297 新しい家族3
賑やかすぎる昼食が終わり、後片付け。
台所の後片付けを愛が始めたところ、せめて後片付けは手伝わせてほしいと立候補した綾乃が一緒にしている。残った俺たちは手持無沙汰で俺は太一と、美咲は響とそれぞれ雑談中。
「明人が美咲さんと仲がいいのは知ってたけど、まさか呼び捨てにしてると思わなかったぜ。相変わらず自分で火種を巻くのが好きだな」
…………今回の件って、俺のせいなのか?
俺が自問自答をしていると、表から車のクラクションが鳴った。
見てみると、家の前に中型トラックとワンボックスカーが1台ずつ止まっていて、ワンボックスの後部座席から春那さんが降りてきた。
到着したか。先に労力のかかる2階の春那さんと美咲の引越しからなのは都合がいい。
「みんなお待たせ―」
家から出てきた俺たちにワンボックスの窓から手を振るアリカ。
「いや~、ここが明人君の家かい? 大きな家なんだね~」
ワンボックスを運転してきた店長がアリカ越しに家を見ながら言った。
「さて、ちゃっちゃと終わらせるぞ!」
トラックから降りたった高槻さん、前島さん、立花さんの裏屋の面々。
店長からの提案で裏屋総員が春那さんの引越しを手伝うことに決まっていた。
春那さん的にも費用が安く済むので大歓迎だったらしい。
最初は美咲も参加するつもりだったが、「美咲は役に立たないからいらない」と春那さんにぶった切られ、アリカが選抜された。アリカは力持ちだから実際役に立つ。
落ち込んだ美咲を慰めるのには少しばかり苦労した
大きな荷物は庭からリビングを経由して運搬。手で運べるような荷物は玄関から搬入。
重量物は男+アリカで処理し、比較的軽いものを残りのメンバーで運搬して分担。
それ程荷物が多くなかったこともあり、人数が人数なだけに一時間ほどで全ての荷物をそれぞれの部屋に搬入することができた。アリカはこの場に残り、春那さんは引き渡しのため前のアパートに戻る。店長らは春那さんを送った後、そこで出たゴミ処理をしてそれぞれ帰宅するらしい。
「香ちゃん、お昼ご飯は?」
「みんなとこっちに来る途中で食べたよ。高槻さんが「引っ越し祝いだ、俺が出す」って言ってくれて」
高槻さん男気あるなー。
「あ、そうそう。これ店長から預かった引っ越し祝い。なんか、オーナーからのも混ざってるんだって」
アリカはそう言って足元に置いてある大きめの発泡スチロールを持ち上げる。
開けてみると牛肉と野菜がどっさり入っていて、どうやら今日の予定している鍋に使えということらしい。
俺と一緒に中身を覗き込んでいた美咲と愛が、
「明人君、これ……肉の量多くない?」
「これだとすき焼きの方が良さげですね」
愛の言葉を聞いてアリカ、太一、綾乃が強く反応した。
「ね、ねえ、今日の鍋すき焼きに変えない? 同じ鍋といえば鍋だし」
「お、俺もその方がいいと思う。こんだけ肉がいっぱいあるんだし」
「……私も食べたいです」
食欲に正直な三人だった。
まあ、鍋にするにしても似たような材料だ。こんだけ肉があるなら問題ないだろう。
アリカがいれば、肉が余ることもないはずだ。どうせなら食べきってしまった方がいい。
足りないのは、しらたきと卵くらいなものであとで買いに行くことにしよう。
「明人さん、香ちゃんすき焼きだと一人でご飯2合は食べますよ?」
マジか!? あいつどんだけ大ぐらいなんだよ。
ああ、そうだ。オムライス2キロ食ってもまだ入るとか言ってたもんな。
しょうがない。炊飯器は美咲の家から持ってきたものも使おう。
2つも使えば、みんなの分くらいは足りるだろう。
「じゃあ、今日の鍋はすき焼きにしてもらおうか。春那さんたちには俺から言うよ」
「さあ、今日の晩御飯がすき焼きと分かった以上は気合入れるわよ! 重たいものでも何でもこいよ!」
現金なアリカだった。
美咲の部屋のレイアウト設定後、美咲らは部屋の中を整理。
男は入るなと俺と太一は追い出され、通路で部屋から出てくるゴミ処理を担当。
通路に出されるゴミを二人で分別していく。
とはいっても、一人分の荷物なので分別するゴミの量は少なく、空いたダンボールをたたんで縛るのがメインだった。
「美咲さん、これは?」
「あ、それは本棚でいいよ」
「美咲さん、これはここでいい?」
「うん。そこにかけてもらえば大丈夫」
「――あ、背が足りない。響ちょっと手伝って」
「……アリカ。あなた自分の身長くらい把握しなさいよ」
扉は閉まっているけれど、中からの声が通路にも聞こえる。
意外と聞こえるもんだな。
まあ、俺と太一が静かにしてるからっていうのもあるだろう。
早くゴミを出してくれ。暇を持て余してるんだ。
「こ、このセクシーな下着は美咲さんの物ですか!? 布の面積がほとんどないんですけど!?」
「あれ? 綾乃ちゃんの箱に下着入ってた? ああもう、春ちゃん下着適当に入れてるじゃない」
「美咲さん、こ、これって紐パンってやつですよね!? 初めて見たんですけど!」
「それ可愛いでしょー、横をリボン結びとかすると超可愛いんだよー。アリカちゃん一回着けてみる?」
「え、遠慮します!」
「……愛さん見てみて。このスケスケの下着。下着として意味はあるのかしら?」
「どれですか? うわっ、すごっ!?」
どうやら美咲の下着コレクションが話題のようだ。
美咲はかなりきわどい物も持ってるからな。
毎月バイト代が出たら自分へのご褒美として買っているらしい。
ふと視線を上げると、太一が顔を赤くしていた。
お? 太一がこうなるの珍しいな。
俺が不思議そうな顔をしていると、
「明人、お前今の内容聞こえて何も思わないのか?」
「何が?」
「……いや、いい。聞いた俺が間違いだった」
部屋の中では美咲のコレクションのお披露目が続いているようだ。
「ブラも色々なのあるよー」
「うわー、このブラ可愛いー。でもサイズ的に……泣きたくなってきた」
何だかアリカの悔しそうな声が聞こえる。ぺたんこだもんな。
まあ、しょうがないよな。
「このふわふわしたの可愛いんですけど、高いんじゃないですか? 愛のお小遣いじゃ買えないかも……」
「それ上下セットで2480円だったよ?」
「思ったより全然安い! てっきり5千円超えてると思いました!」
「私が持ってるの一番高くても3千円だよ? 学生の身分じゃそんな高いの買わないよー」
「そういうの聞くと、愛もちょっとえっちぃ下着買おうかなって気になってきました」
「お、お仲間になる? 安くて品質がいいお店紹介するよー」
部屋の中ではきゃっきゃうふふな世界が繰り広げられているようで楽しげだ。
会話に夢中でゴミが出てこないので待ちくたびれていると、玄関からチャイムの音が聞こえてきた。
「お、本居先生かな?」
太一と二人で玄関に向かうと両手にケージを持った本居先生がいた。
「やあ、明人君。お待たせして申し訳ない。クロちゃんがケージに入るの嫌がって時間がかかった。水曜日に病院で注射してもらったんだけど、また病院に連れていかれると思ったらしいの」
そう言って手に持ったケージを玄関の上がったところに置く。
中のルーとクロが「ここはどこだ?」みたいな感じで気にしているように見えた。
「いえ、事故とかじゃなきゃ全然問題ないですよ。春那さんの方はもう運び終えてますから」
「やっぱりあっちの方が早かったか。えーと……私は下の和室でいいんだよね?」
「本居先生は和室です。荷物は――いたたたたた」
本居先生にいきなり頬を引っ張られた。
「文さんと呼びなさいって言ったでしょ?」
「ふぁい。わかりまひた文はん」
本居先生改め文さんからは、公私の使い分けとして家にいるときは「文さん」と呼べと約束させられていた。学校では今まで通り本居先生だ。
「おーい。文さん到着したぞー。先に運んじゃうから降りてこーい」
階段下から美咲の部屋にいるみんなに声をかけると、ドタドタと慌てて降りてくる。
慌てて落ちるなよ?
文さんはオーナーが手配した引っ越し業者に頼んである。
運搬作業員も二人いて、この人たちがメインで運んでくれるらしい。
重量物は俺、太一とアリカで手伝い、他のメンバーは軽めの荷物を運ぶ。
文さんも一人暮らしだからか、荷物は少ない。これはすぐに終わりそうだ。
前のマンションは家電製品が備え付けだったらしく、持ってきた大きな物といえば本棚と愛用のこたつくらい。何でもそのこたつは学生時代から使っていて思い入れがあるらしい。
「私の食生活はレンジさえあれば問題なかったからね。冷蔵庫もほとんど使わない。ビールを冷やすくらいだよ」
文さんはどうだすごいだろみたいな顔してるけど、一応医者なんだから健康とか栄養のことちゃんと考えようよ。絶対食生活偏ってたでしょ?
文さんの荷物はまとめられていて、大きなダンボールが一つ、大きなダンボールより二回りくらい小さいのが四つ。ダンボールには識別用か、○の中に医とか雑とか、ルー&クロとか書いてある。
あとは大きめのキャリーバッグと業者の用意した大きな衣装ケースがそれぞれ一つずつ。
その衣装ケースの横にキャットタワーが二つ並んでいた。
俺がキャットタワーに興味を持って見ていると文さんが、
「これ一つはリビングに置かせてもらっていい?」
「いいですよ。端っこでも問題ないですか?」
「うん。邪魔にならないところに置くから。じゃあ、どこに置くか候補を決めてくる」
そう言って、ぴゅーっと家の中に入って行った。
文さんが戻ってきたところで運搬開始したが荷物の搬入自体はすぐ終わった。
マンションの明け渡しは、もう終えてきているようで、この後は荷物整理をするだけらしい。
荷物の開梱を始めた文さん。どうやら自分より猫優先らしい。
ダンボールもルー&クロと書かれたダンボールから手を付け始める。
それから猫のトイレセッティング。新しい砂を入れて、ダンボールに入っていたビニール袋から同じような砂を継ぎ足す。この砂は前のマンションで使っていたものを残しておいたらしく、少し匂いがついているらしい。こうすることによって、住処が変わっても猫たちは自分たちのトイレがここだと理解できるようだ。猫は好きだけど、今まで飼ったことがないから色々と教わっていこう。
最後にキャットタワーの高さを調整。ルーはごろごろ寝てばかりなので、運動不足解消にと思って買ったらしいが、ルーはたまにしか使わないらしい。
「そうだ。明人君。うちの子たち完全室内猫で家の外には出させないから、家の出入りとか窓とかには気を付けてね。ルーたんは自分でも分かってるからいいんだけど、クロちゃんはまだ分かってないから特に注意して」
文さんが決めたことなので従おう。
「さて、ルーたんとクロちゃんを出してあげよう」
文さんは玄関に置いていたルーとクロの入ったケージを持ってきてリビングで開ける。
顔をひょこっと出して、周りの様子をうかがうルーとクロ。
前に来た時の記憶があるのか、すっと飛び出してあちこち走り始めるクロ。
それに対してルーはソファーに飛び乗るとだるそうに転がった。
ちなみに美咲、アリカ、響、太一は俺と一緒にその様子を見ているが、愛、綾乃はキッチンから遠巻きに様子を窺っている。愛は動物が苦手なのに動物には好かれ、綾乃は動物が大好きなのに恐れられている。
愛は動物が恐れる綾乃の近くにいることで、動物を近づけさせないようにしているようだ。
走り回ってたクロが太一の近くを通ったとき、いきなり太一にしがみついてよじ登ってきた。
太一も何故か動物に好かれる体質らしく、クロを助けた時もその体質を利用した。
「爪が痛い……」
クロは爪を立てながらよじ登っているが、落ちないようにしているのだろう。
太一は爪の痛みを我慢して好きなようにさせていた。それを見た綾乃は羨ましそうな顔をする。
クロがよじ登ってる姿を見たルーは、クロと同じように太一の下へ移動。
太一の前で止まり見上げて「にゃー」と、一鳴き。
「ルーたんが太一君に抱っこしてって言ってる。ルーたんにしては珍しい」
荷物整理を始めた文さんが横から言った。
「にゃー」と、ルーがまた一鳴き。
「早くしろって言ってるよ?」
太一はクロを落とさないようにしゃがみ込み、ルーを抱き上げる。
ルーはゴロゴロと喉を鳴らして、太一の胸に頭をこすりつける。
どうやらルーも太一を気に入ったらしい。
気まぐれな猫たちは、暫く太一に甘えていたがすぐに飽きてクロはあちこちに移動。
ルーはそこが気にいったのか、またソファーの上で転がっている。
程なくして春那さんも戻ってきて、自分の部屋で荷物の整理にかかる。
俺たちも手伝って、美咲の時のようにダンボールやゴミの処理。
美咲の部屋には響と愛が手伝いの続きに入り、春那さんの部屋へアリカと綾乃が手伝いに行った。
俺と太一は文さんのお手伝い。ダンボールに入っていた医学書とか色々な図書を本棚に移していく。
なんだかんだとやってるうちにそれぞれ大まかに荷物の整理が終わる。
みんながリビングに集合した時には夕方の5時を回っていた。
さて、次は買い出しに行くか。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。