30 看板娘と密約5
その後、二組の客が来店した。
一組は商品を購入し、もう一組は見物だけして帰っていった。
客の引いた状態をアリカは少し退屈してるのか、両手を上げ背筋を伸ばしている。
その後ろでは、アリカの動きを見ていて誘惑に駆られた美咲さんが獲物に飛びかかろうと、猫のようにじわじわと近づく。
防衛本能が働いたのか、美咲さんが近寄る気配を察知したアリカは、すばやい動きで振り向いた。
二人揃ってウルトラマンが戦う時のようなポーズで対峙しているが、傍から見ると奇妙だからやめてほしい。
二人は対峙したまま、笑顔で敬遠しあっていると、レジ脇にあるインターフォンが鳴った。
俺が受話器を取ると、店長からでアリカと二人で裏屋に来て欲しいとのことだった。
まだ対峙している二人に伝え、俺とアリカは裏屋に向かった。
裏屋への扉を開けた時に、お留守番の美咲さんをちらりと見ると、
「後でハグを要求する!」
置いてけぼりにされることへの報酬を要求しているのか、またわけがわからないことを言っているが、聞こえない振りをして扉を閉めた。
扉を閉めると、アリカが俺の背中をちょんちょんと突いて聞いてきた。
「あんたさ、美咲さんと付き合ってるの?」
「は? どこをどう見て言ってる?」
「だって、さっきあんたがあたしのこと、か、可愛いとか言った時も焼きもち焼いてたみたいだったし、美咲さんにハグしなさいとか言われてたじゃん」
可愛いと自分で言うのが恥ずかしいのか、照れ隠しのように腰辺りまであるツインテールの髪をぎゅっと握りしめている。
「はあ? 焼きもちって、そんなんじゃねえよ。あんなのいつもの事だぞ?」
「え、あんた、付き合ってないのにハグとかするの? エロ! キモ!」
「エロとか、キモっていうな! ハグなんて、実際にしたことねえし!」
「そうなんだ?」
アリカは「……ふーん」と呟き、目を細めて俺の顔を見つめると、くるりと向きを変え足を進み始めた。
……何なんだ?
店長の所に行くと、アリカが裏屋を簡単に案内して、それが終わった所で今日は表屋に戻ってもいいらしい。
俺はアリカに導かれて裏屋の各仕事場に移動した。
最初に連れてこられたのは買取部門で、ここは立花さんが担当している所だ。
立花さんはパソコンの前に座り、パソコン脇に置いたファイルと画面を交互に見て何かを調べているようだ。
俺が来たことに気づくと、片手だけ挙げて挨拶し、また作業を続けていた。
「立花さんはてんやわん屋の在庫で相場の上下があった物とか毎日チェックしてるのよ。大体閉店する前は、ずっとこの作業してることが多いわ。この店の物の状況を一番知ってるのは、店長よりも立花さんかもね。あたしらがいない昼間に値段の変更とか店長とやってるらしいから。」
アリカは俺に立花さんが普段何をやっているか説明してくれた。骨が折れそうな仕事を一人で黙々とやるのは大変そうだな。俺でも何か手伝えることがあるのだろうか?
「次、行くわよ」
アリカは買い取り部門での説明はこれくらいだと判断したのか、俺の返事を待たずに部屋を後にした。
次に連れてこられたのは、修理工房だった。
工房では、高槻さんと前島さんがそれぞれの机で作業をしていた。高槻さんはマスクをつけていて、分解した電化製品を小さなエアーガンのようなもので清掃している。前島さんは、半田ごてを手にして机の上に置いてある基盤のようなものを、ルーペで覗きながら手を動かしている。
前島さんが何をやっているのかよくわからないが、あれも修理の一つなんだろう。
修理工房の中には、見たこともない種類の工具が並べられていて、その工具に興味がわいた。俺の知っているスパナやドライバーなどの普通の工具もあるが、ペンチのような物を挟む工具で先が、くの字に折れ曲がっていて、狭い所でも入れそうな工具や、ハンマーも金属製やラバー製、ラバーよりも固そうな材質のわからない物など、数種類はある。他には、何を計る物かは知らないが、計測器みたいな物も置いてあり、まさしく修理工房の雰囲気だなと感じた。
「ここが修理工房よ。あたしも普段はここでお手伝いしてるほうが多いわ。道具の使い方に慣れないと仕事にならないから、早く慣れたほうがいいわよ」
アリカは、工房の中の工具をまるで愛でるように撫でて言う。
高槻さんは俺達に気づいたようで、エアーガンを机の脇に引っ掛ける。
「明人じゃねえか。何だ? 見学か?」
「はい。今日はそれぞれの場所を少しだけ見てくるように言われました」
高槻さんの問いに俺が答える。
マスクをしているせいで、顔半分の表情はわからないが機嫌は良さそうだ。
前島さんも高槻さんの声で作業を中断し、俺達の方を向いた。
「あんだ? 明人、物取りに来たのか?」
「この間、店長が聞いてきただろ? 裏屋でも仕事やってもらおうかって、今日は見学だとよ」
俺の代わりに高槻さんがマスクを外しながら答える。
「あー、例の事すね。明人、見るのはいいけど邪魔すんなよ」
前島さんはそう言うと、また作業机に向かいルーペを覗き込んだ。
「あの馬鹿は放っておいていいからな。今日は大事な所作っているみたいで、ずっとあれやってんだ。まあ今日は修理も少ないから、何の問題もねえがな」
「あたしも前島さんの作業見ていたいけど、ああいう風に集中してる時の前島さんは、説明後回しなのよね。試行品ができた時の話を聞くのが楽しみだわ」
二人揃って前島さんの背中を温かい目で見守りながら笑って言う。なんだかんだ言いながら、前島さんと付き合いが長いからか、前島さんの事を理解していて、いい関係が築けているようだ。なんだか羨ましいと思えるのは、この雰囲気が家族っぽいからだろうか。
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