315 夏休み4
「私……明人君のこと好きなんだ」
美咲の口からこぼれた告白。
いつになく真剣な顔で。
触れたら壊れそうな表情で。
美咲は俺の目をしっかりと見詰めて言った。
俺はどうすればいい。
俺も美咲は好きだ。でもこれは恋愛感情としてじゃない。
そうなのかが分からない。
響や愛の時と同じように、好きだと分かるまで待ってもらう方がいいのか。
どうすればいいのか分からない。
「――と、言ったら困る?」
「へ?」
美咲は俺の表情をじっと見ながら言った。
先ほどの真剣な表情ではないけれど。
実際、困ってる。
てか、美咲は俺の表情を見てるんだからいつもみたいに分かっているはずだ。
「困ってるよね。そうか~、私が明人君を好きだと言ったら明人君は困っちゃうのか~」
にやっと笑って言う美咲。明らかに冗談を言ったような顔で。
「冗談言ってごめんね。ちょっと仕返ししたかったの。明人君凄く困った顔してたよ?」
今のは本当に冗談だったのだろうか。
俺にはその自信も判断も選択も何もなかった。
「今度はちゃんと約束覚えていてね?」
美咲はそう言って小指を伸ばしてくる。
美咲と指切りをして約束を交わす。
指を離したあと、美咲は「行こうか」と言って振り返って背中を見せる。
小さく聞こえた美咲の声。
「…………私、一体何をやってるんだろ」
その囁きは俺にしっかりと届いていた。
……俺も一体何をやってるんだろうか。
✫
美咲からの言葉で気が付いた。
「ほほほーれ、ほーれ。ここがえーのんか?」
「いやああああああああああああ」
好きだと分かったら答えを出す。
そう言いながらも全然向き合っていない自分がいたことに。
「アリカちゃんの耳たぶ可愛い、はぐっ」
「んあっ、そこだめえっ!」
恋愛感情が分からない?
どうなれば相手が好き?
それでいつまでこの状態を続けるつもりだ?
「可愛い声やのう。おいちゃんにもっと聞かせてんか?」
「やだっ、やめっ、あんっ、変な声出ちゃう」
むちゃくちゃ可愛い声してんじゃねえか。
もうちょっと聞かせてもらおうか。
――違うだろ!
「うるせえぞ! 人が考え事してんだ、静かにしろ!」
俺の怒声に美咲もアリカも動きが止まる。
美咲が襲うのは構わんが、アリカの悶え声は止めろ。
途中で考えが中断して変なこと考えたじゃねえか。
「は、初めて明人が止めた!」
「う、うん。私も思わずびっくりして素に戻っちゃった……」
二人とも信じられないものを見たような目で俺を見る。
これはついでだ。説教しよう。
「お前ら、そこに姿勢を正して座れ。まず美咲、スイッチが入ってアリカを襲うのは構わんが、もうちょっと加減してやれ。それとアリカ、美咲のスイッチを入れるような行動は慎め。今日のはお前が悪いぞ」
相変わらず閑古鳥が鳴く表屋。裏屋も暇らしくアリカが表屋に派遣されていた。
あまりの暇でアリカが店に置いてあったお手玉を持ってきてやり始めた。
自分で持ってきたので得意なのかと思いきや、やったことがないからやってみたレベル。
一個は誰でもうまくできるだろうけれど、二個となるとセンスが問題。
まあ、不器用にもあっちに投げこっちに投げ、掴み損ねて下に落とすわ、混乱してるのが丸分かりだわでお前は何がやりたいんだと聞いてみたくなるレベルだった。
アリカの一生懸命にお手玉する姿は美咲のスイッチを入れるのに十分で襲い掛かったのである。
「「ごめんなさい」」
二人とも素直に謝ったので俺は自分の考えに戻ることにした。
確かに響や愛を待たせるのも悪い。
これは早くはっきりさせた方がいいんじゃないだろうか。
恋愛感情が分からないなら、自分でも調べないと駄目なんじゃないだろうか。
そうだ。この夏休みを使って恋愛というものを研究してみよう。
その中で答えが見つかるかもしれない。
体験談や恋愛小説とかから始めてもいいと思う。
流されるままで過ごしていたんじゃ、現実から逃げていたんじゃ、前と同じだ。
一人で孤独になろうとした前の俺と同じ。
変わろう。変えよう。美咲たちと一緒に暮らし始めてからそう思ったじゃないか。
夏休みの課題をするために友人たちを家に誘うことだって実践できたじゃないか。
やればできる。探せばできる。人間やろうとすれば何だってできるはずだ。
恋愛感情を理解して新たなステップに進むくらい簡単なはずだ。
「美咲さん、明人が何か燃えてるんですけど?」
「うーん、変な刺激与えちゃったかも」
「何を言ったんです?」
「私……明人君のこと好きなんだって言ったの」
「ええっ!? そ、それマジですか?」
「本当のことだよ。私、明人君のこと好きだし、アリカちゃんは明人君嫌い? 嫌いじゃないでしょ?」
「あたしですか? まあ、最初は嫌いでしたけど……今はまあ、……す、好きなのかも。当然、人としてですけどね、誤解しないでくださいよ?」
「何かそれ言ってから明人君考え出しちゃって。アリカちゃんが言うとどうなるか見てみたいから試そう」
「あたしも言うんですか? マジで勘弁してくださいよ」
さっきからごちゃごちゃとうるさいな。
人が一大決心したのに何を言ってるんだ。
見てろよお前ら。俺はこの夏で恋愛マスターの称号を得れるほどの男になってやるぜ。
くいくいと服を引っ張られる。
振り向くとアリカが顔を赤くして俯いてる。
「あのさ。あんたに言いたいことがあるんだけど……」
耳たぶまで真っ赤にしてるアリカ。
その後ろで美咲が怪しげな瞳をアリカに向けている。
「あ、あんたはどうか知らないんだけど……ほら、この一か月くらいずっとメールとかしてるじゃん?」
その言葉に美咲がぴくっと反応した。
「まあ、最初はあんたのこと嫌いだったんだけど、そのいい奴だって分かったし。明人のこと……す、好きというか。ご、誤解しないでよ。人としてだから、人として好きって言ってるんだからね! だから…………」
ごめん。アリカが一生懸命何かを伝えようとしてるのは分かるんだけど、俺の心は今美咲に捕らわれてる。
美咲が目を細めて俺のことじーって見詰めているんだよ。
あれはお仕置きする気満々の狩人の目だ。
アリカとメールのやり取りしてること美咲は知らないんだよ。
それを目の前で暴露されたから俺は非常に困っています。
「ちょっと聞いてんの?」
「え、あ、ごめん。ちゃんと聞いてなかった」
「はあっ!? あ、あんた人に恥ずかしいこと言わせておいて聞いてなかったですって?」
あれ、怒りのアリカさんご降臨?
今、そんなに恥ずかしいこと言ってたんですか?
もう一度言って貰ってもいいでしょうか?
あ、無理ですね。分かります。その表情で分かります。
「死ね!」
「ぐあああああああああああああああああああ」
おかしい。
今日は止めたのに何でアイアンクローされなくちゃいけないんだ。
……どれぐらい時間が過ぎたのだろうか。
目を覚ますと、俺の目の前で美咲とアリカがじりじりと距離を取りながら構えあっていた。
また美咲がアリカを襲おうとしたのかな?
「さあ、アリカちゃん聞かせてもらおうか?」
「お断りします。それにさっきから言ってるじゃないですか。寝る前にちょこっとボケと突っ込みをしてるだけですって」
……何をしてるんだろう。
ちょっとまだ頭がぼーっとしてよく理解できない。
「その話じゃないよ。アリカちゃんもなの?」
「……」
「アリカちゃんも私と一緒なの?」
……何が一緒なんだ?
美咲は何を言ってるんだ?
「何が美咲さんと一緒かどうかわかりませんが、あたしは今のままがいいと思ってるから」
「それなら私と一緒だよ? ……あ、アリカちゃんもう止めよう、明人君が起きた。明人君大丈夫?」
「……うん。……何かまだクラクラするけど、大丈夫」
頭が痛い。今日のは強烈だった。
アリカに視線を向けると少しばつが悪そうな顔でぷいっと横を向いた。
「……二人で何の話をしてたの?」
「明人君とアリカちゃんのメールのやり取りを聞いてたんだよ~。もう少し意識がはっきりしたら明人君にも尋問するよ。覚悟しといてね」
「……別に見せてもいいよ。大した話はしてないし。なあ、アリカ」
「まあ、少しは恥ずかしいけど。大した内容じゃないからあたしもいいけど」
何だか二人が構えあっていた姿に違和感を覚えた。
今まで何度もその姿を見てきたけれど、今までと違う……まるで真剣勝負のような……。
ああ、くそっ。何だか頭が回らない。
俺はこの時に気付くべきだったのかもしれない。
何故、美咲が急に俺のことを好きだと言ったのかを……。
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