292 清高へようこそ3
|ω;)思うように時間が取れず。
牧瀬との仲が改善されるなら、また一つ響の環境は変わっていくことになるだろう。
そんな期待を抱いて、俺はサバゲ―部を後にした。
そして、次なる部室前と移動してきたのだが、入る前から騒動の予感がする。
家庭科室。ここでは調理部が活動中。
「明人君。何故入らないのかしら?」
響は俺がいつまでもドアを開けて入らないことに疑問の声を上げる。
ここには愛がいる。
愛が俺を見た途端に怪しい行動にでそうで怖いだけだ。
何事も起きませんようにと、ドアをノック。
「はーい。どうぞー」
女子の声がした。
ドアを開けると、男女合わせて十人を超える人がいる。
男子が四人で女子が八名。思ったよりも男子率高いな。
「中学生の見学です。ちょっと見学させてください」
「はいはい。聞いてますよ。部長の丹川です。今日はよろしく」
エプロンを身に着けたおかっぱ頭の女子が答える。
上履きの縁が緑。と、いうことはどうやら三年生。
部長に会釈したあと中学生たちを部屋の中へ誘導する。
「清和高校へようこそ。ここは調理部です。簡単に言ったら、料理とかお菓子を作ってるだけです。今はソース作りしてます」
中学生たちが部屋に入りきったところで丹川部長から挨拶。
「あれ?」
「明人君どうしたの?」
俺の声に響が反応して聞いてくる。
くるりと見回しても、いるはずの愛がいない。
「愛ちゃんがいない」
そう言った途端、部長の顔が引きつった。
「え、ええ。ちょっと彼女には席を外してもらってます」
部長はどうやら俺と愛の関係を知っているようだ。
まあ、学校中に知られてしまっていることだろうから、それはしょうがない。
しかし、何で俺が愛の名前を出した途端に引きつった顔したんだろう。
なんだか部長の態度が怪しいけれど、ともかく愛に何か用事でも言い渡して不在なのだろう。
不在の内にさっさと見学を終わらせてここを立ち去ることにしよう。
あの子のことだから、時と場所を選ばずに俺にくっついてくることが目に見えてる。
そうすると、それに対抗する響の姿まで思い浮かぶのだから、不在なのはこれ幸いと呼ぶべきだろう。
「……あの、明人さん」
綾乃がくいくいと袖を引っ張る。
「ん? なに?」
「アレはなんでしょうか?」
綾乃が指差す部屋の隅っこには、ロープでぐるぐる巻きにされた布の塊が見えた。
気のせいかもごもごと動いているような。
何故だろう。ものすごく嫌な予感しかしないんだけど。
「――アレは気にしないでもらって結構よ。ちょっとした対策だから」
部長はさっと身体を入れて、物体を遮るようにする。
気のせいか。顔が青ざめているような……まあ、そのおかげでアレの中身は想像がついた。
部長の姿を見た響がぼそっと呟く。
「……明人君。私はアレの中身が何か分かってしまったのだけれど……言っていいかしら?」
「言うな。多分あってる」
あの中身はおそらく愛だ。
愛が何をしたのか知らんが、俺が来ることが分かっていたから何かをしようとしていたのだろう。
それを部員たちが力づくで止めたってところか。
しかし、ここまで力づくでやるってよっぽどだろ。
これはお互いのために長居は無用だな。
「さあ、あんまり時間ないから質問とかあったらしてくれる? 終わったら次に行こうか」
調理部の活動は、月末に料理を作ることを目標に材料の特徴やソース作り、調理法といったことを研究しているようだ。各学年ごとに活動ノートがあって、歴代の先輩たちが残したノートには細かい比率で調味料の配分表が書いてあったり、料理のひと手間について記入してあったりと伝統を残す真面目な部らしい。
「……あの、明人さん……あれ……」
綾乃がまた俺の袖をくいくいと引っ張る。
綾乃が指差す先のぐるぐる巻きにされた物体が俺たちへ向かって移動し始めていた。
ぶちっと何かがちぎれた音がすると同時に、物体は立ち上がる。
「むがあああああああああっ!」
その雄叫びに中学生を含む部員全員が驚いて立ち尽くす。
覆いかぶさっている布を外そうと中で何かがもがく。
はらりと布がはだけると、そこには猿ぐつわをかまされた愛がいた。
うわ。何か怖いもん見た気がする。
「ふーっ、ふーっ、ふーっ」
うわ、愛の目がすげえ病んでる。
部員どころか、見学に来た中学生まで怯えてる。
愛はゆっくりと視線を動かし、俺のところでぴたっと止まる。
病んでいた目に突如ハートマークが浮かんだのは気のせいか。
「はひほはーん、おみゃひひへほひはひはー」
突進という言葉がよく似合う。
でも、猿ぐつわしたままだと怖いからやめてほしい。
愛は猿ぐつわのまま俺の腕を掴むとしっかり胸に抱いた。
相変わらず弾力あるものが俺の腕を包む。
「ひーへふははい。ひんはひほいんへふ」
「ごめん。何言ってるか分かんない」
言われて気付いた愛は猿ぐつわを取る。
猿ぐつわを取るとすぐさま俺の腕をまた抱きかかえた。
「ふう。明人さん聞いてくださいよ。みんなひどいんです。明人さんが来るからって、愛を縛り付けたんですよ」
「何かしようとしたの?」
「愛的にはですね。楽しいお菓子の食べ方を明人さんと実践しようと思いまして提案したんです」
「楽しいお菓子の食べ方?」
「ここにうまか棒があります。これを落とさないようにお互い端から食べ合うんです」
「それ宴会の乗りだよね?」
「もしくは明人さんに指でそーすをすくってもらって愛が味見するとかですね」
「スプーンでいいよね?」
「最終的には愛を食べてもらおうかと思いまして。愛はとってもおいしいと思いますよ?」
おい、誰か。もう一度縛ってもらっていいかな?
「そこで愛は自分に生くりーむをでこれーしょんしようと提案したらみんなが縛ってきたんです」
「あんたが脱ごうとし始めたから仕方なくでしょ!」
部長お疲れ様です。
大変気苦労を掛けたことを愛の代わりに謝ります。
本当にごめんなさい。
「愛は明人さんのためなら身体も張れるのです!」
「そういうの止めようね? てか、くっつくのやめようか?」
中学生たちも見てるからさ。
そんな愛を目の前にして黙っている響じゃなかった。
俺の隣にくると空いた俺の片腕を腕に抱きしめる。
「愛さんずるいわ。私だってずっと我慢してたのに」
「早い者勝ちです。というか、響さんもくっついてるじゃないですか!」
ああ、またぎゃんぎゃんと言い合いが始まった。
部員と中学生からの視線が痛い。何、この羞恥プレイ。
来年入ってくるかもしれない子からも俺こんな目で見られるの?
俺の未来が暗い。
「ストーップ!」
目の前に綾乃が出てきて両手を広げて二人の言い合いを止める。
「愛さんも響さんも明人さんが困ってるじゃないですか! 今日は他の人たちもいるんだから大人しくしててください!」
おお、綾乃。マジ天使。
今まで誰もこんな風に止めてくれる人なんていなかったよ。
響と愛は渋々俺の腕から手を離す。
愛はあからさまに唇を尖らせ、響は無表情に窓の外に視線を逸らせる。
「「響(愛)さんの方が悪い」」
言った途端に響と愛はお互いの襟首を掴みあう。
お前ら仲いいのか悪いのかどっちだよ。
「ああーっ。ストップ、ストップ!」
二人の間に身体を押し入れて仲裁する綾乃だった。
ごめんね。何か色々と面倒を押し付けてばっかりで。
響と愛が見学の邪魔になるという理由から綾乃に部室から放り出された。
綾乃の頑張りのおかげか、その後の調理部見学はスムーズに進む。
廊下からビシバシと変な音が聞こえてくるけど気にしないでおこう。
「先輩も愛里の相手すんの大変っすね」
三白眼の目つきの悪い男子部員から声を掛けられた。
先輩ということは一年か。確かに上履きの縁が赤色なので一年のようだ。
そういえば……西本の幼馴染でもあり、彼氏でもある相手は一年だったな。
調理部一年の男子は一人しかいない。
つまり、声をかけてきたこいつがその彼氏ということになる。
「えーと、君は羽柴だっけ?」
「あれ? 何で俺の名前知ってるんすか?」
「愛ちゃんから聞いたことがあるだけだ。一年の男子が一人いるって。なんでまた調理部に?」
「俺、将来主夫になりたいんすよ。働いて帰ってきた嫁にうまいもの食わせてやらないと。んで料理の腕を鍛えようかと思って入ったっす」
言いきりやがった。何かずれてるなこいつ。
「まあ、それは未来の夢なんすけど。実際のところ、俺の幼馴染が訳わかんない部に入ってて、その大会だかから帰ってきたあといっつも腹空かして俺のところに来るんすよ。んで、俺が作った飯を幸せそうな顔して食うんだけど、どうせならうまいもん食わせたいじゃないすか。まあ、それがここにいる一番の理由っす」
ああ、こいつ何だか好感が持てるやつだな。
西本め。いい奴捕まえたじゃないか。
「幼馴染のこと大事にしてんだな」
「家が隣同士の腐れ縁すから。先輩は愛里のことどうなんです? ああ見えて、ここでの評価高いんすよ。時々馬鹿なことするけど。部長も次世代の部長候補にって考えてるくらいっすから」
「たまに困るけど。一緒にいて楽しいよ」
俺がそう答えると、羽柴は目をぱちくりとさせる。
すぐに顔をにやつかせると、
「愛里が言ってたのが少しだけ分かった気がするっす」
「何て言ってたんだ?」
「先輩には内緒っす」
いたずらっ子みたいな表情で答える羽柴だった。
調理部の見学を終え次の場所へ移動。
通路へ出ると――響と愛が通路に倒れ伏していた。
その姿を見て綾乃がポツリ。
「……相討ちぽいですね?」
「……そのようだね」
お互い体力の限界がくるまでやりあうなよ。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。