299 新しい家族5
ドタバタはあったものの、ぶつかって気絶していた美咲と綾乃が復活。
念のため、文さんが二人の状態を確認したが問題はないだろうということだった。
買い出ししてきたものを春那さんに渡し、用意をお願いする。
愛と響もその手伝いに参加した。
アリカが飯はまだかとソワソワしていたが、あまり近づくと危険なのであえて近寄らないようにしよう。
太一みたいにやられたらたまったもんじゃない。
幸いなことに春那さんがドタバタした状況に惑わされず、冷静に食事の準備を続けてくれていたおかげで、それほど待たなくてもいいようだ。肝が据わってるというか、放置が最適と確信したのか、とりあえず判断としては正しかったようだ。
俺と太一で、家に元々あったテーブルと美咲の家にあったテーブルをくっつけて、皆が座れるように配置。上座には文さんに座ってもらい、右側には春那さん、俺、アリカ、愛の順に座ることにしよう。
左側に美咲、響、太一、綾乃の順に座れば、正面にいるよりかは千葉兄妹が固まるリスクも減るだろう。
鍋は家にあったものと、春那さんの家にあったものをそれぞれのテーブルに設置。
春那さんと愛、響は食事の準備で台所とリビングを行ったり来たりで邪魔しないように心がけよう。
「ああああああああ~」
テーブルで食事の準備を待つ文さんは買ってきた一升瓶のラベルを眺めながら「うへへ」と笑っていて、少し不気味なので放っておこう。
「うふふふふふふふふふふふふ」
美咲とアリカはリビングの端でお互い構えあい無言のバトルをしているので、これも放っておこう。
「しあわせだああああああっ!」
そして、さっきから一人でうるさい綾乃はというと――膝の上にルーを抱えて、ニヤニヤと至福の時間を過ごしていた。
綾乃がルーに近づいても何の反応もせず、気にもしていないようだったので触ってみたらしい。
綾乃にとって今までこんなことがなかったらしい。ちなみにクロは綾乃には全く近寄らない。
恐る恐るルーの頭を触る綾乃だったが、ルーは拒否するどころか怯えてる気配もなくされるがままだった。ルーを抱き上げ膝の上に乗せても嫌がるどころか体を預けてきてくれたらしい。
文さんは「ルーたんは超のんびり屋さんだから」と言うけれど、危機感が麻痺してるの間違いじゃないんだろうか。まあそれはともかく、綾乃は念願の動物に触れることができ幸せそうなのでこれも放っておくことにした。
「はいはい、もうすぐできるから。みんな手を洗っておいで」
パンパンと手を叩いて、春那さんが言った。
戻ってくるとテーブルには、いい感じにぐつぐつと煮立ったすき焼き、茶碗、溶き卵の入った小鉢、コップが人数分用意されていた。昨日まで自分がする側だったからなんだか嬉しい。
皆がテーブルに着いたところで、文さんから一言。
「今日は手伝ってくれてありがとう。私たち三人はこれからここで明人君と一緒に生活していくけれど、明人君ともどもよろしくお願いする。では、お腹も空いてるだろうから早速いただきましょう。鍋の具材を提供してくれたおじさんや店長と準備してくれた春那らに感謝して――いただきます」
文さんの声に一斉に「いただきます」と声を上げ、それぞれ箸が鍋をつつき始める。
こちらのテーブルでは春那さんが、隣のテーブルでは愛が、みんなのお茶碗にご飯をよそってくれた。
それぞれのテーブルに世話役がいるので安心だ。
ただ、アリカのご飯が日本昔話に出てくるようなてんこ盛りだったのは気にしないでおこう。
ぐつぐつと煮えた鍋から牛肉を摘み、溶き卵の中へさっと絡め口に頬ばる。
割下の甘味と肉の旨味、溶き卵の柔らかさが味覚を刺激。
「旨い!」
久しぶりに食べたこともあってか、思わず口走ってしまった。
オーナーがくれた肉は上質のものだったみたいで、柔らかくて肉の旨味がよく出ていた。
これならご飯も進みそうだ。
「お肉は余るほどあるからね。どんどん食べなさい」
てんこ盛りされた肉の皿を片手に、空いたスペースに新たな肉を投入していく春那さん。
ありがたくがっつりいただきます。
談笑しながらの食事は楽しく、時間が過ぎるのもまた早い。
文さんと春那さんは酒の方がメインになっていく。酒があれば食べ物のほうは少しでいいらしい。他の面子は俺たちより早々に「お腹がいっぱいになった」と箸を置き、俺と太一とアリカが残って鍋をつついていたのだが、俺も流石に腹がいっぱいになってギプアップ。
「ああ~、もう無理。ごちそうさま」
太一がほぼ同時にギブアップ。
「何よ。だらしないわね~」
と、一人モグモグとマイペースに食べ続けるアリカ。
お前、少なくとも俺の倍は食ってないか?
「……相変わらずよく食べるわね。その体のどこに入るのかしら?」
響がアリカの様子を見てぼそっと呟く。
人体の神秘の一つだな。
多分、食ったそばから消化してるんじゃないだろうか。
「香ちゃんはそれだけ食べて太らないから羨ましい」
「そうなんだ? 美咲は食べたらすぐデブるのに」
「ちょっと春ちゃん? デブっていうの禁止でしょ? ……え? もしかして私また太ってるの? 春ちゃんから見ても私太ってるの? 本当のこと言って! 真面目に言って! 何で顔を背けるの!?」
そう言って春那さんに詰め寄る美咲だが、春那さんは愉快そうに「さあ」と白を切っている。
急に不安を感じたのか、美咲はお腹周りに手を当てながら青い顔になっていた。
美咲はよく太った、太ったと自分でいうけれど。そうは全然見えないんだけどな。
まあ、自分の体を意識するのはいいことだと思うので、余計なことは言わないでおこう。
「いや~はっはっは。若いっていいねー。私は春那みたいに出てるとこも出てないし、あちこっちポヨポヨプニョプニョだから開き直ってるけどね~」
えー、自分でそう言ってるけど。文さん結構スタイルもいいと思うんだけど。
まあ、学校とのギャップは確かにすごいと思う。
学校での姿はアダルティな感じ。身に着けている白衣がまた色気を出しているようにも見える。
今は一升瓶片手に酒さえあればいいって感じで、ガハガハ笑ってるおっさんみたいな感じになってる。
これ見たら幻滅するやつもいるんじゃないだろうか。
そんなことを思っていると、アリカが手にしたお椀をコトンと置いた。
「ごちそうさま!」
手をパンと合掌して言うアリカ。
完食――そんな言葉が似あうように一人鍋をつついていたアリカが鍋を空にした。
手にしていたご飯も綺麗に空。
お前、てんこ盛りしたやつ三杯以上は食ってたよな。
アリカが食べ終わったところで、愛がテーブルの上を片付けはじめる。
文さんがその姿を見て、微笑ましい顔して言った。
「愛ちゃんは随分と気が利くんだね~。いい嫁になりそうだ」
「ああいう子なら明人君の嫁にいいかもしれませんね」
春那さんの何気ない一言をきっかけに、美咲やアリカ、響、綾乃も目の前の食器を片付け始める。
何で急に愛と一緒になって片付け始めてんだ?
女のプライドでも刺激されたのか?
食器を運んだ台所では、愛を中心に講義が始まっていた。
「使った食器は水につけておいて、汚れを浮かすの。そうすると手で洗う時の手間が省けるの。お湯ならもっと早く浮くから、どうせ洗うんだから洗剤を一、二滴垂らしておくのもありですね。食器を洗う時は油がついているものは後回し。そうしないと油が残っちゃって、次の洗い物に油が付いちゃいますから。順番的には油付きが少ないものからです」
集まった一同はふんふんと頷きながら教えを聞いている。
その様子を見て春那さんと文さんがにやりと笑った。
「――とまあ、現状はこういう感じです」
「うん。分かった。大体、把握した」
不思議そうに二人の様子を見ていた俺の肩を太一がポンと叩く。
「……まあ、頑張れ」
何をだよ。
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