312 夏休み
数日が経ち晃がまた東京へと戻っていった。
夏休みになれば、また我が家へと居候しにくる予定だ。
晃のことだから休みに入った当日のうちに来るに違いない。
晃から東京にいる間、美咲の近況報告をしてほしいと依頼された。
元々は春那さんにお願いしていたらしいのだが、「元気にしてる」とか「少しは成長した」とか春那さんから言ってくるだけで、期待していたものではなかったらしい。本人的には写真とか動画のデータを望んでいたようだ。
たまにならいいですよと答えたら、「え!? 最低でも二日に一回って駄目?」とふざけたことを言ってきたので、俺がこの依頼を断るか、月に数回くらいで我慢するか選ばせた。当然、晃は後者を選んだ。
今週に入り晃が帰った以外で俺の生活に大きな変化はなく、イベントがあったといえば期末試験が返ってきたくらい。今回の俺の最低点数は現代国語の86点、最高点数は数学の98点だった。
ちなみに苦手だった英語は今までの最高点である96点を取った。
これも勉強を見てくれた美咲や響のおかげだと思う。
素直に感謝したい。
修業式当日、一学期が終わり明日から夏休み。
HRではそれぞれ夏休みのしおりと成績通知表が渡された。
我が校の通知表は絶対評価方式の五段階評価。
もし全員がその科目に置いて満点の成績だとしたら、全員が最高評価の「5」を貰える。
成績の中には授業態度や提出物、試験での成績も入っている。
たとえ試験結果が良くても授業態度や提出物の提出状況が悪ければ評価は貰えない。
眉唾な話だが生徒の間では提出物が多い科目ほど、試験よりもそちらを優先した方が大きく成績が下がることはないと言われている。
俺はというと、美術と体育、国語、英語、物理が4で残りは5だった。
期末試験ではおおよそ「5」の目安になる90点以上は国語以外は確保した。
授業態度は自分なりに真面目にやっていたはずだし、提出物に関しては一度も抜けはない。
それでも成績が4だったのは、中間試験の時の点が足りなかったのだろう。
期末試験の成績順位はクラスで3位、総合では18位と中間試験よりも伸ばすことができた。
父親に胸を張れる成績だと思う。
長いHRが終わり解散となった。
いよいよ夏休みへと突入だ。
期末試験では赤点を免れた太一だったが、通知表はあまり良い状況ではないらしい。
だが、本人はあまり気にしていない様子。
長谷川は最低は「3」をキープ、その他に「4」をいくつか確保したようだ。川上と柳瀬は得意分野で「4」を取れたようだが、苦手分野で「2」を取ったらしく、揃って親に怒られると落ち込んでいた。勉強しろ、勉強。
「来たぜ明人、高校2年の夏休み。何のしがらみもない夏休みが!」
そんな中で成績が振るわなかったのにテンションが高い奴がいる。
一人テンションの高い太一。
「今年はイベントがたくさん起きる気がしてしょうがねえ。女の子を交えてのイベントも間近に控えてる。これはこの夏、何かあってもおかしくねえぞ」
「何それ?」
浮かれる太一に川上が聞いてきた。
「よーし、お前たちよく聞け。俺と明人はこの夏、まずはサバゲー部の模擬戦に参加。そのあと海に行く夏の旅行が待っている。俺と明人以外は綺麗な人や可愛い子ばっか参加のイベントが待ってるんだ」
その慰安旅行には高槻さんとか前島さんとかもいるんだが……。
「これが興奮せずにいられようか!」
「千葉ちゃん、海ってどこ行くの?」
「ほら、試験前に校外学習で海行って清掃ボランティアやったろ? あのすぐ近くらしいんだよ」
へえ、そうだったんだ。真面目にゴミ拾っておいて正解だったな。
海に行った校外学習もこの面子。
誰かが言いだしたわけでもなく、自然にこの面子が集まった。
この先も同じ人数の構成ならずっと付き合うことになる気がする。
「いいなー。私と柳瀬なんてそんなイベント何もないよ。サバゲー部のはお断りだけど。私んちはおばあちゃんちに行くくらいだもん。ここより田舎だから何もないしゴロゴロして終わりだ。まあ、お小遣いは貰えるから嬉しいけどさ」
「柳瀬はどっちのじいちゃんもこの市に住んでるから田舎自体がない」
「うちもそうだよ。田舎がある人が羨ましい。千葉ちゃんちもそうだよね?」
「うちは一応離れてるけど八島だからな。それよか何だよお前ら、せっかくの夏休みだっていうのにどこも行く予定ないの? だったら俺らだけでどこか行く計画しちゃう? 俺はいつでも暇してるからいつでも乗るぞ? まあ、金もないから日帰りがせいぜいだけど」
「千葉君と? 何でそんな色気もない……まあ、あまりに暇だったらカラオケくらい誘うわ」
そこで俺は手を挙げる。
少しばかり前から夏休みになったらと考えていたことを告げる。
「絶対この夏休みの間だらけきるお前らに貴重な提案。来週、平日のどこかと夏休み最後の週のどこかで課題を一緒にする日を作ろう。場所は俺んちでもいい。なんなら飯も用意してやる」
「ああ、それいいね。去年は柳瀬んちで夏休みの最後に二人で課題の追い込みやったんだけど、二人して相手を当てにしてたから意味なかった。おかげで地獄見た」
「……やっぱり、お前らもか。俺がこれを考えたのは特に太一、お前だ。お前は放っておいたら課題をやらない。去年も俺に泣きついてきただろ。平日だと俺は夕方からバイトだからそれまでの間は面倒見てやれる。長い夏休みの一日二日くらいなら、課題をやっつける時間を作ってもいいと思わないか?」
最初に簡単なものは終わらせて、後半でとどめを刺すって感じにすればいいだろう。
最悪、後半の日は俺のを写す時間にしてもいい。
「てことは……その日以外遊びまくっていい?」
「あのな、他の日は予習とか復習とかに充てるなり、時間のかかる感想文とかに使えよ。少しは自分で勉強しろよ? まあ、それはともかくこの話に乗るか? 悪い話じゃないと思うんだが」
「「「「乗った!」」」」
「うーん、男子の家に行くとか私らも青春してるねー」
「川上、家に行くと言っても課題をしにだぞ。柳瀬的にはこれを青春というか疑問だ」
去年はバイトばっかりしていてそんな時間もなかったからだが、太一以外の誰とも交流を取らなかった。
今年は違う。接してみよう。自分から機会を作ってみよう。
自分ができることからやってみよう。そんな前向きな気持ちでいられた。
こうして去年とは違う俺の高校2年の夏休みは始まった。
✫
学校から帰る前に響と愛にもう少し一緒にいるように懇願される。
長い夏休み、何度か遊ぶ約束をしているとはいえ、会えなくなる日が多くなる。
そんな二人のお願いにバイトまで十分に時間もあるので、響の迎えがくる時間まで付き合うことにした。
話のついでに、響に窓口になって貰っていたサバゲー部の模擬戦について話を聞いた。
生徒会メンバー+てんやわん屋メンバーそれと飛び入りで晃だ。
晃の休みがちょうどその前日から始まるのでどうするか聞いてみると、参戦希望と返事が来たのだ。
「じゃあ、この間会った晃さんも参加するんですか?」
「ああ、美咲が行くのに行かないわけないでしょって、昨日メールで返事は貰った」
そう言って携帯を渡し、晃から俺宛に返ってきたメールを愛と響に見せる。
「でも、こっちに来るのはその前日なんでしょ? 大丈夫なの? あ、画面が…………」
「あの人は美咲と一緒にいれるなら這ってでもくるよ。…………何してんの?」
俺の話をよそに二人は俺の携帯を無言でじっと見つめている。
気になって見てみると渡した携帯が一つ前の画面である着信一覧に変わっていた。
「……ねえ、なんでこんなにアリカとメールのやり取りしてるの?」
「昨日もしてるし……というかこれほぼ毎日じゃありません? しかも相手は香ちゃんばっかりじゃないですか!? 香ちゃんもいつの間に……」
「あ、こら。余計なもん見るな。寝る前にちょこちょこってしてるだけだぞ?」
携帯を取り上げると響と愛が疑いの目を向けてくる。
流石に中身は見なかったようだが、見られても恥ずかしい内容はほとんどない。
……いや、あるか。夜中のテンションもあってだろうが、二人して悪乗りしてる感は否めない。
アリカからの謎メールが増えたのは美咲らと一緒に暮らし始めてからだ。
俺が自分の部屋に戻った時間を見計らったように送ってくる。
内容はいかにも俺に突っ込んで来いと言わんばかりのものが多い。
例えば……。
『隣から愛の奇声が聞こえる……どうしよう?』
『何かしでかす前に必ず止めろ』
とか。
『どうしたら背が伸びる? 当方真剣』
『お客様の熱意にお応えすることができず申し訳ありません』
とか。
『試験勉強飽きた! 目覚まし求む!』
『もう寝てたぞ! お前が目覚ましじゃねえか!』
とか。
『スーさんが入院中、寂しい』
『ハマちゃんで我慢しろ』
とか、そんなやりとりをしている。
当然、メールを送ってこない日もあるし、逆に俺からアリカへ送ることもある。
『寝る子は育つというがお前いつも寝るの遅いよな?』
『よし、その喧嘩買った!』
とか。
『もし飼えるなら白熊と黒熊とパンダのどれ選ぶ?』
『真剣に考えるから1年待って?』
とか。
『眠れん』
『昔々あるところにおじいさんとおばあ……略』
とか、こんな感じでアリカも律義に返してくれる。
たまに真面目な内容もあるけれど。
最初はいがみ合った俺たちだったけれど、アリカとは何というか気楽でいられるようになった。
今でもたまに口喧嘩をすることはあるけれど、お約束的な感じで嫌な気分は残らない。
「油断も隙もあったものじゃないわね。意識を外していた私もだけど、愛さんは何で一緒の家に住んでいて気がつかないの?」
「いや、まさか香ちゃんがこんなことしてると思わなかったんです。夜に部屋を覗いても、勉強してるか布団にくるまってますし。愛も完全に油断してました。これは帰ったらお仕置きじゃ済まされないですね」
「あの子は強いからやるなら二人でやりましょう」
何故か謎の反省会とアリカ討伐会議が始まった。
この結末はアリカにメールで聞くことにしよう。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。