行に行きましょうって言いだしてさ。長谷川自身も困ってたんだけど、もう叔父さんと長谷川のお母さんに了解とっちゃったし」


 ああ、涼子さんが発端か……相変わらず行動が早いな。

 何か長谷川がいたら面白いと思うことでも見つけたのか?


「太一、お前、長谷川をカバーしてやれよ?」

「分かってるよ。でも、学生メンバーはサバゲ―のおかげでみんなチームメイトだからな。まあ、長谷川も楽しめるだろ」

  

 確かにあのサバゲ―部の模擬戦は俺らに新たな絆を与えてくれた気がする。

 同じ目標を持って協力し合って互いに信頼関係ができたと思う。


「あの次の日、俺、筋肉痛がすごかったんだけど太一はどうだった? ちなみに美咲は動けないくらいになった」

「俺はなかったぞ? まあ、俺は三戦とも明人や美咲さんみたいに最後の方まで残れずに途中でやられてたし、あんまり走ってなかったからな。戦闘も後衛からの援護や防御がメインだったし」


 いやいや、そんなことないぞ。太一も相当走り回ってたし、特攻やってた綾乃やアリカと同様まではいかなくても、そこそこ激しいアクションしてたのを見てるぞ。


「まあ、何もないってことはなかったけどな。体はちょっとだるかった。綾乃はピンピンして、母さんにこんなことしてたって体で説明してたけどな」

「お前ら兄妹って実は体力凄い系?」

「綾乃はともかく俺は並み以下だぞ?」

「そうか……長谷川も実は元気だったとか落ちはねえだろな」

「長谷川は次の日動けなくなったらしいわ」


 良かった。長谷川は普通の人だった。

 俺と美咲と愛だけ酷い筋肉痛だったってなったら、ちょっと俺悲しくなるぞ。

 流石にこれはまずいと思って、この月曜日から春那さんと早朝ランニングを一緒に始めたんだ。

 思ったよりも持っていく荷物がスカスカだったからっていう理由も少しはあるが、今回の旅行先でも続けるつもりで運動着と靴も持ってきた。

 春那さんも付き合うよって言ってくれたので、寂しいこともない。

 もし、また機会があったときは今度は筋肉痛にならないようにマジで鍛えておこう。


 サバゲ―部との関連話として、二日前に響との二回目のデートがあった。

 そのときに聞いた話だと、模擬戦の次の日に生徒会メンバーで仕事してたそうなのだが、全員筋肉痛とかそういったものはなく元気だったそうだ。我が校の生徒会メンバーは全員怪物らしい。


 しかし、元気っ子の会長や普段から鍛えている響、部員の西本はともかく、副会長の南さんが何もなく元気でいたというのは釈然としない。練習のときとかものすごくばててたのに。


「あの人、体力はないけど回復力が異常なのよ。そういう方面でも変態なのね。多分、殺そうとしても簡単に死なないんじゃないかしら」


 響の一言に妙に俺は納得してしまった。


 確かに副会長は俺たちがばててきた三戦目でもスタート時は元気だった気がする。

 アリカの尻を追いかけまわしてたもんな。まあ、すぐにばててやられてたけど。

 

 

 そんなことを思い起こしていると、大型のバスが駐車場に入ってきた。

 てか、運転してるの高槻さんだし。

 

「おう、待たせたな。荷物積んじまえ」


 午前一〇時、てんやわん屋慰安旅行の始まりである。


「お父さん安全運転で行ってよ? バスの運転ブランク開いているんだから」


 由美さんが運転席から降りてきた高槻さんに言った。


「お? 俺はここまで持ってきただけだぞ?」

「……誰が運転するの?」

「母さんに決まってるだろ。運転したら俺が酒飲めねえじゃねえか」

「……お父さん最低」

「俺より母さんの方が運転上手なのお前も知ってるだろうが」

「……それでも最低」

 

 高槻さんの奥さんって、こんな大きなバス運転できるんだ?

 人は見かけによらないな。


 バスの腹にある荷物置きにみんなの荷物を入れていく。 

 積み終わった人から乗車開始。


 長谷川が乗車前からすでに青い顔をしている。

 乗り物酔いしやすいんだったな。

 

「長谷川、気分悪くなったらすぐ言えよ?」

「うん、ありがとう千葉ちゃん。薬飲んできたから大丈夫だと思う」


 そんな二人を見て愛が何故かニヤニヤしている。


「響さん、響さん。やっぱりぃ、あの二人はぁ、怪しいとぉ、愛は思うのですぅ」

「随分と楽しそうね? それと佐渡島さんみたいな話し方止めてもらえる?」

「なんていうか、旅行って開放的な気分になるって言うじゃないですか。いつもと違う環境に二人の距離が近くなっちゃうみたいな。この旅行で太一さんと長谷川先輩は大人の階段を、うきゃああああああああああっ」

「猿みたいに興奮しないでくれる? ごめんなさい、猿みたいじゃなくて猿そのものね」

「うきゃああああああっ!」


 猿と言われた愛が響に襲い掛かったが、愛の攻撃を至近距離で避けまくる響だった。

 響の奴、ますます避ける技術に磨きがかかったんじゃねえかな?  

 お前らの仲が良いのは分かったから、さっさと荷物を入れて早くバスに乗れ。


 乗車が終わりいよいよ出発。

 このバスは後部座席が広いラウンジになっている。

 小宴会くらいなら十分にできそうだ。


 バスの乗車区分としては、後部座席のラウンジが大人エリアで、二人掛けの座席が並ぶ前側が学生エリアになった。全員が座席に着いたところで出発。


 出発と同時に後部座席では「じゃあ、さっそく乾杯!」と、酒盛りが始まった。

 何か凄くうるさいんですけど。

 前部座席の俺らはその逆で妙に静かに過ごしている。

 

 太一が長谷川の横でパタパタと団扇を仰いで、長谷川に風を送ってる。

 本当に面倒見のいい奴だ。


 アリカと綾乃はこの騒がしい中でウトウトし始めている。

 おい、まだ出発したばかりだぞ。

 あれか? 車に乗ったらすぐに眠くなる系なのか?

 それとも今日が楽しみであんまり眠れなかったのか?


 響と愛は俺の横にどちらが座るかという静かな戦いを繰り広げている。

 多分、勝負は着かないだろう。そうやって二人で並んで座ってろ。

 晃と美咲は二人で仲良く携帯で遊んでいる。ソシャゲ―かな?

 

 俺はというと一人座席で外の風景を見ながら、後ろの騒がしさに耳を傾けていた。


 まず、出発して10分もせずに文さんが壊れ始めた。


「特だし一丁、天下無敵のまおー様とーじょー! ほらほら、おじさん飲んだ飲んだ! 酒ならいっぱいあるんだし、何? 全部おじさんが用意した? ひゃっほう、おじさん太っ腹、愛してるぅ!」


「ふみちゃんの! あっそれ! ちょいっといいとこみてみたい!」


 ……店長、そんなキャラも持ってたんすか。


「しょうがねええなあああああ! おじさん文ちゃんの雄姿しっかり見とけよー、おいそこ、こっち見ろ! おい、こら春那、何一人でかっこつけて高級ワイン飲んでやがんだ。次は春那に振るからな!」


「上等ですよ! なんぼでもかかってこーい!」


 ……春那さん、あなたまで……。


 訳が分からない乗りだが、文さんが一番声がでかくて大はしゃぎなのは気のせいじゃないな。

 この乗りが八島に着くまで続くのか?



「みんな、おらに力をわけてくれえええええええええええ! んぐっ、んぐっ、んぐっ、ぷはあっ――いえ~い、コングラチュレイショ~ン! 見たかおじさん! もっとおらに酒を分けてくれええええ」


「あ、それ! もういっぱい、もういっぱい」


「んっがああああっ、リクエストきたきたきたー!!! 春那、お前も付き合え、飲み比べじゃあ!」


「がってん承知の助!」


 何か春那さんまでノリノリなんだけど……。


 俺の中で春那さんのイメージがぼろぼろと壊れていく。

 普段あんなに格好いいのに飲むとこうなるのか。酒って怖いな。


 しかし、他の人たちも文さんの壊れ方によくついていけるものだ。

 奈津美さんも由美さんも涼子さんまで全然平気そうに笑ってるし。

 高槻さんも店長も前島さんも立花さんも腹の底から笑ってるように見えた。

 オーナーの怖い顔も少しばかり緩んでる気がする。


 この人たちにはこの人たちが共に過ごしてきた時間があって、共に騒げるのだろう。

 いつか、俺もあんな風にできるのかな?

   

 店長の奥さんは千佳ちゃんと一緒に前の席に避難してきているが、千佳ちゃんが後ろの席を覗こうとするたびに「あれは見ちゃいけません」と、千佳ちゃんの目を塞いでいた。


 店長、上半身脱いで「金城ポール」とか言って三点倒立してますけど、そういうのってお子さんの教育に悪いそうですよ? 奥さんが恥ずかしそうに縮こまってます。

 あと、バスが動いているので流石に危ないと思います。


 ✫


 八島まで半分の距離を過ぎたころ、巡行速度で走っていたバスがスピードを落とした。

 少し先に見える海鮮料理屋に寄るみたいだ。

 ここで昼食をとるらしい。


 後部座席で宴会魔王の文さんは、店の看板に付いてある大きな魚を見て突然、泣き出した。


「春那~、ルーたんとクロちゃん元気かなー? ママがいないって泣いてないかな~?」

「文さん大丈夫ですよ、ちゃんとペットホテルの人が優しく面倒見てくれてますから、今頃元気におもちゃで遊んでますよ」


 あいつら、今の時間だったら寝てると思います。


 流石に慰安旅行にルーとクロを連れてくるわけにもいかず、止む無くペットホテルに預けることにした。

 預けた時に文さんが「ママを許してね」とゲージにしがみついて謝っていたけれど、ルーとクロがびびってゲージの奥で固まってたのは言わないでおこう。


 バスが駐車場に入り料理屋に到着。


 あれだけ騒いでいたのに、大人たちは普通にしか見えない態度で降りてくる。

 ぐでんぐでんに酔っぱらってるかもしれないと思ってたのに、みんな足取りはしっかりしている。

 大したものだと思う。皆、酒に強いのだろうか?


 店へと足を進めていると、文さんが足を止めて、何だか感慨深そうに料理屋を見上げていた。 


「ここに来るのも久しぶりだね。何だか懐かしい」

「……お前はそうだな」

「えーと、あれ! さざえのつぼ焼き出る?」

「……もちのろんだ」

「やった! だからおじさん大好き!」


 何だか文さんがいつもより幼く見えるのは気のせいだろうか。

 まるで学生の時もあんな感じだったと思えるような。

 

「ここはね~、てんやわん屋設立当時から慰安旅行で使ってる店なんだよ~」


 こっそり店長が教えてくれた。

  

「こういう思い出の場所は、いつまでもあってほしいよね~」  

 

 俺にとってもここはそういう場所になるのだろうか。

 そうであったらいいなと思いながら、もう一度、店を見上げてから皆の後について行った。

 お読みいただきましてありがとうございます。

 次回もよろしくお願いします。

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