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帰路  作者: まるだまる
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313 夏休み2

 夏休みが始まったとはいえ、俺の一日のスケジュールはあまり変わらない。

 起床時間も同じ、美咲を起こすのも変わらない。


 ……さて、今日はどうするか。


 美咲の部屋で布団にくるまり卵と化した美咲を前にどう起こすか悩んでいた。

 この一か月で美咲も段々手強くなってきている。

 卵の強度が上がってきているのだ。

 寝ているにもかかわらず美咲が中で抵抗をして、卵を解くのに時間をかけられる。卵を剥いたとしても、すぐに起きるとは限らない。


 簡単な起こし方としては、春那さんから聞いた通り布団を剥いて放置しておくのが一番いい。身を包んでいるものがなくなると、美咲は勝手に起きるからだ。

 だが、この手段は俺に選べない。

 そんなことを俺がしたら美咲の不機嫌度は一気にマックスへと向かい不貞腐れる。部屋から出てこなくなり、結局、出迎える羽目になり機嫌を直すのにやたらと時間を取られる。

 

 つまり、そっちの方がより面倒臭いのだ。

 

 カーテンを開けて日差しを入れる。この時間でも既に日差しがきつい。日が入れば室温も上昇して、湿度も相まってそれなりに暑い。二十四節季でいう大暑というのも頷ける。


 だが、元々暑さに強いのか、美咲はこの暑さでも平気で布団にくるまり続ける。

 卵状態を維持し続ける。

   

 とりあえず卵の移動を開始。足場を作ってから引っくり返す。

 卵の裏は布団の端が中に食い込むように成型されていた。


 これを解く労力に室温の上昇も伴って少し汗ばむ。

 ここから体力を使う作業なので下手に長引けば大汗ものだ。

 一つの端を掴み、引っ張ってみると途中で抵抗を感じる。

 また中で抵抗してやがる。

 返ってこないことは分かっているが声をかけてみる。


「美咲、抵抗すんな。起きろ」

『…………ΨΩ※▽』


 何かくぐもった声が聞こえた。

 珍しく美咲が反応した? 覚醒の時が近いのか?


 卵に耳を当ててみると、

『……右舷弾幕薄いよ! 何やってんの!?』

 何かから防衛している夢を見ているらしい。

 本当は起きていて、俺をからかってるんじゃないだろうか。

 いっそこのまま放置してやろうかと思う瞬間だ。

 本当に美咲は寝言が多いというか、変な夢見てることが多い……。


 部屋の状況を見てみると美咲の机に置いてある小型のテレビにヘッドホンが繋がっている。この家に住み始めてからてんやわん屋で買い揃えた中古品だ。


 昨日は寝る前に遅くまで課題をやるから少し音がするかもしれないとは言っていたけれど……この様子だと途中からまた深夜アニメを見てたな?

 

 美咲はラノベとアニメが大好物だ。特に女の子がたくさん出てくるハーレム物や百合物を好む。美咲のコレクションはそういった傾向がある。漫画は姉から受けたトラウマを刺激するのかあまり読まない。

 

 美咲はロリコンだと俺は確信している。アリカを襲うのもそのせいだろう。

 世に放ってはならないのではないかとさえ思う時がある。

 

 部屋にある本棚や机にはフィギュアがいくつか置いてあるがほとんど小さな女の子だ。 

 唯一異彩を放っているのはセンターに置かれているアヒル隊長くらいだろう。

 どういうランキングがあるのか分からないがフィギュアの位置はよく変更している。

 しかし、アヒル隊長だけは常にセンターをキープしている。多分、何かの思い入れがあるのだろう。


 何度か卵の解体作業にかかっていると、美咲の抵抗が弱まり剥き始めることに成功。

 ようやく、美咲の顔が見え始める。


 今日の美咲は、

「防衛線を突破されただと!?」

 と、悔しそうな顔で寝言を放っていた。

 まだ続いているらしい。


 美咲を包んでいる布団を完全に除去。枕はしっかりと抱え込んでいて、ときおり「おのれぇ」とか呟いてる。寝言には話しかけたり答えたりしない方がいいという話は聞くけれど、ここで俺もストレスを発散させてもらおう。


「隊長、間もなくここへ敵が突っ込んできます」


 美咲にぼそぼそと囁く。


「……なんだとぉ!?」


 俺の言葉に美咲が更に悔しそうな顔で返す。

 本当に寝てるのだろうか。


「……我が囮になる。皆は逃げよ」


 美咲は覚悟を決めたような表情で呟いた。

 男前だな、おい。


「来たか」


 もう来たのか。

 美咲の中では随分早い展開になっているようだ。


「……ふはははははっ! 我を越えたければ我を屠るがいい。我も剣王と呼ばれた身。ただでは通さんぞ!」


 剣王なのか。  

 すごい設定だな、おい。


「……さあ、かかってこい!」


 と言った途端、美咲の目がぱちりと開く。

 目の前にいる俺と目が合い、動きを止める。


「……………………えーと、私今何言った?」


「美咲って剣王だったんだな。俺知らなかったよ」


「…………!」


 美咲は耳を両手で覆うと目に涙をためながらもがき始めた。

 自らの羞恥心という敵に屠られた美咲を慰めて、恒例のハグを済ませてからリビングへ移動。

 ここまでの所要時間20分20秒。今日は最長記録を更新した。

 

 降りてきたときには文さんが飢えてテーブルに突っ伏していたが、春那さんも気にしていないようだったので、気にしないでおこう。


 皆が揃ったところで朝食開始。

 それからいつものように予定の情報交換。

 俺はバイトまで特に出かける予定はない。

 家事をしたあと、夏休みの課題を消化する予定だ。


 文さんや春那さんはいつもどおり仕事。

 社会人になると俺たち学生と違って長い夏休みはない。


 文さんは午前中、清和高校に行って書類整備や運動部の部活動に備えて待機。

 午後からは非常勤で雇われている病院で仕事。大体一九時前には帰宅できるらしい。


 春那さんは処理しなくてはいけない事務処理があるらしく今日は遅くなるそうだ。 

 秘書というのは意外と事務仕事も多いらしくそっちを早く処理したいらしいが、目を離すとオーナーがすぐ脱走するので集中できなくて大変なのだそうだ。もういっそのこと、オーナーを捕縛して監禁するか、埋めて逃げられないようにしてから事務仕事をやった方がいいと思う。


 美咲は課題を提出しに大学へ行く予定だ。


 課題が終わったところで次は試験なのだが、美咲は五十嵐教授からその課題の再提出をくらってしまい、ここのところそれにかかりきりだった。美咲はいつになく必死だった。まあ、その気持ちは分かる。

 前期試験を落とすと非常にやばいらしく後期に余裕がなくなるので留年に関わるそうだ。


 再提出のせいで試験を受けられず、美咲の夏休みもまだ少し先だ。

 前期試験が終わらなければ夏休みと言えないらしい。

 何でも大学というのは通う学科や学年によってだけでなく、受講してる講義によっても違うので、夏休みの期間は個々で違うと言っても間違いないようだ。


 清和大学では前期と後期、年に二回試験が行われる。

 七月中旬にはどの学部でも前期の講義が終わりその後に試験。

 美咲の受講している五十嵐教授のところは課題が認められたところで試験が受けられる。

 試験自体はそう難しい物でもなく、その分課題が大変重要で厳しいんだそうだ。


 五十嵐教授は普段優しいが課題に対しては非情に厳しい人らしい。

 文さんも春那さんも五十嵐教授には在学中苦労させられたようだ。

 再提出で済んでよかったね、と二人して再提出に落ち込む美咲を慰めていた。


 美咲の予定を聞き終わったところで、共通する予定について話し合う。

 俺は店長から聞いた慰安旅行の予定を文さんと春那さんに伝えた。


 移動はてんやわん屋を集合場所とし、そこからチャーターしたバスを使ってみんなで移動。

 八島は車でゆっくり行っても2時間ほどの距離。

 昼飯を八島にある海鮮料理屋で食べてから別荘入りする予定。

 着いてからはそれぞれ楽しんでもらって夜はバーベキュー。

 

 この期間に前島さんのプロポーズ大作戦も敢行される。

 このことは前島さんと奈津美さんに面識のある文さんや春那さんにも伝えた。

 参加者がこの計画を知らずにいると意図せぬ邪魔をしかねず、それを防ぐためにもあらかじめ周知しておく必要があったからだ。 


「前島君ヘタレだから大変だよね。そういや春那、あのあとも相当苦労したんだって?」

 文さんの質問に春那さんが答える。

「ええ、もうそれはそれは大変でしたよ。最終的には当の奈津美さんまで協力して」

「本人もかい? それは見たかったねー」


 どうやら文さんは二人が付き合うところまでは見ずにてんやわん屋を去ったらしい。

 

「そういえば文さんはいい人いないんですか?」

「私? いないいない。男なんて面倒臭いし、ルーたんとクロちゃんがいるからいいよ。でもまあ運命的な出会いがあれば前向きに考えると思う。子供は欲しいしね。春那は?」

「仕事が落ち着くまではしばらく考えてないですよ。私は性欲が強いから少しは解消したいんですが、なかなかつまみ食いもさせてもらえないので困ってますけど」


 と、俺をちらりと見ながら言ってくる。

 こっちに振らないでください。

 美咲が俺の足を踏んでるんです。


 確かに春那さんは性欲が強い人で、一度スイッチが入ってしまうと、どうにも自分で抑えられないらしくマジで襲ってくる。スイッチの入った春那さんは目がとろんとして、熱でもあるんじゃないのと思うくらい体を火照らせる。一番最悪なのは春那さんがマジでMなこと。スイッチがオフになるまで、春那さんが身動きできないように縛ったこともあるのだが、ドMな春那さんにとってはご褒美だったらしい。解いたときに危なくやられそうになった。抵抗するときに思わずため口を出してしまう時があるが、ドMな春那さんは年下からのため口はこれもご褒美だと言って余計に興奮する。これさえなければ、春那さんは完璧なのに……。

 

 家で春那さんと二人きりのときは今のところそういうことは起きていない。

 距離感というか、お互いスイッチが入らないように生活しているからだと思う。

 ただ、文さんや美咲がいる時はその距離感がぐっと近いものになる。

 ストッパーがいると分かっているからか、春那さんがやけに絡んでくることが多いからだ。

 そのせいでスイッチが入ってしまうと襲ってくるので、俺は必死に抵抗し時間を稼ぐ。

 時間を稼いでいる間に駆け付けた文さんや美咲に何度も助けてもらっている。


 まあ、美咲には助けてもらった後に俺もお仕置きされているのだけれど。


「しかし、なんで春那は明人君には自制が外れるのかな? これまで他の男で自制が外れることもなかったんでしょ?」

「明人君が可愛いからだと思います。可愛いくせに意外とSなところが琴線に触れるんでしょう。つい期待しちゃうんですよ」 


 痛い、痛い。

 俺の足がやばいことになってる気がする。

 お読みいただきましてありがとうございます。

 次回もよろしくお願いします。

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