305 美咲の騎士再来4
文さんも出掛けてしまい、一人残った俺は家の掃除を終え、美咲から借りた『ブラック×ブラック×ブラック』の続きを読んだり、さっきまで寝ていたルーたちが相手しろと近寄ってきて遊んでやることにした。
猫がいる生活っていいな。正直、癒される。
猫たちは俺たちが帰ってくると、玄関まで迎えに来る。
そしてじゃれてきて、ひとしきり満足するとマイペースな行動に移る。
甘えてきたからこっちが触りにいくと、たまに威嚇してくるときもある。
気紛れで無関心な時もあり、猫はツンデレ成分が豊富だと美咲は言っていた。
ルーはさっきからしゃがみこんで、俺が振る猫じゃらしに飛び掛かるタイミングを計っているが、飛び掛かろうする度にクロに邪魔されてる。たまには怒っていいと思うぞ?
猫じゃらしをフリフリしてると、突っ込んできたクロが猫パンチしながら寝っ転がる。
一生懸命に手を伸ばすクロ。ほれほれ、もっと手を伸ばすんだ。
「お前大きくなってきたな」
初めて見た時よりも一回り成長したクロ。
元々野良だったのか、文さんが学校近所の町内会にクロの飼い主がいないか聞いてくれていたが、クロに関する情報は集まらなかった。一か月以上経過したことで、文さんがクロを飼い猫2号に認定、そしてそれを俺たちの前で宣言し正式に家族の仲間入りになったのである。
穏やかな性格でのんびり屋のルーと違い、クロは元気いっぱいでいたずらばかりする。
悪いことしたときには文さんがその度に躾しているが、その頻度たるや相当なものだ。
じっくり時間をかけて愛情をかけながら躾するのが大事と文さんはにこやかに言った。
俺たちは猫と一緒に暮らすにあたり文さんから教育を受けた。
愛しているからこそ躾と関係を明確にしておく必要があるそうだ。
文さんは元々の飼い主だが、俺たちはというと猫からしたら飼い主じゃないけど同居人の扱いらしい。
元々猫は警戒心の強い動物だ。人に触られるのを嫌う猫もいる。人に慣れているルーとクロの場合は、自分にとって有益な相手かどうか見て、相手の関心を得る方法を模索したりしていた。
鳴いてみたり、まとわりついてみたり、じーっと見てきたり、暴れてみたりとルーとクロの行動は様々だった。反応すること自体は問題ないのだが、対応を誤るとその後の付き合いに影響する。
敵と判断されたり、嫌なことをする相手だと思われたらもう懐いてくれない。かといって、過剰に反応して猫の思うままに動いてしまったら、猫がこいつはチョロイと思うようになる。
なんでも構ってちゃんな猫になってしまうそうだ。
例えば、鳴いたからといって餌の時間でもないのに餌を与えてしまったりすると、猫がそのパターンを覚えてしまい、ちょっと小腹が空いたくらいでも繰り返すといったことを文さんに教わった。
ルーとクロは俺たちの呼びかけに「にゃー」とか「にゃーん」と返事するときもあるが、基本ちらっと見るだけだ。あまり無駄鳴きはしない。遊んでほしいときは、すり寄ってきたり、近くにきて反応するのを待っているのが基本姿勢だ。気づいてもらえない時やこれは無理だなと判断したときは、さっさと諦めて別のことをやり始める。それが文さんとルーたちの築いてきた関係性なのだろう。
餌やりの時間は6時~8時と18時~20時の2回。
朝食に関しては、猫も家族なので俺らと同じ時間に与えている。
餌をやるのは猫の好感度を上げやすい。餌をくれる人を猫もしっかり把握している。文さんはもちろんのこと、春那さんが台所に立つと餌がもらえると思っているようで台所付近に移動する。俺も春那さんほどではないけれど、台所に行くとルーとクロが俺の行動をじーっと見てくる。餌缶を持とうものなら早く寄こせアピールが始まる。面白いもので美咲が台所に行っても猫はいちいち反応しない。一応美咲が餌を用意したこともあるのだけれど、回数がまだ少ないから美咲からは貰えないと思っているのだろう。
ルーとクロは家で昼飯を食べているときに、あわよくばおこぼれを貰おうと、近くまで寄ってきて「いい子にしてるから分けて」みたいな感じで狙ってくる。この時だけは特に美咲を狙う。
文さん、春那さん、俺は餌の時間を厳守しているので、その誘惑に打ち勝っているが、美咲が負けそうになるのだ。猫がよく相手を見ているのが分かる。美咲も舐められてるのを理解しとけ。
ルーたちとひとしきり遊んだあと、ルーは飽きたのか定番のソファーに転がる。
寝っ転がったと思ったらすぐ寝やがった。相変わらず寝つきのいい猫だ。
クロはキャットタワーを登ったり降りたり、家の中をうろついて遊ぶものを探しているようだ。
たまに窓の外をじっと見ているときがあるけれど、やはり外に出たいのだろうか。
普段、俺たちがいない時間は何してるんだろう。一度撮影してみたい気がする。人がいない時に猫はこんなことをしているといった動画がアップされているが、我が家の猫たちはどうなんだろう。
……ルーは変わらないような気がするけれど。
行動範囲で言うなら一階のリビング、台所、和室、あとは二階の通路くらいだと思われる。
二階の俺たちの部屋は普段ドアが閉まっているので部屋に入ることはない。
ついてきて一緒に入ってくる時くらいだ。
そのときは好奇心が旺盛なので、興味ありげにあっちこっちを探ってたまに物を落としたりする。
そんなことを考えていると、ソファーで「スピー」と寝息を立ててるルーの傍に移動して転がるクロ。
そのまま、足をたたむように座り込むと瞼をそっと細めた。どうやら寝る気らしい。
猫の語源は「寝子」だからというのが一般的に聞かれる話だ。一日の半分は寝てるという。
俺は起きてる時の姿を見る方が多いのだけれど 美咲が言うには寝てる時の方が多いと言っていた。
俺と文さんが学校に行った後は、大抵寝てるらしい。
また暇になった俺はソファーをルーたちに占領されたので、リビングで転がりながら美咲から借りた本の続きを読むことにした。今日の猫時間は俺も満足できたな。
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暫く読書をしていると携帯が鳴り、見てみると愛からだった。
『お休みのところすいません。明日の予定空いてますか?』
と、愛が聞いてきた。
土曜日はアリカがシフトに当たっていて、俺も美咲もバイトは休み。
美咲の買い物に付き合う予定だったが、晃が俺の代わりに行くことになった。
だったら教習所に行ってキャンセル待ちしようかとも思っていたけれど、焦る必要はなく愛と遊ぶのは特に問題ない。
「ああ、空いてるよ。バイトもないし、美咲と買い物行く予定だったけどなくなったから」
『えと、理由聞いちゃってもいいですか?』
俺は愛に晃のことを説明。
といっても、美咲の幼馴染であり春那さんの妹である晃が家に遊びに来たということぐらいだ。
『あー、そんな方がいらっしゃってるんですか。それでその方が美咲さんの買い物に付き合うということなんですね。えと、ちなみにその晃さんという方は明人さんに好意的なんでしょうか?』
「その逆、俺すんごい嫌われてるから。大事な幼馴染に付きまとう虫だと思われてる」
『えっ! そうなんですか? じゃあ、警戒しなくてもいいですね』
『愛さん……警戒とか、好意的とか気になる言葉が聞こえたけど、何の話をしてるの?』
電話越しに響の声が聞こえた。どうやら一緒にいるらしい。
最近なにかと一緒にいることが多いような気がする、仲がいいのは良いことだ。
愛が響に俺から聞いたことを説明。特には気にしなかったようだ。
「響もいるのか。二人で何してんの?」
『ちょっとした相談です。夏休みも近いのでお互い抜け駆けしないように盟約を結んでました』
「二人して何やってるの?」
『それで明人さんの予定はどうなってるのかなーって、明日響さんと一緒にお伺いして聞いてもいいですか? 正直に言うと明人さんのお顔が見たいんです。響さんも頷いてます』
そういうことストレートに言うの照れ臭いから止めてほしい。
そうだ。響も一緒にいるのはちょうどいい。夏の慰安旅行の話をするいい機会だ。
「ああ、いいよ。俺も予定がなくなって暇だし……ところでアリカから慰安旅行のこと聞いた?」
『はい、聞きました。そのことを響さんにも教えてたんですよ。珍しく響さんが拗ねました』
『嘘は止めてもらえる? 拗ねてなんかいないわ』
『どの口が言ってるんですか! さっきまで慰安旅行の日に愛を拉致しようと、あらゆる計画持ち掛けてきたくせに」
……響、自分が行けないからって愛を巻き添えにしようとしたのか。
「えーと、その件なんだけど。俺から響も参加させたいって、オーナーに頼むつもりなんだけど。どうせならみんなで一緒に遊びたいじゃん」
『え、明人さんもですか? 香ちゃんも店長さんに頼むって言ってましたよ? それを聞いた時の響さんの照れっぷりを明人さんにも見せたかったです。あ、また照れてる。――痛い、痛い。響さんちょっと本気で痛いです!』
アリカも同じこと考えてたのか。言えよな。
いったん確認すると言って電話を切ったあと、春那さんにメールしてオーナーに聞いてもらった。
オーナーは大歓迎で他にいても連れてきていいと回答を貰えた。
ありがとうございます。
店長にはアリカから言ってもらうにしても、オーナーの了解を得たことはメールで知らせておこう。
メールを送ったあと、愛に電話を掛け響の参加が認められたことを報告。
『えっ!? そうなんですか!? …………響さん……残念なお知らせです。…………行けることになりました。――痛い、痛いです! ごめんなさい! 愛が悪かったです! だから首を絞めるのやめてください!』
何をやってるんだか。
「もしもし? 響にちょっと代わってもらえる?」
『う゛ぁい』
本当に首を絞められているのか、変な声で愛が答えた。すぐに響が電話に出る。
『……代わったわ』
「話は聞いた通りだ。急で悪いけど予定とかうまくしてくれるか? 親御さんにも言っといてくれ」
『ええ、分かったわ。スケジュールの調整はちゃんとしておくわ。……明人君ありがとう』
「そういうのなしにしようぜ。どうせならみんなで思い出作りたいからさ」
『そうね。――ちょっと愛さんをお仕置きするから、電話を切るわね』
「ほどほどにしとけよ。じゃあな」
とりあえずはこれで響も仲間入りだ。早めに聞けて良かった。
4時も近くなったころ、知り合いとランチに出かけていた文さんが帰ってきた。
お出かけしたときは気合の入った格好だったのに、家に入るなりすぐにだらけるのは止めてください。
そのすぐ後に大学へ行っていた美咲と晃も帰ってきた。美咲にしては遅い帰宅だ。
いつもなら、この時間だとすでにバイトに入っている時間のはず。
ああ、晃が来てるから時間をずらしてもらったんだな。もしかして今日は休むのかな?
スーパーで買い物をしてきたのか晃と美咲は手に大きな袋を持っていた。
「あ、まだ明人君いた。ただいま。ちょっと待ってて、一緒に行こうよ。すぐに荷物置いてくるから」
美咲はどうやらバイトに行く気らしい。
晃は何日かここでお世話になるので、そのお礼として今日の食事を作ってくれるようだ。
それを聞いた俺は美咲の顔をちらっと見る。
「晃ちゃんの料理美味しいよ?」
味音痴疑惑の美咲の証言は当てにならない。
美咲の口から出るのは「美味しい」しかないからだ。
俺は、美咲から「美味しくない」とか「マズイ」とかいう言葉を今まで聞いたことがない。
実家がパスタ屋で、毎日のようにパスタを食べていたトラウマのせいで、好んで麺類を食べないだけで嫌いなものがないのだ。嫌いなものがないのはいいことなんだけれど、逆に本当に美味いのか疑問がわく。
せめて春那さんの太鼓判がほしい。事前に情報があれば安心できたのに。
不安そうな顔をしたのだろう。
「おい、君。今、嫌そうな顔しただろ!? 姉さんほど上手じゃないけど料理はできるから。美咲と一緒にするなよ」
おい、美咲が思いっきりへこんだじゃないか。
これを慰めるのは俺なんだぞ。責任とってくれ。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。