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帰路  作者: まるだまる
310/406

307 美咲の騎士再来6

 土曜日。


 目覚ましの音に目が覚める。

 手を伸ばしアラームを止めようとすると「にゃっ」と猫グローブの声。

 そこら辺をまさぐり、目覚まし時計を掴みアラームを止める。

 

 昨日は何だか美咲を怒らせてしまった。

 ずっと、むすっとして声を掛けても返してくれない。

 それは家に帰ってからも続いた。

 何で怒ったのかよく分からないけれど、たまにああいう感じになるときがある。


 文さんも春那さんもまた何か余計なことを言ったのかと呆れていたけれど。

 まあ、起こすときのハグでまた機嫌を直してくれるだろう。

 今までにも何度かそういうことがあったけれど、大体朝のハグで機嫌を直す。


 とりあえず、美咲を起こしに美咲の部屋の前へ移動。

 ドアに手を掛けようとしたところで、晃の声がした。

 やべっ! 晃がいたんだった。とっさに手を引っ込める。


「ほら美咲、もう朝だよ。なんか……前より進化して手強くなってるし」


 中から聞こえる晃の声に大事なことを思い出した。

 そうだよ。昨日の晩飯を食っているときに、この家にいる間は自分が美咲を起こすと晃にそう言われて、どうぞどうぞと快く譲ったんだった。その方が旧交を温めるのにいいだろうと思ったからだ。

 それを横で聞いていた美咲は不機嫌顔のまま何も言わなかったのだが。

 もしかして、これって美咲の機嫌が悪いままになるんじゃ……。


「あ、美咲起きた?」


 え!? あまりに早くないか? 

 まだ、声を掛けて1分くらいしかたってないぞ?

 何かコツでもあるのか? ちょっと気になったので聞き耳を立ててみる。


「…………晃ちゃんか……ちっ」 


「……ちょっと何で人の顔見たとたん舌打ちするの? いつから美咲はそんな子になったの? あああっ、また布団に潜り込まないで! こらっ! 起きなさい!」


 晃の悲鳴めいた声が聞こえる。


 もうしばらくは時間がかかるだろう。譲った以上は晃に任せるしかない。

 しかし、美咲の寝起きが悪いのは平常運転だとしても、ああいう機嫌の悪そうな悪態は今までにないパターンだな。やっぱり昨日の夜から機嫌が悪いまんまって感じだ。

 もしかしたら相手が幼馴染だから俺よりもありのままをさらけ出してるのかもしれない。

 

 しかし、ここにいても何もすることはできない。

 とりあえず、下に降りてから考えるか。

 そのまま、一階に降りてリビングへ移動。

 春那さんがいつものように俺たちの朝食を準備し、文さんは俺より先に起きてきていた。


「おはようございます」


「おはよう。美咲は……晃か」


「おはよう。明人君のお仕事とられちゃったねー」


「まあ、ここにいる短い期間だけですから」


 文さんの横の席。本来は春那さんが座る席へと腰を下ろす。

 俺のいつもの席は今は晃に使わせているからだ。

 

「……まあ、今日はそういう訳にはいかないと思うよ」


 春那さんが何やら含みのある言葉を言った。


 朝食の用意は進むけれど、まだ晃たちが降りてこない。

 全員が揃うまではお預けだ。


 暫くすると、ドタドタと音がしてむすっとした顔の晃がリビングにやってきた。

 文さんの席の前。元々俺の席であるところに腰を下ろす。

 美咲がまだ降りてこないけど、どうしたんだ?


「――御指名。君が来ないと絶対起きないんだって……。さっさと行ってやれよ!」


 はあ?


「ほらね?」


 春那さんはまるで分っていたみたいに言う。


「明人君、私はお腹が空いてるんだ。早く美咲ちゃんを起こしてきてよ」


 文さんがにこやかな顔で言う。

 明らかにぶすっとした顔で納得できないような顔をした晃。

 何だかよく分からないけれど、とりあえず美咲を呼んでこよう。

 もう起きてるのは間違いないだろうから、時間はかからないだろう。


 二階に行き、美咲の部屋をノック。返事はない。

 そっとドアを開けて覗いてみる。

 ベッドの上に卵はない。けれど明らかに美咲が掛け布団に潜り込んでるようで、大きく膨らんでいる。

 せっかく晃に譲ったのに何してるんだよ。


「美咲、起きてんだろ? もう朝食の準備できてるから出て来いよ。文さんもお腹空いたって言ってるんだよ」


「…………」


 反応がない。


 布団をつかんで一気に引っぺがす。中には枕を抱いて亀のようにうずくまった美咲の姿。

 

「何してんの?」


「…………何で起こしに来てくれないの?」


 亀の子のまま美咲は呟くように言う。


「あいつが家にいる間はその役目譲るって、帰ってきてから目の前で言ってたろ?」


「……何で譲っちゃうの?」

 

 …………面倒臭いんですけど。

 これはあれか? 拗ねてんのか?

 

「……いつもちょっとした喧嘩しても、次の日は起こしに来てくれたもん」

 

 どうしよう。マジで面倒臭い。

 相変わらずの甘えたがここにいる。


 あれか、昨日美咲と喧嘩したみたいになったから、俺が起こしにくると思ってたのか。

 そんなこと言ったらいくら何でも晃が可哀想だろう。

 起こしただけなのに美咲から舌打ちされるわ。晃では駄目だって言われるわ。

 また俺が恨まれるじゃねえか。


「……だからあいつの代わりに起こしに来たんだろ? ほら、いつまでもそうしてないで起きろ」


 そう言って、美咲に手を差し出す。

 美咲はおずおずとその手を取って、ベッドから立ち上がる。


 俺は手を放し、「行くぞ」と言って部屋を出ようとしたら袖口を引っ張られた。

 

 美咲はモジモジして俯いたまま、「……ハグは?」と、口を尖らせて拗ねたように言った。


「………………ほれ」


 俺はいつものように両手を広げて迎え入れる。

 それを見た美咲は飛び込むように抱き着いてきた。


「……もう怒ってない?」


 抱き着いてきた美咲に聞いてみる。

 

「……ちょっとだけ怒ってる」


 そう言いながら、さらに力を加えてぎゅうと俺に抱き着いてくる。

 

「じゃあ、どうすればいい?」


「……明人君もハグして、よしよしして」


 俺は言われた通り、美咲をゆっくりと抱きしめて頭をよしよしと撫でる。

 また一つ美咲の腕に力がこもるのが分かる。


 この大きな甘えたさんは本当に面倒臭い生き物だ。

 顔は綺麗だけど、中身は全くの子供で、拗ねる、甘える、落ち込むと手間ばかりかけさせる。

 暫く美咲の好きにさせてやるか。 


 少しして美咲の手の力が緩んだ。これは離れる合図だ。

 どうやら満足したらしい。


「……機嫌直った?」


「……うん。直った」


「じゃあ、飯に行こう。もう文さんが死んでるかもしれない」


「その前に一つだけ聞かせて」


 部屋を出ようとした俺を呼び止める美咲。

 何でしょう? なんか妙に気合の入った顔してるんですけど。

 

「あ、あのね。私とのキスのことなんだけど。明人君が覚えてないのは当然の話であるんだけど。私とキスした事って、明人君的に……嫌だった?」

 

「……はあ? 俺は自分の記憶に全くないから美咲の妄想だったことにするって確かに言っただけど。嫌なわけないじゃん。前から言ってるだろ? 美咲は綺麗な顔してるって、滅多にいないくらいの美人とキスできたんだぞ? 嬉しいことはあっても嫌なわけない」


 美咲にそう返すと驚いたような表情をしたが、俺の方が驚きだわ。

 美咲みたいな美人とキスなんて自慢できるくらいだ。

 もし太一が聞いたら「明人は死んだ方がいい」って、絶対言ってくるぞ。


「ほほう?」


 と、誰かの声と同時にキィっと静かに音を立ててドアが開いた。

 ドアから入ってきたのは春那さんだった。


「文さんがお腹空いたってうるさいから迎えに来たんだが……。二人は知らない間にそういう仲になってたか。いや、美咲もやるもんだな。私の目を誤魔化すだなんて。これはめでたい。今日の晩御飯は赤飯を炊こう」


「は、春ちゃん!? 今の話、全部聞いてたの?」


 顔を真っ赤にした美咲はワタワタと焦りまくっている。


「美咲の耳はおかしいのか? 私が言った言葉を聞けばどこまで聞いたかなんてすぐわかるだろ。そうか、美咲も一歩大人の階段を上がってたんだな。次のステップは二人には身が重いな。うん。明人君は私と練習しよう。早速、今晩どうかな?」


「はるちゃああああああああああああん!」


 春那さんの肩を掴んでゆさゆさとゆする美咲。

 揺すられている春那さんはものすごい笑顔だった。


 どうでもいいけど、朝食にしようよ。

 俺も腹減ってきた。


 ✫


 ようやく五人揃って朝食開始。ルーとクロは先に食べ終わったようだ。

 ちなみに文さんは本当にお腹が空いていたみたいで、俺たちが降りてきたときはテーブルに突っ伏して

お腹をグーグー鳴らしていた。


 さっきからニマニマしている春那さんの視線が痛い。

 知られてはいけない人に知られた気がする。

 

 打って変わって不機嫌な晃。

 美咲には愛想を振りまく癖に俺への態度は相変わらずだ。

 美咲に拒否されたからって、俺を睨むの止めてください。


 美咲は春那さんからのニマニマした視線を受けて恥ずかしそうにしてる。

 今まで何で隠してたんだろう。さっさと打ち明けてしまえばよかったのに。

 実感がないだけに、次からは気を付けろとか俺は言いそうな気がする。

 

 美咲の唇ってどんなんだったんだろう。

 もぐもぐとご飯を食べてる美咲の唇に視線が行く。

 俺はあれに触れたのか。想像だけじゃわからんな。

 とはいえ、ワンモアプリーズなんて言えるわけがない。


 響の唇は柔らかくて、なんかいい匂いがした。

 アリカの時は、そんな余裕がなかったから曖昧だけど、柔らかい感触は覚えてる。


 本当に記憶にないのが残念だけれど、そういう事実があったとだけ思い出にさせてもらおう。




「ところで、今日のみんなの予定は?」


  

 あれ? ……これはまずいかもしれない。

 しかし、ここでちゃんと言わねば余計にまずい気がする。

 俺がそろそろと手を挙げると、皆の視線が俺に集中する。


「明人君は何かあるのかい?」


「……今日、響と愛が家に来ます」


「……そんな話聞いてない」


 途端に不機嫌顔に変わった美咲がそう言った。

 ……これ、またやっちまったな。

 お読みいただきましてありがとうございます。

 次回もよろしくお願いします。

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