302 美咲の騎士再来1
HRが終わった後、太一と長谷川を連れてE組へと響を迎えに行く。
俺たちがE組の教室に行くと、そこでは牧瀬が響の前で固まっていた。
俺たちが来たことに気付き、固まった牧瀬の顔にペンを近づけようとしていた響の動きが止まる。
「……お前ら何やってんの?」
「明人君たちを待っている間に、牧瀬さんからサバイバルゲーム部が行う夏合宿の予定を聞いていたんだけど、つい目が合ってしまって……」
経緯は分かったし、固まってるのも見て分かるけれど、その手にしているペンで今から何をするつもりだったんだ? もう少し来るのが遅かったらまた牧瀬に悪戯してただろ。
響の環境も牧瀬との誤解が解けたことにより改善しつつある。
響に距離を置いていた牧瀬が積極的に響に話しかけるようになったのだ。
クラスでも目立つ牧瀬の行動は次第にクラスにも広がり始め、クラスメイトが話しかけてくる機会が増え少しは馴染めてきたような気がすると響は言っていた。たまに響の取り合いが発生することもあるらしいが、そこは牧瀬がうまく仲裁してくれているようだ。その牧瀬がしょっちゅう固まることと、響が固まった牧瀬の顔に悪戯書きをする、そのあとよく口喧嘩するらしいが、それもE組の名物となりつつあるようだ。
とりあえず、牧瀬の解除を先にしよう。
長谷川に響を預けて通路に出てもらうと、少しして牧瀬の硬直が解けた。
「ああ、木崎君助かったよ! あいつ人が固まったのを確認したらすぐにペンを取り出してさ!」
「まあ……すまん。あいつの性癖だと思って勘弁してやってくれ」
「洗ったら落ちるからまだいいんだけどさ。あいつ普段笑わないくせに、ペンで人の顔に落書きする時はちょっとにやつくのよ。あれ絶対ドSでしょ」
的確に響の性格を掴んでいるね。
「……ところで木崎君たちが迎えに来たってことは、あの子と何かするの?」
「ああ、いつもの生徒会の手伝いだ。何か俺たちに依頼したいことがあるんだと」
「それはご苦労なことね。……あ、そうだ。さっき東条にも誘いをかけてたんだけど、あんたたちうちの部活の合宿に参加してみない? 部活に入れとまではいわないからさ。ちょっとした体験だと思って。最終日に模擬戦やるんだけど人数多い方が面白いのよ」
夏休みにサバゲー部は清和市のはずれにあるキャンプ場で二泊三日の合宿キャンプをするらしい。
そのキャンプ場の近くには廃屋もあり、サバイバルゲームをするのにいい環境らしいのだ。
すでに地主との交渉も終えており、あとは参加する人数だけらしいのだが……。
「日帰りならともかく二泊三日ってのが無理ぽいな。バイトもあるからさ」
「そこを何とかお願い。部員の一部が都合悪くてさ。それだと最終日に予定している模擬戦が小規模戦になるからつまんないのよ。助けると思って、その模擬戦だけでも参加してくんない? 道具は全部こっちで用意するし、何人かに声かけてるんだけど、いい返事もらえないのよ」
「えーと、それって学校以外の人でもいいのか? もし可能ならうちで同居している大学生とかバイト先の同僚とかも誘いたいんだけど」
「全然構わないよ。逆にそういう人がいたら連れてきてもらった方がこっちの都合がいい。何だ、これだったら最初から木崎君に声かければよかった」
牧瀬には聞くだけ聞いておくと伝え、俺たちはE組を後にした。
うーん。期待させちまったよな。
とりあえず、特に予定がぶつからなければ参加することにしよう。
実際、やってみたいってのもあるし。
太一らはどうだろう?
「……太一はさっきの話問題ないか?」
「あ? サバゲーか? 俺も一度やってみたいと思ってたからいいぞ。綾乃も連れてく」
「千葉ちゃんも行くの? 面白そうだし、私も行こうかな」
「響は? あのさ、ところでちょっと暑いんだけど」
がっちりと俺の腕を抱きしめる響に言う。
「あら、偶然ね。私も体のあちこちが熱くなってるわ。明人君にくっついているせいかしら」
その字じゃねえよ。もう一回言うけどその字じゃねえよ。
こっちが恥ずかしくなるから止めてくれ。
「……あら、お邪魔虫が来たわ」
響の向けた視線の先に中央階段から昇ってきた愛が俺と響の状態を見て引きつった笑いを見せている。
「何ですか!? 響さんまた抜け駆けですか!」
「愛さん、何度言ったら分かるの? 『は・や・い・も・の・が・ち』でしょ?」
ああ、また始まった。
もうめっきり定番となった響と愛の諍い。賑やかなのを通り越して騒がしい。
結局、二人はぎゃんぎゃん言い合ったあと、俺の腕に左右からくっついてくるのだが。
「明人君さっきの話だけど、明人君が行くなら私も行くわ」
「何の話ですか? また、抜け駆けですか!? 愛には内緒の話なんですか!?」
愛が唇を尖らして俺と響の顔を見回しながら聞いてくる。
「いやいや、サバゲー部の部長から合宿やるのに人が少ないから参加しないかって話があったんだよ。俺はバイトもあるから合宿は無理だって言ったんだけど、最終日の模擬戦だけでも参加できないかって誘われてさ。ついさっきの話だよ。一応、愛にも聞くつもりだったんだけどどうする?」
「明人さんが行くなら愛も行きます。日帰りだったらパパも文句は言わないでしょうし」
「んじゃあ、あとは美咲とアリカだな。多分行くっていうだろ。アリカもここに来た時に興味持ってたし」
そんな話をしているうちに生徒会室へとたどり着いた。
さて、今日はどんなことを頼まれるんだ?
☆
生徒会の依頼は夏休みに教職員と一緒に倉庫の不要物を処理することだった。
どうやら純粋に人手が欲しかったらしく、気軽に頼める俺たちに手伝ってほしいとのこと。
部屋に入った途端「太一、よく来てくれた!」と、会長が太一に暴力的に絡んでいたけれど、それも今では見慣れた光景だった。俺の知らないところでも太一は会長たちの手伝いをしているらしく、随分と気に入られているらしい。まあ、男手がない今の生徒会だと太一みたいなのが手伝ってくれると助かるのだろう。
昼から教習所に行って受講した後、バイトに来た俺は美咲とアリカに牧瀬から聞いた話をしてみた。
アリカも試験が終わって昨日から出勤してきていた。
試験についてもそれなりの自信があるようだ。
「……それで、そのサバイバルゲームの模擬戦に私たちも参加してほしいって?」
「うん。俺も一度やってみたいって思ってたし、どうせなら皆でどうかなって思ってさ。アリカも前にうちの高校来たときそんなこと言ってたろ?」
美咲とアリカは顔を見合わせる。
どうやら部外者である自分たちが参加していいものなのか決めあぐねている感じだ。
「向こうの部長が言うには、部外者も参加OKらしいから。体験だと思ってやってみない?」
「……だったら行ってもいいかな。でも、バイトはどうすんの? みんな抜けちゃうのって無理じゃない?」
アリカが心配そうに言った。まあ、確かにその問題は残る。
「そこは店長に相談してみる」
そこで俺が代表して店長に聞いてみた。
「問題ないよ~。ぜひ行っておいで~」
と、こっちが拍子抜けするぐらいあっさりと快諾が得られた。
店長と一緒に表屋に戻り、店長から了解が得られたことを美咲とアリカに報告。
あとは牧瀬に日程と場所を聞いて備えればいいだろう。
「え~と、ついでと言ってはなんだけど~、今年の夏はてんやわん屋の慰安旅行を計画してるんだけど、皆の予定聞いておいていいかな?」
八月の頭にオーナーの所有する別荘を借りて海に行くことが告げられた。
メンバー的には以前バーベキューをした面子と、俺の保護者でもあり、初代アルバイト員でもある文さんを加えた面子で行く予定だそうだ。
これはあれだな。前島さんプロポーズ作戦がいよいよ始動するということだな。
俺もできることは協力していこう。
俺の予定としてはバイクの免許を取りに行くくらいで、旅行に行くといった話はない。
あとはせいぜい、父親が休暇で帰ってくることと、その日で終わるようなことばかりだ。
文さんと美咲はお盆に一度帰省するとは言っていたけれど、二人ともほんの数日で戻ってくるつもりらしい。春那さんは帰省するつもりはないようで、こちらに残るつもりだと言っていた。
「店長、慰安旅行って、何処に行くんです?」
アリカがキョトンとして言った。
「八島だよ。あそこの海水浴場のすぐそばにオーナーの別荘があるんだ。屋敷みたいに大きいからみんなで寝泊まりしても全然平気だよ」
「……去年はそんな話無かったよ?」
美咲が不思議そうにぼそっと言ってきた。
去年は美咲が店長らに慣れていなかったから中止した。
俺は聞いているけれど、その事を美咲に言うわけにはいかない。
「去年はリフォームしてたらしくて使えなかったからね~。今年は大丈夫らしいよ~」
いつもの薄笑いを浮かべて誤魔化す店長。
今、取って付けたように誤魔化したな?
「八月頭に二泊三日の予定ね~。そこらへんは空けておいてね~」
そう言って店長は裏屋に戻っていった。
バーベキューの時の面子。そういや、もう随分と前のことのようだ。
親睦会と俺の歓迎会を兼ねたバーベキューで愛と再会したんだよな。
奈津美さんとか裕美さんとかとも初めて顔を合わせて……。
…………あれ?
あの時の面子ってことは、響とまだ知り合っていないときだよな。
響はてんやわん屋の関係者の家族というわけでもない。文さんに関しては元々ここで働いていて俺の保護者という立場がある。愛はアリカの妹で、太一と綾乃はオーナーの甥と姪でいわゆる身内だ。響以外の面子が行くのに響だけ参加できないのはどうだろう。流石に機嫌を損ねる気がする。
できることなら一緒に連れていってやりたいが……オーナーに相談してみるか。
このあと、美咲がアリカを襲い、その余波を受けて俺がアリカにアイアンクローで沈められる以外は平和に時間が過ぎていった。
店仕舞いも終え、従業員用の入り口から美咲と二人で出る。
鍵を閉めたのを確認して、俺と美咲はいつものように自転車を押しながら歩きだした。
一緒に暮らし始めてから、俺と美咲は帰り道であることをやり始めた。
帰り道の途中にある公園で、ほんの少しだけ美咲が自転車に乗る練習をしてるのだ。
今までの人生で自転車に乗ったことがない美咲が、自転車に乗ってみたいと言い出し始まったのである。
俺が期末試験の間は、美咲が早く家に帰って俺に勉強させると言って中断していたが今日から再開。
俺の自転車を使って練習しているが、まだ出だしはフラフラと恐々乗っていて、勢いが付けば乗れている。ブレーキの使い方が常に全力で握ろうとするのでまだ少し危なっかしいが、今はこれで問題ないだろう。
「今日はここまでにしよう。明日は車が少ない道路で美咲が乗って帰ってみようか。俺は横を一緒に走って周りを警戒しながらいくから」
「こ、怖くない? 長い距離とかまだ不安なんだけど」
「俺も走るのだるいからそんなに長い距離はさせないって」
そう言って公園を出たところで、俺たちが帰る方向へと向かって歩いてくるある人と遭遇した。
俺としては会いたくなかった人なのだが……。
何故だかその人は目に涙を溜めていて、俺と美咲の顔をじっと見つめていた。
「……やっと見つけた」
そう言って、その人は手で引っ張っていたキャリーケースを放り投げ駆け出した。
「美咲会いたかった!」
そう言って美咲をぎゅっと抱きしめる。
「――晃ちゃん!? どうしたのこんな時間に?」
そう、俺に敵意を向けたこともある。
美咲を愛して病まない春那さんの妹――牧島晃だった。
お読みいただきましてありがとうございます。
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