309 美咲の騎士再来8
響と愛の勝負は、愛の体力切れで幕を閉じた。
響は自分で言っていたとおり愛のスピードに慣れていて、愛の拳をことごとく撃墜した。
自分から攻めることはしなかったが、どうやら愛の体力が切れるのが狙いだったみたいだ。
パワー、スピードは愛の方が優位だが、スタミナに関しては完全に響に軍配が上がる。
愛は俺のベッドにもたれかかるように項垂れてぜえぜえと肩で息をしている。
「……く、悔しい!」
「愛さんの攻撃は単調だから見えれば楽なのよ」
労わるように愛の背中をさすりながら響が言った。
よく分からないがそうらしい。
今回は響の圧勝だったが、常勝というわけではない。
防衛しようとした響が愛に突破されたこともよくあるのだ。
「愛さんは気分屋だから日によって出してくる力が違うの。油断したらとんでもない目に合わされるし……」
響がそう言った途端、愛の体がびくっと揺れた。
ああ、これはまだ根に持ってるな。
そもそもは、勉強会の帰りに欲情したと言って俺に抱き着いてきた響が悪い。
響が抱き着いたのを目撃した愛が、自分も対等であるべきと言って俺に迫ってきた。
それを響がさせじと防衛に入ったのだが、愛はとんでもないことをやらかした。
響のスカートを剥いたのである。
愛はしゃがみ込むと同時に響のスカートを掴み下にぐいっと引っ張り、プチンと何かが弾け飛ぶ音がして、ぱさっと響のスカートが床に落ちた。色白の肉付きのいい太ももがむきだしで、響を守るものは靴下とピンクの縞々模様の可愛らしいパンツだけ。流石の響も顔を真っ赤にして悲鳴を上げながらしゃがみこみ、その隙に愛は俺に抱き着いたのである。愛の作戦は成功したけれど、あとでこっぴどく響に怒られたらしい。
幸いなことに、その場には自主的に勉強会で残っていた俺たち以外の生徒はいなかった。
一緒にいた太一は長谷川にいきなり目潰しで邪魔され、肝心なところは見えなかったようだ。
いきなり目潰しとは長谷川も太一には容赦がないらしい。
「見られたのが明人君だけだったからよかったものの……」
はい。ばっちり拝まさせていただきました。
想像以上のいいお尻でした。
「あ、あれは愛なりに頭を使った作戦でして……」
「次やったら全校生徒の前で同じ目に合わせるわよ?」
「……反省してます」
それからしばらくして愛が回復したところで雑談再開。
響にはサバゲー部の模擬戦参加について、牧瀬との窓口になってもらうことにした。
同じクラスだし、仲も良くなってきているようなのでちょうどいいだろう。
響から会長たちも参加することを聞いた。
サバゲー部員でもある西本から誘いがあったらしい。
会長は前回のリベンジだと燃えているようで、南さんはげんなりした顔を見せたそうだ。
頭のいい南さんはともかく、北野さんは受験勉強しなくても大丈夫なのか?
日程は響が既に聞いていて7月28日から30日まで合宿。模擬戦は30日にするらしい。
俺も店長に日付を伝えておかねばならない。
7月中に合宿をする理由としては、8月だと部員の都合が合わない日が多いらしく、さらに参加者が減ってしまうので、その日になったようだ。お盆とか家族旅行とかもあるだろうしな。
それから、お盆や家族旅行について愛と響の予定を聞いてみる。
愛の両親は自営業の共働きなので家族でどこかに行くといっても、お盆も何もなく、日帰りかせいぜい一泊二日くらいだと言う。
響はお盆の時期に墓参りをしてそのあと一週間ほど家族で旅行に行くと言った。行先は父親が決めてくるので、その時になってみないとわからないらしい。
その他の予定はと聞いたところ。
「愛さんの見張りかしら。放っておくと勉強とか宿題とか放り出して遊び腐ってそうだから」
「響さんの非常識を直します。金銭感覚とか庶民感覚とか大事なものがおかしすぎですから」
と、ほぼ同時に二人が言い、言い終わると同時にお互い手四つで掴みあう。
「……一応、先輩だってこと分かってる?」
「……響さんがそういうのはいらないって言ったんじゃないですか」
お前らまだ暴れ足りないのか。
それはともかく、どうやら都合がいいときは一緒に遊ぶつもりらしい。
仲が悪いんだか、良いんだか。
勝負の行く末を眺めていると、「ただいまー」と美咲の声がした。
もう買い物は終わったのか、思ったより早い帰宅だ。
響と愛も勝負をやめて挨拶を兼ねて出迎えに俺と一緒に玄関へ移動。
玄関には美咲と晃がいて買い物袋が数点置いてある。
「おかえり」
「「お邪魔してます」」
「ただいま。響ちゃんと愛ちゃんにもお土産あるんだよー。一緒に食べよ」
そう言って、美咲は駅前にある有名な洋菓子店ブローニュのケーキの箱を見せた。
響たちが来るのを知っていたからか、わざわざ買ってきてくれたようだ。
「じゃあ、お茶用意しようか」
「え、明人君のはないよ?」
「え?」
「可愛い子が家に二人も来る時点でご褒美でしょう?」
何、その意地悪。
機嫌が戻ってると思ったらそうじゃないのか?
「冗談だよ。ちゃんと明人君の分も文さんの分もあるよ」
してやったりと美咲は笑う。
良かった。どうやら機嫌は戻ってるようだ。
そのままリビングへと移動して文さんにも声をかけて、晃がお茶とケーキを準備。
初めて会う晃に愛がちょっとオドオドしたけれど、晃は俺に見せないにっこりとした笑顔で挨拶し、愛の緊張を解いていた。俺にもその態度をしてたら今みたいな関係はなかったと思うぞ?
皆がリビングに集まってきたので、ソファーで寝ていたルーとクロも起き上がる。
文さんと美咲、晃は俺たちが食事するテーブル。俺と響、愛はリビングにある座卓でケーキをいただく。
ケーキは白いパウダーのかかったモンブランだった。
愛はモンブランを一口食べると、嬉しそうな顔して言った。
「おいしい~、この店は安いのに美味しいですよね」
「そうなの? たまに三鷹さんが買ってくるわ。お母さんがここの店好きだから」
「……先生。普通だったらもてまくるでしょうに……もったいない」
愛は三鷹さんと会って度肝を抜かれたらしい。見た目はイケメンだけど心は女性だからなー。
だが、家事のプロということもあり、愛は響の家に行く度にちょっとしたコツを教わってるそうだ。
なので、三鷹さんのことを先生と呼んでいる。
勉強は苦手だけれど、家事や料理のことには前向きになる愛は家庭的な女性と言えるだろう。
料理は上手だし、家事も積極的に学んでいて、金銭感覚もまとも、そして愛情表現も豊かと、嫁にするには愛みたいなのが一番いいのかもしれない。
そんなことを考えて幸せそうにケーキを食べている愛を見ていると、背中に寒気を覚えた。
見られてる。
視線を探ってみると向かいに座る響からと、距離のあるテーブルで座っている美咲からだ。
くそ。何か知らんが見張ってやがる。気に障ることでもしてしまったか?
文さんはケーキを食べ終えると、ルーとクロを引き連れて自分の部屋へ戻っていった。
美咲と晃は食べ終えた食器を片付けると、俺の隣に美咲が座り、その隣に晃が座った。
「今日はどんな話をしてたの?」
「明人さんの夏休みの予定の確認です。明人さんの空いている日を教えてもらいに来ました」
愛がそう答えると、響が手帳を取り出して、美咲にカレンダーを見せる。
すでに俺の部屋のカレンダー同様に日付のところに印が書いてある。
「このHとか、Aって何?」
「Hが私とデートする日で、Aが愛さんとデートする日です」
「いてっ!? おい美咲何すんだ!?」
いきなり脇腹をつねられた。
「へー、意外ともてるんだね君って。で、どっちが本命なの?」
晃が言ってはならないことを口にした。
そういうこと言うと、響も愛も怪しげな光が目に宿るから、煽るの止めてくれないか?
「いや、あの、これ毎回いろんな人にも言ってるんだけど……俺、恋愛感情ってのが欠けてるみたいで、人の好き嫌いは分かるんだけど、恋愛って形になると全然分からないんだ。だから本命も何もないんだけど」
「意味わかんない。じゃあ、この子たちの気持ちにどう答えるの?」
晃の言葉に響と愛はふんふんと頷いて俺の様子を見てくる。
「俺が誰かを好きになったって分かった時にはちゃんと報告するって約束してる」
「は~、君は面倒臭い性格してるんだね」
晃が呆れたように言う。
好き放題言いやがって。
面倒臭い性格なのは、自分でも分かってるよ。
「でもまあ、美咲にちょっかいだしたら許さないからね」
「しないし。そういう目で見ないし」
「明人君それはそれで私に失礼じゃないかな?」
「美咲は家族みたいなものだから今の関係でいいんだよ」
それを聞いた愛と響がこそこそと何かを話し合う。
気のせいか、愛が嬉しそうな顔をしているのが気になる。
「――目的の一つは達成ね。でも油断は禁物よ。相手は強敵でアドバンテージも向こうが上なんだから」
響から聞こえた言葉の意味は分からないが、何かあるのだろう。
「美咲さんの予定はどうなんですか?」
と、愛が聞いてきた。
美咲は皆と一緒の予定以外は、お盆に実家へ二、三日帰省するくらいで、他の予定はないと告げる。
晃がそれを聞いて「何で何で?」と食い下がっていたが、話が進まないからあとで話し合え。
それを聞いた愛と響がこそこそと何かを話し合う。
気のせいか、愛が困ったような顔をしているのが気になる。
「――危険ね。対策を考えましょう」
響から聞こえた言葉の意味は分からないが、何だか嫌な予感がした。
夕刻になり、轟さんが響らを迎えに来た。響はこのあと習い事があるらしい。
愛も家で夕食を作らねばならないので、そのまま一緒に帰ることにしていたようだ。
今頃バイトから帰ってきたアリカが、お腹空いたと喚いてるはずだからと愛は笑って言った。
文さんに二人が帰ることを告げると、文さんも見送りに出てきた。
二人を見送って家に入ると、文さんが春那さんから伝言があったことを俺らに告げた。
「急な仕事が入ったから晩御飯よろしくだって。今日はちょっと遅くなるとも言ってたよ」
ありゃ、ここのところ春那さんの仕事は落ち着いていたのに。
仕方がないな。俺が久しぶりに作るか。
この一か月春那さんに甘えっぱなしだったからな、副担当として頑張るか。
そう思った矢先、晃が出張ってきた。
「いいよ、お世話になってるし私が皆の分用意する。……心配しなくても君の分もちゃんと用意してやるよ」
言い方はともかく随分と殊勝な心掛けだ。
俺に対する態度や言い方は悪いけど、美咲からの話を聞く限り晃がいいやつなのは知っている。
やはり、晃とはもう少し改善したいものだと思う。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。