29 看板娘と密約4
アリカに視線をやると、俺と視線を合わすなり睨んできた。俺はお前の仇か?
「そう睨むな。何も言ってないだろ?」
「あんたの目が悪口言ってるように見えるのよ」
「ちょっと待て! それは被害妄想って奴だろ」
ふんと、そっぽを向かれたが、一体なんなの? 俺、何も悪いことしてないのに。
「とりあえず、接客は見れたから、次は実際にやらせてくださいね。美咲さん」
アリカは俺を無視するかのように、横に立っている美咲さんに話しかけると、美咲さんは虚ろな顔で、無言のまま頷いた。
「み、美咲さん?」
その表情を見たアリカは、戸惑ったように、もう一度名前を呼んだ。
「みみさきさんなんていないわよ?」
美咲さん……そこは返すのか? やっぱりトラウマ持ってるだろ。睨むからアリカが驚いてるじゃないか。
「おい、あれは気にするな。あのワードは美咲さんにとって許せないものらしい。俺も何度か言われた」
俺はそっと驚いているアリカに耳打ちすると、
「え? そ、そうなの? わかった。次から気をつける」
アリカは小さな声で俺に返してきた。気にするな。このことに関して、お前は悪くない。
「はあ……。明人君……。さっきのってナンパだと思う?」
「そうですねぇ、完全に下心ありには見えましたけど?」
「え? なになに? 何の話?」
途中からきたアリカは話の状況が見えず、俺と美咲さんの顔を交互に見ている。
さっきのお客が、美咲さんをライブに誘ったことをアリカに教えると、
「うわあ、やっぱり美咲さんってもてるんですね?」
アリカの言葉に美咲さんは身体をビクッとさせて、俺達に顔を向けた。
その仕草は、まるでさび付いた機械のように、ギギギ……とぎこちなく動いていた。
「…………」
美咲さんは何かを言いたげな顔をしたが、諦めたのか言葉を飲み込んだように見えた。
アリカはキョトンとした顔で美咲さんの表情を見ている。
「まあ、もてないよりはいいんじゃないですか? なあ?」
美咲さんがこれ以上気落ちするのも見たくないので、横にいるアリカに同意を求めるように言うと、何を勘違いしたのか、アリカのこめかみがヒクッと動き、
「あんた、あたしに喧嘩売ってる?」
お前、どういう受け止め方してるんだ? 誰もお前がもてないとは言ってない。
「そういう意味で言ってねえよ。お前だって可愛い部類にはいるだろうが」
俺の言葉聞いたアリカの白い肌が急に桜色に染まった。
アリカの頭越しに、美咲さんがジト目で俺を睨んでいる。
え? 何で美咲さんまでそんな目で見てるんだ?
「あれ? 俺、変なこと言ったか? お前、なんで顔真っ赤にしてんだよ?」
「あ、あたしが可愛いって? ちょ、ちょっとなに言ってんのよ! あんた目がおかしいんじゃない?」
可愛いと言ったことを照れてるのか、アリカの瞳が左右に揺れ動き落ち着かない。
「俺に言われたくらいでそんなに動揺するなよ」
「うるさい!」
アリカは俺から表情を隠すように背を向けた。
アリカの頭越しに見える美咲さんの顔が凄く怖いんですけど? 俺と目線が合うと近寄ってきて、俺の肩にぽんと手を置くと、
「明人く~ん? 君はアリカちゃんを口説こうとしてるのかな~?」
眉毛をピクピクしながら言う。あの、口調がとても怖いんですけど?
「いえ、そんなつもりありません!」
「私を差し置いて、アリカちゃんを口説こうとするなんて……。しかも、私の目の前でするなんて、いい度胸してるじゃない。罰です! ハグしなさい!」
「俺の話聞いてた? それにハグとか関係ないし!」
誰か助けてくれ。
迫られた俺を助けてくれたのは一組の客だった。
美咲さんは、客が入ってくるのを見るや、「いらっしゃいませ」と営業スマイルに戻っていた。助かった……。
その客は、まだ若い夫婦かカップルのようで、何を探しに来たかわからないが、店内をぐるぐると回り始める。
「アリカちゃん、お客さんが商品持ってきたら、レジやってみる?」
美咲さんがアリカに問いかける。
「はい! ぜひ!」
アリカは体育会系を思わせるような気合振りで答えた。
若い男女は、数点のブランド物のタオルやティーカップセットをレジに持ってきた。
贈答品で貰ったものを未開封のまま、売りに来る人が多いようで、いろんなブランドのものが店内には陳列されている。定価の半額以下で未使用のブランド品が手に入るので買っていく人も多い分野の商品だ。
美咲さんはいつものようにお客さんに商品の確認を取ると、カウンターに商品を並べていく。
俺はアリカに商品の値段を一つ一つ言いながら、袋に入れていく。
アリカは間違えないように復唱しながら打ち込んでいく。少し緊張していたようだが、問題なく済ますことができた。
会計を済ませたお客に商品を渡し、「ありがとうございました」とアリカは営業スマイルを送る。
女性の客から、「おうちのお手伝い偉いね」と言われ、アリカは顔が引きつっていたが、その件については触れないでおいてやろう。
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