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帰路  作者: まるだまる
301/406

298 新しい家族4

 文さんに車を出して貰い、足りない食材を買いに行く。

 愛と響を連れて買い出し。最初は愛だけ連れて行く予定だったが、「愛さんだけずるい」と、響が手刀をぶら下げて近づいて来たので連れて行くことにした。暗に脅すのはやめてくれ。


 俺と美咲がいつも使っているスーパーに到着。

 

「白菜、椎茸、えのき、人参、春菊、白葱は箱の中に十分あったので、あと一般的なのは焼き豆腐と糸こんにゃくと麩ですね。卵もいりますね。家にあったのはお昼に少し使ってしまいましたから。あ、あと飲み物……えーと、烏龍茶が妥当だと思います。明人さん他に何か希望はありますか?」


 すき焼きか……他に入れるものってあんまりピンとこないな。

 

「割下は? 入れるだけのやつ買う?」


「その方が早くていいですね。簡単なんで家にあるものでもできますけど、今回は手軽な方を選んじゃいましょう」


 籠をカートに載せて各コーナーを回り、愛が選別して籠へと入れていく。


 一緒にいた文さんは酒類の売ってるコーナーに差し掛かると、

「打ち上げと言ったらやっぱ酒でしょ。今日は春那って飲み仲間がいるから楽しみだ」

 そう言って、俺らから離れて酒を物色し始めた。

 どれにしようか悩んでいるみたいだから置いていこう。


 ところでさっきから妙に静かな響だが、少し様子がおかしい。

 愛の後ろにくっついていって、愛が購入する食材の選別する様子を間近でまじまじと見ている。

 自分では手に取らず選別している愛の様子を窺っているようだ。

 時折頷いているところを見ると、何かを確認している感じ。

 糸こんにゃくを手にした愛と手ぶらの響が戻ってくる。


「……響はさっきから何してるんだ? 愛ちゃんの後をついて行ってばっかしてるけど」

「明人さん。愛です愛。前と同じ呼び方してますよ?」


 愛が不満そうに言い直しを求めてくる。


「あ! ごめん、そうだった。コホン、えーと、響は愛の後ばっかついて行ってるけど何か気になるのか?」


 言い直すと締まらねえな。

 

「私、スーパーに来たことがないから、どうやって食材を選ぶのか興味があったのよ」


 マジですか!?


 そうだよな。家に三鷹さんっていう家政夫さんがいるんだし、わざわざ自分でスーパーに行って買い物とかしないよな。これある意味、世間知らずな子ができちゃうんじゃないだろうか。

 ボウリングもカラオケもしたことがなかったし、もうちょっと娯楽に目を向けた方がいい気がする。


「……響さんって世間知らずなんですねー。では、愛が特別に買い物上手になるこつを教えてあげましょう。こう見えて愛は食材のお買い物に関しては歴戦の勇者ですから」

「あら、そうして貰えると助かるわ」


 愛が胸を張って偉そうに言うが、買い物に戦いなんてあるのだろうか?


「む! 響さんもうすぐ戦いが始まります! いい機会なので見学しましょう」

  

 愛が緊張したような声を上げて言うと、視線を遠くに向けた。

 その視線の先、店内にある従業員用の出入り口から白いかっぽう着姿のおばちゃんが現れていた。   

 おばちゃんはバーコードシールを手にもって、総菜コーナーへ移動していく。


「響さん、あの店の人が持ってるのは今売ってるやつが割引になるしーるなんです。あれが貼られたらあちこちから手が伸びてきます。その取り合いと来たら、とても激しいんです。うちもパパのお酒のつまみなんか惣菜で済ます時があるんですけど、そういったものは安く買った方がお得なので狙うんです」


 愛が説明していると、おばちゃんの背後にそれ狙いの人たちが集まりだしている。

 あれよあれよという間に通路いっぱいに人の群れが出来上がった。


 おばちゃんの動向に人々の視線が集中する。


 右から左へと商品を確認していき、シールを持ち直す。

 その動きにおばちゃんの後ろにいる群れの気配が変化する。

 おばちゃんの一挙手一投足に関心度が上昇しているのが見て分かる。


 おばちゃんは手にしたシールをまるで神業のように素早く商品に貼っていく。

 ペタペタペタペタペタペタペタ――と、寸分の狂いもなく機械のように最小限の動きで右から左へ。

 

 貼った瞬間、狩人たちが動き出す。一番の強者はおばちゃんがシールを貼ると同時に手を伸ばし確保。

 遅れをとった他の客は慌てたように手を伸ばし始める。


 割引品の奪い合いが始まった。傍から見ていておっかない。

 混ざりたいとは思わない。

 もうあれだな。商品を見てないな。

 勝ち取ることが目的になっている気がする。


 それを遠目で見ていた響は不思議そうに愛に聞く。


「……愛さん。あの人たちは何故混み合う前に買わないの?」 


「少しでも安く買いたいんですよ。ああやってお金を節約するんです。みんながみんなお金をいっぱい持ってるわけじゃないですからね。お肉とかのさぷらいず特売なんてあれよりひどいですよ。もみくちゃにされるの確実だし、ひどい時なんて手に取ったのまで持っていかれることもありますから、死守するのも大変なんです。特に年季の入ったおばさま方は無茶苦茶強敵です」


 段々と人がばらけていき、後れを取った人たちが残念そうな顔で総菜コーナーを後にする。

 さばけたあと、そのコーナー前に行ってみると、ものの見事にシールが貼られた商品がなかった。

 おばちゃんはかなりの数を貼っていたはずなのに。

 

「こんなところでも競争があるのね」


「愛も最初の頃は何度もぴちゅうを舐めました」


「……苦渋ね」


「それです。でも、今では強烈なおばさま方に負けません」


 その後、愛は響に賞味期限や消費期限の見方、原産地や生産地と買い物をする上でチェックした方がいいことをレクチャーしていく。

 

「……色々と気にすることがあるのね。話を聞いてなかったら、特に気にせず籠に入れてるわ」


「愛は家計と家族に優しい主婦を目指して修行中ですから。というわけで、とっても愛はお買い得だと思うんですけど、明人さんお嫁に貰ってくださいません?」


 俺に振るな。


 愛の後ろで響が右手に手刀を作りながら、俺の対応をじっと見てるんだよ。

 選択を間違えると確実にやられる。


「えーっと、修行頑張ってね」


「何でそこでへたれるんですか!? ばっちこいくらい言ってくださいよ!」


 言ったらやられるわ。    

 むーっと唇を尖らせた愛だったが、店内にある時計を見て、


「――そろそろ香ちゃんがお腹空いてるはずなので、戻らないと他の人が危険だと思います。特に太一さんあたり八つ当たりされる格好の的です」

 

 何故、太一がターゲットになるのか分からないけれど、愛が言うならそうなのだろう。

 まあ、春那さんがいるので何かしら与えてくれてるとは思うんだけど。


 文さんが戻ってこないので、俺らから合流。

 文さんの足元に、福の神が描かれたビールケースが一つ。

 手には一升瓶を持ってラベルをじっと見ていた。

 どうやら酒を買うにしてもこだわりがあるようだ。


「え、もう終わった? まだ半分しか見てないのに」


 諦めてください。


 文さんは手にしていた一升瓶を籠に入れる。

 レジへと向かう途中、響が途中で何かを見つけたようで足を止める。

 視線の先にあるのはカップ麺。定番中の定番「かっぷぬぅどる」だ。


「響どうした?」


「……自分で個別にこれを買ってもいいかしら?」


 響はそう言って「かっぷぬぅどる」の醤油味を一つ手に取る。


「……お前が買うなら別にいいけど。今日はすき焼きだってのに、なんでまたそんなもん」


「……一度、食べてみたいと思っていたの。このチャンスを逃したくないわ」


 やっぱ響は社長令嬢なんだな。

 庶民的なものに憧れがあるのだろう。

 

「それパパが好きなんで、家に全種類箱でありますよ。箱買いだと単品より単価は安いのでよく買ってくるんです。愛の家に遊びに来ればお好きな味のやつ出しますよ?」


「ぜひ伺うわ。そうね、明日なんてどうかしら?」

 

 何をやってるんだか。とりあえず二人はここに置いていこう。

 愛がついているから響が迷うことはないだろう。


 文さんと一緒にレジに並んでいると、響と愛が隣のレジに並ぶのが見えた。

 どうやら「かっぷぬぅどる」を買うのは買うらしい。

 美少女がカップ麺一つを大事そうに持ってレジに並ぶって絵面が何かシュールだ。

 

 レジでの支払いは文さんがしてくれるので、俺は買い物袋に詰めるとしよう。 

 隣のレジでは響が清算中。


「116円になります」


「――これでお願いします」


「えっ!?」


「あっ! 私が払います。116円ですね!」 

 

 まさか店員も、カップ麺一つ買うのに電子マネーならともかくゴールドカードを出してくると思わなかったのだろう。結局、隣にいた愛が慌てて自分の財布を出して支払っていた。

 どうやら、響はなんだか納得できないようだ。


「今日はいらないと思って現金は持ってきてなかったのだけれど、カードで払うのは駄目なの?」


「……響さんが意外と非常識なことを思い知りました」


「…………腑に落ちないけど、明日愛さんの家に行くときに返すわね」


「あれ、本当に来る気だったんですね?」 

 

「えっ、違うの?」


 響は目をぱちくりさせて真剣に聞いていた。

  



 買い出しを終え家に戻ると、台所で春那さんが具材を準備していた。


 他の面子はというと――


 綾乃がソファーの背もたれ部分に覆いかぶさるように倒れていて、美咲は大の字で床に転がって気絶。ルーとクロはリビングに置いたキャットタワーの一番高いところに避難。


「ああああああああっ! ギブ! ギブ! 折れる、マジで折れるって!」


「何情けないこと言ってんの! これからでしょうが!」


 テレビの前では太一がアリカにスコーピオンデスロックを掛けられていた。

 

「ああ、間に合いませんでしたか」


 その光景を見て愛がぽつりと言う。

 これ、どう見てもおかしいだろ……。

  

 ☆

 

「美咲は自業自得で、綾乃ちゃんは不幸な事故があった」


 台所で準備していた春那さんに聞くとそう語った。


 春那さんが目撃したのは――


 美咲とアリカが雑談していた最中に、美咲がアリカを襲おうとしたことが発端のようだ。

 だが、アリカが飢えていたからか感覚が鋭くなっていたようで、素早く回避に成功。

 ちょうどそこにルーに近づこうとした綾乃がいたらしく、衝突して二人とも撃沈したという。


 それで、何故アリカが太一を襲っていたかアリカに聞いてみると、  

 

「お腹空いた状態でじっとしてるとイライラするから暇つぶし」


 太一が可哀想すぎる!

 それで更に技を掛けてた経緯を聞いてみると


『太一君、サソリ固めって知ってる?』


 そう言ってアリカが、自爆した美咲と巻き込まれた綾乃を何とかしようとしていた太一に聞いてきた。

 太一はプロレス技とかをよく知らず「知らない」と正直に答えたらしい。


『男の子なんだからサソリ固めくらい知っとかないと駄目だよ。教えてあげる』


 それでやられてたのか。

 やる方もやる方だが、乗る方も乗る方だな。


 

 お読みいただきましてありがとうございます。

 次回もよろしくお願いします。



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