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帰路  作者: まるだまる
303/406

300 新しい家族6

 文さん、春那さん、美咲の三人と、ルー、クロの猫二匹と暮らし始めて約一か月。

 俺の生活には、今まで失われていた温かい時間が取り戻された。

 学校へ行くときの見送りも、バイトから帰ってきたときも出迎えも誰かしらがしてくれて、俺が一人になるのは自分の部屋に戻った時だけだ。


 今の家族構成――文さんを家長とし、次席を春那さん。基本的にこの二人が何か問題が起きたときは保護者として対応してくれる。俺と美咲は学生という身分なので同列扱いされ、報告・連絡・相談の所謂ホウレンソウをちゃんとするようにと言われた。


 一緒に暮らすにあたり一つだけ、これだけはみんなで守ろうというルールが決まった。

 ――家にいるときは朝食は揃って食べること。

 夕方以降はそれぞれ仕事やバイトでバラバラな俺たちが同じ時間に食事をとるのは難しい。そこで文さんが朝食だけでも一緒にと言い出したのだ。これだとお互いに情報交換もできるし予定も伝えやすい。

 もし仮に文さんや春那さんが仕事で家を空けていたとしても、残ったメンバーで揃って食べようということにもなった。文さんが言うには、「理由があって欠けるのは仕方がないが、理由は共有すべし」と家長たる態度で皆に告げた。もちろん、その意見に誰一人として反対することはなかった。


 役割は家事全般の主担当を春那さん、副担当が俺。

 

 これは一緒に住む話が出たときに言っていたことがそのままになった。

 とはいうものの、副担当の俺はこの一か月家事をほとんどしていない。

 せいぜい自分の洗濯物を畳んで仕舞うくらい、それというのも春那さんが俺に家事を回すことなく済ませてしまうからだ。 


 基本的に家事をしてくれている春那さんの負担が大きいはずなのだけれど、本人は美咲の面倒を見るのと大して変わらないし楽しいから大丈夫と言ってくれている。春那さんは何をするにしても完璧で、俺からすればまさに理想のお姉さん像だった。……時折、俺を襲うような真似さえしなければの話だが。


 ☆


 木曜日――鳥のさえずる音に目を覚ます。


 時計を見てみるとアラームが鳴る前でいつもより早い。

 何か夢を見ていたはずだけれど、既に内容は朧げだ。

 机の上に広がる参考書。ああ、昨日試験勉強してたのだけれど、眠気に負けて片付けずにそのままだった。


 学校では7月に入り期末試験が始まり、今日はその最終日である。


 今回は愛の勉強会に前回不出来だった太一も捕まえて強制参加。

 何故かおまけに長谷川もついてきて、俺を含めた三人は響に教えてもらいながら勉強することになった。

  

 俺との勉強会をきっかけに、愛も少しずつであるが自主的に勉強していたようで、前のようなゼロから教えることもなく復習をメインに進めることができた。

 ただし、正解率に関してはまだまだ不安が残るレベルにあるのは変わらない。

 まあ、愛の目標は赤点を取らないことなので、苦手科目の古典さえなんとかすればいけるような気がする。

 

 試験が始まってからもその日の試験が終わった後、お昼まで翌日の試験に向けての勉強会。

 その日の手応えを聞いてみると、愛は「覚醒したかもしれません」、「右手を抑えるのに苦労しました」と中二病のような謎の言葉を発し、太一は「とりあえず全部、埋めるだけ埋めた」と言っていた。

 まあ、少なくとも前より悪くなることはないだろうと期待したい。


 机の上をさっと片付けて、寝間着代わりにしているジャージ姿のまま一階のリビングに行くと、既に起きていた春那さんが床に座って開脚し上半身を床にぺったり着けようとストレッチしていた。朝の日課らしい。


 本当ならペッタリと床に着くのだろうけど、春那さんの豊かな胸がそれを阻害して、腹部は少し浮いている。むにゅうと潰れる豊満な胸に視線が思わず釘付けになる。そんな俺の視線を気にせずに春那さんはにこやかに朝の挨拶。


「明人君、おはよう」


 俺の視線にちょっとにやついてる気もするけれど、この人はたまにわざとやってるから困るときがある。 すぐさま視線を春那さんの顔に戻して俺も返す。


「おはようございます。相変わらず早いっすね」


「習慣だからね。今日はいつもより早いね。もう朝ご飯にする? まだもう少し時間がいるんだけど」


 春那さんは立ち上がり台所に行って朝食の準備を始めた。

 台所の隅にある炊飯器から湯気が上がっている。どうやら炊き上がり待ちといったところか。

 春那さんも俺と同じく朝は米派で毎日寝る前に炊飯器をタイマーでセットし朝に備えている。

 春那さんは美咲と暮らしている頃から朝食をしっかり作っていたらしく、俺たちの用意も毎朝してくれる。おかげで朝の食生活は豊かなものになっている。どうも、ありがとうございます。

 

「洗顔済ませたら先に美咲を起こしてきますよ。多分、てこずると思うので」


「毎朝すまないね。文さんみたいにご飯の匂いで勝手に起きてきてくれれば楽なんだけど」


「まあ、美咲を起こすのは俺の役割ですから」

 


 洗顔を済ませたあと二階に行き、俺の隣部屋である美咲の部屋をそっと開ける。

 さあ、今日はどうかな?

 今日はベッドの上に卵が乗っておらず、布団を抱き枕のようにぎゅうっと抱きしめて美咲は寝ていた。


 あれ、今日はいつもより寝相がいいぞ?

 これは今日は楽かもしれない。

 卵状態じゃない美咲ならそこまで手間はかからないだろう。


 起こそうかと近寄ったとき、俺の部屋から目覚まし時計のアラーム音が聞こえた。

 しまった。セットした時間よりも早く起きたせいで、目覚ましをそのままにしてた。

 耳障りでうるさいので先に止めてきてしまおう。

 自分の部屋へ戻りアラームを解除して、また美咲の部屋へと戻る。


 美咲の部屋へと戻ったら、ベッドの上に卵ができていた。


「……この短時間で何故だ?」


 相変わらず俺の期待を裏切るように意表を突く美咲の行動。

 深く考えたら負けだと自分に言い聞かせる。

 美咲を起こすようになってから一番困るのがこの卵なのだ。

 美咲のベッドは俺と同じような柵付だ。美咲のベッドは俺のベッドより柵が高いので、布団を引っぺがすのに苦労する。床の上ならスペースがあるのだけれど、狭いベッドの上だと柵のせいで動くにも制限されることがあるからだ。美咲が転がって逃げることはないが、どちらがましかと言われればどちらでもない。


 あまり乱暴にして美咲がフレームとぶつかるのは可哀想だし、後で「起こし方が優しくない」と不貞腐れられるのも面倒臭い。


 まずは卵から美咲を取り出すことが先決事項。

 転がしてみようとするが、頭側にするにしても、足側に転がすにしてもスペースが足りない。

 こうなると巻き込んでいる布団を解くことから始めなくてはならず、時間がかかる。


 卵の下側に手を突っ込み、布団の端を探索。

 布団の端だと思われる部分を掴み、ゆっくり引き出す。

 途中まで引き出せたのに突然重くなる。

 中で美咲が抵抗しているに違いない。無意識に抵抗するのはやめてほしい。

 

 解くのには時間がかかりそうだから……少しずらすか。布団の卵を丸ごと抱え込む。

 流石に重く持ちづらかったが、ベッドの頭側へと少しだけ移動させることができた。

 

 スペースができたので足側に転がす。

 ……卵の裏側は布団の端が内側に食い込むように形成されていた。

 ……面倒臭えな。結局、解かないと駄目じゃん。


 まあ、転がした分だけ俺が乗るスペースを確保できたので、ここからは力技で行ける。

 内側に食い込んでいる布団の端を中から引っ張り出す。

 ああ、くそ! 中で抵抗してやがる!

 いらんところだけ経験値が増えやがって、寝てるのに何で対策ができるんだよ。

 

 …………仕方ない、元を断つか。


 食い込んでいる中心目掛けて手を突っ込むと、ぷにょっと何か柔らかいものに当たった。

 この感じは美咲の腹とみた。ならば、俺は指をワキワキとさせて腹をくすぐる。

 こちょばいのか、中で美咲がもごもごと蠢く。

 動いたことで布団を掴んでいた力が抜け、布団を解くことに成功。

 布団の卵にくるまっていた美咲の顔が見え、苦しそうな顔を浮かべている。 

 

「や、やめろぉー! ショッカー」


 …………美咲は何の夢見てるんだ?

 まあ、寝言は気にせず起こしにかかろう。


「美咲、起きろ。朝だぞ」


 軽く揺すってみても、未だ苦しそうな顔を浮かべる美咲。

 うーん、こういう顔はあんまり見ない顔だな。

 美咲は苦しそうだった顔をちょっとにへらとしながら。

 

「……か、改造するなら、ボンキュボンでお願いします」


 ……聞かなかったことにしよう。


「ほら、美咲起きろって」

 

「ボンボンボンだけはー、ボンボンボンだけはー…………あれ?」


 うなされていた美咲がぱちっと目を開けると、俺の顔をじーっと見詰める。

 

「…………私、何言った?」


「…………ボンキュボン」


 そう答えると、美咲は涙目になって顔を両手で覆う。

 あまりに恥ずかしいのか、そのまま「うっ、うっ」と泣き出した。

 もういいかげん慣れろよ。俺はもうとっくに慣れたぞ。

 

「明人君――」

「あー、はいはい。一緒に死なないから。もうすぐ朝飯できるから美咲も起きろ」

「うっ、明人君が冷たい。……スト突入を宣言する!」


 言うなり、布団をさっと掴みくるまる美咲。

 また、始まった。


「ほら、いつまでも駄々捏ねないで。俺が美咲に冷たいわけないだろ?」

「……ハグしていい?」  

「ああ、していい。していい」


 そう言って両手を広げて待ち構えていると、美咲はむくっと起き上がり飛びついてくる。

 抱き着いて俺の胸に額をぐりぐりと押し当てる美咲。

 俺はこの一か月毎日ハグを求めてくる美咲に完全に慣れていた。 

 最初の頃はやはりドキドキしたりもしたのだけれど、こうも毎日だと感覚が麻痺したのか、美咲と二人の時にハグすることも、ハグされることもあまり気にしなくなっていた。

 美咲の言う習慣に自分もなってしまったのだと思う。


「最近、起こし方が冷たいような気がする」


「いつもと変わんないだろ」

 

「明人君からのハグを要求する」


「あー、はいはい」


 胸元に沈む美咲の頭を抱え込むように抱く。

 頭をポンポンと撫でるようにすると、美咲はますます俺の胸に額をぐりぐりと擦り付けた。

 

 俺の体に回した美咲の腕がもう一つぎゅっと力が入りそのまま力を抜いた。

 美咲が満足したのでハグを解く合図だ。

 タイミングを合わせ、俺も力を抜いて美咲が離れやすいようにする。

 

「明人君おはよー。今日も一日頑張ろう」


 と、正面に立った美咲は満面の笑みを浮かべながら言った。 


 ここまでの所要時間9分30秒。

 機嫌が直るのがいつもより早かっただけ今日はましだった。

 お読みいただきましてありがとうございます。

 次回もよろしくお願いします。


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